3.
「アレン、もう少し注意して物事に取り組んだらどうだ?」
「申し訳ありません、父上……」
死神と出会って数日が経った。
以前アレンの様子がおかしいとの報告をうけて、レグリスの王もとい、アレンの父から呼び出しがかかったのである。
その原因は死神と会ってから、あまり良いはないとはいえない出来事の数々がアレンを襲ったからである。
まず手始めに、紅茶を汲もうとして熱湯の入ったポットを落とす。
そして、階段で踏み外した回数実に七階を始め、高いところにある資料を取ろうと踏み台に上れば踏み台が壊れるし、外に出れば逃げ出した番犬に追いかけられ木に登ればその木の枝が折れるし、二mもある銅像がいきなり倒れて来たり、塩をいれようとして間違えて砂糖をいれてしまったり・・・・これは置いておいて、などなどここ数日の間で一年分の災いを一気に受けた気分だ。
皇女たるものが、顔には絆創膏が貼ってある。
「これでも注意しているですけどね」
「怪我がないだけまだマシだが骨折でもしたらどうするのだ」
「すいません……」
本当に骨折するだけの事はしているのだが、全て死神が途中で助けに入りそれは免れているだけの話しだ。
「ところでアレン、最近お前の様子がおかしいと言う者が出てきているのだが……」
ギクリとアレンは後ろにいる死神に視線を向けた。死神はどこ吹く風である。
「誰もいないところで独り言を言っていたり、空中に向かって話しかけたりしているそうではないか。
それに、お前の周りで妙な現象が起きているらしいな」
死神に取り憑かれているんです、助けてください。
そんなことが言えるわけもなく、それを話すと即行で首を切られそうなので口にだそうにも口に出せない。アレンは必死に言い訳を考えた。
「最近……変な幻覚が見えるようで……悟りでも開けますかね」
「お前に悟りが開けるようなら歴史に残るような偉大な人物がごまんとこの世にいるわな」
「……そうですね」
取り合ってもくれない父にアレンは内心ため息をついた。この様子なら何とか誤魔化せそうだ。
「そういえば父上、最近仕事の量が日ごとに多くなっていっているような気がするのですが」
アレンが思い出した様にいった。父は不思議そうな顔をしてアレンを見た。その視線に次はアレンが首を傾げる番だった。
変な事は言っていないはずだ。
「……お前、その歳でもうボケたか?」
「はい?」
「お前の仕事はいつも同じように配っているつもりだが。処理速度でも遅くなったのか。それともまたその幻覚とやらと話しているのか?」
アレンは父の言葉でハッと気づいた。彼のいう通りだ。
死神が本を読むようになってから、彼との話題はどんどん増えてきた。
どうでもいい話しを続けていれば自然と処理速度も遅くなっている。
また父の前で変な発言をしてしまった。その事を激しく後悔しながらすいません、と呟く。
「……まぁ良い。どうせ来たんだ。何か食べていくか?」
仕事以外の事になると、父もそんなに怖くない。アレンは頷いた。
王は立ちあがって棚からお菓子を取り出した。形が色々あり、美味しそうなクッキーである。
「・・・・父上。これ今朝作りたてですよね。これ全部」
アレンは父の分の紅茶を入れながらそういった。長年見ていればいつ作られたのか一目でわかる。
父は目をそらすようにアレンの前に座った。
「しかもまだ温かい。作り立てですね」
「あぁ、まぁ……」
アレンは父親の方を見た。先ほどと立場は逆転する。
「父上こそ執務の方はどうしたんですか?
そういえばメイドから王からお裾分けですとかいって、昨日おやつに大量のワッフルが届きましたよ」
「……味は?」
「とても美味しく頂きました。
……それとこれとは別です。全く、凄い小規模ですがこの国の王ですよ?
しかもいい年して趣味は農作物を作る事とお菓子作り。せめて顔と性格に似合う事をしてください。お願いですから」
そうだなのだ。
父は先ほど感じていただいた通り、厳格そうな顔つきで睨まれると声も出せないくらいの威圧を持っている。
……が、一端公務を離れればただの馬鹿親父である。
そんな親子のほのぼの団欒を尻目に死神は外を見ていた。
妙な力がこの国に掛かっている。
しかも徐々に強くなってきているのを死神は日に日に感じていた。死神は手を顎にやり、思考を巡らす。
……何かおかしい。
決してアレンの周りに起こっている危険は自分のせいではないことは分かっている。
何千、何万人の人間と出会ってきたがそんなことは一度もなかった。
この国にある力と自分の力がぶつかり合って何かの作用が出ているのだろうか。そんなはずはないと思うのだが。
窓の外から町が見渡せた。町の中央には十字架が見える、恐らく教会だろう。何かしらの神が祭っているはずだ。
……神か……
死神は空を見る。太陽が照らすこの大地はきらきら輝いている。
もう一度あの場所に戻れてもきっと自分の居場所はないだろう。
「では、そろそろ仕事に戻りましょうか。
親子揃ってこんなところでサボっているのなんて見られたら父上の面目も立たないと思いますし」
「全くだ」
アレンは立ち上がった。死神も窓から離れる。
少しだけ難しい顔をしている死神にアレンは首をかしげた。何か考え事であろうか。
「……アレン」
「何?死神」
いつも死神が後ろにいるので話すためにアレンは振り返る。
その行動が妙な噂へと変わるのだ。そろそろ自覚してもいい頃なのだが、全く本人は気づいていないようだ。
「この町の中心に教会があるな、何を祭ってある?」
唐突にそんなことを聞いてきた死神にアレンが不審な顔をする。
「何?いきなり」
「少し気になっただけだ」
ふいと、向こうを向いてしまった死神を可愛く思いながらアレンは答える。
「全ての神と精霊を祭ってあるの。この土地は、神の降臨した土地だと言われていてね、当時の遺跡もまだ残っているのよ」
「……へぇ」
強い風が窓から吹き込んだ。死神もアレンも歩みを止める。風と一緒に強い魔力を感じ死神は目を細めた。感じたことのある魔力だった。
「でね、これが神が降臨した時に生贄の少女が神から賜ったって言われるロザリオなんだけど……死神、聞いてる?」
階段に差し掛かった。アレンが死神の顔を見上げる。
「……おい」
「えっ?……きゃっ」
アレンの身体のバランスが崩れる。死神が一歩前に出てアレンの体を抱きとめる。
身体は一段落ちて止まり、アレンはその場で座り込んだ。
「大丈夫か?怪我は・・・」
「ないです」
これで八度目だ。アレンは死神を見上げた。いつもの無表情がそこにあった。
「気をつけろ」
アレンを離し死神は先に階段を降りていった。
本当に最近傷が増えてきたと感じる。今日も階段で転んでぶつかったところが青あざになっていた。
アレンはため息をつく。これが日ごろの行いが悪いというものなのか。
「……疫病神……」
死神は同じ部屋にいるが何も返してこなかった。
アレンは死神の方をみる。いつもなら何かしら返事を返してくれるものなのだが。
しかも、この前からずっと読んでいた本も机の上に置きっぱなしだった。外を見ながら何か考え事をしているようだ。
アレンはベッドに入った。
「明かり消すよ」
「……あぁ」
死神はアレンを一瞥してまた外を見た。
満月だった。明かりを消してもまだ室内には光で満ちていた。
その夜はあまりにも静か過ぎた。アレンはある声で目を覚ました。
室内は静かで変わった様子もない。声が聞こえたような気がするが誰もいなかった。
アレンは首を傾げ、時計を見る。まだ夜中の二時だった。
その時、窓から満月の姿が見えた。それがあまりにも綺麗だったのでアレンはベッドを降りて窓に近寄った。
城の庭に咲いている桜が見事な幻想な光景を作り出していた。
「……綺麗」
自然と言葉が零れ落ちた。そういえば、死神が来てから外をゆっくり眺めるという機会がなかったような気がする。
城の廊下でも死神とばかり話していたっけ。明日花見でもしようか。
そう思い死神の座っているソファーに振り返って話し掛けた。
「ねぇ、月も桜も綺麗だよ。明日一緒にお花見しない?」
返事はない。アレンは死神の姿を探した。いつもいる彼の姿が今日は見えなかった。
アレンは眉をひそめる。四六時中一緒に居てくれるのではなかったのだろうか。
『……で俺に……』
脳内に死神の声が聞こえた。アレンは辺りを見回す。
誰もいない。
もとより死神の格好は黒一色。この闇の中探すのも困難だ。
……何か、嫌な予感がする。
直感でそう感じたアレンは部屋を飛び出した。どこに行けばいいかわからないが、アレンは月明かりで照らされた廊下を走った。
階段は案の定踏み外した。
途中で助けてくれる者はいないのでそのまま下まで転げ落ちた。
誰もいない場内で本当に良かった。これだけ盛大に転げ落ちたのは人生初だ。
「いたた……」
膝を思いっきり打った。また青あざが増えただろう。
アレンはため息をついて立ち上がった。
なんだか情けなくなる。死神がいなければ害から自分を守ることもできないのだろうか。
「……ったく、あいつかいないからこんな目にあわなくちゃいけないのよ」
本当に、どこにいってしまったのだろうか。自分を殺すと言っておいて何も言わずにいなくなる。
不思議な事に、嬉しいと言う感情は沸いてこなかった。
何か自分からかけてしまったようにぽっかりと穴だけ開いている。始めはあんなにウザかったのに。
大廊下を進んでいると雲に隠れていた満月が顔を出し、廊下を照らし出す。
『……その……な……』
また脳内に響いてきたのが彼の声。
アレンはハッとなり痛む足を叱咤して歩いた。ふと外を見てアレンはぎょっとする。目の前には考えられないような光景が広がっていた。
「……死神……これはどういうことよ」
その窓から見える景色は城の中庭のはずだった。
噴水があり、まわりには桜を初め色んな植物が植えられていて、ちょっとした憩いの場となっている。許可さえとれば一般人も入城可能だ。
その中庭が綺麗に別の景色と入れ替わっているのである。夜だと言うのに光に溢れ、その場だけ昼間のようだ。
中央にあるのは城のと比べ物にならないくらいの巨大で細かい細工の施してある噴水。
しかし何よりもアレンの目を引いたのはその植生だった。
……っていうか、なんで木にパンが実ってるわけ?魚とかも明らかにおかしいでしょう?
実っているのはりんごでもくるみでもなく、パンや肉など既に調理済のものや植物から取れないものばかり。
まだ単体でしかも固体ならいいが、麺類は一食分塊になってなっていた。どうやって食べるのだろう。
ありえない光景に激しい動揺を覚えながらもアレンは死神の姿を確認した。
全てのものが光り輝きまぶしい中、一つの陰が浮かび上がるようにその庭の中央に立っている。
そして、死神の前には白を基調とした服を纏い、色素の薄い髪を持つ人達。
――死神とは死んだ神の事を指す。要するに、天上界、天下界の神王が死ねば死神になるんだ。
ふとに死神の言葉を思い出した。
天上界というのは神の住む光の世界。逆に天下界は神の住む闇の世界。
世界は三つに分かれており、その二つがこの神の世界。もう一つが私達の住む人間界。
全て神話の中の世界であるが、ここまで見せつけられると信じない方がおかしい。
あの時は死神が不機嫌だったのでそちらの方ばかりに意識がいっていたが今考えてみれば、死神はどちらかの神王だったのである。
そして、今光り輝く世界にいるということは
「……天上界の元神様……」
アレンは食い入るようにその光景を見ていた。
何か話しているようだがここからでは全く聞こえない。
アレンは外に出ようかと迷ったが、人間の自分が踏みこめる世界ではないと頭の中でそう感じた。
それに、一度目を離せばもうこの光景は見られないような気がした。
……死神は行ってしまうのだろうか、あの光り輝く世界に。
神王を落とされる気分はどんなものなのだろうか。
全知全能、どの神々よりも強い力を持つとされる神王。天上界では、その輝きは一層増し、見るものを魅了させると言う。
死神は顔立ちが綺麗なので、きっとその姿は美しかっただろう。彼の神王の姿は容易に想像がついた。
「……どうしよう……」
その姿を思い浮かべたと同時に、アレンは膝をついた。死の宣告をされた時と同じくらいの衝動が込み上げてきた。
自分でも気づかないうちに死神のいる生活に慣れきってしまった。
前はどこにいくにもついてきて邪魔な者としてしか見ていなかったのに、今はいないと不安になる。
彼が傍にいることで安心しきっていた自分がいた。死の宣告などすっかり頭からなくなっていた。
永遠に一緒にいれるものだと錯覚していた。
出会ってしまったからにはいつかは別れが来る。
……だったら……なんで今まで殺さなかったのよ。
まさか自分もこんなに彼の事が気に入るなんて思ってもいなかった。
ただ、命が長引けば良いと、彼の顔の色を伺っていた。無理矢理にでも出会ったその日殺してくれればこんな事にならずにすんだのに。
激しい後悔と同時に恐怖が襲う。
彼がいないこの城なんてただのつまらない鳥籠だ。
未来がこんなに辛いものなのなら……死んでしまえばどんなに楽な事か。
そこまで考えてアレンは我に返った。
「……私は何んてことを……」
このレグリスを愛していた。
規模はとても小さいけれど城下に下りればいつも明るい笑顔が迎えてくれて、争いも起こらず、平和というのにこれほど相応しい国はない。
だから、この大切な国を守ろうと私は王になると心に決めた。
だから死神が来て死の宣告をしたとき心から死にたくないと思った。
この城だって鳥籠なんて思った事はなかった。この国は普通とは違うのだ。身分は全て平等。
皇女だって、ただ着飾って贅沢して素晴らしい才能を持つ金持ちの夫を迎えるだけの存在ではない。
一個人として、王族として、民を守ると言う職を手にし日々努力している。こんなに素晴らしい事はないと思っていたのに。
全ては死神に会った事から変わり始めた。
「……恨むわよ、死神……」
人間とは貪欲な生物である。何かの書物にそんな事が書いてあったような気がする。
今それが始めて身にしみて分かった。全てが欲しい。このレグリスで王になる未来も。そして死神と一緒に過ごす未来も。
涙がこぼれて止まらなかった。胸が苦しくてたまらなかった。
カツン、と静かな大廊下内に靴音が響いた。アレンは顔を上げて振り返った。
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