それは丁度先月のこと。
二月の半ばのある日、黄州の方からバラバラと異国の菓子だといわれるチョコレートというものがバラバラと降るように自宅に届いた。
それから、自宅内でも間接的に貰い、最後に自分の侍女である少女からも貰った。
いわゆるバレンタインデーと呼ばれる東の諸島の行事だそうが、それが今年彩雲国全土に瞬く間に広がってこの事態になった。

その行事は、その日だけの不思議な出来事で終わってくれそうにもないらしい。


春の珍行事


朝廷はいつも変わらず機能していた。
朝議を終えた長官達が次々と会議室から出て行く。
その中に、戸部尚書、黄奇人の姿もあった。
いつもと変わりない仮面の姿は嫌でも人目につく。
それを苦ともせず、近づいてくる者がいた。

「お・は・よ・う、鳳珠」
「気色悪い。去れ」

室をでて人もまばらになってきたところで吏部尚書、紅黎深がご機嫌な様子で近づいてきた。
鳳珠は黎深を一瞥もせず、すたすた歩いていった。

「つれないねぇ、ホワイトデーも近いのに・・・・」

私は愛しい姪に何を贈ろうか悩んでやまないのに。
そう、悩ましげな表情をとる黎深を鳳珠は始めて見た。

「・・・・ホワイトデー?」

聞きなれない単語に眉をひそめる。また変な行事がこの国に出来たようだ。
その情報をもたらした本人と言えば、もう心ここにあらず、と言ったように己の世界に入っている。
鬼畜・冷徹・唯我独尊。これらの単語全てが当てはまる恐れ多い人物なのだが、彼独自の妄想モードに突入してしまえばただの阿呆だ。
むしろ、彼を知る人物がこの光景をみれば思わず現実逃避してしまほどだ。
生憎鳳珠は嫌と言うほどこの光景に立ち会っているため、あえて突っ込まなかった。
突っ込んだら倍語り返される。

それにしても『ホワイトデー』というのはいかなる行事なのだろうか。
そもそも『バレンタインデー』という行事すらあまり理解していない鳳珠は、あごに手をやる。
黎深が姪へ何かを贈るというのだから、何かを贈る日なのだろうが。

「くだらん」

とりあえず、そのまま無視しても大丈夫そうな行事だと脳内で決定した鳳珠は黎深をおいて戸部署への歩みを進めた。

「鳳珠。君もたくさんもらったんじゃないのか?」
「・・・何をだ」

面倒くさそうに鳳珠は振り返る。

「チョコレート。
黄州からもたくさんもらって困っていた、とか言っていなかったか?」
「・・・・あぁ」

・・・・・まさか。
鳳珠の脳裏に一つの結論が出た。

「ホワイトデーをなめてはいかんよ。
女性の好みは奥深い。これはしっかり考えて、喜んでもらえる物を贈らないと」

お前の場合『女性』ではなく『秀麗』だろう。
心の中で突っ込みつつも鳳珠は黙って歩き出した。
これは、厄介なことになりそうだ。

噂で聞いた話、『ホワイトデー』とやらは3月の半ば、丁度バレンタインデーの一月後にあるらしい。
そこでは、バレンタインデーのお返しをする日らしく、基本的にクッキーを贈るという。

流石の朝廷でも最近の世間話のネタはホワイトデーでもちきりだ。嫌でも情報が入ってくる。
これだから新しい行事というものは嫌いだ。

「鳳珠は、どうするんですか?」
「何がだ」
「ホワイトデーですよー。たくさんもらったんですよね。
・・・こんなにモテてるのになんで結婚は出来ないのか・・・・・」

親のようにため息をつく部下に鳳珠もため息をつきたくなった。
何故、その話題を自分に振る。そう、言いたげな視線を送れば、それを察して柚梨が薄く笑った。

「私は貴方の事を心配して言っているんですからね」

コトリ、と今日の分のお茶を置く。

「・・・・くんには何を渡すつもりですか?」
・・・そうだな・・・・
・・・って何を言わせる。」
「いやー、貴方のことですからきっと素敵な物をお渡しになると思うので。
興味本位です」
「なら聞くな。」
「いいじゃないですか。あと黄州の方には?」
「・・・・・・・・・。」

本気で考え込んでしまっている上司の邪魔をするのは悪いと思い、柚梨は早々退散した。
その日の鳳珠の仕事の処理量は明らかにいつもより少なかった。


そしてホワイトデー当日。
その日は貴陽全体の雰囲気がいつもと違っていた。
この国にバレンタインデーとホワイトデーという行事は効果大のようだ。
実際朝廷内では、浮かれた者が続出し朝から嫌味を言う羽目になった。
そもそも王自体が既におかしかったのもあるのだが。

「・・・秀麗・・・・」
「主上、今度こそちゃんとした贈り物を送りましたよね?」
「あぁ、余はいつも完璧だ」

王の目が輝いている反面、側近達の目は遠い方へ向けられた。
・・・・・その完璧の八割に文句をつけられているのだが・・・。(しかも、全ての文句は側近達へ)

そして、別室では。

「・・・秀麗・・・」
「いい加減自分の部署へ戻ってくれ。目障りだ」

先ほどまで浮かれていた部下に冷ややかに嫌味を言い飛ばしていた奴とは思えないくらいの豹変っぷりをみせた吏部尚書は人のこと言えないくらいのノロケモードに突入していた。
正直自分の部署でして欲しい。
きっと、養い子なら内心毒を吐きながらも黙って聞いてくれるだろう。

「私からの贈り物を嬉しそうに開けていると思うともう笑いが止まらんな。
兄上からもきっと喜ばれているはず・・・・
そして、『叔父様是非うちに尋ねてきてください。』という誘いの手紙が・・・」
「玖琅宛にか?」
「・・・・・ハッ!!まさか秀麗は玖琅の奴にも渡していたのか。」
「名も分からぬ存在だけの『紅家当主』と夏に出会った『変なおじさん』宛にもチョコが届いたのだろう?
玖琅に届いてもおかしくはない」
「くっ、こうしちゃいられんっ。
クソッ・・・・忌々しい」

こんな兄をどうして慕っているのか鳳珠にはさっぱり分からんがとりあえず、厄介払いできてほっとした。
そもそも、何故ホワイトデーというものが出来たのだろうか。
新たなる争いを生むような気がしてならないのだが・・・

そろそろ日が落ちる。空が紅く染まり始めた。
鳳珠は鐘がなるのを耳にしてたまっている書類を後に尚書室を出た。


「お帰りなさいませ。鳳珠様。
今日はお早いですね」

すれ違う家人から挨拶を受け、そのまま部屋に戻る。
いつもより早い主の帰宅にも驚いた表情を見せる。
それが少し面白くて、仮面を外しながら微笑する。

「・・・何か良いことでもありました?」
「いや、久しぶりに早く帰るのも悪くはないな・・・と思って」
「そうですね。これからも早くお帰りになってください。
・・・・・さて、少し夕食には早いですが、いかがなさいますか?」

何か欲しいものはあるか?」
「欲しいもの・・・・ですか、そうですね・・・」

なんとなく意図を察したらしくはしばし考えた。
しかし、しばしのつもりが真剣に考えすぎてしばらく沈黙が続いてしまった。

「・・・?」
「えっ・・・・。あっ、すいません。
急に言われたものですから・・・その・・・・・」
「ないのか?」
「・・・・ないわけでもないんですけど、改めて聞かれるとこれといって・・・・。
鳳珠様のお傍にいられるだけで幸せです。
・・・・・なんて。」
「・・・・私の傍・・・。
それでいいのか?」
「・・・え?」

鳳珠はさっとの手を取り口付けした。
は顔どころか体中が熱くなるのを感じた。
何をなさっているのですか鳳珠様ーっっ。。
内心そう叫ぶが、それは声にならず、動揺を表情に出さないだけで精一杯だった。
そんなことを気にする様子も見せず、

「夕食の前に・・・・・少し茶でも飲むか?」

目の前にある美しい顔に流石のも頭が真っ白になる。
毎日見ているとはいえ、それでもまだこの顔は慣れない。
多分一生慣れないだろう。

「あっ、お淹れします・・・・・」
「いや、私が淹れよう。そこの椅子に座っていてくれ」
「・・・・しかし・・・・・」
「座っていてくれ。」

鳳珠が慣れた手つきでお茶を注いでいく。
本当に器用な人だな・・・・と思いながらはその仕草に見とれていた。
何をするにしても美しい。何故、彼が自分なんかを侍女にしたのかが分からない。
鳳珠が自分の前に淹れ立ての茶を置き、隣に座った。
先ほどと同じく顔が近くにあり、冷めてきた頬がまた熱くなる。

「・・・・なにやらホワイトデーと世間では五月蝿いからな」
「・・・・はぁ」
にも菓子をもらったし、何がいいか思案していたのだが、やはり本人の欲しいものが一番いいだろうと思って。
私でいいのなら、そのようにするが・・・」
「そんな、滅相もありません。
そんなつもりで申し上げたわけではなく・・・」
「いいのだ、私がやりたくてやっている。
そもそも、全て周りにしてもらうと言うのはあまり好きではないからな。
・・・今日くらいは・・・」

そういって、鳳珠は懐から小さな箱を取り出した。

「・・・・それは?」
「あぁ、に渡そうとしていたものだが・・・。
どうだ?」

手渡されて、その箱を開けると中から出てきたのは綺麗な石のついた耳飾。
かなり高級なものだ。

「なっ・・・・これを・・・・私に?」
「あぁ、髪の色素が薄いから、この鮮やかな赤が似合うと思ってな」

鳳珠はから箱を取って、耳飾を箱から取り出した。
鳳珠の指がが耳に触れる。
熱くなった耳に金属の冷たい感触が気持ちよかった。
鳳珠は前からを覗き込み、微笑する。

「やはり、似合う。」
「・・・そう・・・・ですか・・・」
「受け取ってくれるか?」
「よろしいのですか?こんな高価なもの・・・・」
「あぁ・・・」

鳳珠はの髪を優しくなでた。

「ホワイトデーのお返しとやらは、これで良いものか・・・・」
「十分すぎます、鳳珠様。こっちが逆に申し訳ないです」
「気にするな、いつも世話になっている」

気にするなと、言われてもこっちはお金を払ってもらっている身なのだ。
何か得しすぎているような気がする。
大体、今見に付けている耳飾一つで給料三ヶ月分はありそうだ。

「鳳珠様、その、ありがとうございます。
これからもずっとお役に立てるように頑張りますのでっっ」
「あぁ、期待している」

三倍どころか百倍ほどのお返しがきてしまった。
彩雲国のホワイトデーは波乱交じりに終わっていった。


ーあとがきー

こちらは70000Hitを踏まれました長月 汀華様に贈られる『彩雲国鳳珠夢』です。


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