買い物も戦いのうち
「やー、本当に参ったねぇ。絳攸」
「・・・・・・・・」
「まさか、例の訪問の日を忘れるなんて思わなかったからねぇ」
「・・・・・・・・」
「・・・しかし・・・・」
「五月蝿いっ!!
無駄口叩かずお前も選べ!!」
紫州貴陽の市場に明らかに場違いな二人が歩いていた。
今年も豊作という事で色んな食材が所狭しと並んでおり、一年で一番活気付く季節。
庶民と比べものにならないその着物と容姿に道行く人皆振り返る。
ただでさえ目立つのに、絳攸は市場の真ん中で大声で相方を怒鳴りつけた。
楸瑛は苦笑して自分の非を認めた。
「・・・悪かった。
しかし、市場など私は初めて来たんだけど・・・。
どこをどう見れば良いか・・・」
藍家直系のお坊ちゃま道を歩んできた楸瑛にとって自分で買い物をする機会など生まれてから指で数えるほどしかない。
絳攸もそれは同じでこんなに大きな市場などきたこともなかった。
故にどうしていいか二人困っているのである。
しかし、何も戦利品をもたず紅家に手ぶらで行くのは、剣を持たず戦場に赴くのと同じことを意味する。
絳攸と楸瑛は、また無言で市場を徘徊した。
それは三日前。絳攸が吏部から解放されて久しく王の執務室に赴いたところから運命は狂いに狂った。
執務室に入るなり絳攸は絶句した。
室の中には吏部尚書室にはる勢いの書類の量と、泣きながら仕事を片付ける王、書類整理をする楸瑛の姿があった。
自分のいない間に何があったか容易に想像出来たが、絳攸に怒鳴る気力はなかった。
やっと・・・やっと魔の吏部尚書室の書類をまともな状態にしてきたというのに・・・・。
絳攸は眩暈を感じながら無言で室に入り、王に激を飛ばしながら仕事した。
そして解放されたのが今日の昼。
午後からは休みをもらい、府庫でお茶を飲んでいた。
そこへ丁度邵可が来たのだ。そして一言。
「これはこれは、絳攸殿と藍将軍。
お仕事お疲れ様です。
・・・そういえば、今日我が家にいらっしゃるのでしたよね?」
『・・・・・・・え?』
二人は同時に固まった。そういえば殺されるような忙しさですっかり『邵可家訪問』のことを忘れていたのである。
それを思い出すと同時に二人はさっと血の気が引くような感覚に襲われた。
・・・・今日は何も持って来ていない・・・っっ。。
脳内に元公子様が思い浮かび、ゾクリと背中に冷たいものまで感じた。
様子がガラリと変わった二人に邵可が首を傾げる。
「・・・いかがなされましたか?
もしかして何かご予定でも入ってましたか?
・・・ではそう娘に・・・・」
『行きますっっ!!!』
絳攸は即答した。このクソ忙しいのを乗り越えてその果てに黎深様。そんな人生もう嫌だ。
自分には邵可様という癒しが必要なのだ。今日行かなくていつ行く。
むしろ毎日通っても問題ない。
しかし、何たる不覚。忙しさに紛れて邵可邸訪問を忘れるなんて・・・っっ。。
絳攸の即答に楸瑛もこくりと頷いた。
「迷惑でなければ是非訪問させていただきます」
やんわりとした口調で言って、そしてさりげなく立つ。
絳攸も楸瑛と一緒に立ちあがった。
『では、後ほど。。』
二人は逃げるように府庫を立ち去った。
今から食材を買いに行けば間に合うだろう。
しかし、何を、どれを買ったらいいものか。
それを悩み悩んで早一刻。
家に帰って適当な食材を用意してもらって秀麗の家に行った方がはるかに早かった。
でも、それは考えない事にする。今までの苦労が虚しくなるから。
市場を一通りも二通りも巡ってみればなんとなく道も何がどこに売っているかもなんとなく分かってきた。
楸瑛は辺りを見まわす。大分日も傾いてきた。
早く買って行かないと食材が使ってもらえなくなる。
そのとき、彼らの背後から神の声が聞こえた。
「あれ?藍将軍に絳攸様じゃないですかー。
どうしたんですか、こんなところで」
『っ!?』
後ろを振り返ると、よく秀麗の家に遊びに来て夕食を共にする少女であった。
手には何も持っておらず、今から食材を買って秀麗の家に向かおうというところのようだ。
「・・・いえ、実は・・・・食材を忘れてきてね。
何か買っていこうと思うのだが、・・・実際何を買えばいいか分からなくて・・・」
それを聞いて、はニコリと笑った。
「そうなんですか。
私も今から食材買うところですし、被らなくて丁度良いですね。
ご一緒しましょう」
この笑顔と言葉に絳攸と楸瑛は心からに礼をいった。
とりあえず、元公子様に嫌味を言われる事はなさそうだ。
「ん〜、秋はなんでもありますからね。
秀麗ちゃん何が好きだろう・・・」
かぼちゃを手に取りが吟味する。
その様子を二人は眺めていた。沢山積んであるかぼちゃだが、どれが良いのかさっぱり分からない。
むしろ違いはなんだ。
「・・・これかな。
果物も沢山ありますけど・・・買っておきます?おいしそうですし・・・」
「あぁ、お金はあるから好きな物を・・・」
「そうですかー、じゃ遠慮なく好きな物買っちゃおうかな」
これだけ大量のものがあると自身も目移りがしてしまうようだ。
芋の数だけでも半端ない。
あまり買っても三人暮らしだからそんなに食べられるわけでもないし・・・。
量がないと一気に作れないし・・・。
とりあえず邪念は捨て、目に付いた物を選び、後ろの二人に渡していく。
それを続ける事四半刻。二人の腕の中には見事野菜が積み重なった。
「・・・わっ、申し訳ありません。
荷物持ちなんかにさせてしまって・・・」
野菜を買い終え清算後、は二人に頭を下げた。
「いいえ、選んでもらったのですからこれくらいは・・・」
「それに、私の分も払ってもらっちゃって・・・。
あとで三分の一払いますから」
「それもいい。気にするな」
というか、あの元公子の怒りを買うくらいなら一人分の食料費なんて安い物だ。
なんとか食材を揃えて達は歩き出す。
あとは、邵可邸に行きおいしい料理と素敵な時間を過ごすだけだ。
始めはどうなる事かと思っていたけど・・・。二人はふぅ、と息をついた。
そこへ、タイムサービスを告げる声が響き渡った。
『・・・タイム・・・サービス??』
絳攸と楸瑛は聞き馴染みのないその単語に首を傾げた。
しかし、彼らとは正反対に含め周りの者達は一斉に目を光らせた。
「タイムサービスッ!!
今日の主役食材はななんと」
市場全体がしんとなる。
異様なまでの雰囲気に絳攸と楸瑛は唖然とした。
はさっきまでのほのぼのとした雰囲気が一変、目が真剣になっている。
『松茸――――!!!』
声と同時にざわりと辺りにどよめきが走る。
「・・・松茸かぁ・・・・。
いいね、旬だね」
「そうだな。
・・・で、松茸がどうしたんだ」
「・・・松茸・・・買っていきますか?」
がフッと笑う。
松茸ご飯やお吸い物。きっと秀麗の手にかかれば美味しい一品ができるだろう。
それを想像して楸瑛は頷いた。
「・・・あぁ、じゃ買っていこうか。
私が出すから・・・・・」
「こっちです、早く!!」
一目散に駆け出して行ったに楸瑛はただならぬ何かを感じとった。
なんか、普通に買い物するのとは違う何かが待っていそうで・・・。
「・・・絳攸・・・。
なんか物凄く嫌な予感がするんだが・・・」
「俺もだ・・・。
頑張れよ。お前が払うんだろう」
人ごみに押されながらもなんとか二人はについて行った。
「さぁ、今日取れたての新鮮松茸!!
エントリーする物はいないかね!!」
「買いますっ!!」
人だかりを抜けは、店の前に立った。
目の前には立派な笠のある松茸。これだけのものをお目にかかるのも珍しく、しばらくは絶句した。
・・・凄い・・・こんなの・・・初めて・・・。
感動しているのもつかの間。すぐに受け付けは終了した。
野次馬が店を囲む中、松茸を求めて数名が店の前に立っている。
やっとのことで一番前に来た楸瑛と絳攸はこの光景に唖然とした。
・・・今から何が起こるんだ・・・・?
「さぁー、やってまいりました。今日のタイムサービス。
このセットの松茸を一番値切れた人にその代金でプレゼント―!!」
『・・・・は?』
周りから歓声が上がる。
もやる気満万のようだ。
取り残され気味の楸瑛と絳攸をおいて話はどんどん進んでいく。
「今日も熱く値切りバトルを繰り広げてくれるのはここにいる四人!!
そして、それに受けて立つ商人は彼らだー!!」
店の中から様々な商人達十二人が出てきた。
「さぁ、制限時間内に一番値切れた人の勝ちだ。
チャンスは三回!!・・・さぁ、商人達を振り分けていきましょう」
は振り返って、楸瑛と絳攸を手招きした。
「・・・なんだ、どうした??」
「向こうも三人なんだしこっちも三人で向かいましょう」
何事もないかのようにがのたまった。二人は固まる。
「いや・・・静蘭じゃあるまいし、値切る経験はないのだが・・・」
「俺もだ」
「大丈夫ですよ。
丁度運良く、女の若い商人さんこっちにきてくれましたし、妓楼や後宮な感じで藍将軍頑張ってくださいvv
なんの為に、その口説き術を磨いているんですか。
そういうのをこういうところで発揮するもんです」
『・・・・・・』
もうどう突っ込んで良いのか楸瑛は分からなくなってきた。
誉められているのか、遠回しにけなされているのか分からない。
っていうか、なんで妓楼や後宮のことを知っているんだ。
「で、絳攸様はあの難しそうな人お願いしますね。
朝議でも、ばしばし意見していらっしゃるのでしょう?
『鉄壁の理性』なんの為に身につけてきたのですか?」
『・・・・・・』
は笑顔で言った。
「大丈夫ですって。ただ値切ればいいだけですし。
相手に隙が出来たら話を切り出すのですよ。タイミングは・・・もうお分かりですね?」
のタイミングこそ完璧だった。
二人に有無を言わせる間もなく、値切りバトルの幕は切っておとされた。
「いやー、まさかこんなに立派な松茸が銀一両で買えるとは思いませんでしたー。
今日は得しましたね」
『・・・・・・・』
上機嫌で松茸を抱えるに楸瑛と絳攸は無言で頷いた。
たしかこの松茸の元値は金二両だった。誰から見てもそれは妥当な価格であった。
値切りバトルのことを思い出し、二人は内心ため息をついた。
・・・やりすぎた・・・
別にやる気もなかった楸瑛なのでとりあえず、会話くらいはしようと女商人を見るとそれがまた美人であった。
いつもの癖で思わず、口説きにかかってしまってからほんの数分。
時間ギリギリで当初の目的を思い出し、半額の金一両と言ってみたところ楸瑛の手中にはまってしまった女商人が銀一両と聞き間違い、そこで終了。
絳攸も楸瑛と同じでやる気はなかったのだが、あまりにも商人の態度に腹が立ち、『鉄壁の理性』降臨。
自分の持てる知識全てを駆使し、彼の痛いところをつきまくり相手を黙らせたところで本題に入る。
商人がうっかりと『はい』と言ってしまったのが銀一両。そこで終了。
その結果に会場は大盛りあがり。正反対に売り手の商人は涙を飲んだ。
そして見事破格の値段で松茸をゲットしたのである。
今日は松茸尽くしの豪華な食卓になるであろう。
「こんにちはー」
壊れそうな門をくぐり、紅家の敷地内に入る。
扉を開けると秀麗が笑顔で迎えてくれた。
「あっ、いらっしゃい。。
・・・あれ?藍将軍と絳攸様も・・・」
「お邪魔するよ、秀麗殿」
「荷物、ここにおいておく」
今日はかなり歩いた。楸瑛と絳攸は椅子に座って一息ついた。
本当に今日は一息ついた。
「・・・いらっしゃいませ、絳攸殿、藍将軍」
二人は身を堅くした。もう慣れたはずなのにどうも身体はいつも反応してしまう。
「・・・やぁ・・・静蘭・・・」
なんだろう、いつもより機嫌が悪そうなのは・・・。
ちゃんと食材ももってきた。しかも今日は秋の珍味松茸付きだ。
これ以上の何がある、と二人が思っていたところにが話し出した。
「あっ、静蘭さん。お邪魔してます。
そうそう、聞いてくださいよー。
この松茸。この二人が値切りバトルで九割九分九厘以下まで割引してくださって。
金二両が銀一両ですよ!!
・・・そういえばあの値切りバトルの最高記録じゃないですか?
初めてにして大記録。
・・・さすが若手出世頭は違いますねぇ・・・」
は笑いながら茶をすすった。
そして二人はなんとなく、静蘭の不機嫌の理由を悟ったのであった。
「・・・本当に・・・。
朝廷の才人方はなんでもお出来になって羨ましいですね」
悪寒が背筋を走る。冷や汗まで出てきた。
・・・十中八九、値切りバトルの今までの記録保持者が静蘭で・・・。
まぁ値段も値段だったので割りやすかったが、それでもいとも簡単に、買い物も指で数えるほど値引き初体験の二人が大新記録を出してしまったのだ。
彼の高いプライドがそれを許すはずがない。
・・・結局・・・こうなる運命だったのか・・・。
奥の庖厨から匂ってくる松茸の香りはとても良かったが、邵可が来るまで全く気の抜けない時間を過ごした二人だった。
・・・もう買い物なんてしてやるもんか。
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