最初のぬくもり


自分の生はこれで終わった・・・直感でそう思った。
いやそう思うしかなかった。
今動かせるところは右手しかなく、血もかなり流れている。
このまま自然に任せて死んでいくのか、誰かの手にかけられるのか・・・生きながらえても、どの道自分にとって生きることはもう出来なかった。
この体ではもうあの組織に戻ることは出来ない。
いや・・・生きられない。
男は考え直した。
あの組織は秘密をもらさないため必ず自分を消しに来る。

もう、終わりだ・・・と、そう思った。
我ながら死ぬ間際によくここまで感情的になれたものだ、と自嘲した。
空を見上げると月はなかった。
なるほど、自分が死ぬにはいいかもしれない。
闇は闇へ。影は影へ消えるのが一番いい。
そう思い目を閉じた瞬間だった。
この裏路地に誰かが近づいてくる気配がした。
男は反射的に身構えた。
全く気配を隠すことなく、さらに殺気さえ感じない。
一般人だろう。しかし、男は警戒心を解かなかった。今の自分の状態を見て騒がれてしまっては困る。

そして誰か、は男の前までやってきた。
男の前で立ち止まりじっと男を見下ろした。
沈黙があたりを包んだ。

「・・・あの・・・怪我をなさっているのでは?」

体格や声からして女の声だった。しかも若い。
彼女は酷い怪我を負った自分に恐れることなく手を伸ばした。反射的に獲物を握った右手が動いた。
肉を切る感触が手に伝わった。

「・・・・っ」

女は軽くうなっただけであった。しかし逃げるでもなく恐れるでもなく、女はまた自分に手を伸ばしてきた。
その手のひらからは血が滴り落ちてきていた。

「私は貴方を救います。ですから・・・」

そのような言葉が自分に通じるわけもなく、また右手を払う。
そんなことが数回続いても、彼女は自分に手を伸ばしてきた。今まで味わったことのない恐怖が男の中に生まれた。
右手が震えてくる。拒絶されても諦めず手を伸ばしてくる彼女に自分は恐れている。
反応が遅れて、女に右手を握られてしまった。そして女は男の持っていた短剣を優しく抜き取って地面に置いた。
そしてそのまま優しく男を抱きしめた。

「愛しています」

初め意味が全く分からなかった。
何故お互い初対面で、しかも切りかかってきた瀕死の男に『愛している』なんていうのだろう、と。
しかし、そのぬくもりは今まで生きていて初めて与えられたものだった。
冷えていた心の氷に亀裂が入ったような気がした。
そして、安心したのかその場で意識を失ってしまった。
それからどうなったかは覚えていない。
ただ、こういう風に死んでいくのもいいかな・・・と頭の隅で柄にもなく思ったことは覚えている。


次に気づいたのはどこかの宿の寝台の上だった。
隣にある椅子では、先日会った女が薬を調合していた。
そして自分が目覚めたことに気づきにこりと微笑んだ。

「良かった・・・。目が覚めましたね。
あの夜は本当に焦りましたよ。死んじゃったかと思いました。
体、丈夫に出来ているんですね。こちらとしても助かりました」
「・・・・。」

何も答えられなかった。むしろ、今の状態はなんだろう。

「お腹すいたでしょう?
今食事をお持ちしますので・・・」

女はそういって出て行った。
部屋の中を見渡した。古い建物でそんなに宿泊代は高くないだろう。
寝台の傍には色々な薬草や薬が並んでいる。自分の様子から分析すると恐らく彼女は医者だ。
しかも、かなり凄腕の。

すぐに女は戻ってきて、かゆを自分に食べさせてくれた。包帯で固定されていて思うように動くことが出来ないから拒むことも出来ない。
どうせ死ぬ予定だったのだし、今更毒を食べさせられてもなんの不都合もなかったのでされるがままになっていた。
食事が終わると、女は自分に向き直った。

「調子はどうですか?傷の痛みはしばらく我慢してください。
辛かったら言ってくださいね。痛み止めがありますので。
かなりの血が流れていたようですが、止血しましたので徐々に戻ってきます。
そして足と左腕の方なんですが、ちゃんと動くようになりますよ。良かったですね」

・・・良くない。
本心からして、治して欲しくなかった。あの場で死にたかったのにこの女は余計なことをしてくれた。

「・・・そう、名乗り遅れましたね。
私は華と申します。華家ってご存知ですか?あの医術に長けた一族なんです。
今各地を放浪して患者さんを治すついでにある方を探しているのですが・・・。
まぁそんなことはどうでもいいとして。
そんなわけで、貴方を拾いまして今治療中というわけです」
何も反応しない自分には首を傾げた。

「・・・えっと・・・言葉通じますよね?話すことは出来ますか?」

言葉は通じる。しかし・・・話すことは出来るだろうか。
長年言葉というものを使ったことがない。ほとんど会話はなく、視線や気配で行動をしていたからだ。
決まったことを忠実にこなすことで言葉など要らなかった。
最後に話した記憶は子供の頃だっただろうか・・・。

「・・・あ・・・」

久しぶりに喉を使った。声がかすれて思ったように声が出せない。
話せないことに気づいたのだろう。はそういう自分を不思議がらずにそのまま受け止めた。

「言葉は通じるみたいですね。それだけで十分です。
知識はあるのであとは慣れです。すぐに話せるようになりますよ」

はそれから色んなことを自分に話しかけてきた。
よくそこまで話すことがある、というほど彼女の話の幅は広かった。
主に旅先であった出来事であったが、相当記憶力がいいらしい。自分でもその光景が目に浮かぶようだ。
そんなことを三日間続けたころには、自分も大分言葉を話せるようになった。

音になってしまえば後は簡単だった。

「・・・大分話せるように慣れましたね。
貴方の声が聞けて嬉しいです。」
「・・・何故、そう思う?」
「何故って・・・」

男は自体が謎だった。
は包帯を取り替えながら言った。

「やっぱり人間意志の疎通って大事じゃないですか。
それに私も一人で話しているのは辛いですし、何か返してくれないと困ります。
・・・顔を見たときから思ってました。きっと声も素敵なんだなぁ・・・と。
予想を裏切ってくれなくて嬉しいですよ」

その言葉に、はっとした。仕事上目以外を覆っていたため、他人に素顔を見られるのは何年ぶりだったか。
気づけはその布はもう取られている。自分としたことが飛んだ失態だった。

「何をそんなに焦る必要があるのです?
素敵なお顔じゃないですか。隠しておくのが勿体無いくらいに・・・」
「お前・・・俺と関わると死ぬぞ」

突然の言葉にの手は止まった。しかしすぐに動作は続けられる。

「私と貴方が関わらなければ貴方は死んでいました。
傷ついた人をほっておけるほど私は医者として堕ちていません」
「・・・むしろ俺は死にたかった」

組織に捨てられ、自分の生きる道はもうない。
ここで命を永らえたって、どうやってこれから生きていくのか。
組織の奴らに追われる生活など真っ平ごめんだ。
の手が止まっている。そして徐々に震えだした。不思議に思っての顔を見ると、なんと彼女は泣いていた。
流石にこれには驚いた。

「何故泣く・・・俺は悪いことでもいったか?」
「言いましたっっ。私の一番嫌いな言葉をっっ」

初めてが声を荒げた。

「死ぬなんていわないでください。生きたくても生きられない人だってこの世にはたくさんいるんですからっっ。
命がつながっただけでも儲けものです。貴方なんて足も腕も完治してこれからなんだって出来るじゃないですかっ!!
・・・貴方のこれから生きる分の命を生きたくても生きられない人に差し上げられるのなら、それを望むのなら私は何も文句は言いません。
・・・言いませんけど・・・生きたい人が助からなくて、生きたくない人が助かるなんてそんなこと許せません。
貴方は生きるのです。今まで死んでいった人の分までも!!
死ぬなんて言葉使う人最低ですっっ。」
「・・・・。」

の言葉に完全に飲まれてしまった。本人もあまりの感情の高ぶりに何を言っているか分からなくなっているのだろう。
表情がどんどん消えていっている。
そして数秒後には

「・・・で、何の話していましたっけ?」

と言い始める始末。
またに対しての疑問が深まった。


自分が少しずつ動けるようになったときにはもかなり遠慮を忘れるようになってきた。
当然のように自分と同じ寝台に寝るようになったり、自分の前で平然と着替えをしたり、こっちがむしろ困るくらいだった。
注意しても『誰のお金でこの室を借りていると思うんです?』と反論され、出て行くといえば『貴方はまだ怪我人です』と出してくれない。
夜もこんな感じだった。襲ってやろうかと思ったが、幸せそうに寝ている顔を見たらその気も失せてしまった。
結局自分は上手く転がされているだけのような気がしてならなかった。
しかし、このようなときを過ごすのも悪くなかった。
小さい頃から全くこのようなぬくもりに触れたことはなかった分、戸惑いもあったが悪くなかった。


「そういえば、名前をきいていませんでしたね?」

は唐突に自分に向かって聞いてきた。

「名などない」
「・・・・え?」
「名などない、と言っている」
「名前が・・・ないのですか?」
「あぁ、それがどうした?」

の顔を見ると、また悲しそうな表情をしていた。
自分としては名がないことを当然だと思っていたので特になんの感情も起こらない。

「・・・あの・・・両親のことを聞いていいですか?」
「顔も名前も知らない。気づいた頃には同じような奴らと一緒に育てられていた」

今思えば厳しかった。規律通りに行動し、出来なかったら殺される。
その捨てられていく仲間に何の感傷を持たずにいることも訓練だった。
全ては心を持たない人を作るためにされてきたこと。

「・・・貴方は・・・・」

はまた男を抱きしめた。

「・・・愛されることを知らずに生きてこられなかったのですね・・・・」
「・・・・」
「『緋輝』と私は貴方のことを呼びます。赤いと言う意味の『緋』に輝く・・・・。
その瞳が輝くことを願って」

いつも彼の目には感情がなかった。
最近自分を見てくれるようになったが表情も乏しく、目に生気が宿っているようには思えなかった。
しかし徐々に変わってきていることはも感じていた。
このままいけばきっと笑ってくれる。

「緋輝・・・だと?」

その言葉に明らかに当惑の色が浮かんでいた。は頷いてみせた。

「えぇ、傷が完治したら私からも解放される事ですし、お気に召さなかったら自分でまた別の名を名乗ればよいでしょう。
とにかく私は緋輝と呼びます」

は微笑んで、緋輝の手を取った。

「さぁもう少し歩きましょうか。早く治るといいですね」

緋輝は明らかに動揺していると感じた。
傷が治れば、と別れなくてはいけない。そんなこと分かっていたはずなのに、いつの間にか忘れていた。

「・・・俺はどうすればいいと思う?」

考えるより先に言葉に出ていた。

「どうって・・・あぁ、もしかしてこれからのことですか?
もしかして行くところがないとか?」

緋輝は頷いた。

「ではしばらく私と旅でもしてみます?色んな土地に行きますし、緋輝は器用なので何でも出来ますよ。
仕事が見つかるまで私の助手をしてください。
荷物とか流石に一人では辛いんですよ」
「そうさせてもらう」
「でもちゃんと自立しないと駄目ですよー。
私の助けた命なんですから。一度死んだと思って今度は十分に人のために役立ててください」

は満足そうに微笑んだ。


別れは二人の予想以上に早く訪れた。
いつものように二人で寝る。
眠りにつくか、つかないかというところで緋輝は妙な気配を感じた。
反応はかなりの時間ここにいたせいで勘が鈍っていたがそれでも感じるものがある。
追っ手だ。

気づいたときには窓が破られて、寝台に何本もの刃が投げられた。
それが自分達に襲い掛かる前に緋輝は布団でその刃を防ぎ、隣にいるを床に突き落とした。
自分と一緒にいると彼女が危ない。

「・・・いたた・・・何するのよ、急に・・・・」

しばらく夢と現実の狭間にいただが起き上がった瞬間絶句した。
緋輝の周りに数人の人・・・らしきものがいる。それは闇に溶け込むような何か。
緋輝もギリギリのところで防いでいるが彼はまだ病み上がり。現役の兇手に敵うはずもない。
すぐに寝台が血に染まっていく。

「緋輝っっ!!」
「来るなっ、逃げろっっ!!」

緋輝がこれまで感情的な声を出したのは初めてだった。はびくりと体を振るわせた。
怒気と共に殺気も含まれたものがに向かう。
しかし、は逃げられなかった。

「やめなさいっ、緋輝はまだ怪我が治ってないのっっ」

はなんとか目の前にいる人を取り押さえようとしたが宙に伸ばされた手は空をつかんだ。
今まで目の間にあったものがない。

「・・・え?」

そして、驚くまもなくドスッという鈍い音が響いた。
長い刃はの細い体を貫いた。こぽりと、血が逆流してくる。口の中に一気に血の味が広がった。

「・・・・っ」

着物を紅に染め、はその場に崩れた。

っっ!!」

遠くで緋輝が自分の名前を呼んでいるのが聞こえた。
ほら、やっぱり呼べるんじゃん。もっと早くから名前を呼んで欲しかった・・・

それから、少しのやりとりがあって、室内は静かになった。

緋輝がを抱き寄せる。
彼も怪我はしていたがほどではなかった。

「おいっ・・・っ!?死ぬなっっ」
「・・・緋輝・・・
もっと・・・」

口が上手く動かない。伝えたい言葉があるのに。

「『愛している』って言いたかった・・・」

華娜の気持ちが今なら痛いほど分かった。こんなことなら初めからずっと言い続けていればよかったと思う。
そうえいば、自分と関わると危ないって緋輝も言ってたっけ・・・。
あまり気にしていなかったのでうっかりしていた。
しかし・・・・死ぬ間際に人生最大の後悔をするのは不覚だった。

華家の血を引くものとしてかなりのできぞこないだ。

でも・・・
自分の名前を必死に呼んでくれている緋輝をみては安堵した。
その緋色の瞳に光が宿っている。
それだけで十分だった。
色々安心したらもう少し死ぬまで余裕があることに気づいた。
だから、は少し欲を出してみた。

「・・・緋輝・・・もし私の願いを聞いてくれる気があるのなら・・・」

華娜の遺言と華家に伝わる決まりごとを言った。
それには緋輝は目を丸くした。

酷い怪我をしておまけに怪我をさせた自分を拾って治してくれた理由が、そしてあってすぐに『愛している』といった理由が・・・。

「・・・私の分まで生きてください。
そしてたくさん愛されて死んでください。
私は、緋輝と出会えて幸せでした。・・・・最後に・・・・笑って・・・・」

は死に間際でも笑っていた。
どんな表情をすればいいか分からなかったが緋輝もつられて笑ってしまった。
悲しみや怒りを通り越して呆れてしまった。

緋輝の笑顔を見て満足そうに微笑み、そのままは息を引き取った。

流石に、長年感情を持たずに生きていた緋輝は涙は流れなかった。
しかし心の氷は完全に溶けた。そんな気がした。



ーあとがきー

うぉっ、超悲恋。(雰囲気台無し)
マイナーの中のマイナーを突っ走る『紅家の”影”夢です』多分初め読んだらなんのこっちゃって感じですけど・・・。
雰囲気からいけば静蘭とかでもまわせそうな感じですよね・・・。
あと最後どうしようかなぁ・・・とか思ったとき『これもしかして華眞の過去話とかでもいいんじゃね?』とか思いましたが、流石にそこまで妄想の飛躍はいかんだろうと思ってやめました。

某日のチャットで私が『彩雲国なら誰リクされても書けます!!』と宣言したところ
『じゃ、”影”なんていかがですか』という言葉から発展したものです。本当に日本中巡ってもこんなリクは絶対出てこないだろう・・・。
多分言われた本人も、マジで文章化されるとは、あのチャット中でも、今この瞬間でも思っておられないはず!!
ということで迷惑で泣ければ某方に差し上げます。(笑)どうぞもらってくださいませ。
すいません、文章化した阿呆がここにいます。色んな意味で革命ですよね★

彩雲夢のマイナー道を堂々と走る月城がお送りしました。人が少なくてある意味通りやすいですよ(笑)
何かご意見ご感想があれば何なりとどうぞ・・・。

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