星光る夜空の下で


「・・・

静寂を破るように美麗な声が室内に響く。
は掃除していた手を止め声の主の方を振り向いた。
カタンと筆が置かれる。

「終わった」

最後の書類に印が押された。
は微笑した。これが仕事の終わりを告げる。

「お疲れ様でした」
「・・・全くだ」

こめかみを押さえながら鳳珠は疲労混じりの声をだした。
昼間までつけていた仮面は机案の上に転がっている。
今日も仕事は深夜にまで及んだ。
そのかわり、書簡や書類に埋もれていたこの室がすっきり広く見える。
は鳳珠の仕上げた書類を山の上に戻した。

「これ運んできますね」
「明日でいいだろ」
「でも今日できるものは今日しておいた方が・・・」

確かに一理ある。
鳳珠は気分で反論してみることにした。

「面倒ではないか。それくらい一気に運べるだろう」
「・・・どうしたんですか?鳳珠様らしくない。それに明日は公休日ではないですか」
「・・・そうだったな・・・」

すっかり忘れていた。
毎日同じ事の繰り返しで感覚が狂ってきたらしい。
悲しいが歳かな・・・。
鳳珠は立ち上がって肩をもんだ。

「鳳珠様、今日のうちに屋敷帰ります?」

今日といっても日付はすでに変わっている。
鳳珠はその答えに少しは迷った。結論的にはどちらでもよい。

はどうしたい?」
「どちらでも」

鳳珠は少しだけ考えて結論をだした。

「帰るか」

何となく・・・三日月を眺めながら帰るのも悪くないと思った。

「では軒の用意を・・・」

最後の書類をかかえながらは室を出ていくところであった。

「待て」

鳳珠は机案の上に転がっていた仮面を掴む。

「・・・私も行こう・・・」

戸部の灯りが消えた。
誰もいない大半が暗闇を占める朝廷の中を二人で歩く。
の仕事を見ていると昔の自分を思い出した。
そういえばこんな時間によく書簡を配っていたな・・・。
ぼーっとしている鳳珠にが声をかけた。

「・・・どうされました?
別に・・・先に行ってくださってもよかったのですが・・・」

は苦笑しながらいった。

「たまには訳もなく朝廷を歩くのも悪くないと思っていただけだ。
を見てると懐かしくもなるしな・・・」
「懐かし・・・って・・・鳳珠様もこんな雑用したことがあるんですか!?」

本気で驚いているに鳳珠は何も言えなくなった。

「当然だろ・・・。始めから戸部尚書をしていたと思うか?
私達の年も進士としての見習い期間があったし・・・。
その時は確か皿洗いだったが・・・」
「・・・皿・・・っ」

信じられない鳳珠様が皿洗い・・・。

「・・・よく厨房機能していましたね・・・」
「していたはずないだろう・・・。
皿は割れるは料理は焦げるは廃人がその辺に転がるは・・・
極めつけにタダ酒食らいがたむろするは・・・今思えば最悪だったな・・・」

ちなみに朝廷発足以来最多の厨房に対する苦情数がきたとか・・・。
魯官吏もこれには懲りただろう、と昔はほくそ笑んでいた気もするが。
今となっては良い思い出だ。

「・・・。」

は返す言葉もなかった。
何にびっくりかといえば皿洗いを命じた魯尚書に・・・。
更にいえば黎深に厩番の手伝いをさせている。
・・・今思えば自殺志願者としか思えない。
それならば影月に沓磨き、秀麗に厠掃除を命じるのはわけないだろう。
鳳珠は目を細めて空を見た。

「この時間が一番綺麗なんだ・・・」

鳳珠は回廊から外に踏み出し空を見上げた。
宝石のようにキラキラ輝く星に上品な光りを放つ月。
わぁ・・・とは思わず感嘆の声をあげてしまう。

「・・・たまにはいいだろう?」

満足そうに微笑する鳳珠に一瞬見惚れてしまう自分がいた。
鳳珠と目が合い、すぐにそらす。
いつ見ても綺麗な彼を直視できる日なんて来るのだろうか。
鳳珠はが持っている書類の量を見て大体の見当をつけた。

「あとどこへ行けばいい?」
「吏部ですね・・・」

確かあの部署は今修羅場中のはず・・・鳳珠は踵を返した。

「先に行く。絶対に吏部官吏と目をあわせるな。いいな」
「・・・あ・・・はい・・・」

は決死の思いでは吏部の扉を叩くことになった。
暗い朝廷の中眩しいくらいに光と怒号が漏れている。あと変な奇声とか。
中に入ると、小型犬のように潤んだ目で見つめる人、鬼のような形相で睨む人、廃人のような死んだ目で見る人でいっぱいだった。
すべてに『手伝って』という念がこもっている。
はぎりぎりの線で屈しなかった。
心の中でごめんなさい、ごめんなさいと内心で謝っておいた。
今日は鳳珠様と帰るのだ。
吏部を出てから妙な叫び声が耳から離れなかったし、肩が微妙に重い気がしたのは気のせいだ。


が走っていくと軒乗り場の手前に鳳珠が立っていた。

「鳳珠様っ!?
どうなさいました?先に乗っていてくださっても・・・」
「あぁ・・・馭者の奴等が寝ていたから諦めた」
『叩き起こします』

胸の前でパン、と拳を合わせ、は軒置き場に向かおうとする。
職務怠慢だ。
自分なら給金三割減給・・・。

「・・・良い」

鳳珠はの腕を掴んだ。

「雨が降っているでもなし・・・。今日は歩いて帰ろうかと・・・」
「・・・は?」

なんか今有り得ないことを聞いた。
鳳珠様が・・・歩き・・・?

が疲れているというのなら話は別だが・・・」
「・・・なっ・・・」

まさか鳳珠に気を遣われるとは思わずは口を開閉させた。

「・・・いっ、いえ・・・全然疲れておりませんっ!鳳珠様こそ・・・」
「言い出した奴がへばっていてどうする・・・」
「そう・・・ですね・・・。
その・・・えっと・・・良からぬ輩がでた際は私にお任せください!
鳳珠様には指一本触れさせませんっ!」

鳳珠は苦笑した。
普通逆では・・・?
全く頼もしい娘で困る。

「・・・あぁ任せた・・・」

そういって二人は歩きだした。



空気が澄んで星が近く見える。

「・・・なんか手が届きそうですねぇ」

は思わず手を空に伸ばした。
届きそうなのにつかめない。
少しじれったくなってくる。何でだろう、こんなに近くに見えるのに。
の行動に鳳珠は苦笑した。

「もっと近くで見てみるか?」

そういうと鳳珠はの身体を持ち上げた。

「うわっ・・・」

騒ぐ間もなくは鳳珠の肩の上にいた。

「どうだ?」

満足そうに笑う鳳珠に、は落ちないかしがみつくのに必死だった。
鳳珠の行動に疑問を持つ前に口から反射的に言葉が出た。

「重くないですか!?」
「全然。もっと食べた方がいいかもな」
「ちゃんと食べてるんですけどねぇ・・・」
「痩せすぎだ。抱き心地がよくない」
「・・・はい・・・・・・え?」

困惑がみえるに鳳珠は笑った。

「冗談だ。本気にしたか?」

・・・本当は冗談でもなく事実を言ったまでだが。
はフイと目をそらした。

「・・・え―っと・・・しました」

そのの行動にも面白さを感じてしまう。
鳳珠は目の前に広がる空を見た。

「どうだ、星は近くなったか?」

その言葉につられ、は空を見た。
あまり変わらないのかもしれないが、気分的はぐっと近くなったみたいだ。

「えぇ、とても。流石に届きはしませんがね」
「だろうな」

しばらくすると鳳珠の肩にも慣れてきて周囲に誰もいないことをいい事にはそのままでいた。
日が昇っている間は暖かいが、夜も深まると少しの風が吹くと肌寒い。
初めは冷たい風が心地よかったのだが、次第に寒くなってきた。
は腕を擦った。

「・・・寒いか?」
「・・・え・・・少しだけ・・・。
でも動けばすぐに暖かくなりますよ・・・って・・・鳳珠様・・・?」

鳳珠はおもむろにの手を握った。

「・・・確かに冷たいな」
「・・・そうですね。鳳珠様は暖かい・・・」
「まぁな。少し歩くか?」

鳳珠はを下ろした。
そしての手をとったまま鳳珠は歩き出した。
・・・あれ・・・ちょっと待って・・・。
・・・このまま?
は顔が熱くなるのを感じた。ついで体全体が熱くなる。
急に動きがぎこちなくなったに鳳珠が声をかける。

「どうした?」
「いえ・・・っ何も・・・」

鳳珠の歩幅に合わせようとは急いだ。
足の長さが違うのでどうしてもの方が遅くなってしまう。
恥ずかしさを紛らわすためにはなんとか会話をする。

「鳳珠様の手は大きいですね」
は小さいな」

よくこんな手で男にも負けず書簡を運んでいるものだ。
はつないでいない方の手を眺めて答えた。

「そうですね。もう少し大きかったらもっと持てて良いと思うのですが」
「今のままでいいだろう。
それに綺麗な手だ」
「お世辞でも嬉しいですよ。
でも鳳珠様がそれを言うと凄い嘘くさい・・・」

本当にこれといって全く何もしていないにも関わらず綺麗な肌、綺麗な髪、毎日筆を持ってるのに指先まで綺麗な手。
爪もぴかぴかだ。
手だけでもうっとりするくらい理想的な・・・。

「私は何を言っても睨まれるな。
これでも本当のことをいっているつもりだが・・・」
「まぁ仕方ないですよ、その顔なんですから」
「・・・全く本当に無駄な顔だな・・・」

鳳珠は嘆息した。
はそんな鳳珠に苦笑する。

「そんな事言わないでください、鳳珠様。
私、鳳珠様の顔好きですよ。
確かに苦労されるかと思いますが・・・でも全然無駄なんかじゃないです。
いつ見ても惚れ惚れしちゃいます」

ふむ、と鳳珠はを見た。

「そうか?」
「そうです!」

の真っ直ぐな視線に鳳珠は微笑した。

「・・・そう言われると悪くない気がしてきたな」
「でしょう。ずっとその美しいままの鳳珠様でいてくださいねー」

見慣れた通りに入った。
もうすぐ鳳珠の家までたどり着く。

「あっ、明日とかどうします?
一日暇ですけど」
「別に、予定はないが。何かしたいことでもあるのか」
「買い物!」
「・・・行って来い」
「鳳珠様もですよー」
「私はいい」
「駄目ですよ、久しぶりに外出て太陽浴びないと・・・
なんでしたっけ?コツソショウショウになるって葉先生が・・・」
「あんな胡散臭い医者の言う事なんてほっとけ」
「えー、でも鳳珠様ー」

そんな会話が黄東区の深夜に消えた。


+++++

あとがき

444444Hitを踏まれました晶希様に贈られます『彩雲国物語 鳳珠夢』
・・・一応甘々とリクエストを受けたのですが・・・
小説自体が久しぶりなのか短編が駄目なのか甘々が駄目なのか甘い妄想を詰め込もうとしすぎたのかなんか理由は良く分からないのですが・・・
・・・良く分からないものになりました。(コラ)
とりあえず夜にこの馬鹿ップルめぇぇ的な雰囲気が伝わってくだされば嬉しいな、と。(リク無視ですか)

・・・途中でチンピラに襲われるバトルシーンを入れようかと思ったのは別の話・・・(ぉ)

糖分は少な目めですが密着度は当社比三割増しです。
こんな小説でよければお納めいただきたく・・・

月城チアキ

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