風の強い日


「吏部へ出す書類は仕上がったかっ!?」
「決算はまだかっ!?」
「この資料誰か知らないかっ!?」

威勢の良い、様々な掛け声が飛ぶ戸部。
その一角で物凄いスピードで筆を黙々と動かしている少女がいた。
名は。初の女人官吏の二人のうちの一人。
その仕事の出来の良さから将来の長官の座は確実だと言われている才女である。
女人といえども、扱いは男同様。
女人はこの部署しかいないので部署全体に『男女平等』という標語が張ってあるがそれも彼女が来て数日でその標語は誰の心にも留まらなくなった。

その理由は彼女自体が顔に似合わず男勝りであったからである。

「・・・くそ、暑い・・・」

梅雨も明け初夏に入ってくると、徐々に気温が上がっていく。
夏も当然薄着になるが、着物長袖。
汗を掻いて肌にくっつく袖がついに邪魔になったのである。
ここに気を取られていたら今日の分の仕事が終わりそうにもない。
そう考えたはすっと立ち上がった。
何事かと数人の官吏が目を止める。

すると彼女は左右に垂らして残りは後ろへまとめてあった髪をほどき一つにまとめ、男子同様一つに括りあげた。
そして今まで髪を結んでいた紐で袖を止めて惜しげもなく白い腕を出した。

・・・・うん。少しは涼しい。

そして何事もなかったようには座ってまた仕事を始めた。
男官吏でさえそんな袖をあげるなどのことは周りを気にしてやらなかったというのに、この娘は・・・。
普通逆だろ・・・という突っ込みが各自の心の中で響いた。
勿論仕事モードに入ってしまった彼女は周りを気にする意識など持ち合わせていなかった。
そして、注意する者もいなかった。

しばらくして、この部署一番暑そうだと思われる人が入ってきた。
部署内の空気が変わる。
騒然とした雰囲気が一掃され、ピシリとその場の空気がしまった。

「黄尚書、お疲れ様です」
「・・・・あぁ」

夏の本番はまだ先だが、それでも暑い。
よくもまぁ仮面を被っておまけに髪もたらしていられる・・・と、もう彼の姿に慣れた官吏達は色んな意味で敬服した。
場の空気が変わった事をなんとなく察知したは顔を上げた。

「・・・・あっ」

官吏達に囲まれ指示をする彼の姿を発見し、筆を置いた。
捲り上げた袖を戻しては奇人の入っていった尚書室へ向かう。
午前中、新人官吏の仕事は上官の雑用であった。

「失礼します」
「・・・か」

髪を一括りにして服も出切る限り薄着にしたはしっかりとした官服を着ている奇人よりも見た目も涼しかった。
女性官吏の官服はとりあえず、秀麗との決めたものを採用しているがこれもまた仮の段階。
は働きやすさを求めて今は私服状態で朝廷に出仕している。
目立たなくて、飾りも少ないものなら大抵何を着ても注意されないし、それなりに配慮されているらしい。

「・・・黄尚書。暑くないですか?」

戸口一番が言った。

「・・・暑くないわけないだろう、お前は楽で良いな・・・」

疲れた声音も含め、仮面の下から声が聞こえた。
彼の美しい声を聞きなれたの耳にはそのままの美しい声で入ってくる。
彼の凛とした声だけでも実際暑さも半減する。
はそのまま窓を開けて涼しい空気を入れた。

「明日から出仕したらここの窓開けておきますね。暑い空気がこもっちゃいますから・・・」
「そうしてくれ」

早速奇人は仕事につく。
は尚書室に溜まっている書類の整理をし始めた。
これをする事によって彼の仕事の能率が上がり、効率がいい。

鳳珠がうざったそうに髪を掻きあげる。
しかし、絹糸のようなサラサラの彼の髪は上げたところからまたぱらぱらと落ちてくる。

「・・・何とかして縛れませんかね・・・。その髪・・・
見てるこっちも暑いです。」
「無理だ。縛ったところで紐が滑る」

・・・羨ましすぎるお悩みですこと・・・。

「あと、尚書室にこもっている時くらいその仮面とったらどうです?
肌にも悪そうですし・・・」
「・・・肌は関係ないだろ。
もし人が入ってきたらどうするんだ」
「張り紙でもしておけばどうですか?入室禁止と。
渡し役くらいなら私がやりますし・・・。
秀麗ちゃんから聞いた話、去年の猛暑ぶっ倒れて長椅子で寝ていたそうじゃないですか」
「・・・倒れてはない。仮眠だ」
「どうせ貫徹三日連続とかしたんでしょう。
全く・・・・」

こんな何気ない会話の途中でも二人の手は素早く動いていた。
これが出来るのと出来ないとで、また差は開いてくる。

「あの・・・休憩時間辺りに髪いじらせて頂けませんか?
何とかして縛って見せます」
「無駄な努力だな」
「無駄かどうかはやってみないと分かりません」

ことりと、奇人の机案に新しい紙と筆と墨が入れられた。

「あぁ・・・ありがとう」
「いいえ、とりあえずこれで一通り種別が終わりました。
指示をください」

先ほど仕上げた紙の墨が乾いたのを確認して奇人はそれを折りたたむ。

「これを、黎深のところへ。その際『仕事しろ』といっておけ。こっちは王。
あとは、府庫へ行きこの紙に書かれた本全て持って来い。
そこに積んである本は要らないから所定の位置に返してきて、あっ、あっちの棚分も要らない。
適当な官吏を選んでこの種類の本全巻をこちらに運ばせるよう指示。
そこに積んである書類は各自適当に配って今日中に仕上げろ」
「了解いたしました」

は早速頭よりも高いほどの書類を持ち上げた。
文官もここでは相当体力勝負であった。体鍛えておいて良かったとここでしみじみ感じたのだった。

「・・・それと
「なんでしょう?」

何とか書類の横から顔を出す。

「いくら暑いからといって袖をあげるのは止めておけ。
仮にもお前・・・」
「うっ・・・気をつけます。
でも別に減るもんじゃないですし、うっとりするくらい綺麗な肌でもないですし。」

「はい。」

は、器用に尚書室の扉を開けた。


一通り尚書の指示をこなしていたら休憩を知らす鐘が鳴った。
府庫からの帰り道を歩いていたは早足で戸部に向かった。
気分転換に外にいくらしい官吏達とすれ違い会釈して、は尚書室の扉を叩いた。

「失礼します」
「あぁ、くん、お疲れ様」

中には黄尚書と景侍郎が共にお茶の時間を楽しんでいた。

くんも飲みますか?」
「いえ、そんな。っていうか自分で淹れますから・・・」

上官にお茶を淹れてもらう下官がどこにいるだろう。
の制しも聞かず柚梨はちゃんと茶菓子も用意する。
はお茶を飲み、茶菓子を頂き、そして奇人の髪に目を向けた。

「・・・さて、宜しいですか」
「・・・好きにしろ」

柚梨が首を傾げて様子を見ていると、どうやらが奇人の髪を縛ろうとしているらしい。
昔自分もやってみた事があったな・・・・と柚梨はそれを思い出した。
しかし、彼の髪は本当にサラサラ過ぎて手を出せなかった。

くん、その髪本当に無理ですよ」
「・・・うわ・・・なにこれ・・・。髪?」

触った瞬間の心地よさがなんとも言えない。
すくえば端からこぼれていき、梳いても止まることなく毛先まで。
とりあえず、後ろに全て持っていき、紐で括ろうとした・・・が噂に聞く事は本当で結ぼうとすれば紐が髪を滑り落ちていく。
なんだ、この髪ありえない・・・・。

一応、髪については目を付けた人全て触らせてもらっている。
秀麗や楸瑛は綺麗な黒の長髪の直毛。奇人ほどではないが、指触りが良く、まとめやすい。
羨ましい髪質だ。
絳攸は少しくせっけがあるが、それでも中々の質だった。
勇気を出して静蘭も触らせてもらったのだが、自分や劉輝よりもまとまりがまだいいらしい。
これは母親のせいだろうか。自分の髪ときたら劉輝よりも悪いのに・・・。

で、この人の髪ときたら最高級の髪だった。
それゆえ、手も足も出ない。

「・・・うぅ・・・」

細い紐が駄目なら太いもので・・・と思ってやってみたが、結局数秒後には落ちてきた。

、そろそろ良いか?」
「・・・あっ・・・はい」

なんか、髪に負けたようで凄い悔しい。せめて後ろで括るだけでも出来ないものか・・・・。
その時、窓から強い風が入ってきた。

『・・・・・あっ』

三人の声は同時。
が窓に向かい、残りの二人は書類に向かう。
行動が早かったため、被害は最小限に食いとめられた。何せこの室、一度風が入り暴れてもらうと、復興に時間が掛かるくらい書類が山積みになっているのである。
・・・が、良かったのはここだけであった。

三人が一息ついた瞬間隣の部屋から悲鳴が聞こえた。


戸を開けると、そこは白い紙が吹雪のように舞う、まさに台風の中心地であった。
官吏達は飛ばされないように書類を押さえつけるので精一杯。休憩時間という事で人でも少なかった。
積んであった紙は順番に宙に舞い、風のせいで落下せずにそのまま漂っている。
おかげで、視界が悪く中の状態を把握しきれなかった。

、窓を・・・」
「はいっ」

鳳珠の指示で窓を閉めに向かうが、また強い風が吹き、目の前筆が飛んできた。
それを反射で避ける。

・・・・さっさと窓を閉めないと被害が・・・・っ。

硯が飛んできたならもう最悪であろう。
しかし、室内を舞う紙が邪魔で中々前に進めない。
そろそろ休憩時間も終わるという事で官吏達が戻ってきて、被害を食い止めるために頑張った。

やっと窓まで辿りついた奇人が窓を閉めようとした瞬間、彼の黒髪が見事に宙に舞った。

「・・・うわ・・・・」

思わず見とれてしまい、感嘆した瞬間である。

ゴッ

「・・・ったぁ・・・・」

その黒髪に見とれていて前方から飛んでくる物を避けられなかった。
はそのままよろめき尻餅をついた。

「・・・・いたた・・・・
ったくなん・・・・」

は自分の近くにおちていた物を見つけた瞬間言葉を失った。

・・・これは・・・。

前方を見ると窓を閉めている奇人の髪は舞ったまま。
最後の窓一枚となった。追い討ちをかけるように風が舞いこむ。
そしてなにか外から飛んでくる物があった。
それを避けようと奇人が顔を中に向ける。

・・・ヤバ・・・。

「皆っ、顔伏せてっっ!!」

の声も虚しく運悪く全員が奇人の方に視線を向けてしまった。
見えたのは舞う髪を押さえる、麗人の姿。その不機嫌な表情も彼の魅力を一層引きたてている。
室内に舞う紙はまるで花のよう。

窓が閉められ室内は静かになった。
ぱさっと落ちた紙を最後に部署から音が消えた。

「・・・・鳳珠様・・・・これ・・・」
「・・・あぁ」

今更付けても遅いだろうが、鳳珠は仮面をつけた。
時は既に手遅れ、と柚梨を除く全ての官吏が茫然自失状態であった。

身近な人に声をかけてみたが全く反応がない。

「・・・どっ・・・どうしましょう・・・・」
「今ここでここにいる官吏達ごっそりと抜けたらそれこそ戸部は潰れてしまいますよ〜っっ」

焦る柚梨とに対して奇人は冷静だった。

「・・・とりあえず・・・あの人にでも当たってみるか・・・。
記憶が消せたら一番良いのだが・・・」
「あの人って・・・葉先生ですか?」
「・・・あぁ気は進まないが・・・」

は納得した。確かに彼なら無駄に色んな事を知っていそうだ。(失礼)

「では、私が直接行って来るから、ここの片付けと無事な官吏で片付けておいてくれ」
『かしこまりました』


戸部の復興に丸半日を要した。
本当に休憩時間というのがよくて半分の官吏が無事だった。
片付けついでいらないものは処分したり、少しだけ戸部の中が広くなったような気がした。

「お疲れ様でした、皆さん。
明日からもまた頑張りましょう」

・・・今日の分の仕事を。
言外を含む柚梨の言葉で官吏達は大きな息をついた。
明日から更に大変な日々が続くのか。まぁ慣れきった事ではあるが。

官吏を帰らせて人がまばらになってから柚梨とは尚書室に入った。
そこにいるのは仮面を取った鳳珠と葉医師の二人だった。

「葉先生、今日は本当にありがとうございました〜っっ。
あれだけの官吏の損失は本当に戸部としては痛かったので」
「助かりました、お礼はまた後ほどいたします・・・」

何度も繰り返し頭を下げる二人を葉医師は手を振りながら言った。

「あぁ、よいよい。
しかし長く生きていれば面白いことも起こるもんじゃのぅ・・・。
この顔に見とれてここまで自我を失うなんて、今まで見たことないし・・・」

鳳珠が仮面をつける前まではこれが日常茶飯事だったことは彼は知るまい。
でも、やはり前はそれなりに抵抗力もついた人が多かったが、久しぶりに外してみるとこれだ。
そして、てれっと顔を崩して葉医師は話す。

「それにこの美人さんの頼みとあれば例え火の中水の中・・・・」

鳳珠の絶対零度の視線が葉医師に突き刺さる。が、そんな視線彼が知ったこっちゃない。

「・・・えっと・・・鳳珠、気功はなしですよ」
「そうですよ、鳳珠様、この室まで片付ける事になるのは私は嫌ですからね」

・・・えっ、そっちの心配?と誰もが突っ込んだ。

ともあれ、葉先生のお陰で鳳珠の素顔を見てしまった官吏達はやっと正気に戻り、次の日から元気に働き始めた。
そしてその日から戸部の標語は『男女平等』から『風の日注意』になった。
深い意味は事情を知る官吏の中で暗黙の了解となっている。

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