「ねぇ、お兄ちゃん」
「なんだ、Sakura」
「明日・・・暇?」

Ashは読んでいた『月刊狩りに生きる』投げ捨てた。
Sakuraの反抗期が始まってもう数年目になろうとしている。
昔は泣くほどAshを独占したがっていた彼女も、13歳を前後にいつしかAshを邪険に扱うようになるようになった(Ash比)
Sakuraがハンターになってからしばらく一緒に狩りに行っていたものの、Carryなど友達が出来てから彼女らと出かけることが多くなった。
Ash自身もMHDメンバー主にBASで狩りにいくことが多くなり、ユクモに来てから一緒に狩りに出かけることなど数えるほどしかなかった。
Sakuraからの誘いはかれこれ1年振りとなる。
今日は記念日にしよう。と心の中で決め、Ashは立ち上がった。

「勿論暇だ。暇にする。今俺が決めた」

キメ顔で答えたAshにSakuraが眉をひそめた。

「・・・・別に約束があるならいいのよ」
「いや、暇だ」
「NobutunaさんやSEVENさんに迷惑かけてんじゃないわよ。本当無理しなくて・・・」
「暇なんだ。本当だ!
本当に狩りの予定とかないからっ!!」

Ashは壁のカレンダーをバンッと叩く。
そこにはAsh家3人のそれぞれの予定が書いてあるのだが、明日の予定は空白になっていた。

「・・・ならいいんだけど・・・」

疑わしい視線を送りながらもSakuraは要件を伝えた。

「ちょっと新しい装備を作りたいから手伝って欲しいの!」
「別にいいけど・・・何作るんだ?」

ナルガや、べリオ装備を思い浮かべ少しすぐに頭の中から消し去った。
そんな破廉恥な装備Sakuraに着せるわけにはいかない!
・・・いや、ちょっとみたいような気もするけど・・・いやいやいやいや・・・
お兄ちゃん、断固として反対だからな!

内心を悟られないよう、口元に手を当て考えるポーズ。

「ウルクS装備」
「・・・ウルクか・・・」

ウルクススの素材をふんだんに用い、氷耐性と回避性能に長けた装備である。
頭装備がうさみみという可愛らしさを備え、女の子に人気の装備だ。
きっとSakuraがきたら可愛いだろう。露出度も最小限に抑えられ異論はない。

「分かった。集まりきるまで付き合ってやる!」
「いや、いいよ・・・もうすぐで素材集まるし、・・・悪いし・・・」
「俺に遠慮するなって」
「いいのよ!自分の装備だしあまり人に頼るのも・・・。
Ashだってまた次の日狩りにいくんでしょっ」
「・・・Sakura・・・」

俺に気を遣ってくれるのか・・・とAshは素直に感動した。
双子であるが、Ashは昔からSakuraに構いっきりだったため、時々兄を越して親目線で見てしまう。
久しぶりにAshに甘えてみたせいか、Sakuraは少し気まずい空気を感じていた。
少し頬を掻き、ボソリと呟く。

「・・・なら、明日ね。約束よ」
「おう、任せとけ!俺の属性解放突きが火を噴くぜ!」
「楽しみにしてる。じゃおやすみ、お兄ちゃん」

パタパタと部屋に戻っていくSakuraを見送ってAshは大きくガッツポーズをした。
さて、早速SEVENとBillyに断りの連絡をしなくては。

++++

存在するもの全てが氷に覆われ、大河には大きな流氷が流れる土地、凍土。
名前の通り、昼間でも気温は0度に近く、生えている植物はほとんどみられない。
そのような過酷な地にすんでいるモンスターは鱗も堅く、気性も荒い。
氷の上を自由に移動するため、脚力や爪、牙も特化されているのが特徴だ。

しかし、悪いことだけではない。
凍土に辿り着いたSakuraは太陽の光を受けて光る氷の粒に歓声をあげた。

「見てみてお兄ちゃん、凄く綺麗!!」
「本当だ、ヤベェなこれ。
天気悪いイメージあるけど、晴れてたら中々いいなここ」

放射冷却によって寒さはひとしおだが文句は言わない。
元々寒いと思ってやってきているのだ。こちらの準備に抜かりはない。
早々にホットドリンクを飲み、体を温めてから2人はターゲットモンスターの探索に入った。


ポポの群れを横目に、2人は凍土を奥に向かって歩き出した。

「そういやドスバギィも倒さないといけないんだよな。
本当面倒くせぇ・・・。ギルドも単体クエにしてくれればいいことを・・・」
「そうなの!だから中々みんな誘いにくくって・・・」

前言撤回。ギルドグッジョブ。

装備的にもベリオSより劣るウルクS装備。
しかも素材を手に入れるクエストがドスバギィとペアだとなるとさらに他人を誘いにくい。
かといって1人で狩るのも手間である。

「まぁ、ドスバギィも所詮雑魚。
俺がすぐに倒してやんよ」

話をしているうちに、エリア2の洞窟前からドスバギィと鉢合わせた。

「さて、とっとと前菜を片付けてしまおうか」

背中に担いでいたスラッシュアックスをAshは展開させた。
Sakuraも背中の太刀に手をかける。
ドスバギィの鳴き声がエリアを越えて響きわたり、周囲の小さな穴からバギィが数頭顔を出す。
AshとSakuraを囲むようにバギィたちがこちらに向かって走ってくる。

「俺の炎で焦がされたい奴は前に出てこいっ!」

Ashはフレイムテンペストを容赦なく振り回した。

当たると眠気を誘う睡眠液を細かく動くことで回避し、2人は難なくドスバギィを倒した。

「ふぅ、思ったより早く終わったね」
「Sakura強くなったなぁ。
始めはランポスに囲まれて泣きそうな顔してたってのに・・・」
「それは最初のうちだけでしょーっ!?
今はドスランポスどころかリオレイアだって一人で狩れるわよ」

SakuraはAshの背中をポカポカ叩く。
Ashは笑いながら、Sakuraの攻撃をよけた。

「・・・なっ、Ashのくせに!」
「フッ、伊達に毎回鍛えられてないぜ。
俺という存在自体にAshの回避術+2がついてるからな!」
「地味に高いのがムカつく!」
「もう少し鍛えて神回避の術にスキルアップしようと今頑張ってるところで・・・」

背後から気配を感じて2人はその場から離れた。
2人の間を大きな氷塊が飛んでいく。
振り返ればそこには今回のメインターゲットがこちらを威嚇していた。

「さて、メインディッシュといきますか。
丸焦げにしてやるぜ、偽ウサギ」
「偽ウサギってなに?」
「いやだってどうみても顔はコアラです、ありがとうございました。だろ?」
「・・・・・・。」

Sakuraは思わずウルクススの顔を確認した。
見た目だけでウサギだと思っていたが・・・。
・・・・確かに。

武器に収まりきらない炎を散らつかせながらAshはウルクススに向かって駆ける。
そしてタイミングを合わせて滑るウルクススの背中に一撃を負わせた。

「ちょっとお兄ちゃん!装備にするんだから炎は手加減してよ!」
「・・・そうでした」

後ろからSakuraの声が響く。
なるべく毛皮のない腹を狙わなくては。
そういうところは流石女子というか。
装備にするモンスターを綺麗に狩ろうという発想は今までなかった。
Ashはモンスターとは真っ向から対等に戦うことを良しとしている。
素材集め目的にしろ、傷がついた、または破壊された鱗を使うことによってその装備は自分がハンターとして狩った証ができる。
装備にまた一つ味が出るというものだ。
そういった意味で、ディアブロスの上質な黒巻き角をそのまま使用したポッケ時代のSEVENのディアブロ装備が少し羨ましかった。
角をよく見れば新しい傷も古い傷も様々ついており、ディアブロスとそれを装備し始めたSEVENの戦いの記憶がそこに刻み込まれるではないか。
口には出さないが、あれは中々イカしていた。

Sakuraも相手の動きを見ながらうまく攻撃をしている。
いつも素材のことを気にしつつ戦っているのか、Sakuraの動きに戸惑いはない。

果敢に獲物に向かっていくSakuraを見ながらAshはSakuraがハンターになった頃を思いだす。
Sakuraを護りながら慎重に戦っていたのがついこの間のことな気がした。
今度はAquaも一緒に3人でガチ狩りにいってみようか。
勿論、ターゲットは金銀夫妻でおk。

「おらっ」

爆炎とともに、Ashの斧がウルクススの頭に当たる。
ウルクススの耳が砕けた。
その衝撃にウルクススが仰け反った。

「よっしゃ、もう一撃、ろっしょい!!」
「お兄ちゃんちょっとどけててね」

奥からSakuraが太刀を振り上げAshの隣に立った。

「やぁっ!」

掛け声とともに、一閃。
ウルクススの体に赤い線ができる。

うめき声をあげてウルクススは足を引きずりながら隣のエリアに逃げて行った。
あと少しであろう。

「よし、追いかけるか」
「私ちょっと研いでからいくわ」
「なら、とどめさしとくからゆっくりこいよ」

ウルクススを追いかけて走り出すAshにSakuraが非難の声を上げた。

「ちょっと、私にもいいところ取らせてよ〜。・・・もう」

それでも刀の切れ味は気になるので研いでおく。
こういった小まめな手入れが刀の寿命を決めるとAshの友人の太刀使いNobutunaが言っていた。
太刀はとても繊細で扱いにくい武器だと彼はいう。
しばらく彼に太刀の扱い方を教わっていたのだが、ユクモ村にきて上位ハンターをやっている今でも彼から教わったことが出来ているかといえばまだまだだ。
太刀使いとして最高の高みが見れるのはいつだろうか。

「・・・ん?」

視線を感じたような気がして、Sakuraは後ろを振り返った。
バギィが数頭後ろで跳ねているが、それ以外のモンスターはこのエリアにはいない。
気のせいかと太刀をしまいAshを追いかけた。
ぐずぐずしていると本当にAshにとどめを刺されかねない。


エリアを移った瞬間、ウルクススが地に伏した。
Ashが静かにスラッシュアックスをしまう。

「あ、Sakura」
「・・・なっ、ちょ・・・っ。
終わっちゃったのっ!?」
「まぁ俺が本気だしゃこんなもんだよ」

特に毛皮の部分に目立った傷はついていないし、防具の素材に使うには十分だろう。
Sakuraはガクリとうなだれた。

「私がとどめさそうと思ってたのに・・・」
「そうだったのか?悪い悪い」
「・・・私の装備の素材だから・・・。あまり人には任せたくなくて」

そういって、Sakuraは素材の剥ぎ取りを始めた。
Ashもそれを手伝う。

「欲しい素材は集まりそうか?」
「うーん、あと少し足りない。もう一頭倒した方がいいかなぁ。
でも良いよあとは自分でする。今日はありがとう」

ウルクススの素材をポーチにしまい、SakuraはAshに微笑んだ。

「ウサギの一頭や二頭俺がちょちょっと狩ってやるのに・・・。
さて、この寒い凍土ともさっさとおさらばするか」

ホットドリンクの効果が切れてきたのか、段々寒さを感じてきた。
雪もちらついてきたし撤収の頃合いだろう。

「お兄ちゃんも欲しい素材あったら言ってね。手伝うから!」
「おっ、ならアルバトリオンでも行くか―」
「うっ・・・それは・・・」
「嘘だ嘘」

その時、空の上から凍土全域に警報音がなり響いた。

++++

2人は顔をしかめる。この音はこの土地に新たなモンスターが発見された時の合図だ。
『乱入クエスト』と呼ばれていて、今狩ったモンスターより強力なモンスターがこの地に現れる。

「乱入だ?別に地形不安定でもなかっただろ」
「・・・そういえば私さっき何かの気配感じてたんだけど・・・」
「何かいたか?」
「その時は分からなかった。でももしかしたらいるのかもしれない」

この地が凍土であるなら、ティガレックス、イビルジョー・・・。
いずれも厄介なモンスターばかりである。

「まぁ余裕はあるけど目的は達成したわけだしな。
危険なリスク負ってまで討伐する意味はないだろう」
「そうね、天気も悪くなってきたし・・・」

キャンプに戻ろうとした2人の前に大きな影ができた。
ステップで後ろに下がり、上を見上げる。
上から急降下して現れたのは金冠サイズのベリオロスであった。

「・・・噂したらきやがったな」
「大きい・・・」

でもベリオロスって乱入クエに上がってたっけ?と思いながらも2人は剣を抜く。
まともに戦う気はないが、安全に逃げるためにも少し隙を作りたい。
ベリオロスの咆哮と共に2人は左右からベリオロス向かって走り出した。

「・・・っ、堅い」

過酷な地に住むモンスターの特徴として、体全体が堅い鱗で覆われている。
先程のウルクススとは違う感触にSakuraは顔をゆがめた。
太刀の歯が通りにくい。
何とか力で振りきって次の動作に入る。
しかし、動きが早いベリオロスは次の攻撃をすぐにかわしてしまった。
逆にこちらに向かって突進してきたので、Sakuraは回転して避けた。

動きが素早く、移動距離が大きいため近距離では少し骨が折れる。

逃げるといいつつ攻撃をやめないAshを見ると、どうやら最後まで戦う気になってきたらしい。
体力的にも、アイテムも十分にあるしそうなったとしても困ることはないだろう。
キャンプに支給品も届いているはずだ。

翼、爪を破壊し、ベリオロスは怒りを露わにした。
いつもより体が大きい分回避に気を付けなければならない。
そう思ってはいるのだが、狩っている最中、慣れがどうしてもその注意点を消してしまう。
納刀が遅れ、Sakuraはベリオロスの尻尾に巻き込まれた。

「きゃっ・・・」
「Sakura!」

遠くからAshの声が聞こえた。
痛みもあったが、無視して、体制を直そうとSakuraはすぐに起き上がる。
獲物を見つけたベリオロスは瞬時に弱点をついてくる。追撃が致命傷になることはよくあることだ。
Sakuraはベリオロスの姿を探すが先程いたところに奴の姿はない。

「Sakura、後ろだっ!!」
「・・・え?」

後ろをみると、壁に足を付けたベリオロスがこちらを見据えているところであった。
壁を蹴り勢いをつけこちらに突進してくる。
鋭い爪と牙がコマ送りでSakuraに近付いてきた。
恐怖もあったが、ハンターの経験がSakuraの体を動かせた。
無理やり体を回転させる。

Sakuraの背中のギリギリのところを爪がかすっていった。
風圧に押されながらも、傷を最小限に。Sakuraは冷たい氷の地面を滑るように転がった。
ベリオロスの尻尾が当たった腰も痛い。地面とすれた皮膚が痛い。地面からじわじわと伝わってくる氷の冷たさが痛い。
冷たいし、汚れてるし、痛いし。
普段なら文句を言っている最悪な状況でもSakuraは起き上がった。
今自分はハンターだ。
強くあらねばいけない。

「・・・しま・・・っ」

目の前にいたベリオロスは大きく息を吸っていた。
Sakuraの脳内に警鐘音が鳴る。しかし体は動かない。動いても意味がないことを体は知っていた。
氷を含んだ竜巻のようなブレスの前兆。
一拍。
冷たい小さな氷塊と強い風がSakuraを襲った。

氷を含んだブレスは人の体温で解けた氷の水を再度氷に作り変えてしまう。
真正面から喰らうと体が凍り、さらに竜巻で巻き上げられた雪がはりつき雪だるまのような状態になってしまうのだ。

風が収まり、顔を上げれば目の前に雪だるまがひとつ。
少し体が凍ったがSakuraの周りに雪はついていなかった。

「・・・Sakura、大丈夫か」
「Ashッ!?」

Ashの背中を前にして、昔こうやっていつも助けられていたことを思い出す。
あの時彼は大剣を使っておりガードもできたためAsh自身にダメージを追うことはなかったが、今はスラッシュアックスだ。ガードはできない。

「もう、馬鹿っ!なんで助けるのよ。
ガードできないのよっ!!」
「久しぶりに一緒に狩りにきたんだ。
少しはいいところを見せたいだろ?」

Ashは笑う。

「それで雪だるまになってたら世話ないわよ」

Sakuraは自分の未熟さに歯噛みした。
こんなつもりじゃなかったのに。
いつまでも守られているだけじゃ、強くなれない。
ベリオロスも雪だるまになったAshに標的を変えようと体の向きを変えた。
ベリオロスがこちらに向かって突進してきた。

「Ash逃げて!」
「勿論だ」

転がるAshの後ろで、Sakuraが背中の太刀を抜いた。

「・・・Sakura?」

突進を避けようとしないSakuraにAshは嫌な予感がした。


異様に集中力が高まっているのを感じる。
ベリオロスの次の動きが分かる。
昔初めて『斬れた』時のような感覚。

今なら、斬れる。

太刀を持つ手に少し力をいれ、Sakuraは直感のままベリオロス向かって走り出した。

「Sakuraっ!!」

後ろでAshが自分を呼ぶ声だけがうっすら聞こえた。

まずは、牙に一閃。
牙を断った感触にSakuraは驚いた。
堅いものを斬ったはずなのに、感触が軽い。
仰け反ったベリオロスにSakuraは追撃する。
全ての力を集中力をこの刀に移す。
太刀使いなら誰でも覚える最後の型。『鬼神斬り』
容赦ない太刀筋がベリオロスの頭を襲った。

Sakuraは攻撃を続けながらも内心、驚きが隠せなかった。
ベリオロスのような堅い鱗を持つモンスターをこれだけ軽い感触で斬るのは初めてだ。
モンスターに刺さった刃が滑るように動く。
今まで力で叩き斬っていたが、そのような無駄な力は入れていない。
最後の一太刀を終え、Sakuraは納刀する。
その強力な乱舞に、ベリオロスは悶えた。

Sakuraは静かにベリオロスを見据えた。
そしてもう一度太刀を手に取る。
ベリオロスが威嚇のため大きく吠えた。

Sakuraは突きの体制からそのままベリオロスの口へ太刀をまっすぐ突っ込んだ。
大きな咆哮は一瞬で、その後から来る耐えがたい疼痛にベリオロスがもう一度悲鳴を上げた。
そのまま静かに太刀をぬく。
口から咆哮の代わりに鮮やかな赤い血液が噴出した。

「・・・・っ。」

白い世界に突然広がる鮮やかな赤い染み。
異様な光景にSakuraは我に返った。
赤く染まった太刀を、自分を見て、自分の行いを思い出し言葉を失う。

目の前のベリオロスは痛みでその場で小さく悶えていた。
いつの間にかAshがベリオロスの頭の前にいた。
そして無言で、力を込め、スラッシュアックスをベリオロスにの頭に叩き込んだ。
ベリオロスは大きく一度痙攣をおこし、体はそのまま弛緩し凍土に伏した。

「大丈夫か?」

心配そうにAshはSakuraに声をかける。

「・・・うん、大丈夫」

反射的に声が出た。
自分の行動を思い返すと、涙が込み上げてきた。
こんなはずではなかった。
こんな倒し方、するつもりはなかった。
でも泣かない。泣けない。
私はハンターだ。
強くあらねばならぬのだ。

その場にたたずみショックを隠し切れないSakuraをAshは優しく抱きしめた。
頭をぽんぽんと叩いてやるとSakuraの首が垂れた。

「落ち着いたら、剥ぎ取って帰るか」
「・・・うん」

Sakuraは強くなったなぁ、とAshは改めて思った。

++++

「・・・ねぇ、Ash」
「・・・ん?」

帰りのネコタクの上でSakuraはぽつりとつぶやいた。

「私、初めてモンスターを『斬れた』かもしれない」
「・・・そうか」

Ashは静かに微笑んだ。それも大事な、そして大きな成長だ。

未だにベリオロスを斬った感触が忘れられない。
あのような堅い鱗でも滑るように動く刃。
ためらうことなく、一気に鬼神斬りができたのは初めてだ。


――太刀使いっていうのは『斬』れて初めて太刀使いを名乗れるんだ。
  Sakuraのそれは文字通り『叩き斬る』。
  太刀を極めるには斬り方を知らなければならない。

・・・まぁその域に辿り着くには多くの経験とセンスがいるんだけどな。

太刀を武器に選んだその後にAshの友人Nobutunaにしばらく太刀の使い方を学んだ時があった。
彼の言う『斬る』という言葉が理解できた気がする。

そして、その域に達するというということが、どういうことであるかも。

++++

「はい、休憩〜。
いやー、俺より筋いいんじゃねぇの?」

そう笑いながらNobutunaは水筒をSakuraに渡した。
Sakuraは太刀をしまい、Nobutunaの水筒を受け取る。

「・・・本当、ですか?
お兄ちゃんよりずっと強いのに」
「直にAshも強くなるよ」

俺よりも、な。

Nobutunaは苦笑して地面に座り込んだ。隣をSakuraに勧める。
Sakuraも汗をぬぐってNobutunaの隣に座った。
Ashの友人で、彼が所属している狩りチームMHDの団長。
ハンター歴はAshよりも長く、太刀をこよなく愛する自称、サムライだ。

「俺なんてその藁人形叩き斬るのに1週間掛かったのに・・・。
1日そこらで簡単にクリアされて正直テンションの下がり具合が半端ないんだが」
「い、いえ、Nobutunaさんの教え方が良いんですよ!」
「え、そう?
いやいや、Sakuraはいいこというなぁ。その性格をAshに少しでもわけてやりたい」

休憩の時間は主にNobutunaのハイパー雑談タイムであった。
しかしその内容は狩りをすること、太刀を扱うことにおいてとても大切なことばかり。
Sakuraはこの時間が好きだ。

「Sakuraは『鷹見のピアス』って知ってるか?」
「えぇ、この前お兄ちゃんが自慢してた」
「まぁ自慢したくなる気持ちは分からんでもないね。
一人前のG級ハンターとして認められた証拠でもあるから」
「・・・でもお兄ちゃん随分前からG級ハンターなんじゃ・・・」
「Ashのハンターランクは俺らのクエストに無理やり連れて行って短期間で底上げしたものだから・・・。
正直本人の実力に伴っていない。それはもう当時の話だが。
何が言いたいかっていうと、世の中にもそういうハンターはたくさんいるってこった」

それを自分の実力だと思う者もたくさんいる。

「・・・これは俺の持論であるが」

Nobutunaは話の初めにこう付け加える。
他人に自分の考えを押し付けることはどうやら好かないようだ。
聞いているSakuraからすればそれは正しいことであると思う。
聞けば、自分の目で確かめて、自分なりの解釈をして欲しい。
教える立場になってからNobutunaはそんなことを意識し始めたらしい。

「G級の実力がないのにG級ハンターと名乗る奴がいるように、斬れないのに斬っているという太刀使いがいる」

Sakuraは首をかしげた。
NobutunaがSakuraの太刀を持って、練習用の藁人形の前に立った。

「ちょっと見てろよ」

鞘から太刀を鮮やかに抜いて一閃。
藁人形がバッスリ斬れた。
鞘から太刀を抜いて、藁人形を斜めに斬るだけ。
簡単そうに見えるが実際この動作だけでもSakuraには一苦労だった。
重くて長い太刀を藁人形に適した角度で刃を入れる。
藁人形に刃が入るまでなんどはじかれたことか。
刃が入るようになってからも、力が足りず、半分にできたのはたっぷり1日後。

Nobutunaが自分の斬った物とSakuraの斬った物を拾って見せる。

「まぁこんなもん。
違い、分かるな」
「切り口が、全然違う」

Sakuraの切った物は切り口の藁が不揃いなのに対して、Nobutunaの物は全てが一直線に切れている。

「正解。
あと、付け加えたら力加減も全然違う。
俺の方が力入ってなんだ。
太刀を使ったことない人は力を入れれば入れるほど斬れると思ってるみたいけど、実は〜、そうじゃない。
慣れてくるとどこにどう刃を入れると斬りやすいか、分かってくる。
その方が使っている方の疲労は少ないし、太刀の切れ味も落ちにくい」

Sakuraは今までの訓練を思い出した。
人形を半分にすることだけを考えて、無理やり力で切っていたかもしれない。
そうではない、とNobutunaは言う。

「これは『太刀』だ。
物を叩くものではなく、斬るもの。
ただ叩き斬るだけなら大剣を使えばいい」

大剣は自分の全ての力を込め相手を『叩き斬る』武器。
力を込めれば込めるほど威力は上がる。

「太刀使いっていうのは『斬』れて初めて太刀使いを名乗れるんだ。
Sakuraのそれは文字通り『叩き斬る』。
太刀を極めるには斬り方を知らなければならない。

・・・まぁその域に辿り着くには多くの経験とセンスがいるんだけどな」

「G級ハンターになれば斬り方が身につくの?」
「さぁ、それは個人差だ。
上位に成りたてのハンターでも斬るコツを掴んでるやつもいる。
センスがあるんだな。
同時にそいつらはすぐにG級ハンターになる」

Nobutunaは太刀をSakuraに返し、煙草を吹かす。

「・・・まぁでもSakuraの言うこともあながち間違いでもないのかもしれないな。
G級は強さの一線を越えるランク。ハンターにしても、モンスターにしても。
武器ごとになんらかの一線があると仮定して、それを超えられた者がG級ハンターになれる。
その辺までいくとある程度の感覚とセンスは自然と身についてるもんだしな。
・・・そこで、G級ハンター体験だ」
「・・・?」

NobutunaはSakuraに鷹見のピアスを差し出した。

「つけてみたことはある?」

Sakuraは首を横に振る。

「これは身につけるだけで自動マーキングっていうスキルがつく優れもの。
つけるだけで目的のモンスターがどこにいるか分かるっていうものなんだが・・・。
なんでそれが分かるかという仕組みなんだが・・・つけてみてみりゃわかる」

Nobutunaに従って、Sakuraはピアスをつけた。
片耳つけるだけで、自分の中の世界が広がった。

「・・・何、これ・・・」

急に視野が広くなる感覚。
全ての情報が自分の中になだれ込んでくる。
周囲の木々の呼吸が聞こえる。水の流れが分かる。
水中にいる魚の動きも、農場で働いているアイル―の動き1つ1つ。
雲の流れ、火山の噴火・・・
世界のすべての動きが手に取るように分かる。

「なんて説明していいか分からないが・・・自分の感度を上げるんだよ。
そうして、目的のモンスターがどこにいるか、大きさ、何をしているか、どんな状態か。
見えない世界まで知ることができるピアス」

一斉にすべての情報が脳内に入りこみ、頭痛がしてきた。
Nobutunaは片方を受け取り、そして太刀をSakuraに渡した。

「その状態で、藁人形を斬ってみて」

藁人形を目の前にすれば、生きていないはずの藁人形から呼吸を感じる。
Sakuraは静かに太刀を抜き、藁人形に向けて太刀を振りぬく。

落ちた藁人形の半分の切り口は綺麗に揃っていた。

「・・・お見事。
まぁそういうこった。
あ、そろそろ外した方がいいぞ。一般人が長くつけると疲労半端ないから」

外した瞬間、力が抜けて、Sakuraは座り込んでしまった。
NobutunaはSakuraからピアスを回収する。

「・・・確か、Rikuさん両耳にずっとつけてましたよね」
「うん、Rikuも最初は1週間くらい体調崩してた。
つけながらまともに戦えるまで1ヶ月・・・。
今はつけた世界にむしろ慣れてきたみたいで外したら外したで世界が静かになったようで怖いとかいってたな。
俺もこの感覚はあまり好きじゃないから、必要時以外つけない」

・・・1ヶ月。
片耳だけを少しつけていてこの状態だ。
両耳だとどれほどのものか。

「・・・あ、なんか今Rikuさん凄い。とか思ってるかもしれないけどG級くらいになると経験もそれなりにあるし、Sakuraより疲労は少ないからな。
さて、話はそれたが、まぁ何がいいたかったというと・・・。
鷹見のピアスと同等の力は、経験により自分でも得られるということだ。
自分のものとなった力は副作用もないし、自分に利益しか与えない。
狩りをする中で敵のモンスター以外の情報なんていらないからな。ピアスなんかに頼る必要はない。
敵を知って、己を知って、太刀を知る。
太刀使いの道のりは長く険しいぞ。
ということで今日の訓練終わり!
太刀研いどけよ〜。己の魂だからな」

++++

ベリオロスを前にしたとき、ベリオロスがどう動いて、方向からどのような力で太刀をいれればいいか、手を取るように分かった。
太刀は予想通りに進み、気づけばベリオロスは自分の前に付していた。

昔、一緒に狩りに行っていた頃、Ashは言った。
『モンスターは真っ向勝負で向かってくる。だからこちらも真っ向勝負で向かうのが礼儀だ』
その言葉が自然にSakuraの中に入り、それがSakuraのハンターとしての信念となった。
そんなAshの手前、効率をとっさに考え行動してしまったことに落ち込み、恥ずかしく思った。

「Ash・・・」
「なんだ?」
「私、これからもハンターとしてやっていけるかな・・・」

理性が戻ってきたとき、すでに周囲は血の海だった。
自分の本能でとってしまった行動が、自分で怖くなってきている。

「大丈夫じゃねーの?
あれだけの太刀筋、俺もびっくりしたし」

なるべく、普段通りにAshは答える。

「でも・・・っ、私・・・」
「良いこと、悪いこと全てを経験してプロのハンターだ。
この職業やってる限り誰も綺麗な道だけを通ってはこれまいよ」

目の前で仲間が死ぬこともある。見捨てなければならないときもある。
誰かに恨まれることだって、理不尽なことを叩きつけられることもある。
こちらのエゴだと知って尚、倒さなければいけないモンスターもいる。

むしろ良いことなんてあるのかと思うくらい、暗鬱な世界だが、それでも世界は美しいと一番感じられるのもこの職業だと思っている。

ぽつり、ぽつりと呟くSakuraの頭をAshは撫でた。
Sakuraはハンターになってから泣かなくなった。
深刻に悩んでいるときも多々あったが、狩りを辞めることはなかった。
より明るくなった。たくさん笑うようになった。
始めは反対してたけど、今ハンターになって良かったと思っている。

「怖いと思うのならそれを恐怖と思えなくなるまで立ち向かえ。
まぁ、辞めるっていうならとめないけどな。
Sakuraに危ないことしてほしくないし」
「ありがと・・・お兄ちゃん」
「今度はAquaも一緒に行こうな」
「・・・そうだね」

凍土を過ぎ、渓流の暖かな風が2人を出迎えた。

Sakuraは自分の愛刀を手に取り、そっと撫でた。
まだまだ斬ることができない私だけど、もう少し待っててね。
貴方を本当の太刀使いの愛刀にしてあげるんだから。

++++

今日もユクモ村に朝が来る。
寝坊をしたらしく急いで階段を下りてくるAshを2人の姉妹が迎えた。

「おはよう。食事できてるわよ」
「あんがと。」
「おはようお兄ちゃん」
「おはようSaku・・・」

席に着くなりパンを口に詰めたAshの動きが止まった。

「・・・え、なに?」

パンを飲み込んで一拍。Ashが大きく机を叩いた。

「何ってこっちの台詞だろ!!
なんだその破廉恥な装備は!!ベリオロスは頭までといっただろ!!」
「いいじゃない!
この前の狩りでベリオロスの装備の方が早く揃ったんだから!
こっちの方が防御力あるし・・・」
「どこをどう見れば防御力あるのか説明して欲しいんだけど!
腹と背中ほぼ見えてんじゃねーか!!
駄目です。お父さんそんな装備認めません!!」

家用にしなさい!なんて、威厳のないことは心の中で付け足しておく。

「Ashお父さんじゃないじゃない。
じゃ私Carryたちと約束があるから。いってきまーす」
「気を付けてねー」

AquaがのほほんとSakuraを見送る。

「ちょっ、まだ話が終わってな・・・」
「Ashは時間はいいの?」
「・・・ヤベッ・・・。
くそSakuraめ、帰ってきたら説教だな。
あと防具屋に装備の不服申し立てをしてきて、集会場にいる色目使ってるやつら張り倒して・・・」

ぶつぶつと呟きながらAshは朝食を掛け込み、最後にお茶で流し込む。

「ごちそうさま。美味かった」
「・・・味分かったの?」
「勿論。じゃ行ってくる」
「いってらっしゃーい」

AquaはAshを見送り苦笑した。
今日も短気な騎士とお転婆なお姫様は元気なようだ。

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