気がつくと月は先ほど見たときよりもかなり傾いている。
一つ欠伸をして身を起こす。
少し眠ってしまったらしい。
部屋には自分しかいない。
嘆息して、またその辺にある本に目を通した。
今夜も長い。


幸福論


「・・・・あぁ・・・・結局朝になっちゃった・・・。
本当にいつまで朝廷にいる気なんでしょう、あの人は・・・。」

今日は朝廷はお休みの日だった。
特に飾りっけのない部屋では読んだ本をしまった。
今もこの部屋、いやこの屋敷の主、黄鳳珠は帰ってきてない。
彼の熱心に仕事をしているところはとても魅力的に感じるのだが、こう度々帰りが遅いというのはこっちとしてはとても心労が増える。

「・・・まさか帰ってこないとは・・・。
今日こそゆっくり寝てもらおうと思って見張ってたのに・・・」

は寝不足の目をこすりながら立ち上がる。
その時、部屋の扉が開いた。
やっと、待ち望んでいた人のお帰りだった。

「お帰りなさいませ。鳳珠様」
「・・・・・・・あぁ、ただいま」

少し仕事がつまってしまって、残ってやっていたら結局徹夜する事になってしまった。
そして少し仮眠をとって自宅に帰ると、物凄く不機嫌そうなが待っていた。
部屋の戸を閉めて仮面を取る。
その美しい顔に疑問の色が浮かぶ。

何を怒っているのだろうか。

「・・・お仕事大変だったのですね」

皮肉たっぷりに言ってみたものの、彼にはそれが通じないらしい。
何事もなかったように彼は答える。

「・・・まぁ、どっかの馬鹿共が帰り間際にたまりにたまった仕事を持ってきたせいでな」

鳳珠はふとを見て眉をひそめた。

「・・・・珍しいな、お前の髪が乱れているのなど」

ギクリと肩を動かすに気づかないで鳳珠は彼女の髪に触れる。
自分と違って少し堅めの髪質だが、真っ直ぐで綺麗な黒髪。
鳳珠はの簪をとって髪を手で梳いた。
は何も言わず俯いた。
(この部屋で一晩中起きてて、その後うっかり寝てしまって、今さっき起きましたなんて言えねぇ・・・)
よく見れば、髪だけでなく服もしわがついている。
はもう少し早く起きなかった自分を呪った。
そんなこと知るはずもない鳳珠はを座らせ、櫛を取り、の髪を綺麗に結い上げる。
彼の髪は絹のような上質で結えないくらいサラサラである。
髪を結った事もないような彼が人の髪を結えるなんて意外といえば意外だ。
基本的に器用なのだろうか。

「・・・あの〜、鳳珠様・・・」
「なんだ?」
「自分でやります」
「いい、の髪は触っているだけで気持ち良い。
綺麗な髪だ」
「・・・そっくりそのまま貴方に返させていただきます」

っていうか、嫌味かよ。
しかし、他人に髪をいじられるのも少し気持ちがいい。
少し視線を上げると綺麗な彼の顔が見える。
視線が合えば彼がふっと笑ってくれる。
この笑みに何度失神させられそうになっただろうか。
鳳珠の笑みを見るたび思ってしまう。
自分より数十倍も美しくて、有能で、今の地位も、家柄も全てにおいて完璧な人の妻に何故私がなれたのだろうか。
特に私には取り柄がない。
唯一と言っていいのが、彼の前で普通に話せる事だろうか。
慣れもあるが、それだけで気に入られてしまったのである。

「・・・どうだ?」

鳳珠が自分の隣に座り、鏡を渡した。
自分の髪は見事に結われていて、そこらの侍女に結ってもらったものよりも綺麗だ。
心底彼に感心して自分の髪を眺めていると少し見なれない物が頭にささっていた。

「・・・鳳珠様・・・」
「なんだ?」
「・・・なんか、私の知らない簪が混じっているのですが・・・・」
「最初からついていた」
「嘘つかないでください。
どう考えても、どう見ても、私の持っているものより何十・・・何百倍高価なものじゃないですか」

彼の顔を見ると少し笑っている。

「・・・色々迷惑をかけているみたいだからな。
悪いないつも。
苦労をかける」

自分が苦労をかけさせているのだが。鳳珠は自嘲的に笑い、の反応を楽しむ。
は、嬉しさ半分、どう反応していいか分からなかった。
元より今日こそ怒ろうとしていたのにこんなものを貰っても怒ろうに怒れない。
彼は運までも自分の味方にしてしまっているのであろうか。
困難の回避が上手い。
まぁいつも文句を言う前にいつも彼の笑顔にやられてしまって何も言えなくなってしまう自分が悪いのだが。

敵わない事を、文句になっていることを承知では言う。

「・・・苦労かけさせてるのは貴方じゃないですか・・・。
仕事と私・・・国と私どっちが大切ですか?」
だ。
言うまでもない」
「そう思うのでしたら・・・早く帰ってきてください。
一人で待ってるの・・・凄い寂しいんですよ」

鳳珠は黙って彼女を抱き寄せた。
確かに一緒になってからも夜帰ってくるのはかわらず遅かったかもしれない。
『終了の時鐘は目安』としていた彼にとってはいつもの事でそんな事気づきもしなかった。
そういえば、その鐘で帰るのが普通だった。

「・・・悪かった」
「謝らないでいいですから・・・早く帰ってきてください。
どうせ仕事ならこっちでもこなされるのでしょう?
もし、体壊されたらどうするんですか?
宰相候補と言われ、おまけに黄家の方からも当主の声がかかっているそうじゃないですかっ!?」
「・・・まぁ・・・そうだな」

特に興味のないように鳳珠は言う。

「貴方にもし先立たれてしまったら私毎日泣いて暮らしますよ」

少しというかかなり縁起の悪い事だが、今の彼の生活を見ていればそれも分かるような気がする。

「・・・それは困る。
に涙は似合わない。
・・・分かった、約束しよう。
他に?」
「・・・・他?」

私は、鳳珠を見上げた。

「・・・他に私に言いたいことはないのか?
この際、思うところがあったら言っていいぞ」

は少し考えた。
昨日の夜ならきっとどうでもいい愚痴など沢山巡らせていた。
しかし、今はそれが思い出せず彼に言う事は何もない。
とりあえず、早く帰ってきてもらいたかったから・・・。

「・・・何もないです。
鳳珠様も何か私に言いたいことは?」
「ない。
はそのままでいい」
「いいんですか・・・?私何もしてないんですけど・・・。
というか、むしろしてもらっているばかりで申し訳ないです」
「・・・では一つ言おうか?」
「なんでしょう。」

は少し緊張して鳳珠の言葉を待った。
そのままでいいといわれ、それであと少し付け加えるのだからこれは完璧にその通りにしなくては。

「・・・鳳珠と呼んでくれ。
『様』はいらない」
「・・・は?」

突然虚をつかれては少々思考停止してしまった。
鳳珠は当たり前のように言う。

「別にいいだろう?
私達は夫婦であるのだし・・・」
「いや、でもそれは流石に・・・
慣れてないといいますか、貴方のその顔見てるとどうも『様』付けたくなります」
「・・・では、先ほどの約束は・・・」
「酷いですっっ。
鳳珠さ・・・・・・鳳珠・・・」

正直大変言いづらい。
鳳珠は満足そうにの頭を撫でて抱きしめた。

「私はともかくまでに先立たれてしまっては私も流石に参ってしまうだろうからな」
「・・・私?」
「・・・待っていてくれているんだろ?夜遅くまで」
「気づいていらしたのですか?」
「先ほど気づいた・・・。
まさかまでに無理させてしまうとは思わなかった。先に寝てくていていいのに・・・」
「そんな事出来るはずないじゃないですかっ!?
そんなことしたら・・・」

貴方の顔がほとんど見られない。
つーっと、流れる涙を鳳珠は優しくすくった。

「・・・妻を泣かせてしまうとは・・・。
私は駄目な男だな」

は首を横に振る。

「貴方は・・・これ以上にないくらい素敵な人です」

完璧過ぎる故にどこかに行ってしまうことが怖くてならない。
彼の性格その他を考えれば浮気はないだろうが、それでも帰ってこないと不安でたまらない。
近くにいるだけでこれだけ安心する場所を私はここ以外に知らない。

鳳珠はを上に向かせ、軽く口付けする。

「・・・少し、仮眠を取る・・・。
流石に、一刻しか寝てないというのは堪えるな」
「・・・いっ・・・一刻っ!?
朝廷の労働条件一体どうなってるんですか?」

突込み所が少しだけずれているような気もしないでもないが、それにしても酷すぎるであろう。

「貴方本当に死にますよっ!?
私に構ってる暇があれば寝てください。
こんなことなら昼に帰ってきてくださった方がマシです」
も寝るだろう?
隈が出来ている。綺麗な顔が台無しだ」

はっ、として鏡を見れば確かに眼の下に出来ている。
こんな顔で彼の前にいたのか、私は。

次の日から本当に彼が理想の人になってくれたのは言うまでもない。
多分、私はこの世で一番幸せな人だろう。



ーあとがきー
これは、62000HITを踏まれました暁様に贈られました『彩雲国の仮面尚書もとい黄鳳珠夢』です。
思いきってドリ主を奥さん設定にしてしまいました。

おまけあります↓


ーおまけー


朝廷に時鐘が鳴り響く。
これで基本的に今日の仕事は終わる。
戸部では当たり前のようにあと半刻は機能しているのだが、ある日を境にちゃんと定刻通りに終わるようになった。
それはいつもあと二刻ほど軽く仕事をしている尚書が帰りだしたからだ。
それには始めのうちは特に珍しいというほどだが、何日も続くので下の者たちは動揺が走った。
長年彼についていた侍郎も思わず手に持っていた書簡を落としてしまうほど。
彼は思わず聞いてしまった。

「・・・ほっ・・・鳳珠・・・その・・・何かあったんですか?
親御さんでも倒れられましたか?それとも黄州内で暴動でも起きたのですか?」
「・・・・・・・・なんでそうなる。黄州は至って平和だ。
別に今帰ってもなんの問題はないだろう」

むしろそれが普通だ。

彼は家に持ち帰る分の仕事を持って帰ろうとしている。
柚梨は本当に帰していいのか激しく迷った。
いつもは帰れの一点張りだが、ここまですんなり帰られてしまうとなんだか落ちつかない。
いつか彩雲国が破滅するのではないだろうか。これはその暗示ではないだろうか。
というか、彼がここまで変わった理由を誰か教えて欲しい。

その時彼の天敵(?)の吏部尚書がやってきた。
彼も鳳珠が最近早く帰る噂を耳にしていたが本当だったとは。

「鳳珠、お前今帰るのか」
「悪いか?
貴様のように暇ではないのでな」

それは、いつも机案に座って書類を片付けている彼のセリフである。
黎深は少し間を置いて聞いた。

「両親でも倒れたか?それとも黄州で何かあったか?」
「何故貴様も柚梨と同じ事を言う。黄州には何もない。
それはお前の方が良く知っているんじゃないのか?」

そういって、鳳珠は尚書室から出ていった。
二人はそれを何も言えず見送った。

「・・・紅尚書・・・。何か、彩雲国の周辺で良からぬ事が起きてます?
というか、国潰れないですよね」
「さぁ・・・?」
つまらない、といったように黎深は戸部から出ていった。

いつも最低顔を合わせれば半刻は言い争いをしていたのだが、今日は違う。

まさか、妻の一言でそうなったとは誰も知らないままその謎は日常的なものになっていった。


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