4.


「朝だぞ、起きなくていいのか?」

眩しい光が視界を覆う。アレンは目をこすって起き上がった。
ベッドの脇には死神が立っている。アレンは死神を見上げそして、何か忘れているような気がする。
死神はぼけっとしているアレンの顔を覗きこんだ。

「どうした?」

アレンはすぐに顔を離す。顔が綺麗な事に気づいてしまえばそれに意識がいってしまい、彼の顔がまともにみれない。

「……だっ、大丈夫よ。……あぁぁぁっっ!」

時計を見ればもう朝の八時だ。とっとと執務室へ入らなければまた父の元へサボりの報告が入るだろう。
簡単な失敗で嫌味の種を増やしてしまうようでは、心労の種はいつまでたってもなくならない。
アレンはすぐに飛び起きて着替えを始めた。死神はため息をついて、部屋の外に出た。


日に日に暖かくなっていた。黙々と書類を片づけるアレンと本を読む死神の図はいつもと変わらない。
日光がアレンの背中をじりじり暖めていった。

「死神、窓開けてもいい?」
「勝手にしろ。俺は暑さも寒さも感じない」
「へぇ、良いわね」

アレンは窓を開ける。風と一緒に桜の花びらも舞い込んで来た。アレンは髪を押さえながら外を見る。満開の桜が目の前に広がっていた。

「凄い綺麗、死神も見てみなよ。あとでお花見しない?」

アレンは振り返って死神の方を向いた。その時これと似た光景を思い出した。

「構わないが……どうした?」

あのソファーには死神はいなかった。
そう昨日の夜、私は確かに死神の声で起きて、夜桜を見て、それから大廊下に行ってそれから……それから、

……死神。

アレンは笑顔を作っていった。

「じゃ少し早いけど、休憩しようか」


奥から茶器を出してきてアレンはベランダに出た。死神もベランダに出る。
太陽の光が真っ直ぐ差し込み死神は眩しそうに太陽を見た。それを見て少し心が痛む。

……やっぱり戻りたいのかな。

自然とそんなことを思ってしまう。昨夜のことは夢だったのだろうか。
死神は椅子に座り、本を読み始めた。アレンは紅茶を用意した。死神の前にカップを置く。

「別に、俺は要らないが」
「あっ……ごめん」

うっかりしていた。アレンはすぐに死神の紅茶を下げようと手を伸ばしたが死神がその手をつかむ。

「別に良い」
「……飲めるの?」

今まで何も口にしなかったのでてっきりこの世界の物は食べられないものかと思っていた。
死神は肯定も否定もしなかった。アレンは自分の分を汲み椅子にかける。
少しは気分転換になるだろう、そう思ってベランダに出たかえって、落ちこむ要素を作ってしまった。
甘い紅茶だがいつものように美味しく飲めなかった。
彼はいつもと変わらず本を読んでいる。面白いのか面白くないのか表情から全く読み取れなかった。

「ねぇ死神」
「なんだ?」

彼の視線は本から離れなかった。構わずアレンは話しを続ける。

「もしかして私を殺さないのって、その本のシリーズを最後まで読みたかったから……とかだったりしないわよね」

ページをめくろうとする死神の手が止まった。私は持っているカップを落としかけた。
……図星?

「そうなの?」
「……一理あるが、それだけではない」
「他に理由があるの?……天上界の事とか……」

死神は何も言わなかった。ただ無言でアレンの方を見た。

「何故そう思う?」

強められた言葉にアレンは責められているように感じた。
昨夜の事を話すか否か。
死神と目が合った。全てを暗黙の中に入れておきたい、そんな風に見えた。

「……前に言ったよね、死神って言うのは天上界か天下界の神王が死んだときそうなるって。
だから、貴方は天上界の神王だった人なのよね。そして……この世界に落とされた。
私、夢か現実か分からないけど、みたの。天上界の一部分を」

死神は本を閉じた。

「人間とはよく分からない生物だ。力もないがそのくせ他人と交わり、そして裏切られる。
どうして裏切られるという事を知りながらまた人を信じようとするのか」
「当たり前よ。それが全て失われた時人類はきっと滅んでいるわ。
力がないから助け合い、寂しいからお互い一緒にいる。なんだかんだいって人は一人では生きられないもの」

本の話だろうか。確かに主人公は一度裏切られていたはずだ。

「その思考、理解し難いな。」
「全知全能の神様にとってはそうかもしれない。でも貴方にも親しい人はいるんでしょう」
「……」

死神は口を閉ざした。アレンはまずい事を言ってしまった事に気づいた。
そういえば自分の名前を忘れるほど長い時間この世界にいたのだ。一人辛い人生を送っていたのだろう。

「ごっ、ごめんなさい。悪い事を聞いてしまって。
えっと……」

何か別の話題を探す。しかし思いつくのは全て死神の事ばかり。
こんな事ならあの悪夢の内容なんて思い出さなければ良かった。アレンは立ちあがって、手すりに手をかけ桜を見る。

「私は……いつ死ぬの?教えてくれてもいいでしょう」
「未定だ」

死神の声は短く、冷たかった。それがアレンの心も冷たくしていく。
この幸福の時がいつか終わる。それが突然やってきても良いように心の準備をしておきたかった。

「お願い教えてっ!心の準備をしておきたいの」
「死にたくないのではなかったのか」

言葉に詰まる。生きたいか死にたいか自分でもわからない。もし生き残っても彼と離れてしまったらどうだろう。
首筋に冷たいものがあたる。鋭利な刃物のようだ。視線を落とすとそこには大きな鎌があった。

「今すぐ死ぬか?」

いつの間にか死神が背後にいた。アレンは死神の方を振りかえる。無表情な瞳は結局今も変わらない。アレンは目を閉じた。

「死ぬ前に貴方の名前が聞きたい」
「忘れたと言っている」
「思い出してよ、自分の名前くらい。神様なんでしょう」

神は関係ないと思う。死神はそう突っ込もうかと思ったが止めた。
アレンは手すりに寄りかかった。ビシッと音を立てて手すりの石にヒビが入った。

「……え?」
「アレンッ」

背後にあったはずの大鎌をすりぬけ、アレンの身体は空中へと投げ出された。
執務室は三階にあって頭から落ちれば死ねる高さである。
……ちょっとまって、こんな死に方って。
困惑する間も無く地面にぶつかった。それなりの衝撃はあったが、身体の痛みはほとんどない。上には満開の桜の木が見えた。

「……怪我は?」
「死神っ?」

頭上から聞こえた声にアレンはすぐに起き上がった。丁度押しつぶす形で死神が倒れている。

「なんで、助けたのよ」
「だって、お前が死ぬと俺も消える。流石にそれは困るからな」
「死神、怪我は……?」
「死神が怪我をすると思うか?」

アレンは考えた。彼らの強度はどこくらいのものなのだろうか。
人には見えないから霊として扱えば良いのか、しかし、自分にだけは触れられるし。
起きあがる死神を見て思った。結局最後の最後まで守りぬき、そして殺してくれるのだろう。殺されるその時まで一緒にいられる。

「そうだ、午後から教会にいかない?」
「……教会?何故?」

アレンは立ちあがって、自分のドレスに付いた土をはたいた。そして、死神を見てニコリと笑った。

「貴方の名前探し」

ますます人間というものが分からなくなってきた。


昼食を取りアレンはさほど目立つことない服を選んで来て外に出た。
どこにいくのかと思えば、人通りの少ない裏庭。皇女とあろうものが木に登りそして自分の身長の倍ある城壁を乗り越えたのである。
死神は半ば関心しながらその様子を見ていた。
反対側には丁度、同じ高さの木がありそれに移って下に降りる。手つきも慣れたもので恐らく初めての脱走ではないだろう。死神も後に続いた。

「ただの皇女ではないようだな」
「伯父様と一緒に山で一年間過ごしたからね。これくらいスカートはいてても何てことないわ」
「木から落ちないのにどうして階段から毎度のこと落ちるのか……」

死神の指摘にアレンは詰まる。……確かにそうだ。

「とにかく行きましょう。教会はそこのメインストリートを下った中央の広場にあるから」

死神が頷く前にアレンは先に歩き出す。死神は空を見た。憎らしいほど太陽が眩しい。
この春先の陽気にしては珍しいほど、今日は暑そうだ。自分を呼ぶ声がして死神は歩みを進めた。


教会はすぐについた。中に入るとひんやり冷たい空気が流れていた。
目の前には大きな十字架が掲げられ、その上には神を示したステンドグラス。建物の脇には水も流れている。
参拝者は少なく、ゆったりとした時間が流れていた。

「やぁ、アレン」

四十台近くの人の良さそうな男が話しかけてきた。アレンは丁寧にお辞儀する。

「お久しぶりです、伯父様。地下の資料を拝見したいのですがよろしいですか?」
「あぁ好きに見ていいよ。何かあったら声をかけてね」

聖職者らしく牧師に見える。伯父様というほどあって、アレンに似ていた。

「誰だ?」
「父上の三番目の兄。この教会の祭司をしているの」
「三番目の兄?おかしくないか、それ」

死神は、思わず突っ込んだ。人間界に堕ちて以来、色んな人間と出会ってきた。
人間社会の仕組みは分かっているつもりだ。アレンも大きく頷いた。

「何故、長男が王ではない?少なくともお前の父親は第四嫡子」
「そうなのよ。別に王の器ではないってわけじゃないのね。でも王継承時に三人とも辞退したのよ。」

上三人の兄達が曰く、

『自分は、色々と他の国の政治を習ってきたが、その能力は今のこの国には必要ない。
もし、その力が必要になれば自分は喜んで王に力を貸しましょう。』
『自分は、今まで剣の道を極めてきた。そしてこれからも極めていくつもりだ。
もし、この国が他国に脅かされた時は、この国の盾となって全力で守り抜く事をこの剣に誓おう。』
『自分は、神の元で生きていく事を誓いました。今この場所を離れるわけにはいきません。
私の役目はこの国の人々に安らぎを与えること。ご理解ください。』と。

前王がこの国の末を考え、上三人の息子達に政治、軍事、芸術を重点的に極めさせたらこのような事態に陥ってしまったのである。
結局断る理由もなくアレンの父は王になった。

「……ありえないな」
「まぁ王がいなくても動いていける国だからどうでもいい事なのよ。王はただ、民が安心して暮らせるように見張っているだけ。
それが王の勤め。」
「神王とまるで違うな」

死神がポツリと呟いた。アレンは首を傾げる。

「どう違うの?神の頂点に立つんでしょう。凄い大変なんじゃない」

死神は十字架の前で止まった。そしてステンドグラスを見上げる。

「神は人間と違う。そして、神王とは全ての神の中から無作為に選ばれた存在。
王を志そうがそうでなかろうが、強大な力が手に入る。選ばれると無条件で贅沢な生活が送れるようになる。それだけだ」
「政治とかしないの」
「神の世界には政治は無縁。ほとんどの神は神王には無頓着なものだ。そもそも神王の手で統治されているという事実自体受け入れられてないからな」


教会の奥に行き地下へ続く階段へと降りる。冷たい空気が地下から流れてきた。

「……寒っ……やっぱり今の時期ここは最悪ね。夏なら涼しくていいんだけど……」

アレンは腕を抱えてさする。

「アレン」
「……何?」
「この下には何があるんだ?」
「……何って……天上界天下界に関する資料よ。
全神の名前特徴その他から歴史、社会制度などここにある本を調べれば全て出てくるわ。
多分、死神の名前もこの中にあるはずだからじっくり探しましょう。少しくらい聞き覚えがあっても良いよね」

死神はその台詞に眉を潜めた。
天上天下の神の資料などどこにいってもないはずだ。あるとすればそれは神王の頭の中にあるものだけ。
そんなものが人間界にあるなんてにわかに信じ難い。しかもこんな小さな国の小さな教会に。
大体天上界の神だけでも相当の数いるのだ。地下にそれだけの資料がおさまっているはずがない。

「ここよ」

アレンが思い扉を開いた。その瞬間地下室に明かりがともされる。
死神は胡散臭げに扉をくぐった。しかし、そこに広がる光景はありえないものだった。
縦はそうでもないが横に限りなく広がった空間が地下にあったのだ。驚いている死神にアレンが満足そうな顔をする。

「凄いでしょう。なんか建国する際にこの空間が資料と共に発見されたの。ちなみに横は歩けば二時間ほどでつくわ」
「二時間……」

確かに全神その他の資料が収まっているはずだ。死神は早速その辺の本に目をくばらす。早速神の名前が並んでいた。

「この調子であれば、全て見るだけでも相当時間がかかるな」
「大丈夫よ」

アレンが笑顔で天上界と天下界の棚の間に置いてある机に向かって歩いていった。
その机には妙な魔方陣と文字が刻まれていた。アレンが机に触れると魔方陣が光出した。

「我の捜し求めるものは天上界神王に選ばれし者」

アレンがそう唱えると机の上の空間一面に敷き詰められたように本が現れた。勿論それらは重力に従いアレンに振りかかる。

「……えっ……?」
「アレンッ」

死神がすぐに入り口までアレンを連れて後退した。本は見事に広い範囲に渡って散らばっていた。

「……神王って思ったより多いのね」
「なるのに楽な分、規律が厳しいからな。だから一年もてば良いところだ。
ちなみにほとんど神が今では神王の経験はあるだろうな。ここにある本が天上界の神の数といった方が正しい」
「……一年……!?ちなみに死神は何年神王を続けていたの」
「十年だ」
「短っっ!うちの王でももうすぐ二十年になるのよ」

死神が思いっきり不服そうな顔をした。一応自慢なのだがいとも簡単に蹴られるとは思わなかった。

「これでも当時は最長記録だ。多分今でも破られていないと思うが……」

最長って……神の命は永遠だというのに、世界が出来てから今までずっと生きてきているのに最長十年しか神王やってられないのだろうか。

「十年もやっていればコツも掴めるでしょうに……。どんなヘマを侵したのよ……」

その言葉に死神は沈黙した。アレンを抱えている手に少し力が入る。
少し目線を上げると死神の悲しそうな顔が見えた。聞いてはいけなかったのかもしれない。

「……ごめん、なんか悪い事聞いちゃった。別に答えなくて良いよ」

アレンは死神の手から逃れて机のほうへ向かう。
まずはこの大量の本を消して、神王を十年務めた神といえば彼の名前は分かるだろう。
アレンは本の海へと乗り出した。死神は偶然あった本を手に取った。そして中身をパラパラと見てみる。

「……これは」

死神は適当に本を取り、また数ページみて閉じる。その作業を数回繰り返した。
……どういうことだ?

「アレン、この国は建国したのはいつだ?」
「……ん?えっと……まだ百年くらいしか経ってないと思うよ。私の曽祖父が建国したの。父上で三代目」
「この土地には前々から人は住んでいたのか?」

アレンは思い出すように言う。

「私の先祖が代々守ってきた土地なのよ。そこに百年前からどんどん人が集まってきて……。
ここに住む人達、髪の毛とか目の色が違うとかで迫害されてきた人達ばかりで構成されているの。
過去にそういうのが都会で流行ったのね。今も逃げてきた人達や住むところがない人達が来ているけど」

アレンは本の上を通ってやっと机に辿りついた。そして沢山の本を返す。死神の手の中からも本が消えた。

「……あっ、ごめん。見てた?」
「いや、それより、ここにある本は誰が書いたものだ?」
「知らない、前々からこの状態だったし……あれ?」

アレンは一つ消えていない本に気づいた。そして、その本の表紙に見覚えがあった。

「いつぞやの預言書っ!なんでこんなところにあるのよ」
「……預言書?」

アレンが首を縦に振る。
そして預言書を拾い中身をめくった。死神もアレンの後ろから覗きこむ。

「やっぱりあの時のだ。これね、死神と会う直前に城で拾ったのよ。そういえば私あの後この本どうしたんだっけ?」

摩訶不思議な現象を前にして本の事なんかすっかり忘れていた。

「……俺に会う直前だと?お前何か持っていたか?」
「……え?だって私が死神にぶつかったのはこの預言書を読みながら歩いていたわけで……。
ちょっと待って。私死神にぶつかった時この本持ってたでしょ?」
「いや、何も持っていなかったが」
『……。』

死神と顔を合わせたまま私達は数秒間言葉も出せずに固まっていた。
だって確かに死神に会う直前、私はこの本を読んでいた。死神にぶつかった瞬間この本を持っていた。
その後少し会話して、執務室まで走っていって……。その時本は持っていなかったような気がする。

「ちょっと待って、どういう事よこれ。死神とぶつかった時に消えたの」

寒気がしてきた。多分この地下室の空気だけではないだろう。
死神は私から預言書取り、ページをめくっていく。それと平行して死神の顔が難しくなっていく。

「……何、どうしたの?」
「本当に預言書のようだ」

あるページを私に向けて渡した。


……それは気候穏やかな春の午後。
二人は聖なる建物の地下で名を探す。
あるはずない名は見つかるはずもなく、見つける事も出来ず
世界は破滅への道を辿る。

「……聖なる建物って……この教会」
「あるはずもない名というのは俺の名の事だろうな」
「……見つからないはずがない……そんなの今見つけるんだから」

彼が神である以上、見つからないはずがない。アレンに対して死神は顎に手をあて呟いた。

「破滅への道……」

死神は何か気づいたように地下の外へ出た。部屋を出た瞬間強い魔力を感じた。今まで気づかなかった自分に嫌気がさす。

「アレンッ、こい!」

今までにない死神の強い口調にアレンはすぐに彼の元に駆け付けた。
預言書を置いてこうと思ったがその前に死神がアレンを担ぎ上げた。

「……何?どうしたのよ!……せめて横抱きとかが嬉しいんだけど」

人間にはこの力は感じないらしい。迫る危機に死神はアレンの要望に答えている暇はなかった。
普段あまり力を使わなかったことが幸いした。

「今から少し力を使う。慣れないだろうが、我慢してくれ」

……力?
何をされるのかアレンにとっては全く意味不明だったが多分、神しか使えない特別なものなのだろう。
具体的に使う前に教えて欲しかったのだが、死神のあまりの真剣さにアレンは何もいえなかった。何が起こっているというのであろうか。
その時、地の底から響きような轟音が地上に鳴り響く。それに一歩遅れるように地面が大きく動いた。
……地震?

そう思うと同時にアレンの視界が急に明るくなった。
移り変わる景色に頭が理解するのに数秒を要した。
視界が安定してから物事を飲み込み、今の自分の状態を把握したアレンは状態が状態ではなければ絶叫していたところだろう。

「……一応、ご要望にお答えして」

肩から死神の腕の中にアレンはすっぽり納まった。

「……何……何が起こっているの?」

信じられない光景を目にして動揺が隠せないアレンに対して、死神は冷静に地上を眺めていた。
始めに見た景色は教会の外だった。しかし、美しく立っているはずの建物は全壊しており、屋根についていた十字架が傾いていた。
倒れている人が目立ち、中には建物に潰されていて頭から血を流している人もいた。教会だけではなく建物という建物が全て木屑となっていた。
鳴り止まない轟音と共に人々の悲鳴が耳を突いた。
そして気づけば空の上にいた。担がれていたため、ちょうど死神の黒いマントが翻っているのが視界に入る。
その間から見えるのは全てが壊れた町。頑丈であった城さえも跡形もなく崩れている。
大地はひび割れ、緑のマットに茶色の模様が入っているようだった。
国の後ろに広がっている森も木が倒れまた大地が隆起し、また別の山が出来たようだった。
一瞬にして地獄と化した光景に空中に浮いたままでいる非現実的な現象もちっぽけなもののように感じた。
死神と目が合った。

「……破滅とはこんなものではない」

死神がボソリと呟いた。

「……どういうこと?」
「いずれ分かる。嫌でも……」

急に重力が体にかかった。一瞬体が宙に浮く。死神が力を解き、そのまま落下しているらしい。

「きゃあぁぁぁっ」

思わず死神に思い切り抱きついた。死神は静かに私の耳元で囁いた。

「心配するな。お前は俺が守る」
「……死神……」

嬉しいような、照れくさいような、それでまたこの状況で当たり前だという気もしないでもない。
信じられない速度で落下しているにも関わらずアレンはその瞬間だけ恐怖を忘れた。
深い意味はあるのだろうか……。

……あるわけないか。

私は彼の心臓であって、私が死ねば彼も死ぬ。それだけのこと。
久しぶりに地上に降りると、そこは痛々しい姿に変った草原地帯だった。
所々、地面が沈んだり、隆起したり、ひび割れていたりして以前の平坦なものと比べ物にならない。力が抜けて座りこんだ。

「……何で……こんなことに」

手元にあった草を強く握る。何か理不尽な感情がアレンの中で渦を巻いた。
誰にも当たれないことで更に苛立ちがつのっていく。落胆するアレンとは対照的に死神は大きな鎌を召喚した。

「……来る」

ポツリと呟いたその言葉と同時に、空から光が降りてきた。優しいものとは違う。
それは、何もかも壊してしまうような、荒々しいものを含んでいる。
その光は地上に届く瞬間はじけ、辺りを光に包む。耳を劈くような轟音。吹き荒れる風。
ここまでくれば自然現象ではありえない。悪夢を見ているような感覚だ。夢なら覚めてくれ。アレンは強く目を閉じた。

風が止み恐る恐る目を開けた。

「……っ!!」

まるで知らないところに一瞬にしてつれてこられたようだ。
草もない、建物もない、ただ一面茶の大地。ただ、自分と死神の周りだけ緑の草が生えているそんな状態だった。
それが逃げられない現実を呼び起こす。
視線を上げると、ただ光が降りてきたところを見つめている死神の姿があった。
黒いマントが風で翻る。私の視線を感じてか、死神がこちらをみた。

「大丈夫か?」

私は頷く事しか出来なかった。何もかもが信じられなくて声を出すことを体が拒否していた。
先ほどの轟音のせいで耳も上手く機能していないみたいだ。辺りからは音一つ聞こえない。

「……これから……何が起こるの……」

それは純粋な疑問。何が何だか分からなくて。とにかく、この状態から逃げ出したくて。

「破滅だ。神王の怒りが人間界を破滅させる」
「……神王……」

光だからやはり天上界なのだろうか。アレンはあの桜の舞う夜の出来事を思い出した。

「何か人間が悪い事をしたの……?」

死神は横に首を振る。

「原因は全て俺にあるだろうな」
「……え」
「しかし、悪い事をしたと思ったときはないがなっ!!」

死神の鎌が私の頭上を唸る。私は頭を押さえて蹲った。
……何っ!?私今から殺されるの?
そう思って、ゆっくり顔を上げた。死神の顔があったが、視線を向けているのは自分ではなく、自分の後ろ。

「……足掻くのもやめにしたらどうだ。死神の分際で。
わしを裏切り、挙句の果てに誘いを断った罪。今そこ嫌というほど悔いるが良い!!」

しわがれた声が後ろから聞こえた。振りかえってみると、そこのは眩しいしいほどの光をまとった男がいた。
アレンはその顔を知っていた。確かあの夜、死神と話していた奴だ。

……神王だったんだ。

場は緊迫しているにも関わらず死神は鼻で笑った。

「悔いるほどの罪を犯した事は今まで一度もないな。本当に阿呆な親父顔には困ったものだ。ほとほと学習能力がないと見える。
今回は俺が手を下すまでもなく、お前は勝手に死ぬだろうな。俺は面白い奴は好きだが、ただの阿呆にはとっとと消えて欲しい」
「ほざけ、死ぬのはお前だっ!」

死神はアレンを抱え、そのまま十m後退した。
私達がいた場所には丸いクレーターが出来あがっていた。何をしたかは良く分からないが、とりあえず、狙われている事だけは確実だ。

「はっ、邪魔な足枷を持っているようだな。こちらとしてから好都合。
その人間と一緒に消えるが良いっっ!!」

神王の作った光の玉がこちらに飛んできた。それは死神の鎌で伏せられる。

「……大丈夫?死神……。勝てそう?」
「勝ちはもう決まったも同然だ。……あとはこっちがどれだけもつかだが……」

力も圧倒的に向こうが有利。その上、こちらには戦う事も出来ないアレンがいる。
足手まといこの上ない。しかも、彼女は死神の命とも言える。だからどうしても離せない。死神がアレンを抱えてまた後退した。

「……ねぇそもそもなんであの神王に怒りを買わせたの?裏切りとかって……」
「あぁ、俺が上にいた頃、一度奴の臣下になったことがある。
その時、あまりの馬鹿さ加減に嫌気がさして神王から落としてやった。
おまけに、また神王になった暁に俺に臣下に下れと言ってきたんで蹴ってやった。それだけだ」
「……それだけって、全面的にあんたが悪いんじゃない」
「馬鹿は死ね」

……。
どうしても両者の間には埋められない深い溝があるらしい。
多分、交わる事はないだろう。アレンは内心ため息を付いた。

自分達に全く関係のない喧嘩なら誰も迷惑の掛からないとろろでやって欲しい。
「アレン……」
「何?」
「……今から飛ばず。着地をしっかりしろよ。死んだら一生恨んでやる」
「……は?」

死神はそれだけ言って、私の体を後ろに向かって力の限り投げた。
アレンの体は宙に投げ出され、孤を描きながら進んでいく。死神の姿が小さくなっていく。
これも何かの力が掛かっているのだろうか。あまり怖さは感じなかった。



   

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