紅玉が欲しい。
妹がそう言ったら、動かぬのは兄の恥である。
明日の予定を全て白紙にし、約束を取り付け、揚々と集会場へ向かう。
目標は火竜の紅玉。
妹の為に、妹にいいところを見せるため、日々お兄ちゃんは恰好をつけるのである。
目標は火竜の討伐。戦利品は紅玉と、妹からの愛!
「「あ、」」
クエスト掲示板からクエスト受注書を剥がそうとした瞬間、隣の人の手とぶつかった。
そこから出会いも愛も芽生えるはずはなく、ぶつかった手の主にガン付けようと横を見る。
いつもなら話合いで解決しようとか譲る精神も出てくるのだが、今日ばかりは絶対に譲れない。
だって愛しい妹がこのクエストを、紅玉を欲しがっているのだから!
目が合った瞬間、互いの顔をみてその表情は驚きに変わった。
「あれ?Tharrosちゃん」
「・・・Sakura・・・」
おはよー、どこのクエスト行くの?
こちらが口を開く前に背後で妹達が会話が華を咲かせ始めた。
楽しそうに話している彼女らをみて、2人の争う気も段々失せてきた。
なんていうか、身内だし。
Ashはクエスト受注書から手を引いて頭を書く。
「・・・なんだ、Billy。お前が火竜なんて珍しいな」
「・・・別に。Tharrosが火竜の紅玉が欲しいといっていたから」
「ふーん、俺もSakuraが雌火竜の紅玉を欲しがっていてだな・・・」
自分のアイテムボックスの中に山ほどあるのだが、それを渡しても彼女たちは喜ばないであろう。
ちらりと受注書を再度確認する。
孤島でリオレウスとリオレイアの同時討伐。
他に火竜の討伐依頼は届いていなかった。
2人は背後で会話をしている妹達を再度見た。
なんか、ここで争うのも申し訳なくなってくる。こうなったら折衷案だ。
丁度定員4人ならピッタリじゃないか。顔見知り同士であるし。
「オイSakura、Billyらがレウス狩りたいみたいんだんだが、一緒にいいか?」
「え、そうなの?
なら一緒に行こうか!」
Tharrosも頷く。異論はないらしい。
こうして4人は紅玉ゲットのため朝早くユクモ村を立ち、孤島に向かった。
「・・・遅い。物凄い遅い」
日はもうとっくに昇り、ともすれば朝ご飯の糖分も切れかけお腹が鳴りだす時間帯。
集会場の前でSEVENは腕を組み、仁王立ちしていた。
「ちょっともー、なんなのBillyはんもAshも!約束の時間とっくに過ぎてるんだけどーっ!?」
「・・・あれ、SEVEN?」
集会場からブナハ装備にライトボウガンを担いだFIVEが出てきた。
「あ、FIVE。久しぶり!」
基本SEVEN一族は自由だ。同じ家に暮らしているが、顔を合わせることがほとんどない。
「久しぶり、どうしたの?こんなとこで・・・」
待ちぼうけをくらい、久々に見る知り合いにSEVENのテンションは上がりまくった。
「あぁ!ちょっと聞いてよFIVEタソ〜!
今日BillyとAshと一緒にディアブロ狩りに行く予定だったんだけどさぁ〜。
2人共全く来ないわけ!!」
「・・・Billyと、Ash?」
その言葉にFIVEは眉を寄せた。
確かその2人今日朝どこかでみたような気がする。
・・・そういえばSakuraが今から4人でレウス夫妻狩りに行くとか言ってたっけ?
珍しい面子だと思っていたが、そういうことか。
「その2人なら朝早くに妹達と一緒にレウス夫妻狩りに行ったわよ」
「はぁっ!?・・・ちょ、なんなのそれマジでないんですけどぉ!!!
俺どんだけ待ったと思ってんのっ!?
2人揃ってドタキャンもいいとこでしょ。ていうか俺はハブッ!?ハブなのっ!?
もーないわぁ・・・マジないわぁ!!」
「SEVENザマァww」
FIVEは笑って階段を下りていった。
どうやら自宅へ戻るつもりらしい。
SEVENはそんなFIVEの肩を掴んだ。
「・・・なに?」
「俺と一狩りいかないか?
今ならディアブロスの他に黒ディアもついてくるけど?」
FIVEは目を細めてSEVENを睨みつけた。
「・・・行く」
「そーこなくっちゃ!お姉さーん!このクエスト受注するよー!!」
「・・・って、そのクエスト私が昨日から狙ってたやつ!!
ないと思ったら、なんであんたがもってんのよっ!!」
集会場が一段と騒がしくなった。
++++
「よっしゃ行くか―!」
珍しく全員がキャンプで下されたところで、地図を開く。
「・・・2手に分かれるか」
「見つけたところでペイントボールで合図。
どの道合流するだろうから、そのまま討伐開始ということでいいか」
「分かった」
「了解」
短く打ち合わせをして4人は孤島へ足を向けた。
リオレイアを求め、AshとSakuraは巣に向かった。
彼女はおそらくそこにいるだろう。
湿気の多い岩の間を抜け、孤島の頂上に彼らの巣はある。
「いたっ!」
空と海の絶景を拝める場所に彼女はいた。
存在を確認すると同時に2人は走り出した。
「Sakura、ペイントつけるぞ」
「お願いっ!」
減速するAshを追い抜いてSakuraがいち早くリオレイアの元に駆け寄った。そのまま背中の太刀を抜きすらりと頭に一閃を浴びせる。
後ろからペイントボールが飛んできた。
2人の存在を確認し、リオレイアが威嚇の咆哮を上げた。
Sakuraは太刀を構え、Ashは炎を纏ったスラッシュアックスを展開させた。
一方、下流を進んでいたBillyとTharrosはエリア2でリオレウスを見つけた。
どこかでリオレイアの咆哮が聞こえたのか、ピクリと反応し、巣の方角を見上げる。
侵入者が孤島に入ったようだ。
リオレウスが翼を広げ飛ぼうと翼を広げた瞬間、体にこつんと何かが当たった。
「・・・Tharros」
「はい、兄さま」
何事かと振り返るリオレウスの足元を何か小さいものが通過した。
すぐに小さな痛みが足元を襲う。
敵の存在を認め、リオレウスは大きく息を吸い咆哮をあげようと首を下げた瞬間、頭に強い衝撃が襲った。
思わずリオレウスは仰け反る。
「さて、始めますか」
ハンマーを抱えなおしてBillyが小さく呟いた。
狩りの方は順調で上位といえど狩り慣れているおかげで危なげなく進む。
先に助けを呼んだのはリオレイアの方で、助けの声を聞くやいなやすぐにリオレウスは巣に向かって飛び始めた。
2人は舌打ちしながらもその後を追う。
・・・なんていうか、さながらAshのようだな。と思った。
上空を大きな影が通過したのを見て、Sakuraが表情を硬くした。
先程の咆哮でリオレイアがリオレウスを呼んだのであろう。
・・・呼んだというのが正しいのか、リオレイアの声を聞いてリオレウスが駆け付けたというのが正しいのか。
どちらにせよ、モンスターながらに羨ましい関係である。
「Sakura、おそらくBillyとTharrosはこっちに向かっている!
それまで2体同時にいけるかっ!?」
「大丈夫!
もう、初心者扱いしないでよね!」
「それも、そうだな」
Sakuraの言葉にAshは苦笑した。
Sakuraの太刀筋は文句なしに上位ハンターのそれだ。
滅多な心配はいらないであろう。
リオレイアの姿をみてリオレウスは怒りの咆哮を上げる。
Billy達が相当暴れてたらしく、部位破壊はほぼ済んでいるがそれでも怒ったリオレウスの攻撃力は侮れない。
リオレウスは上空からリオレイアに攻撃していたSakuraめがけて火球を落とす。
「・・・きゃっ!」
寸前のところで回避はするが、攻撃していたリオレイアと離れてしまった。
「Sakuraっ!?」
「大丈夫!」
息をつき体制を立て直す。
今後に備えて回復薬グレートを飲んでおいた。2匹同時に攻撃を喰らう可能性を考えて用心に越したことはない。
・・・折角の攻撃チャンスが。
もう一度隙を探そうとするが、2体いることで意識が分散し中々どちらにも攻撃をしかけることはできない。
ここは、Billy達と合流するまで、様子を見た方が賢明か・・・。
Ashの様子を伺うと果敢にもAshはリオレイアの足元で属性解放突きをする余裕まで見せていた。
リオレウスの行動も見ながら突進も上手くかわしている。
隙を見て斧に変形し直し、転んだリオレウスにも斬りかかるという無駄のない芸当までしてのけていた。
「・・・・。」
Sakuraは口を結んで太刀の柄を握った。
まだまだ、追いつくために登る先は長そうだ。
2頭の火竜に向けて走り出そうとした瞬間、脇を2つの影が通り過ぎた。
「・・・今きた。大丈夫?」
TharrosがチラリとSakuraを見る。
Billyはそのまま真っ直ぐ火竜向かって走っていった。
「うん!」
リオレイアがAsh向かって火球を噴出した。
「・・・うおっ、ヤッベ・・・」
この位置だと2球目は確実に当たる。
Ashは舌打ちして覚悟を決めた時、リオレイアの小さな悲鳴が聞こえた。
「そんな位置取りで大丈夫か?」
Billyの小さな抑揚のない呟きを聞きとりAshはふっと笑んだ。
「大丈夫だ、問題ない。ていうか遅ぇぞ」
「もう1体倒してるかと思ったのに」
「うるさいわ」
軽いやり取りをしながら2人は獲物に向かって武器を振り落とす。
2体が近くにいるにも関わらず2人は上手い具合で攻撃を避け、次の攻撃に繋げている。
攻撃に加わろうと思ったTharrosもその光景に見とれ足が動かなくなった。
たまに2頭同時に戦うことはあっても、自分達ではあんな芸当中々できない。
自分の力を過信しすぎることはいけないことで、危険なリスクは避けるべきだ。
避けるべきであるが、・・・。
こんな光景を見せつけられると悔しく思えるのは当然のことであって。
「・・・っ」
追いついたと思ってもやはり兄の背中は遠かった。
足の止まったTharrosの背中を見て、Sakuraは少し安堵する。
多分同じ気持ちなのであろう。
Tharrosは自分達の中でも狩りの技術は高く、兄達と並んでも引けを取らない強さを持っている。
そんな彼女にも更なる高みがあったのか。
SakuraはTharrosの肩を叩いた。
Tharrosはビクリと震え驚いてSakuraを振り返った。
見とれていたのに気が付く。
「行こうか。
とどめ刺されちゃうとなんか悔しいし」
それに自分達の素材集めなのだ。
自分達が頑張らなくてどうする。
Tharrosは頷き、腰に佩いた片手剣に手を伸ばす。
兄たちの背を追い、もっともっと高みへ。
Sakuraの一太刀でリオレイアの尻尾が切り落とされる。
「おぉ、Sakuraスゲェじゃん」
「・・・Ashさん良いとこなしですね」
「うるさいわ。俺は紳士的にサポートをだな」
「お兄ちゃん、後ろっ」
リオレイアの悲鳴にリオレウスがこちらに向かって滑空してきた。
Ashは恐れるどころかニヤリと笑みを浮かべた。
リーチの長い斧を構えてリオレウスをしっかり見据え、剣を構える。
「いらっしゃーいませぇ!!!」
同時にハンマーに力を最大限に溜めたBillyもAshと一緒に攻撃する。
早い速度で滑空してきたリオレウスの足元に強力な一撃。
リオレウスはバランスを崩し、地面に落下した。
その隙を見逃さずAshはそのまま剣モードに移行し、属性解放突きまで攻め続ける。
Billyも頭の方で攻撃の手を休めない。
その光景を黙ってリオレイアが見ているはずもなく、起き上がり咆哮を上げた。
リオレウスの元へ駆け寄ろうとする道をSakuraとTharrosが阻む。
程なくして、2頭の火竜は地に伏した。
「紅玉出たー!ありがとう、お兄ちゃん」
「良かったなーSakura。頑張ってたもんなー」
「・・・・・・。」
赤く光る紅玉を見つめるTharrosにBillyは少し口元を緩めた。
急に振り返ったTharrosは少し笑みを浮かべていたBillyの顔をみて少し驚いた。
一緒に住んでいたとしてもこの表情は貴重だ。
「・・・何かいいことでも・・・あった?」
「・・・いや?」
その表情はいつもの無に戻る。
良いことか。なかったといえば、嘘になるかもしれない。
++++
集会場に戻れば女性陣は取れたての素材を持って武器屋に行った。
その背中を見送ってAshとBillyは先に温泉に浸かった。
何が効果を示しているのか分からないが、湯に浸かった瞬間、疲れや痛みが和らいで行く。
しばらく温泉の効果を堪能してからAshが口を開いた。
「・・・まぁ・・・なんだ。
・・・妹と狩りに行くのも結構大変なもんだよなぁ」
Billyは閉じたまま頷いた。
「分かる。凄く分かる」
Billyと心が通じ合ったのを感じAshはしみじみと語る。
「Tharrosは、強いから大変だろ」
「この前、イビルジョーのボコボコの頭殻を持ち帰ってきた時にはどうしようかと思った」
Ashはまさに(゚Д゚)のような表情になった。
勿論、Tharros自らボコボコにしたものだ。
あの小さな華奢な体のどこにあんな力が・・・。
流石のBillyも一瞬言葉を失った。
結局「良かったな」の言葉しかかけれなかったが、何が良かったのか自分でもよく分からない。
Ashも咳払いして呟き始めた。
結局このことに対してAshもコメントのしようがなかったのであろう。
「・・・Sakura最近も何食わぬ顔でごつい素材持ち帰ってきてな・・・。
黒ティガとかいつの間に狩れるように・・・」
お兄ちゃん見て見て〜!とギラリと光る黒い爬虫類の上鱗を輝かしい笑顔で見せるSakuraの眩しさといったら。
自分が持つと何も思わないが、妹が持つとこの破壊力。
ウルクススの素材で目を輝かせていた時代が懐かしい。
『・・・・。』
ハンターたちで賑わう時間帯には早く閑散としている温泉に2つのため息が響いた。
「・・・Ash、明日アルバトリオンボコリに行こうかと思っているんだが、付き合わないか」
「奇遇だなBilly、俺もそう思っていたところさ」
兄としての威厳を保つためお兄ちゃん達は日々努力するものなのだ!
全ては妹の為に、妹にいいところを見せるために!
++++
後日談。
「おらSEVEN、ボサッとしてんじゃねぇぞコラァ!
巻き込まれたいのかっ!!」
「SEVEN邪魔。
遊びなら帰ってくれる?」
「は?え?・・・あの、2人共どうしたの?」
いつもであれば巻き込み同然で攻撃をするAshも、隙があればハンマーで問答無用にかちとばすBillyも黙々と狩りに勤しんでいる。
2人共目が真剣そのものだ。
あのハブられた一件から様子が明らかにおかしいのだが何かあったのだろうか。
「SEVENトリニティアターク!〜風にAshを添えて〜」
「効くかぁ!」
「なぬっ!?避けた・・・だとっ!?」
「来いよ、SEVEN!
お前の突進なぞ全て避けてみせるわ!!」
「えーなんなのその宣言。逆に引くわぁ・・・やる気無くすわぁ・・・。
・・・本当どうしたの?この前の1件で何があったの?」
首を傾げるSEVENをよそに己の技術を黙々と磨き続ける2人であった。
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