もうすぐ新年が来る。
表向きは華やかで穏やかな年中行事だが、そこまで行くまでの師走が大変である。
坊主ならぬ仙人も走るといわれるこの年末。
まさに忙殺という言葉がぴったりあう、新年数日前のお話。


年末大決裁


「あのー、管尚書・・・。
私黄尚書のところへこの本持って行かなくてはいけないのですが・・・」
「・・・あぁ?こっちもこっちで大変なんだよ。ちょっとくらい付き合えや」
「貴方のちょっとって・・・半刻の事ですか?」

しぶしぶながらもは本を手に取って飛翔に渡す。
府庫に来て飛翔に見つかった事が運の尽きだった。は大きなため息をついた。
自分がこんな下っ端官吏ではなかったら無視したのに・・・。
は府庫に積み上げられた本を見る。長い間工部にあったせいか微妙に酒臭い。
そもそもの原因は飛翔が府庫から持ってきた本を返さずに工部に溜め込んだ事が原因だった。
それで、酒飲んでばかりいる飛翔に切れた玉が酒飲むくらいなら、と飛翔を雑用に出したのであった。

「まったく陽玉の奴、尚書である俺をこんな雑用つかいやがって・・・」
「管尚書がつかえなかっただけじゃないですか?
いっそのこと欧陽侍郎が尚書になった方がいいのでは?」

恐れ多くもはしれっと答えた。
ただでさえ時間が惜しいというのに、何故他部署の尚書の雑用を手伝わないといけないのだろう。

「ほぅ、言ってくれるじゃねぇか。嬢ちゃん」
「管尚書、手が止まってます。こんなにちんたらやっていたら日が暮れてしまいますよ」

反論する間も与えずは次の本を渡す。

「おっと・・・これは重いな・・・。嬢ちゃん良くこんな重いもの平気でもつな」

そういう飛翔も軽々と分厚い本をから受け取る。

「官吏といっても一日中座ってばかりってわけではないですから。
特に私は朝廷内駆けずりっぱなしですし・・・。体力だけは自信あります」
「へぇ・・・そりゃ頼もしい。うちに来てもらいたいもの・・・・
・・・・・おっと」
「・・・・は??・・・え・・・ちょっ・・・」

飛翔の体がぐらりと傾いた。流石のも重い本片手にしていて、梯子が傾くのを止められなかった。

「うわっ!!」
「・・・・きゃっ・・・」

バサバサッという派手な音と一緒にと飛翔は倒れこんだ。

「・・・大丈夫ですか?管尚書・・・」
「・・・腰打ったな、こりゃ・・・。あんたは?」
「何とか回避しましたので・・・。
しかし・・・さっき入れた本まで落とすなんて・・・。
・・・・私もう帰ってもいいですか?」
『いいですか、ではなくとっとと帰って来い。』
『・・・・・・・・・・・。』

その声に飛翔とは固まった。
そして見上げると、仮面の男が仁王立ちで二人を見下ろしている。
さーっ、っと血の気が引くのが分かる。

どうしよう、どうしよう、どうしよう・・・

この言葉だけが頭の中をぐるぐる回った。
鳳珠の声は仮面でくぐもっていたが、ありありと怒りが感じられる。

・・・やっぱり怒っていらっしゃる・・・。

「・・・こっ・・・・ここ黄尚書・・・」
「きっ奇人・・・」
「楽しそうだな、飛翔・・・。
の帰りが、遅いと思ったら貴様のせいか・・・・」
「・・・すんません」

あまりのど迫力に飛翔は完全に押し負けていた。

「自分の仕事くらい自分でしろ。人の部署の者をつかうな。・・・行くぞ、・・・・」
「・・・あっ・・・・はい・・・」

に対してお咎めはなかったが、それでも鳳珠の無言の怒りがひしひと伝わってきた。

「・・・・・・」
「はい」
「これからは、他の者に耳を貸すな」
「・・・・はい。すいません。
以後気をつけます」

鳳珠はそういって、早足で先に行ってしまった。


飛翔から解放されたは嫌味なほど大量にたまった書類の片づけを命じられた。
全く、あの馬鹿尚書のせいだ。は大量の書類を持ちながらため息をついた。
仙人も走るといわれる年末。そういえば、冗談抜きで『忙殺』だった。
いつかの夏のように仕事の忙しさで倒れる官吏が続出しているのだ。このくそ忙しい年末にだ。

「霄太師!お待ちくだされっ!!」
「うちの部署の者がまた一人・・・・」
「これっ!!しつこいわい!!
だから私は持ってないといっておるだろうっ!!」

かの超梅干の噂もまた立って霄太師も無意味に走る事になる事態まで発展した。まさに仙人も走る時期。
はその光景をみてまたため息をついた。

・・・忙しさは人をおかしくするのだろうか。


扉の奥での騒ぎは終わる気配を見せない。
その音を背景に、鳳珠は新しい仕事の山に手をつけた。

今日は何となく仕事が進まない。
それだけでイラつくのに更に、イラつきの種がやってきた。

「やぁ、鳳珠」

訪ねてきた客を鳳珠は切って捨てた。

「貴様、文字も読めなくなったか?」
「は?何の話だ?」
「戸部の入り口に『紅黎深立ち入り禁止』とでかでかと書いてあったと思うのだが」
「知らぬな」

黎深はふいと、向こうを向いた。
鳳珠は内心舌打ちして、これ以上咎めるのを諦めた。どうせ言っても聞かないだろう。

「それにしてもここは、いつきても見事なほどの書類の山だねぇ」
「貴様の室ほどではあるまい。
暇なら年明けまでに吏部の仕事を片付けたらどうだ?一日で終わるだろう」
「私にそのような暇があると思うか?」
「・・・・思わない方がおかしいと思うのだが」

鳳珠は初めて顔を上げた。
白い書類の山に彼の着ている紅の着物が良く映える。
吏部尚書、紅黎深はこのくそ忙しいにも関わらず、椅子にゆったりと座り扇を仰いでいる。
この時期に朝廷、いや彩雲国で五本の指に入るほどの優雅さであろう。
王でさえ溢れるほどの仕事の量に泣きながら仕事をしているというのに。

鳳珠はまた仕事に意識を戻した。筆を止めている暇はない。
今日は、仕事をこなす速度も遅い。
黎深はその様子をしばらく眺めていたが、やがて口を開いた。

「・・・・・・鳳珠・・・・」
「なんだ。下らん事をいうなら今すぐ出て行け」
「・・・いや・・・。
鳳珠、今日何かあったか?」
「何か、とは?」
「・・・いや・・・・ご機嫌が麗しくないようで」

扇で口元を隠す黎深。鳳珠の筆が止まった。

「・・・別に・・・そのような事は・・・」
「ほぅ・・・。さて、私はこれで・・・」
「・・・・あぁ」

黎深が出て行ったあと、鳳珠は筆をおいた。
・・・黎深にまで読まれるとは・・・。
そこまで感情が表にでているのだろうか?

ふと外をみればちらちらと雪が待っている。
鳳珠は目を細めた。
この忙しいのに雪か・・・。積もってくれなければいいが・・・・。
心の中に鬱な気分が積もっていくような気がした。



日付も変わろうとする夜更け。昼間の喧騒も止み、静かな時間が流れている。
鳳珠は大きく、息を吐いて仮面を外した。
仕事中は、なるべく邪念を払うようにしているが、今日は何故か上手くいかない。
気持ちとは逆に仕事の山は大きくなっていくばかりだ。

・・・最悪。

何が原因なのかは分からないが、今日は調子がでないことは自覚がある。
少しイラついている自分もいることが分かる。

「・・・くだらん」

こんな感情にいちいち左右されていたらいつまで経っても仕事は片付かない。
飛翔にも黎深にも腹は立ったが、今一番許せないのは自分だ。

鳳珠はこめかみを抑えた。最近目が使いすぎたのか紙がぼやけて見える。
今日何度目かの大きなため息をついた。
その時、扉を叩く音がした。

「・・・失礼します・・・・鳳珠様っ!?」
「・・・あぁ、か・・・」

鳳珠の予想以上にの反応は大きかった。
手に持っていた書類を一気に床にばら撒いて鳳珠の元に駆け寄ってきた。

仮面を取った鳳珠を見た瞬間、は彼の異変に気づいた。
冗談じゃない。こんなところで彼に倒れてもらったら年が明けても仕事が終わらない。
はさっと顔色を変えて、鳳珠の顔を覗き込む。

そういえば、今日は仕事のこなす速度も遅かったに体調が悪いのだろうか。
色んな不安が胸をよぎる。

「大丈夫ですか?気分でも・・・」
「大丈夫だ。
そこまで焦ることは・・・」

久しぶりに鳳珠の顔を間近でみたは一瞬その美麗な顔に怯んだが、彼の顔に落ちている憂いを瞬時に悟り声をかける。

「しかし・・・とても疲れたような顔を・・・」
「・・・そう・・・か?」
「えぇ・・・お休みになられた方が・・・」

最近忙しくて家にも戻っていない。
彼女の顔をこんなに近くで見るのも久しぶりだ。
やっぱり仕事で忙しくて彼女の顔にも少し疲れ出ている。

鳳珠は目を細めた。
健康そうな顔をしていたのに・・・こうしてしまったのは自分のせいか・・・。

「・・・・・・苦労をかけるな・・・」

ふいに鳳珠はを抱きしめた。

「・・・鳳珠・・・様っ!?」
「少しだけ・・・」

バタンと威勢のいい音をたてて扉が開いた。

『鳳珠ー!!嬢ちゃんありがとなー。お礼に酒を・・・・』

しかし、それもその音も一瞬にしてなくなった。
室内が静まり、そして空気は数度下がった。
入室してきた主、管飛翔は本日二度目の心から冷えるほどの冷たい視線を受けた。
今回は仮面を外している分、迫力は倍増。

・・・陽玉の奴・・・・こいつのどこがいいんだ・・・?

背筋に悪寒が走る。今後の展開が頭の中にざーっと流れ込んできた。
これはいけない。逃げなければ。
飛翔は本能でそれを悟り、直ぐに行動に移した。

「・・・・あっ・・・これは失礼」

ささっと、酒を机案の上において飛翔はすぐに退散した。
これが一般人だったら、この状況のと鳳珠の顔でとで、ダブルパンチである。

「・・・あー・・・・えーっと・・・・」

は思いもよらぬ事態に固まっている。鳳珠はあまり気にしていないようで離す様子もみせない。

「鳳珠様・・・」
「少し・・・疲れた」

を抱きしめたら今まで溜まっていたものがすっと消えていった。
それを感じると同時に眠気が一気に襲い掛かる。
本能で危ない、と思いつつ鳳珠は目を閉じた。

大しては、鳳珠の行動の意図がつかめず混乱していた。
・・・疲れたのと、この行為の繋がりは?
いきなり、の体に重みが加わった。

「・・・・ちょっ・・・鳳珠様っ!?」

これも今日二度目だろうか。
は鳳珠の重みに耐え切れず、そのまま床にしりもちをつく。
それと一緒に鳳珠も椅子から落ちた。
流石に府庫のようにはいかず、鳳珠の体を正面から支えないといけない。

「・・・鳳珠様・・・」

すーっと、規則正しい寝息が聞こえる。

「・・・寝てる・・・・。
え・・・ちょっとまって・・・鳳珠様。こんなところで寝・・・・っ!?
っていうか重い・・・
誰か・・・たすけて・・・
柚梨さんでも・・・・誰か・・・・」

生憎夜もいい時間だ。
昼間の喧騒も止み、しんとしている。

は覚悟を決めた。
実は自分も今日走り回って体の方はぐったりしていた。
目を閉じたらもう、夢の世界に入れそうな・・・。

「・・・・もういいや。私も疲れたし・・・」

ドサッとも床に倒れこんだ。



「・・・・・??」

次の朝。先に目覚めた鳳珠はありえない事態に数泊たっぷり固まることになった。
まったく夜の事が記憶にない。
飛翔が来てから・・・・記憶がない。
気がついたらを抱きしめて倒れているし、も寝ているし。

「・・・私は・・・・何を・・・」

心のもやは取れたが、新たな謎に今日一日悩まされた鳳珠であった。

そして数日後。無事に朝賀を迎えるに至った。。
年明けの瞬間朝廷内で仕事終りの叫びが響いたのは言うまでもないことである。


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