死神の黙示録



時は来た。
ペンを置き、今書き終えた本を閉じる。窓のない部屋は光も入らず闇が満ちている。

「……早速始めようではないか」

この世の破壊を、全ての種の絶滅を、そして新たな世界の創造を。
思うだけで笑いが止まらない。この日をどれだけ楽しみにしていただろう。それを今実行させるのだ。
少し勿体無いが、それでも長年の夢を実現させる期待の方が強かった。
影は書き終えた本を部屋の中にある、泉に落とす。
本は沈み、そして姿を消した。

「……さぁ、運命に踊ってくれたまえ。醜き者達よ。」





地図にも載っていない小さな国がここにあった。
名はレグリス。そこは国というよりむしろ町と形容した方が最適で、人口は一万人程度。
町全体はなだらかな丘になっており、その丘の上に城が建っている。その国は至って平和であった。
青草の茂る草原の中に黒衣を纏った青年が立っていた。髪も瞳も黒く、陰のような存在だった。

「……あれがレグリス」

山の下にあり、森を背景に小さな集落が広がっている。その様子を眺めながら青年は呟いた。
そして、レグリスに向かって歩き出す。
やがて町の中に入るが、青年を見咎める者は誰も居なかった。


……ここは天と地に挟まれた名も無き狭間…
ある晴れたその日に二人は出会う
名も無き神と力無き人間が作り出す運命は…

「……何これ?」
いや、十中八九預言書だ。
心の中で突っ込みながらレグリスの皇女アレン・オストラリクスは城の廊下を歩いていた。
手には先ほど城の廊下に落ちていた本もとい預言書らしきものがある。
表情にまだ子供っぽさを残した今年十八になる少女は、次期レグリスの王になる人物である。
アレンは、また本に目を戻した。どこにおいてあったか知らないが、閲覧禁止部類に入る古さの本だ。お目にかかれる機会は少ない。

トン

アレンの歩みが止まった。
視線を上げると、そこには青年が立っていた。アレンは急いで本を閉じ、姿勢を正す。

「すっ、すいませ……」

始めて見る顔が合った。アレンは口を開いたまま青年を凝視してしまった。
何よりアレンの目を奪ったものはその格好だった。
春だと言うのに、黒いマントを羽織り、その下の服も黒を貴重としている。髪と瞳も黒。
しかしその肌は白く、それが一層黒を引きだたせている。
短髪だが顔は整っていて、男にも女にも見えるがその背丈、格好からして男だろう。
お互いに視線を合わせたまま観察を続けていた。それがなんだか奇妙な間をつくる。

「……どちら様でしょう?」

かなり間抜けな質問だとアレンは口にしてから思った。青年はアレンを見つめたままだった。
アレンは一歩後退る。青年の目に感情はなく、何を思っているのか全く読み取れない。
……なんなのよ、この人。

黒目黒髪なんて見たことない。一万人規模の小さな国だ。
いくら、色んな人種がいるからといってこれだけ特徴ある人は、久しぶりに見る。
アレンは慎重に相手の出方を見た。沈黙が続けば続くほど、不信感が増す。
もしかしなくても、関わりを持ってはいけない人に話しかけてしまったのかもしれない。

「……お前、名は?」

不機嫌さを少し混じっているのを抜かせば、青年の声は耳に心地が良かった。

「……アレン……オストラリスクです」

皇女という身分から『お前』なんて呼ばれる事は滅多にない。それが何かアレンには新鮮だった。彼の質問は続く。

「ここの皇女か」
「そうですが」
「決まりだな」
「……はい?」

何が?

思いっきり突っ込みたかったが、青年の威圧に負けてそれは声になることはなかった。
質問したのはこっちなのに、逆に質問を返され、挙句の果てには自己完結。
アレンはどう反応していいか激しく悩んだ。やっぱり関わらない方が良かったのかもしれない。

「俺は死神だ。しばらくあんたに憑かせてもらう」
「……死……神?」

アレンが恐る恐る口にすると、青年は肯定する。
全身黒で固められたその存在は確かに死神と言うのには相応しいと思う。
しかし、あまりにも信じがたい。アレンは、落ちついて聞いてみた。
こんなことがあっていいはずかない。

「……死神っていうのは、もしかして人間の魂取りに来ましたっていう……あの?」
「よく分かったな」
「ごめん、冗談のつもりなんだけど」
「悪いな、俺は本気だ」

ここは否定して欲しかったが、何の問題もなさそうに死神は肯定する。
悪い汗が背中を伝う。寒気までしてきた。アレンは踵を返して、部屋に帰ることにした。
これ以上訳分かんない奴と付き合ってはいられない。

「では私はこれで、ごきげんよう。」

私は何も見なかった、聞かなかった。
半ば現実逃避のようにアレンは部屋に逃げかえってきた。部屋の扉を閉めて、おぼつかない足取りで作業机まで辿りつく。

……信じられない。いや、信じない。死神なんているはずがないんだから。

アレンは目を瞑って首を振る。
……そう、いないのよ。あれは何かの幻視よ。
そもそも、十八の私に死神が何の御用よ。人違いに決まっている。
大きく深呼吸し、目を開けたその視線の先で、死神と名乗った青年がソファに座ってくつろいでいる。アレンは椅子から転げ落ちた。

「なっ……なんでここにいるのよ。」
「だから、お前に憑かせてもらうといっただろう?しばらく行動を共にする」

……冗談じゃない。

アレンは大声をあげた。すぐに近くを通りかかったメイドが部屋に入ってくる。

「いかがなされましたかアレン様!」
「そこにいる人、追い出していただけませんか。今すぐに。」

メイドはアレンの指差した方を見る。しかし首を傾げてアレンの方を見た。

「どの方ですか?」
「そこにいるじゃない。黒い服来た黒髪の……っっ」
「アレン様……顔が青ざめてますよ。大丈夫ですか……少しお休みになった方がよろしいのでは?」

……見えてない?

更にアレンの震えは大きくなった。死神が状況を察しアレンに言った。

「俺は他の奴には見えないんだ。そこの女に俺の姿は見えてないぞ」
「……そんな」

アレンは絶望に近いものを感じた。誰にも頼る事は出来ない。
自分はいずれこの死神に殺される。思い描いていた明るい未来が闇の中に消えていくのが分かった。
メイドがアレンに近寄り声をかける。

「アレン様しっかりなさってください……。誰かっ、誰かっっ!」

足取りおぼつかないアレンは沢山の人に見守られて寝室まで運ばれた。
結局死神の姿が視界から消える事はなかった。きっと、身体は現実逃避を求めていたのだろう。部屋につく前に意識を失った。


「う……」
「大丈夫か?」

頭上から声がかかりアレンは目を開く。視界に入ったのは、悪夢の始まりを呼んだその黒い瞳。

「……っきゃぁぁぁぁぁっ!」

声と共に身体が動いた。目の前にあった顔めがけてアレンの右手が飛ぶ。
しかし、それは死神の手によって止められた。

「なっ……なんであんたがここにいるのよ。っていうか、手を離して」

死神はアレンのベッドの傍らに座り、微笑んでいた。
しかし、その目もすぐに細められた。腕は放されることなくベッドに押しつけられ死神が自分の上に覆い被さる状態になった。

「いちいち五月蝿い奴だな。少し黙れ。あまりにもウザいと今すぐ殺すぞ」

心の芯から冷たい声音。身体が一気に冷えていく。

「……っ」

また、先ほどと同じ恐怖が襲ってきた。その見えない恐怖から身体が震えた。その震えは死神にも伝わってきた。

「……死ぬのが怖いのか」
「凄く……怖い。」
「……何故そう思う?死とはニンゲンに等しく訪れるもの。何をそんなに怖がる必要がある」
「……分からない」

自然に涙がこぼれた。一度落ちると次から次へと出てくる。

「……先が見えてるから怖いのかもしれない……」
「死神に殺されるのは幸運な事だ。何せ、痛みを感じる事はない。安楽死と同じように死ねる」

だから安心しろ。

しかし、アレンの目は否定を訴えていた。痛みとかそういうものじゃない。
見えないようで見える寿命が希望を全て消している。

「……私はいつ死ぬんですか?」

本当は聞かない方がいいのかもしれない。脳で否定しながらも口は勝手に動いた。

「近日中の予定だ」
「……予定?」
「まさか、こんなに早く当人に死ぬ事がばれるとは思っていなかった。
少し遊んでから殺すつもりでいたのに……参ったな」
「……」

死神はアレンから離れてまたベッドの端に座り考え込む。アレンもベッドから置きあがった。

「そもそも、ばらしたのあんた自身じゃん」

突っ込まずにはいられなかった。
本当に私は死ぬのだろうか。
なんだろう、彼を見ていると、本当なのか嘘なのか判断するのが難しくなってきた。
死神はアレンの顔を見た。そして、頬を流れていた涙をすくった。

「大分、マシな顔になってきたな」

死神は微笑した。今まで気づかなかったが、綺麗な顔立ちをしている。
もしかして、先ほどから私を元気付けてくれようとしていたのだろうか。思ったより良い奴かもしれない。

「落ちこんでいてもらっては困る。この後つまらないからな。
先ほども言ったと思うがしばらく行動を共にすることになる。楽しませてくれよ。」
「……」

前言撤回。


2.


身体の調子も良いので次の日からアレンはまた仕事に復帰した。小さな国なので皇女も国務をこなさなくてはいけないのだ。
主に雑務ばかりであるがそれも必要な事だった。一生懸命机に向かっている目の前では死神が暇そうにソファーに座っていた。
アレンは気にしないで集中しようとするがそれでもやはり目の前でくつろいでいられると気になってそちらを見てしまう。

「……ねぇ、私の視界から消えてくれない?」
「無理だ」

死神は即答で答えた。アレンは一瞬言葉を無くすがそれでも食い下がってみる。

「目の前にいられると集中できないんだけど……」
「それくらいの努力はしろ」
「……あんたねぇ」
目の前で何もしてない人に言われると、少し腹が立ってくる。
しかし、怒鳴れども、泣けども、呆れども相手は変わらぬ態度で返してくるので、どうも一線以上は言い返せない。
どうしたら言う事を聞いてくれるのだろうか。やはり私が変えなくてはいけないのだろうか。

「暇そうね」
「暇だな」

机の上にあった置物を手でもてあそびながら死神は答えた。アレンは言ってみる。

「私の仕事とか手伝ったりする?簡単な雑務だし……」
「自分の仕事は自分でしろ」
「暇なんでしょう!良いじゃない少しくらい。」
「面倒だ。……何か本はあるか。それで暇つぶしをする」
「……っ」

傍若無人、唯我独尊とはこの事だ、とアレンは悟った。
死神は立ちあがって本棚から手ごろな本を探している。
見なれない本ばかりあるのか少し戸惑っている死神にアレンはアドバイスを送った。

「ここにある本は全て、私の趣味で集めている本ばかりだから面白くないかもよ」
「どうりで見たことない物ばかりだと思った」
「でも、それが面白くないわけじゃないのよね。あんたの今手に取ってる本お勧めよ」
「……」

死神はとりあえず、その本を読み始めた。
向こうも何かしているとあって、仕事は先ほどよりは集中できた。手もすらすらと動く。
何も言ってこない辺り悪くはない話なのだろう。少し安堵して話かけようと口を開いた。しかし、声を出す前にある疑問が浮かんできた。

……死神の名前ってなんだろう。

今まで、『あんた』と『死神』としか呼んでいないような気がする。
『死神』と呼ぶのも何だか変な感じがするし、『あんた』では少々失礼だろう。

「ねぇ、名前は?」
「……誰のだ」

本に集中していたのか先ほどより反応が遅かった。死神は迷惑そうに顔を上げてこちらをみた。
それほど面白かったのだろうか。

「死神の。だって『死神』って呼ぶのもなんか変な感じがするし……。あるんでしょ?名前」
「忘れた」

拍子抜けする答えにアレンは持っていたペンを落としかけた。死神はまた本に目を落とす。

「忘れたって、普通自分の名前くらい覚えているもんでしょう?」
「長い事使われてなかったからな……それに死神は死神だ。名前などない。」

アレンは納得いかず食い下がった。これでは気になってしょうがない。

「死神って沢山いるもんなんでしょう?それ全員『死神』って呼ぶの?」
「その通りだ。最も死神自体も俺以外にいるかどうか定かではないがな。」
「どういうこと?」

神話では死神は沢山この世界にいて、毎日毎日生命を終える生を司るもの達の魂を転生の環まで運んでいると聞いたことがある。
何かが死神との間で矛盾していた。確かに考えてみれば、この広い世界中今一秒世界が進むだけで多くの生命が失われている。
死神一人一人自由気ままに人間と数日過ごしていれば今頃世界は大変な事になっているだろう。
その前に死神がこの目の前にいる者以外いないというのはどういうことであろうか。
神話というものは適当である。

「……そもそも死神って言うのは何の神様なわけ?っていうか神なの?霊とかじゃなくて?」

死神は大きなため息をついた。自分の質問に答えるのすら面倒になってきているようだ。

「死神とは死んだ神の事を指す。要するに、天上界、天下界の神王が死ねば死神になるんだ。
……これで満足か?」
「……はい」

声も荒っぽくなってきている。怒っているのだろう。
その割には、本に向かう視線は楽しそうだ。

……もしかして本当にその本気に入った?

アレンは、死神の意外な面を発見したような気がして、少し嬉しくなった。
名前はまた後日に聞く事にしよう。文字通り触らぬ神に祟りなし。次邪魔をすれば殺されそうだ。


「アレン様、お食事を運びに参りました」
「ん、ありがとう」

ノックと共にメイドが昼食を部屋の中に持ってくる。死神の目の前の机で食事が用意されていく。
目の前にいたり、接触もしているはずなのにメイドが死神に気づかないのは何度見ても不思議な光景だ。
しかも、死神はメイドに気にした様子もなく本を読みつづけている。
多分、死神の触れている物は見えないのだろう。
……あれ、そうしたらソファーはどうなるんだろう。
アレンはどうでもいいことを考えながら、昼食の準備を手伝った。紅茶でも入れようと熱湯の入ったポットを持ち上げる。

「アレン様、紅茶なら私が……」
「これくらいは自分でするから、任せ……」

水滴がついていたのかアレンが持ち上げた瞬間、ポットが手から滑り落ちた。
メイドがあっ、と小さな悲鳴を上げる。死神がすぐに動いた。
ガシャンと、陶器で出来たポットが盛大に床で割れた。アレンはその一瞬の出来事を理解するのに数秒を要した。
メイドも多分同じようなものだろう。口を開いたまま割れたポットをずっと眺めている。

「……怪我はないか」

アレンはその問いかけに頷いた。
死神はまたソファーにかけ、再度読書に移る。何も知らないメイドは信じられないものでも見たようにアレンに話しかける。

「……アレン様……なんなんでしょう、今のは……」
「ごっごめんなさい、持ち上げようとして勢い余ってとんでいっちゃったみたいなの、私片付けとくから新しいの持ってきてくれる?」
「……はぁ」

メイドは腑に落ちない表情で出ていった。アレンは湯気の立っているお湯に近寄る。

「ありがとう」
「……絶対死ぬなよ」

返って来ない事を予想していたのに、意外な返事だ。アレンは死神の方をみる。彼は変わらず本を読んでいる。

「死ぬなってどういうことよ」
「規則がある。お前が俺以外の何らかの原因で死んでしまった場合、俺も一緒に死ぬ事になる。消えるといった方が適切だろうが」

アレンは目を丸くした。そんな事聞いていない。

「消えるって」
「神は永遠の命を得ている。例え物理的に殺されたとしてもまた転生の環を通って元の世界に元の身体で戻れることになっている。
しかし、いくつか元に戻れない例もがある。魂を根本的に消してしまうのだ。
そうすれば元に戻れず、この世から永遠に消える事になる。人間と同じだ。」
「だからあんたは消えないように私を四六時中見張っているわけ?」
「そういうことだ。くれぐれも周りには気をつけろ」

素っ気無い言葉だがそれが少し嬉しかった。
結局は死神に殺される事になるのだが、それまで自分を守ってくれると言う。悪い感じがしなかった。
アレンは死神と話していても怖く感じないことに気づいた。

「でもさ、熱湯かぶったくらいで私は死なないよ。こんなにポット飛ばして……。メイドさん凄い不審がっていたじゃない」

アレンが落とした瞬間死神はポットを2m先まで払っていた。
お湯もこぼれる前だったのでアレンの服には水滴一つかかっていない。

「何が起こるか分からないからな」
「……ありがとう」
「礼はいらない」

メイドが慌てて部屋に入って来たので会話はそこで終了した。
昼食中、死神に本のことを尋ねてみると、悪くないと言う感想が返ってきた。真剣に読んでいるあたりきっとはまっているのだろう。
書物は他国と交流が乏しいこの国に入ってくる唯一と言っていいほどの輸入品である。

「まだ面白いのがたくさんあるのよ。それが読めたらまたいいの貸してあげる」
「あぁ……」

生返事だったが彼の口元には笑みがあった。


   

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