音もなく近寄り、そっと肌を撫でられた。
全身の毛が逆立ち、反射的に手が動いた。
その反撃も簡単に止められ、私はやっと我に変える。
目の前にいたのは、猫を思わせるような人懐っこい、しかし油断は出来ない笑顔をたたえている彼がいた。

「・・・朔洵・・・」
「久しぶり」

彼は私の反応に満足そうに微笑んだ。


闇への誘い


自分の身近にいる人達は何もかもが唐突である。
特に訪ねてくる時なんて、こちらの都合などおかまいなしだ。
その部類に入る人達は数人いるのだが、そのうちの一人が今自分の後ろを歩いている奴だ。

は各部署への届け物を運びながら大きな息をついた。
夜なので周囲には誰もいない。
だから、自分の後ろを歩いている彼を咎めないのだが・・・・

「・・・一体何をしにきたの?」

以前茶州で会ったときも化け物かと思ったが、今は更にそれに磨きがかかっているように思われた。

「何を・・・ってに会いに、に決まっているじゃないか。
私の可愛い人・・・」

すっと伸びてくる手をさりげなく交わしては歩みを進めた。
朔洵は苦笑してに続く。

「本当につれないねぇ・・・」
「いちいち構っていられるほど私は暇じゃないですし、付き合う気もありませんし・・・。
誰かに構って欲しいのであれば、妓楼にでも、本当は駄目だけどそこに後宮があるからいってらっしゃい。
あんたの容姿なら一晩でも二晩でも喜んで付き合ってくれるでしょうね」
「私は君に構って欲しいのだけど・・・
「生憎、私は男より仕事を取ってますから興味なし。
・・・性格を改善すれば考えてあげなくもないけど・・・」
「難しいことをいうね・・・・君は」
「私は理想が高いのよ」

朔洵が歩みを止めた。そしてその辺の柱の影に移る。
は前方からやってくる高官に礼をした。
高官が過ぎ去ってから、音もなく朔洵はのところまでやってきた。
は、朔洵を一瞥していった。

「・・・意外と気は利くようね」
「騒がれるのも面倒だからね。
そうそう、今日は君の家に泊めてくれるのだろう?勿論」
「・・・駄目といっても泊まる気でしょう・・・・。
最近帰っていないし・・・分かったわ。もう遅いし、ご飯は用意できないと思うけど・・・」
「構わないよ。
君がいるだけで良い」

あー、そう。
はあまり深くは考えていなかった。

久しぶりに戻った我が家は案の定生活感のないところであった。
は、明かりをつけて部屋を見渡した。

「うーん・・・なんとか泊まれると思うけど・・・。
こんな遅い時間に掃除が・・・。やる気半減だな・・・。
朔洵、汚いけど何とかしてその辺に座っていて。色々片付けてくるから・・・」
「・・・分かった」

どうせ一泊だろうし、とは適当に埃をとって寝台を使えるものにした。
やはり小まめに訪れないとどんどん汚くなってしまう・・・。
反省しながら部屋中を適当に拭いていった。
時計を見るとすでに亥の刻を過ぎて、子の刻に入ろうとしている。
は星を見ながらため息をついた。何で自分はこんなことをしているのだろう。
本当ならすぐに布団に入って明日に備えたいのに・・・・。

居間に戻ると、朔洵は思った以上に力を発揮していてくれたらしい。
先ほどよりも綺麗にみえる。

「掃除してくれたの?ありがとう」
「別に・・・少しいじっただけだから・・・」
「・・・いじった・・・?
・・・まぁいいわ。
貴方と違って私は明日も早いのよ。
ということで室は用意したからさっさと寝て頂戴」

優雅に座っている朔洵を立たせるべくは朔洵の腕を引いた。
朔洵は動く気がないらしくびくともしない。
それどころがの手をそっととり、手の甲に口付けした。

「君のお茶が飲みたくなったのだけど・・・淹れてくれるかな?」
「・・・はぁ?こんな夜中に茶なんて・・・寝られなくなるわよ?」
「別に構わないよ。
君を思いながら一夜を明かすから・・・」

笑顔で凄いことをのたまってくれた朔洵にはどう反応すればいいか激しく迷った。
普通はここで、惚れておくべきなのだろうか。
それとも冗談で笑い飛ばすべきなのだろうか。
いや、多分後者を選ぶべきだろうが、迷っているうちにそうもいえない雰囲気になった。

・・・・負けた。

はしぶしぶお茶を淹れる準備をしに庖厨へ向かった。
はぁ、明日も大変なのに・・・。
朔洵は満足そうに微笑んだ。


「・・・はい。」
「・・・結構時間かかったね」
「寝れなくなると困るからね。色々混ぜて見たのよ。
安眠効果もあるから今日はぐっすり寝られるわよ」
「・・・それはどうも」

朔洵は淹れられた茶を一口飲んだ。

「うん・・・美味しい」
「それは良かった。
さて、これ飲んだら寝てね」

その台詞に朔洵は顔をしかめた。

「・・・せっかく来てあげたのになんで君はそんなに早く休もうとする?
夜は長いじゃないか。つまらない・・・」
「来てあげたのにって・・・。
あんた常識なめてんじゃないわよっ!!
普通・・・上流階級の人達は最低一ヶ月前には訪問したいという旨を相手方に伝えてるわよ!
たかだか二刻前に来ていきなり泊まりたいっていう方が非常識よ!!
こちらとて色々都合があるのよ。
・・・全く・・・。
明日は休みじゃないし、今日は仕事たくさんあって疲れているのよ。
明日も忙しそうだし、今日は普通に寝かせて・・・。
戸部で働くには頭もさることながら体力の方が必要なのよ」
「へぇ、大変そうだね。
辞めたくない?」
「別に。仕事好きだもん」

は笑顔で言い切った。
朔洵は目を細めた。何か面白くない。
は最後の一口を飲み終えた。
ついでに疲れも取れる葉もいれておいたので明日はまた元気に働けるであろう。

「・・・さて、片付けるから。茶碗おいて・・・」

が立ち上がった瞬間、ぐらりと視界が揺れた。
持っていた茶器が手からおちて、床に転がる。

「・・・っ!?」

立ちくらみなど今までなかったのに・・・。
はそのまま朔洵の元へ倒れこんだ。

「・・・大丈夫?」
「・・・何なの今の・・・。
疲れすぎかしら・・・あまり刺激の強いものを茶に入れた覚えはないし・・・」

その時微かな香の匂いが鼻についた。
は朔洵に掴まって起き上がってみた。やはり香が焚いてある。

「・・・朔洵・・・あんたなんのつもり・・・?」
「流石、紫家直属のお姫様だ・・・。
目の付け所がいいね・・・」

朔洵は変わらぬ笑顔での頬を撫でた。
は微かに残る意識の中で朔洵の手を押しのけた。
思考が上手くいかない。
朔洵がお茶が欲しいといって私を足止めしたのはこのせいか・・・っ。
居間に戻った時も何か違和感があったのだが、もう少しちゃんと見ておけばよかった。

「・・・あんたは・・・この香効かないみたいね・・・」

体の力も抜けてきては不本意ながらも朔洵に抱きかかえられる体制になった。
朔洵は満足そうにの髪を解き始めた。

「うん、私に大半の毒は効かないよ。
・・・もう全て効かなくなっているかもしれないけど」
「・・・素敵な体で・・・」
「でもつまらないよ。以前よりも更に・・・。
便利になったのは評価できるけど・・・
でも、今はそれでも良かったと思うよ。
にいつでも会いに来られるからね・・・・」

朔洵がの髪を一房とって口付けした。

「髪質はやはりあの女の方が良いみたいだね・・・・」
「そうね・・・。それは認めるわ・・・」
「でも君の方が何十倍、いや何百倍も愛おしい・・・」

朔洵はの顎を持ち上げ、口付けをおとした。
流石のもそこで気づいた。

・・・・この雰囲気は危ない。

しかしもはや状況は手遅れのようで体に力は入らないは、朔洵にしっかりと抱きしめられていて身動きも自由に出来ない。

「・・・あの・・・朔洵・・・。
私そろそろ寝たいんですけど・・・」
「ここまで来て寝られると思っているのかい?
君の無防備さには正直驚かされるね。
結構血なまぐさいところに生きていた割には・・・こっち方面のことに関してはかなり疎いと思われる・・・」

はうっ、と言葉に詰まった。
確かにそうかもしれない。
邪魔な奴は根こそぎ排除してきたから貞操の危機は全く訪れなかった。
母と引きこもり生活を始めてからはまずその心配もなくなった。
危険回避能力もあるし、出会ってきた人達も良かったのかもしれない。
・・・・そう、生まれてこの方一番危険だったのはこの朔洵だった。

「今更逃げられるなんて思っていないよね?
周りの人達は結構甘いと思うんだ。
・・・今日一つ賢くなったね・・・」

頬を撫でられ、は血の気が引いた。
鼓動が早くなる。
香のせいか茶のせいか分からないが頭は上手く働かない・・・。
でもヤバいことは本能的に分かった。

「・・・・は?」
「男を家に泊めるとどうなるか、体で教えてあげるから・・・・」
「ちょっ・・・まっ・・・」

次の口付けは長かった。
の吐息が漏れる。
けして乱暴ではないが、の不快度は増した。
せめて体の自由がきけば突き飛ばしていたのに・・・っ
そろそろ息ももたなくなり、は朔洵の肩をぐっと握った。
それに気づいたのか朔洵はやっとを開放した。

「・・・・っ・・・・はっ・・・・。
殺す気・・・っ!?」

涙目になっている自分に苛立ちながらは朔洵を睨み付けた。
全く動じていない彼が更に頭にくる。
朔洵はの髪を後ろにすき、耳元で囁いた。

「殺しはしないよ、流石に死体を抱く趣味もないし・・・。
君は生きていてこそ価値がある・・・」

朔洵はそのままの鎖骨に唇を落とした。
妙な感覚にはビクリと肩を震わせた。

「・・・やっ・・・何するのよ・・・」

まだまだ序章でしかないというのに、かなり反応してくれるものだ。
朔洵は口元に笑みを浮かべた。
今夜は楽しくなりそうだ。少し精神的に遊んでもまぁ壊れはしないだろう。
彼女は強い。

「騒いでみる?でもどれだけ騒いだとしても誰も助けに来ない。それは分かるよね?
だってこの家・・・・普通の人は絶対入れないのだから・・・」
「・・・え・・・?」

さりげなく朔洵はの帯に手をかけてみた。

「知ってた?この家の周囲には結界が張ってあって特定の人物しか入れないようになっているんだ。
でないと、こんなところ直ぐに見つかってしまうからね・・・
・・・本当いいところに招いてくれたよねぇ」
「しなくて・・・良いから・・・・。こら離せっ・・・」

朔洵はを自然に長椅子に押し倒した。

「あっ、そうそう・・・。一応忠告しておくけど・・・
近々君は一回誰かと寝ておいたほうがいいよ」
「・・・なん・・・・で・・・」
「色々あってねぇ・・・。今のままでいるのは危険なんだよ。
こうなる前にさっさと誰かを落としておけばよかったのかもね。
例えば、美麗な仮面の上司さんとか、良く分からない藍家の笛とか将軍とか、紅家の養い子とか・・・。
まぁ後他部署の上官とか同期とか・・・・愛するお兄様でもいいんじゃない?
・・・あげればきりがないね、君。面白いくらいに候補がいる・・・その中に私も入れて欲しいな・・・」
「・・・なんか・・・私の周りに詳しいですこと・・・」
「うん、退屈だったから色々調べさせてもらったよ。
ここまでくればいっそ見事だね・・・。君の人生薔薇色に近い・・・」
「もう今の時点で最悪なんですけど・・・」
「これも良い経験として・・・。
むしろ、これで私に傾いてくれれば嬉しいな。
大丈夫、乱暴にはしないから・・・」
「その優しさを・・・別の方向に向けて欲しい・・・」

また脳内に霞がかかった状態になった。
朔洵に口付けをされてから少しすっきりしたのだが、また働かなくなりつつある。
多分寝かされた状態だからだと思うが、眠気が増してきた。

・・・こんな大変な時に・・・っ

朔洵もの異変に気づいたらしく首をかしげた。
そんなに強い作用はなかったはずだが・・・。
そのうちはガクンと力の抜けたように眠ってしまった。

「・・・?
もしかして茶との副作用があったのかな・・・
せっかくの楽しみがなくなってしまったよ・・・」

仕方なく朔洵はを抱きかかえ、臥室まで運んでいった。



「・・・うぅ・・・」

室の中が明るくなったところでの目が覚めた。
今日も快晴らしい。良いことだ。
体が重いような気がした。
そういえば、昨日朔洵を泊めて・・・泊め・・・
がばっと隣を見ると予想通り朔洵がいた。
は血の気が引いた。昨日押し倒されてから記憶がない。
一体どうなってしまったのだろう、自分は。

「・・・あの・・・朔洵・・・・?」

はおそるおそる朔洵を動かしてみた。
整った瞼が開き、面倒くさそうな表情で朔洵が目を覚ました。

「ねぇ・・・昨日・・・・」

朔洵は一瞬訳の分からないような表情をしたが、覚醒してきたらしくたちまち表情は笑顔になった。

「・・・あぁ楽しかったよ?
一応労わってあげたつもりだけど・・・体の方は大丈夫?
・・・腰とか・・・」
『・・・・・。』

は沈黙した。何がなんだか、分からない。というか記憶にない。
言われてみれば腰が痛いような・・・。

「・・・朔っ、もしかしなくてもあんた・・・っ」
「・・・何?どうしたの・・・?」
「もう知らないっ、この馬鹿っ!!」

の怒りが分からず朔洵は首をかしげた。
はそのまま室を出て行った。朝ご飯を用意してくれる気は全くないらしい。
しばらくして家を出る音が聞こえたのでもうしばらくは戻ってこないだろう。
・・・・しかし・・・。

「あの後全く手をつけてないんだけどねぇ・・・。
とんだとばちりを食らってしまったな・・・」

ちょっとからかったのが失敗だったらしい。

「うぅ・・・なんでこんなに腰痛いのよ・・・」

腰をさすりながら戸部尚書室でぼやいたに鳳珠が顔を上げた。

「・・・どうした、大丈夫か・・・?
昨夜大変だっただろう・・・。少し休んでも良いぞ」
「・・・・え・・・・?」

なんで鳳珠様が昨日朔洵と・・・認めたくないけど寝ちゃったこと知ってんのっ!?
は頭を抱えたくなった。
思いつめた表情をしたを見て、鳳珠が首をかしげた。

・・・昨夜なにかあったのだろうか?家に戻るとか言っていたが・・・。

「・・・えっと・・・お言葉に甘えさせていただきます」

心なしか顔を赤くしたに鳳珠は更に首を捻ることになる。
入れ替わりに入ってきた柚梨もの様子に首をかしげた。

「・・・鳳珠、何か妙なことでも言ったのですか?」
「・・・別に・・・。腰が痛いといっていたから下がらせただけ・・・」
「・・・なっ、鳳珠・・・。貴方まさか・・・っ」

持ってきた書物で口元を隠す柚梨は、驚いているのか、喜んでいるのか判断しかねた。
鳳珠は話をややこしくしないために言い切った。

「柚梨、安心しろ。それはない。
の腰の痛みは昨夜かなり厚い本を府庫まで何回か運ばせてしまったからな・・・。
それに昨日は外泊だ・・・」
「・・・外泊って・・・」
「それもあんまり心配する必要はないな。
眠りが浅いといっていたので軽い睡眠薬を茶に混ぜておいたから・・・。
適当な時間がくればそのまま寝るだろ・・・」
「・・・はぁ・・・気遣っているのかいないのか・・・」
「仕事は仕事だ」

そんなことは露知らず、は数日間まともに仕事できないでいることになる。


ーあとがきー

こちらは香奈さんに差し上げます、朔洵小説。
・・・鬼畜を目指してちょっと頑張ってみましたが・・・。何かもう、ぬるいかも。(言った!)
すいません、これ以上はもう指が動きませんでした(土下座)
しかも最後鳳珠オチとかどうよ・・・ということで重ね重ね謝ります・・・。
流れ的にかなり本編夢主の話になってしまいましたが、普通によんでくだされば嬉しいです。
オフ会ありがとうございましたvv
こんなヘボ小説でよければ受け取ってくださいませ。

月城 チアキ

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