「・・・え、明日?」
毎日家で顔を合わせているが、一緒に出掛けたのは遠い昔に思える。
Faltからの誘いは、Lamiaを動揺させるのに十分であった。
思わず磨いていた弓を床に落としかけなんとかとどまる。
Faltもいつも被っているマギュルの仮面を磨きながら笑顔で話す。
人に素顔を晒すことを嫌うFaltが、躊躇いもなく素顔を見せてくれる。
これはLamiaの中で密かな自慢だ。
「うん、オイラ明日予定なんもないんだよね。
でも休むには体軽いし、明日オイラと一緒に狩りに行かない?
そういえばユクモきてから一緒に狩りにいったことってないじゃん?」
「そうねー。
Faltったらユクモ村ついた途端Nobutunaさん達と渓流行っちゃうし。
引っ越しの片づけを1人でやったのは良い思いでよねー。
それ以来ほとんど休みなく毎日出かけるし、料理に掃除に洗濯今まで誰がやってるかっつー話よね」
嫌味たらしく言いながらFaltを見ると口元を引きつらせていた。
「・・・うっ、え・・・っとそれは謝るっていうか、ユクモの自然がオイラを呼んでたっていうか・・・。
その・・・ごめんなさい。
これから手伝います」
「別に〜全然気にしてませんけどぉ〜」
「反省してます」
素直に頭を下げるFaltに満足してLamiaは弓磨きを続けた。
「で、どこにいくの?」
「え、行ってくれるのっ!?」
Faltが驚いて思わず立ち上がる。
少々オーバーリアクションなFaltにLamiaは苦笑した。
・・・そりゃ、あんたが私と行きたいというのなら余程の事がない限り行くわよ。
十何年一緒にいて、あんたの素直な頼みを断ったことなんて一度もない。
答えは最初から決まっていたが、わざと上からの態度で答える。
調子に乗ると物凄くうるさいから。
「行ってもいいわよ」
「よっしゃ!Lamiaちゃん行きたいところある!?」
「・・・目的があって誘ったわけじゃないのね・・・?」
そりゃそうか。
Faltは毎日のようにMHDメンバーと狩りに出かけているし、実力のある彼らとならば欲しい素材は簡単に手に入るだろう。
なら何故、自分と狩りを・・・なんて考えないことにする。
目的もないのなら、単に暇潰しだろうし。
「なんならLamiaちゃんの素材集めに付き合うよ」
「私も、特に欲しいものなんて今はないわ」
「・・・そっか・・・」
うーん、とFaltは顎に手を当て少し考える。
「なら集会所いって手ごろなクエストに行こうか。
それでいい?」
「・・・いいけど、別に・・・」
いちいちこちらにお伺いを立ててくるのはなんなんだろうか。
確かに良く文句はいうけれど、・・・なんか・・・気を遣わせているような、少しだけ溝を感じるような。
Faltは予定が埋まった嬉しさか、マギュルの仮面をくるくると回し始めた。
「なら早速準備しないとなぁ〜。おいらとっておきの弓を見せてやるぜ!」
「どうせいつもの拡散弓でしょ」
「Lamiaちゃんも早く拡散弓の魅力に目覚めればいいのに・・・」
「拡散弓なんて使わないわよ」
今まで何十回、何百回と繰り返した会話。
全てFaltに染まるわけにはいかない。
これは、ハンターになるときに決めた。意地だ。
「なら、明日ね」
「寝坊しないでよ」
「分かってますって」
Faltが小走りで部屋に向かう。
Lamiaはそれを見てため息をついた。
++++
次の日。
晴天に恵まれ絶好の狩り日和となった。
朝食を食べて一緒に家を出る。
2人並んで外を歩くこと自体久しぶりの感覚だ。
いつも顔を見ているはずなのに隣にFaltが歩いていることが新鮮に思える。
「・・・Lamiaちゃん?」
ふと、視線を感じたのかマギュル仮面がこちらを向く。
Lamiaはすぐに視線を外し、早足で集会場に入った。
「・・・べ、別に何もないわよ。
さ、クエスト選びましょう」
「そうだね〜。いいのあればいいんだけど。
ガルルガさんとか」
「ガルルガは流石にないでしょ」
ハンター達が賑わう集会場の人込みを縫いながらクエスト掲示板の前までいく。
「さて、どうしようか」
「うーん・・・そうだねぇ。
折角晴れてるんだし渓流が良くない?」
「そうだね、近いし・・・」
一通り目を通しLamiaが1枚のクエスト受注書を手に取る。
「ナルガクルガ。どう?」
「いいね」
FaltがLamiaから受注書を奪い、そのまま受付に走る。
「おねーさん、このクエスト頼むよ」
「かしこまりました。お気をつけて」
++++
渓流に着くと私は飛竜の巣に下ろされた。
Faltは別の場所におろされたのだろう。
「・・・さて、先にナルガを見つけないと・・・」
Faltに1人で狩らせると少し面倒くさいことになることは昔の経験から知っている。
今は他のメンバーと狩りに行っているから少しはマシになったのだろうか。
悪い噂は聞かないからそれなりにやっているとは思うのだが・・・。
巣を抜けて滝を潜る。
ナルガクルガの影はそこにはなかった。
チッとLamiaは舌打ちをした。
ここでなければ・・・。手当たり次第に探すしかない。
Faltがペイントボールをつけてくれればいいのだが・・・。
Lamiaは水飛沫を上げながら川を下っていった。
彼と私は従兄妹だ。
そのため、物心ついた時からほとんど一緒にいた気がする。
ハンターになって世界を回り始めてからはずっと一緒に住んでいる。
Faltと一緒にいたい、彼を意識したのはいつからだろう。
私はとにかく追いかけ続けた。
立ち止まるとFaltは勝手に先に進んで行く気がして。
見えなくなりそうな彼の背の後をついていくのがやっとだった。
でも、彼の隣を歩いているのはいつも私ではなく別の・・・。
それは彼の狩り仲間であったり、彼の愛してやまないモンスターだったり。
私が彼の隣に並べたのは幼い頃しかなかった気がする。
Faltはどんどん強くなり、先に行く彼を私は必死に追いかけて・・・
Carryに呆れられたり、SakuraやTharrosに感心されたりしながら、
追いつかなくて時々立ち止まりそうになるが、それでも・・・
ここまできたら意地である。
Faltの口から拒絶が聞かれるまで、私はFaltに・・・
ナルガクルガの咆哮が聞こえた。
鳴き声に怒りが混ざっている。
既に戦闘中ということか。
「・・・ったく、ペイントボールくらい見つけた時に投げるのが狩りの基本でしょ!」
Lamiaは走りだした。
++++
ナルガクルガの姿をとらえた時には既に頭部と腕の部位破壊は済んでいた。
Faltの放つ弓は容赦なくナルガクルガに雨のように襲い掛かる。
目を光らせ、不規則な動きでFaltに襲い掛かるナルガクルガ。
それを交わし、次の矢を放つFalt。
「・・・。」
Lamiaはその光景をしばらく眺めていた。
・・・変わらない。
久しぶりにFaltが狩りをする姿を見たが、以前と変わらない。
Faltの狩りはハンターというより獣に近い。
向き合った相手を本能のままに倒す。
そこには弓と防具以外何も存在しない。
己の身と武器だけで真正面から大きなモンスターと戦う。
敵か自分が倒れるまでずっと。
Faltの視力が奪われた時もそうして極限まで戦い続けたことが原因だ。
怪我に懲りて、MHDに入り集団で戦うことを身に付け少しは治ったかと思ったけれど・・・。
Faltを見れば回復も忘れているのだろう。
息が荒い。傷も数ヶ所できているがそのままだ。
Lamiaはため息をついてアイテムポーチを探った。
粉塵王印の生命の粉塵。
その袋の中身を開くと、風に乗り白い粉が周囲に拡散し、体を癒す。
Lamiaは背中の弓をつかむ。
自分も何かしないとFaltと狩りにきた意味がない。
素早く動くナルガクルガに矢を当てるにはタイミングと位置取りが重要だ。
離れていてもすぐに間を詰められてしまう上に尻尾の攻撃は範囲も広い。
クリティカル距離を取るのも難しい。
しかしこちらもナルガクルガとの戦闘は経験済みだ。
Lamiaは目を細めてチャンスを狙う。
貫通弓はタイミングが重要だ。
ナルガクルガが正面を向いた瞬間、弦を離す。
一本の矢はナルガクルガの全身を貫いた。
「・・・Faltばっかにいいところみせられないからね」
次の矢をつがえてLamiaは言った。
Faltの方は粉塵を使ったにも関わらずLamiaには気づいていないらしい。
ナルガクルガとの戦闘に意識を全てとられているに違いない。
Faltの世界には今ナルガクルガしかいない。
Lamiaの矢が尻尾に注ぎ、ナルガクルガの尻尾に深い傷ができる。
ナルガクルガは大きく仰け反った。
「やった!」
一瞬Faltをみたが、Faltの視線はナルガクルガに向いたまま。
何故仰け反ったのか、尻尾に傷がついたのか、などというのは疑問に思わないのだろうか。
Lamiaは歯を噛みしめた。
一緒に狩りに来ているというのに、あの馬鹿は・・・
ナルガクルガの攻撃を宙に跳躍しながら交わすFaltを見る。
身体能力と弓の技術はさらに洗練され、上位のナルガクルガなど彼の遊び相手のようなものだろう。
彼の表情には笑みすら浮かんでいる。
合流してから一度も私を見ていない。
私の存在に気が付いていない。
・・・誘ったのはFaltのくせに・・・。
状況も状況だ。狩りの最中に雑念など持つものではない。
それが分かっていても、徐々に沸いてきたのは怒り。
これが嫉妬だということは知っている。
Faltがこちらに気づかない理由も、その感情が醜いということも、全部全部知っている。
それでも・・・
Falt、少しは私を、見なさいよ!!
・・・でないと、一緒にここまできた理由が、意味が・・・
キンッと最大限にまで矢に力が込められる。
Lamiaはそのまま矢を飛ばした。
「・・・あっ!」
Lamiaの標的はいつのまにかナルガクルガからFaltに変わっていた。
Lamiaの貫通矢は真っ直ぐFalt向かって飛んでいく。
身体から血の気が引けるのを感じながらLamiaは叫んだ。
我ながら良いコントロールだ。
Faltの動きを完全に予測しいて、その矢の先はFaltの心臓めがけて真っ直ぐに飛んでいく。
「Falt、避けてーーっっ!!!!」
Faltは反射的に矢を交わした。
そして何事もなかったようにナルガクルガに攻撃を仕掛ける。
Lamiaはほっとして、再度ナルガクルガに矢を放った。
心臓があり得ないくらい早く動いている。
何事もなく装ってみたが、生きた心地がしなかった。
あの矢が当たっていたら・・・私は・・・
ナルガクルガは足を引きずり、他のエリアへ逃げて行った。
Lamiaは矢をしまうのを忘れてその場に立ち止まった。
Faltはナルガクルガの行先を眺め、そして憑き物がとれたかのようにLamiaに向き直った。
「あいつ森の方に逃げていったみたいだな。
追おうか」
「・・・Falt・・・」
俯くLamiaに、Faltは首を傾げた。
「・・・私・・・」
「どうしたの、Lamiaちゃん?気分悪い?」
戦闘に集中しすぎていたせいで誤射に気づいていないのだろうか。
こちらに歩いてくるFaltに首を振り、Lamiaは弓をしまった。
「なんでもない。
さ、とどめを刺しに行きましょ」
「そうだね。待ってれば戻ってきそうな気もしないでもないけどさ」
「そんなの待ってられないわよ。行くわ。
・・・で、どこいったか分かるの?てかペイントボールつけなさいよ!気づかないでしょうっ!?」
「え、あ・・・、そうだった。忘れてた」
軽く笑うFaltにLamiaがため息をついた。
隣のエリアでガーグァを食べているナルガクルガに遭遇し、その場で決着をつける。
相当弱っていたようだ。矢を数発打ち込んだだけでナルガクルガは地に伏した。
剥ぎ取りをしてキャンプまで戻る。
あまり手ごたえなかったねー、と話すFaltにLamiaはずっと持っていた疑問を口にだした。
「Nobutunaさん達と狩り行ってる時もそうなの?」
「・・・?なにが?」
「ペイントボールつけないで1人で戦ったり・・・」
「うーん、どうかねぇ。確かに積極的にペイントつけたりはしないけど。
たまにつけるよ。それにしばらくしたら誰か来てくれるし」
「・・・ちゃんと、戦えてるの?」
さっきみたいに、一人で戦ったりしてないの?
「何心配してんのLamiaちゃん。
大丈夫に決まってるでしょ」
「・・・なら、いいけど・・・」
「・・・Lamiaちゃん?」
様子のおかしいLamiaにFaltは首を傾げる。
「でもLamiaちゃんも強くなったよね。
上位ナルガクルガなんて敵じゃないかー。
ユクモ村にG級クエストでたらまた一緒に狩りにいこうね」
その言葉にLamiaは目を細めた。
「私の事なんて・・・見てなかったくせに」
「・・・え?」
「ずっと1人で楽しんで・・・。
私のことナルガがいなくなるまで気づかなかったでしょうっ!?」
「・・・Lamiaちゃん・・・」
マギュルの仮面を被っていても声や反応で分かる。図星だろう。
「それにナルガクルガに会ってから回復もしてないわよね。
私が粉塵使ったの覚えてるっ!?それに私が・・・」
Lamiaの声が弱くなる。
言わなければ、なかったことになる。
言わなければ、こんなに空気を悪くすることもないだろう。
言ったあとで後悔するだろう。
自分が不器用っていうことくらい、自分が一番分かっている。
「・・・私が・・・Faltに向かって矢を打ったのも、覚えてる?」
「・・・え?」
Faltは驚いてLamiaの方を見た。
本当に覚えていないのか。
驚きと、安心と、落胆が一気に訪れる。
「・・・そ、そのことについては悪かったと思ってるわ。
だけど・・・
・・・折角一緒に狩りに来てるんだから1人で楽しまないでよね!」
「Lamiaちゃんっ」
「・・・1人で狩りを楽しむ癖が辞められないんなら私なんか誘わなくてもいいわよ」
「えっと、・・・ごめん」
LamiaはFaltを置いて先にすたすた進んでいく。
Faltは慌ててLamiaを追う。
「ごめんって、オイラちょっと周りが見えなくなる時があって‥‥」
「知ってるわよ。Nobutunaさん達と狩りしてて少しは治ったと思ったのに・・・。
いいわよ。これからはFaltに誤射しても謝らないし、何も言わないわ。
今度無視してみなさいよ。その心臓のど真ん中、射抜いてあげるんだから!」
私の存在を、貴方に知らしめるために。
冗談でもなく、本気の言葉。
LamiaはまっすぐFaltを見据えた。
Faltはその迫力に圧倒されてその場から動けなかった。
「・・・帰るわよ」
ふい、とそっぽを向いて早足でキャンプに帰るLamiaの背中をFaltは見つめるしかなかった。
込みあがるものは反省と・・・そして、
・・・それって、なんて・・・
自分の中の感情をいったん整理して、Faltは仮面の上から口元を抑えた。
そして頭を掻く。
「・・・うーん、なんだかなぁ・・・」
今日の狩りは、失敗だ。
折角勇気を出して誘ったのに台無しだ。
まぁ悪いのは自分なんだが・・・。
昔はもっと気軽に誘って、とても楽しかったはずなのに。
しかし、少し収穫もあったわけで・・・
「おいらはLamiaちゃんと出会った瞬間から射抜かれてるっつーのに。
これ以上どこを射抜いてくれるんだろうねぇ・・・。
考えるだけで胸熱」
文句を言いながらもずっとついてきてくれる彼女に甘えすぎていたのかもしれない。
Faltは苦笑しながら、Lamiaの後を追った。
このあと頑張って機嫌をとって美味しいご飯を食べて・・・
君の笑顔が久しぶりに見たくなったんだ。
Faltは仮面を取って走り出した。
「ちょっと、Lamiaちゃん待ってよ。
先に行くとか2人で狩りに来た意味ないでしょー!」
今度は、ちゃんと2人で狩りに行こう。
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