運命の先には
は先ほど仕事から返ってきた主人の横顔をちらちら眺めていた。
何かいいことでもあったのだろうか。
うっすら疲れも見えているが、それよりも楽しさの方が表情に出ている。
『鉄壁の理性』なんて朝廷では言われているらしいが、どこが鉄壁なのかまだは分かっていない。
「・・・絳攸、何かいいことでもあったの?」
半歩前を歩いていた絳攸が首だけ振りかえる。その表情にある笑顔は本当に嬉しそうだ。
「あぁ、明日邵可様のお宅に訪問するんだ。
と・・・結婚してからほとんど寄らなかったから・・・久しぶりだな」
邵可・・・。
は口の中で呟いた。確か、紅家直系三兄弟のうちの長男だったような気がする。
まだ出会った事はないが、黎深、玖琅ときてその上のお兄さん・・・・。
・・・あまり、想像したくない。
「・・・ということで、明日は帰りが遅くなるから・・・・。
・・・そうだ、も行くか?」
絳攸の突然の提案にはうっ、と返事つまる。
あの黎深宅訪問はとてつもない空気の重さを感じられ、公の食事会にはなるだけ参上したくなかった。
ずらりと並ぶ高級料理を食べるのにつけても気がつまる。
の様子に異変を感じた絳攸は、あぁ、と納得する。
そういえば、彼女は邵可に会った事がないのだ。
絳攸は人に会わせる順序を間違えたような気がした。
始めからあのような濃い人(黎深&玖琅)に会った手前、兄弟の長男のイメージは既に固定化されているだろう。
絳攸は苦笑してポンとの頭を軽く叩いた。
「・・・大丈夫だ。
邵可様は黎深様達と性格というか雰囲気が全然違う。安心していい。
気を張ることは何もないから・・・」
「・・・そう・・・なんですか?
でもやっぱり紅家長子の方ですし、それなりの礼儀作法が・・・」
「いや・・・喋るにつけてはそこまで・・・
今ののままで構わない。
ここに来たよりかは、はるかにマシになっているし・・・」
絳攸に言われ、の顔が赤くなる。
元々孤児の身で、絳攸と再会したのはほんの数ヶ月前。
裏路地生活をしていたに礼儀作法というものはほとんど知識としてなかった。
ここに来てからはなんとか周りの教えもあり、最近は見苦しくないまでに成長した。
「・・・絳攸・・・それは言わない約束で・・・」
「大分大人しくなったな。
良いことだ」
「ちょっと、からかわないでよ!!」
叩こうとした手が、パシリと止められる。
文官としてずっと育てられた割には、絳攸の反射神経は良かった。
・・・毎日同僚や上司達に付き合わされ会得した、無意味な賜物である。
「はしたないぞ、」
「あぁっ、むかつく・・・・。
この万年方向音痴!!明日から迎えの軒出さないからね!ここまで自力で帰ってらっしゃい!!」
「・・・ほぅ、言ったな」
「なっ・・・何よ・・・」
「黎深様から再度招待状が来ているが、俺は忙しいから、お前一人で行って来い」
「・・・・・え?」
素で固まったに、絳攸は言いすぎたと口元を押さえる。
『黎深様』というだけでここまで反応されると面白い。(自分の事は棚上げ)
「・・・冗談だ」
「本気でびびったじゃない!!
もう、この人嫌―っっ」
「そう叫ぶな。
・・・では、邵可様にはの事言っておくから・・・。
明日の夕方迎えに来るから準備していてくれ」
「準備・・・って・・・。何を着ていけば・・・・」
「・・・別に普通の格好でいいんじゃないか?
正装すると逆に目立つからな」
「・・・・そう・・・・なの?」
この時は、邵可の家がどんなもので、邵可という人物がどんな人か全く想像出来なかった。
次の日、日もそろそろ沈みかかった頃、絳攸は同僚の楸瑛と一緒に軒で迎えに来てくれた。
軒の中には何故か大量の食材が積まれている。
「・・・あのー、絳攸?
この食材達は一体なんですか・・・?」
「あぁ、これか。
紅家に入るための入場券みたいなものだ」
「・・・・は?」
何故、野菜達が入場券?っていうか入場券なんているの?
「そうだね、これがないと入らせてもらえないから・・・」
軒の馭者をしている楸瑛が前から話に入ってきた。
二人の表情には苦笑に似た物が混じっている。
ますます『邵可邸』というものが分からなくなってきた。
「・・・そういえば、殿は邵可様と初めて会うのかい?」
「はい、・・・少し緊張します・・・。
黎深様や玖琅様の時みたいに、上手く出来れば良いのですが・・・」
の台詞に楸瑛が眉を潜めた。
「・・・絳攸・・・。
普通邵可様に会わせるもんじゃない?紅尚書よりも先に」
「・・・急だったからそこまで頭が回らなかったんだ」
「・・・へぇ。やっぱり色事に関しては頭の回転が鈍いんだねぇ・・・」
「五月蝿い!常春が」
「・・・全く酷いね・・・。
おっ、着いたっと・・・」
軒は一軒の家の前で止まった。
は自然と身体が強張った。ついに紅家長子とのご対面だ。
絳攸が先に軒から下りて、に手を貸す。
は、前方の建物を見た。
「・・・へ?」
目の前にあるのは、お世辞でも豪華とは言えない古びた建物だった。
修繕の後も見られるが、それがまた建物の老朽化を思わせる。
確かに囲いからして敷地も建物も大きく見えるが、そこはもう廃墟同然の家だった。
はそれに言葉を失った。
・・・ここが・・・邵可様の家?
に対して絳攸と楸瑛は何事もないように軒から荷物を降ろしていく。
は何かの幻を見ているような気がした。
自分だけ、何千年後の風景を見ているようなそんな気が・・・。
紅家の・・・しかも直系の長子の家がこんなんであって良いはずがない。
「・・・・・・どうした?入るぞ」
「・・・えっ・・・はい・・・・」
・・・まじで?
「おや、藍将軍、絳攸殿」
門をくぐったところで、後ろから誰かに声を掛けられた。
四十ほどに見えるその男性はとても穏やかで人の良さそうな感じだ。
は会釈した。
「・・・突然の訪問申し訳ありません」
「いいえ、話は聞いておりますから。
殿ですね。
絳攸殿も良い奥様を貰いになって・・・」
視線を向けられた絳攸は少し背筋を伸ばす。
「いいえ、そんな勿体無いお言葉です・・・邵可様・・・」
「・・・・!?」
は絳攸の言葉にぎょっとした。声はぎりぎり出さなかったが、身体はしっかり反応してしまった。
まじまじとその男性を見つめる。
どこにでもいそうな庶民の出で立ち。手には内職かと思われる仕事が抱えられている。
どこをどう見ても紅家嫡男とは思えない。
一番のありえなさは、黎深、玖琅と容姿性格共に似てない事だ。
「・・・邵可・・・様・・・?」
「あぁ、殿は初めてお目にかかりますね。
紅邵可です。黎深達が迷惑かけてないといいのですが・・・」
「いえ、とても良くしてもらっています。
こちらこそ・・・」
あの紅家当主を軽々と呼び捨てにできるのは世界広しといえどもほんの一握りしかいない。
はまだ激しく打っている心臓をなんとか押さえた。
邵可は楸瑛と話し始め、そして家の扉を開いた。
「荒屋ですが、お入りください」
「・・・いえ、お構いなく・・・」
中も当たり前のように、老朽化が進んでいた。
は椅子に座ったが何故か落ち着けないでいた。別に建物の古さとかそういう問題ではない。
何もかもが予想と違っていて、どう対処して良いのか分からないのである。
娘を呼んでくる、と邵可は外に出ていった。
はこそっと絳攸に話し掛ける。
「・・・えっと・・・本当にあの方が邵可様?」
「そうだが・・・?何か?」
「・・・いえ・・・予想とかなり違っていたので・・・どう対処していいか・・・」
楸瑛は苦笑した。
確かに、黎深、玖琅、と来て邵可ならかなり動揺するだろう。
あまりの自体に出された茶も手はつけられないでいる。
・・・いや、これはつけない方がいいのだろうか。
なんか色おかしいし・・・よく見ると絳攸も楸瑛も手をつけていない。
「少し話せばすぐに慣れてくるだろう。
そんなに気を張る事はない」
「・・・そう・・・ですか?」
「あぁ・・・」
絳攸の尊敬を含んだ顔を見て、ははっとした。
出で立ちはあのようだが、きっと凄い人なのだろう。
次は、もう少し話してみよう。とが意気込んだところで、後ろから悲鳴が聞こえた。
「きゃーっっ!!!
大丈夫ですか、藍将軍、絳攸様っっ。お茶飲んでないですよね!?
今すぐ、淹れますからお待ちください」
「いや、秀麗殿。気にしないで・・・」
「本当にすいません、うちの馬鹿父が。
用意しておいた茶菓子も出さずに・・・。
・・・あっ、お野菜とかありがとうございます。今から料理作らせていただきますから待っててください。
・・・・あら?」
秀麗と呼ばれた少女との視線があった。
はとりあえず会釈した。
「・・・えっと・・・」
「と申します。・・・一応・・・絳攸の妻で・・・・」
「・・・・『一応』・・・ねぇ」
楸瑛が吹き出す。秀麗は逆に目を丸くした。
そして、すっと膝をつく。
「はしたないところをお見せして申し訳ありません。様。
初にお目にかかります、紅秀麗と申します。」
突然の秀麗の行動には固まった。
正直なところ、今まで自分にこんなに丁寧に礼をしてもらったことがなかった。
絳攸の家には家人志望の成り行きで入って、侍女などは既に顔見知りであり今更であった。
あとは、もう儀式的なもので。
「・・・なっ、そんな、着物が汚れてしまいます。
頭を上げてください、秀麗殿っっ。。困ります。
それに、折角出してもらったお茶を飲まずにごめんなさい。
少し緊張していて・・・・。
淹れかえなくてもこれで十分ですので・・・全て飲ませて頂きますから・・・」
はすぐに秀麗の傍に膝をつき、彼女と同じ目線に立つ。勿論自分の着物も汚れてしまうが、そんな雑念はの頭からは消えていた。
そして、秀麗の『お茶を淹れかえる』という台詞には『やっぱり高貴な人達には庶民のお茶なんかあわないのね』だと取り違えていた。
すぐに秀麗を立たせ、汚れてしまった着物の砂を払った。
「・・・あっ、様・・・」
「折角の着物が汚れてしまいました・・・。私のせいですいません。
あと・・・で良いですよ。『様』なんてつけられると、なんか落ち着きませんから・・・
本当に・・・・絳攸の身分が無駄に高くてごめんなさい。無駄に気を使わせてしまって・・・」
「・・・・・・」
絳攸が呆れたように制す。その様子に秀麗はくすっと笑う。
絳攸が結婚したことは聞いていたが、奥さんがこんな人だとは。
人の事は気にするのに、自分の事は全く気にする素振りもない。
秀麗よりも倍以上も高いだろう、着物は既に床の汚れがついてしまっている。
「・・・では、早速お茶を・・・」
「駄目―っっ。
今、淹れなおすからそれを飲んでっ・・・ください。
全く父様は・・・」
「あー、でも折角邵可様が淹れてくださった・・・」
「あのですねぇ。
父様の淹れたお茶はかなり苦くて・・・・あぁ、思い出すのも気分が悪くなってきた・・・。
とにかくお嬢様が飲んではいけないほど危険なものなのよ。
お願いだから、飲まないで」
「・・・そう・・・なんですか?」
「そうなのよ」
秀麗はすぐに茶器と茶菓子を持ってきて、三人の前に出した。
その手際の良さは、自分よりもはるかに出来の良いお嬢様だということが分かった。
・・・さすが紅家・・・。
何か、勘違いしてしまっているの視線を気にすることなく、秀麗は絳攸と楸瑛の持ってきた食材で献立を練りに入っていた。
何でも揃っているので、好きな物が作れそうだ。
「特に、ご要望がなければ勝手に作らせてもらいますけど・・・・」
「では、秀麗殿にお任せするか、絳攸」
「・・・そうだな。
・・・・・・?」
「・・・えっと・・・・貴方が料理を?」
「えぇ」
そういえば、この家には家人はいないようだ。
は、すくっと椅子から立った。
「手伝いますっっ」
『・・・は?』
の発言に、三人の声がかぶった。
「・・・・・・お前料理出来るのか?」
「失敬ね、絳攸。人並みには出来るわよ。
・・・・貴方よりお饅頭綺麗に作れる自信あるわよ」
「・・・ぐっ」
絳攸を黙らせては秀麗の元に歩み寄った。
「・・・あの、邪魔にならない程度に頑張りますのでお手伝いさせていただけませんでしょうか?」
綺麗な笑顔に言われて、秀麗も断るにも断れなかった。
しかし、このような綺麗なお嬢様に料理が出来るとは思えない。
絳攸の妻である人だ。それはそれはど偉い貴族の娘さんで、もしかしたらまたまた従姉妹くらいの関係なのかもしれない。
包丁など持たせて指を切らせようものなら一家首吊り・・・
秀麗の脳裏に一瞬にして嫌な映像が浮かんだ。
どうせ、紅家から追い出された名もないような家なのだ。
いくら父が紅家当主の兄だからといって、父一家が消えただけで紅家にとって何も不都合はない。
・・・と思っているのは秀麗だけで、もし兄一家が消えようものなら彩雲国、最低でも紅家破滅といっても過言ではない。
大事な大事な核爆弾のスイッチである。
「・・・えっと・・・」
「・・・駄目ですか?
数ヶ月前までちゃんと自炊してましたので、下手が起こらない限り怪我もしないと思うのですが・・・」
「・・・自炊?
・・・じゃ、手伝ってもらおうかな・・・」
「はいっっ」
の目標は既に秀麗に定められていた。
完璧な仕草、言葉遣い、気遣い、絳攸や楸瑛が楽しんで通うような素晴らしい料理の腕の持ち主。
これは紅家の姫として最高の女性として育てられたに違いない。
将来はきっと国王の嫁にでもなるのだろう。
とあながち間違ってはいないが、ちょっとおかしい秀麗像がの中には出来ていた。
調理にとりかかったが、の腕は想像以上に素晴らしかった。
ちゃんと節約術も心得ているようで、秀麗の心配する面は全くなかった。
「・・・どこでそんな料理の方法を学んだの?」
「独学に決まっているじゃないですか。あとは、近所の世話してくれるおばさんに少し・・・。
お金もなかったし、食べ物も少なかった時代ですからね―。
少しでも節約しなくちゃやってられませんから。
親もいないし、仲間はいたけど栄養失調で皆死んじゃったし・・・。
あの頃は苦労しましたね。生き残ったのが奇跡みたい」
「・・・え?」
あっけらかんと凄い事を言ったを秀麗は凝視してしまった。
は気にすることなく、切った食材を鍋に入れかき混ぜている。
「・・・どうかしましたか?」
「・・・貴方・・・」
「あぁ、私ですか?
ほんの数ヶ月前まで孤児だったんですよ。絳攸に会えたのも奇跡みたいなものですね。
・・・ふふっ、これが世間で言う『玉の輿』ってやつですか。
やはり人の縁には多くふれておくべきですね。まさか彼が吏部侍郎なんかになってるとは誰が思ったか。
物凄い儲けものです。前世が聖人だったのかしら?私」
本当、人生って面白いことありますよねー。と続けたに秀麗は何も言えなかった。
家族もいなくて、おそらく自分よりも辛い思いをして、それでまだこんなに幸せそうに笑える人がいるなんて。
自分には父と静蘭が残った。でも、彼女には・・・。
「秀麗殿・・・
それ・・・焦げてませんか?」
「えっ・・・うわっ!!」
「火傷しないでくださいね。折角の綺麗な手に傷がついてしまう」
「綺麗なもんですか。全然汚いですよ。
さんに比べると」
「・・・そうですか?・・・あまり実感がないから・・・確かに綺麗になったかも。
昔は素手でなんでもやっていたから酷かったものだが・・・」
そういって、は更に料理を盛りつけた。
その様子は心底楽しそうだった。秀麗は思わず聞いてみた。
「今、幸せですか?」
「えぇ、生きていた中で一番」
その笑顔は、秀麗が見た中で一番素敵で幸せそうな顔だった。
楽しい晩餐はすぐに時が経ってしまった。
絳攸とは早々家に戻ることにした。
明日も仕事であるし、も泊まって行くのは悪いという事で。
「・・・絳攸、今日は誘ってくれてありがとう。
凄い、楽しかった」
「それは、良かった。
一度邵可様に会ってもらいたかったし・・・。
・・・お前、秀麗と何を話していた?秀麗に会ってからなんかおかしいぞ、お前」
「・・・そう??
それにしても秀麗殿とても素敵な女性ね。
さすが紅家長姫・・・。
・・・・・・・。
・・・・絳攸、もしかしなくても私がいなかったら自動的に秀麗殿と結婚する予定だった?」
どう考えてもその成り行きが一番適当だ。
絳攸は、息をついて一蹴した。
「・・・まさか・・・。
命がいくつあっても足らん」
は秀麗の周りに渦巻く恋愛関係図を全く知らなかった。
「残念ねぇ。私なんて拾わなくちゃ良かったのに。
あれほど出来た人はいない。
早く予約しておかないと、そのうち国王に取られるところでしたね」
「・・・、お前何故・・・それを・・・?」
「・・・え、何の話?
既に国王の婚約者なわけ?
・・・あー、わかんなくもないけど・・・」
秀麗の後宮入りは機密中の機密だ。・・・まぁが深いところまで気づいているとは思えない。
絳攸はほっておくことにした。
軒が止まった。家についたのだ。
が先に下りる。貴婦人というものは手を借りておりるものなのだが・・・。
絳攸はあえて何も言わなかった。
「・・・あぁ、そうだ。絳攸」
「なんだ?」
「・・・私は今まで生きてきた中で一番幸せだよ」
「・・・・は?」
何の話だ・・・・?
それだけ言ってはさっさと中に入っていった。絳攸もすぐにそれに続く。
・・・そりゃ良かった。とひとりごちながら。
ーあとがきー
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『紅の招待状』の続き物です。
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