ただ雨が降るだけで


梅雨に入った。
雨は容赦なく空から降っている
みているだけで憂鬱な気分になる室内の暗さに、はため息をついた。

「・・・天気って不思議だな・・・・」

は、そうポツリと呟いた。誰に問いかけるわけでもなく。
その言葉にこの室の主は書き物をやめ、顔を上げた。
その気配にも顔を上げ、二人の視線は重なった。

「・・・あっ、すいません・・・。
独り言です・・・」

は、恥ずかしさから少し顔を赤く染め、また作業に戻った。
相手が仮面な分、表情も分からず恥ずかしさも更に増す。
どうせ、くだらないことを考えている・・・と呆れられていのだろう。
は今、戸部尚書室の片づけを命じられている。
柚梨は外に出かけていて室には二人しかいなかった。

室内にまた沈黙が下りた。
ひたひた、と雨が降る音だけが響く。

「何故そう思う。」

沈黙を破るように仮面の奥から声が聞こえた。

「・・・え?」

まさか反応が帰ってくるとは思わなかった。は少し言いよどんだ後、苦笑して答えた。

「晴れの日の方が無条件に気分がよくなるじゃないですか。
こう雨が降っているとどうもやる気が出ないと言うか・・・いえ、仕事はちゃんとしますけど!
気分の問題です」
「まぁ・・・一理あるがな・・・」
「ですよね」

彼との会話は長くは続かない。常にこのようなものだが、はこれでも満足している。
いつかは柚梨や黎深みたいに、たくさん話が続くようにはなりたいのだけれど。

「黄尚書、片付けが終わりました」
「そこにある書類を各部署に届けておけ。それが終わってからそこにある本を府庫へ。
ついでにそこにある赤色の表紙の本を全巻借りてそこにおいておくこと・・・以上」
「御意に」

はいつものように書類を抱えて尚書室を出て行った。
窓の外は相変らずの曇り空だ。

「・・・早く晴れてくれないかしら・・・」

・・・どうもこう薄暗いと、あまり良いことが起きない気がするのだ。

は書類を抱え込むようにして外の回廊を歩いていた。
晴れた日には気持ちがいいこの回廊であるが、天気の悪いた日に歩くのはかなり不便だった。
まず、風でも吹けば雨が掛かる。
一人で歩くのであれば問題ないが、誰かとすれ違う時大変である。

は表に出さないように内心嫌な顔をした。
ほら、早速人がきた。
はすっと脇によった。着物に雨が掛かる。そして上の方にある書類にも少し雨粒がついた。
・・・上に何か被せるものがあればよかった。
そう思いながら上官に向かって一礼をして、顔を上げた瞬間、後ろからドンと人にぶつかられた。
押された、と言っても過言ではない。

「・・・・え?」

書類の重さでぐらりと身体が傾き、はそのまま床に倒れてしまった。
後ろから上官達の笑い声が聞こえた。
いまだに嫌がらせを受けることはある。進士のときより大分減ったが。

「・・・申し訳・・・」

いくら向こうに否があろうが、下官が上官に文句は言えないのがこの世界。
しかし、何故自分が謝らなくてはいけないのだろうと疑問に思いながらは謝罪を述べた。
が、顔を上げた瞬間、の顔色がさっと変わった。
血の気がさっと引いていく感じが分かった。頭が動かない。

目の前に広がるのは雨に打たれ、地面に打ち付けられたたくさんの書類達。
をあざ笑うかのように雨は先ほどよりも強くなっていた。
濡れるのも気にせずは起き上がった体制のまましばらく動けなかった。
は、久しぶりに泣きたくなった。
いや、濡れていて分からなかったけど泣いていたのかもしれない。

「本当に申し訳ございませんっっ」

は再度仮面の主と向き合った。
表情は読めないが、明らかに彼が怒りの雰囲気をまとっていることが分かる。
十分承知しているが、むしろ、これで許して貰えるなどありえないが、怖い。
仮面が仮面なだけに・・・せめて素顔なら・・・。
雨が一層強くなり窓に叩きつける。
流石の鳳珠も今回の失態には黙って許すわけにもいかなかった。
背後に何かあったとしても・・・だ。
が濡らした分、使い物にならない書類の数は鳳珠の仕事二刻分にも及ぶ。
修羅場ではないが、戸部は通常忙しいところだ。
二刻分の時間を取り戻すには残業しかなかったりするわけで。

「今後、このようなことは絶対いたしません。
お手数をおかけしますが・・」
「消えてしまったものは仕方ない。書き直すつもりだが・・・
、お前疲れたか?」

その言葉にはビクリと肩を震わせた。

「・・・いえ、そんなことは・・・」
「室の片付けに、毎日毎日三刻書類を配り、本を運び大変だもんな。
少し休むか・・・?」
「大丈夫です。
・・・やらせてください」

鳳珠は今見ている書類にポンと印を押した。

「・・・みて分かると思うが戸部は常に大変なのだ。
足手まといはいらない。
・・・もう良い、下がれ」
「・・・申し訳ありませんでした。失礼します」

かちゃん、と小さく扉が閉まる音が響いた。

「あぁ、茈官吏・・・」

戻ってきた柚梨がに話かけようとしたが、明らかにいつもと違う雰囲気に咄嗟に言葉が続かなかった。
は柚梨に会釈し、のろのろと戸部の奥の作業場へ向かっていった。

「・・・?」

柚梨は鳳珠が何か言ったことを瞬時に察し、息をついて戸部尚書室へ入った。

「鳳珠、貴方また変なことをくんに言いましたね」
「別に・・・二刻分の書類を駄目にして帰ってきたら少し小言を言っただけだ」
「へぇ・・・例えば?」
「・・・足手まといはいらないとか・・・」
「・・・ほぅ・・・足手まとい・・・」

鳳珠の方も不本意であったらしい。語尾が弱い。
柚梨は苦笑した。もう少し部下に優しくしてあげたらもっと慕われるのに・・・。
柚梨は鳳珠の内心を察していながらも少し意地悪をしてみた。

「あのですね・・・。足手まといっていって本当にくんが他の部署にいってみなさい。
戸部はどうなるんです?私と貴方と有能官吏一割、そこそこ有能官吏三割、あとは使えるか使えないか甚だ微妙な官吏六割。
こんなんでやっていけると思うんですか?
くんが来てくれてむさいだけの空間がやっと少し華やかになったというのに、これじゃ以前以上に士気力が下がりますよ。
・・・分かってます?」
「・・・あっ・・・あぁ・・・」

柚梨も本当言うようになった、と心の隅で思いながら鳳珠は頷いた。
今回のことは自分自身不本意だった。
かといって、だけ許すわけにも立場上問題があるような気がしたのも事実。

思い悩む上官を苦笑して眺めながら柚梨はクスリと笑った。

「しばらく反省してくださいよ。貴方にはまだまだ良い上官として育っていただかねばいけないのですから。
さて、くんが危ない行動に走る前に私が引き止めておきますが、いいですか?」
「・・・いや、私から・・・その・・・・」

一応この現状を打開するつもりはあるようだ。
それでこそ・・・
柚梨は、『お任せしましたよ』と笑顔を残して室を出て行った。

・・・何か用があって入ってきたのではないのか。

急がしそうな人々の合間をぬって、生気が抜けた、屍のような状態になったはおぼつかない足取りで、戸部の隅の作業机案に座った。
とりあえず、何も考えられなかった。

『足手まといはいらない』という鳳珠の言葉が頭の中で反転している。
どうしよう、どうしよう、どうしよう・・・
書類を落としたときから頭の中で反転している言葉も未だに繰り返されている。

このまま戸部を外されるのだろうか。
あまりの衝撃に言葉も涙も出なかった。少しの間はその状態でただ座っていた。

のあまりの意気消沈っぷりに流石の戸部官吏も気にせずにはいられなかった。
大抵の戸部官吏が失敗し黄尚書に怒られるとこのような状態になるのだが、あのがこのような状態になるなんて極めて珍しい。
通りで今日嵐のような一日なんだと改めて実感する。
しかし、大抵の事を言われても凹まない彼女が何を言われてこのようになったのだろう。
しばらくして、が動き出したが、仕事の効率は今までのようにはいかなかった。
どこか上の空で、機械的に手だけ動かしている。
まるでそれは壊れたからくり人形のよう。
あまりにも異様な雰囲気を放ち、話してもまともな返事が返ってこないので仕方なく、皆そのままほっておくことにした。

一日は長いようで短かった。
気づくと、もう周囲に人はいなかった。
の周りだけが、ぽつんと明かりがともっている。

の周りにはかなりの数の紙の量が積みあがっていた。
それ山が、時間が動いていた唯一の証拠としての目に映った。
どれだけぼーっとしていたのだろう。
近くの書類をさっとみて、ちゃんと書けていることを確認しは立ち上がった。
全身の筋肉が固まっている。気づけば肩も腰も痛かった。
身体を伸ばしている間、段々腹も空いてきた。
昼を食べた記憶もない。
机案の上には冷えたお茶とお菓子が置かれていた。
柚梨だろうか。気づかなかった自分に苛立ち、柚梨に申し訳ない気分になる。
はもう一度座り、それに手をつける。

また悲しみが込み上げてきた。

「もう・・・どうすればいいのよ」

無性に腹ただしくて、イラついて、情けなくて泣けてきた。
本当自分は駄目だ・・・。

雨が降っていなければ・・・
そんなことは関係ない。
自分の自尊心にかけて、全ての条件において完璧に振舞うことこそ・・・
そんなのは、どうでもいい。
ただ鳳珠に無駄な仕事をさせてしまったことが一番嫌だった。
本当は休んで欲しいのに。
楽をさせてあげたかったのに。

ほら、今も暗くなった外朝の中、戸部尚書室だけが明るい。

扉の隙間から漏れる明かりにはまた胸に痛みを覚えた。
私がいなければ、今頃帰宅できたのかもしれないのに・・・。
何をしているのだろう、自分は。

その時、急に尚書室の扉が開いた。
はびくり、と肩を震わせた。
当然だが鳳珠が出てきて、こちらを見て動きを止めた。
は咄嗟のことに身体が動かず、ただ鳳珠を見つめるだけとなっていた。

お互い第一声が見つからない。

「・・・まだいたのか・・・」
「・・・・。」

はその問いには答えられなかった。
今何時なんだろう?覚醒したのがさっきなので、自分の置かれている状態が把握していなかった。

「・・・もう遅い、帰れ」
「・・・あ・・・はい・・・」

やっと返事をして、は立ち上がった。
もう帰ろう。これ以上ここにいても、本当に足手まとい以外の何でもない。

動き出したに、鳳珠は内心安堵した。
自分の室を出て行ってからいつまでも心ここにあらず、の状態だったので死ぬまで仕事を続けるのかと思った。
は周囲を片付け、立ち上がった瞬間、それは盛大にお腹の音がなった。

『・・・・・・』

周囲に気まずい雰囲気が流れた。
は急速に顔が赤くなるのを感じた。
今日は血の気が引いたり、昇ったり身体も忙しい日だ。

「・・・・・・」

たまらず鳳珠が声をかけた。

「ここに食べる物が少しあるが、・・・食べていくか?」

は本日二度目、泣きたくなった。むしろ死にたい。


この室で鳳珠に接待されるのは何か不思議な気分だ。
室に入って直ぐに椅子に座らさせられ、まず暖かいお茶を出された。
それを飲んでいると、握り飯が用意された。

「・・・あの・・・これは・・・」
「柚梨が夜食にとおいていった。
構わん、食べておけ。
・・・・どうせ昼も何も口にしていないのだろう」

まさに図星ではまた顔が赤くなった。
鳳珠も人のことはあまり言えないだろうが、今回明らかに自分に否があるため強くは反論できない。
は、出されるままそれを口にした。
久しぶりに口に何かを入れたような気がする。
ただの握り飯なのにとても美味しく感じた。

鳳珠は向かいに座って静かに茶を飲みながらその辺に合った本に目を通していた。
いつの間にか仮面をとっていて美しい顔が蝋燭の炎に綺麗に照らされていた。
・・・いつみても綺麗だ。
別に顔だけに惚れたのではない。その仕事っぷりも文句なしにかっこいいし、性格も申し分ない。
自分でも気づかないうちに、全てにおいて完璧なこの麗人に心を奪われたようだ。
いつからだったろうか、ずっとついていきたいと思ったのは。

が、完食したのをみて鳳珠が本を閉じた。

「鳳珠様、」
、」

二人の声が重なった。

「あの・・・どうぞ・・・・」
「いや、何かいいたいことがあるなら言え」

脅迫めいたその言葉には従うしかなかった。
その麗しい瞳に真正面から見られるとどうしても断れない。

「今日は・・・本当に多大な迷惑をかけてしまい申し訳ありませんでした。
貴方がいらないと思うのならば、思いのままに捨ててくださって構いません。
・・・ですが、私は・・・
貴方の元で仕事がしたいです。それだけで、私は幸せです」

鳳珠は目を丸めた。
こんなことを目の前で堂々と言う者なんてこの世に何人いるか・・・。
鳳珠は、何か負けたような気がした。
自分はまだまだ学ぶことがたくさんあるようだ。
逃げるのもどうかと思ったが、余計なことまでいってしまいそうで、鳳珠はの前にあった茶碗と食器をお盆に乗せた。

「・・・その・・・
今朝は悪かった・・・。明日またこの室にある書類を配ってくれ・・・」

やけに素直な鳳珠には驚いた。
しかしすぐに笑顔になって、頷いた。

「はいっ、お任せください」
「・・・今しなくて良いからな。
これ片付けたら帰るぞ」

書類に手をかけていたは苦笑した。
身体が反射的に動いてしまうようだ。もうだいぶ染まってしまったなと思う。
鳳珠とすれ違いざまに彼の大きな手がの頭をぽんと、打った。

「・・・これからも期待している」

とろけるような微笑でこの言葉を言われた暁にはその場にへたり込んでしまうほか道はなかった。

・・・素敵過ぎます鳳珠様・・・。

多分、自分はこの微笑に一生を捧げてしまうだろう。


次の日は、梅雨も明けたらしく太陽の光が地上に降り注いだ。
これから夏が始まる。
は本当に天気に動かされるらしく、生き生きと働いている。
そして、と同じく生き生きと働く戸部官吏がここ数週間の間に続出することになる。

「俺、黄尚書に一生ついていくッス!!」
「戸部入って早五年!初めて黄尚書に褒められた!」
「あの仮面の後ろに神々しい光がみえるぜ!」

「・・・鳳珠・・・あなた今度は何をしたんですか・・・」
「褒めれば伸びるということに気づいてな。
叱るついでに少し褒めてみた」
「・・・そうですか・・・」

鳳珠は『飴と鞭』を覚えた!(ピロリン♪)

ちなみに、事情を知らない他の部署は『少し早い猛暑の毒が戸部に来た!』という噂でもちきりだったらしい。
それはまた別の話。


ーあとがきー

管理人のとこでは今日から梅雨入りですよ。雨嫌ー。でも水不足はもっと嫌!
さっきまで嵐のように風が酷かったのですが今はやんだみたいですね。

・・・っていうか勉強どうした自分・・・(orz)

なんかネタを溜めすぎてどのネタを書いたのか脳内ごちゃごちゃになっていて・・・
その・・・ネタがかぶっていないと良いのですが・・・・。(多分かぶっている)

久しぶりの更新です皆様。
梅雨もこの小説で・・・・乗り切れるわけないと思いますが頑張りましょう。

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