梅の咲く頃に


それはまだ肌寒い季節だった。
庭に積もっていた雪は大分消え、梅のつぼみがほころび始める頃
一人の青年が庭を眺めながら思案をしていた。

「どうされました
そのように難しいお顔をされて・・・?」

柔らかさすら感じられる声音で背後から訪ねられ、青年は後ろを振りかえった。
そこには、声音から容易に想像できるような可愛らしいという形容詞が似合う女官が立っていた。
歩くたびにふわふわ揺れる柔らかい髪を結い、梅の簪がさりげなく柔らかさを引き立てる。
特に目立つわけでもないのに、存在感は十分にあった。
青年は少し驚いた。それほど真剣に考えていたのだろうか。
誰かが後ろにいたことなど全く気づかなかった。

「・・・いえ・・・少し考え事を・・・」

整った容姿ゆえ、女官からは人気があった。
関わりをもつと今後面倒なので、青年はそっけなく返事をした。
そして、直ぐに女官から目を放し、今まで見ていた方と同じところを向いた。
その態度に怒るわけでもなく、女官はそのまま話を続けた。

「政事に忙しいですものね、殿方は。
少しはお休みになられた方がよろしいのに、全くそうしようとされない・・・。
・・・ところで貴方、今時間はありまして?」

よく話す女だ、と思った。
青年が返事をする前に、また彼女が話始めた。

「思案する時間があるのでしたら、お暇ですよね?
私のお茶に付き合ってくださいません?
皆外が寒いといって付き合ってくださらなかったの。
私は今の時期暖かいお茶を飲みながら梅のつぼみを眺めるのが風流だと思うのに・・・」

そっと女官に手をとられ、青年は驚いた。
どれだけ外にいたのか自分でも分からないが、かなりいたということが実感できた。
彼女の手はとても暖かかった。
彼女の方も青年の手の冷たさに驚いた。

「・・・まぁ、こんなに冷えてしまって・・・。
これだから殿方は幾つになっても手がかかると言われるのです。
さぁ、あちらの椅子に座りましょう。
暖かいお茶をおいれしますわ。
考え事はお茶を飲みながらでもできるでしょう?」

強引だが、そう思わせない彼女の誘いに青年は自然とのる形になってしまった。
いつもなら無理にでも断るのだが、彼女は断る気を起こさせない。
不思議な感覚に包まれながら青年は誘われるように椅子に座った。


「私はと申します。
あまり後宮からは出ないもので朝廷のことはさっぱり分からなくて・・・
貴方のことも存じ上げないのです。きっとお偉い方なのだとは思うのだけれど・・・。
よろしければお名前を伺ってよろしいですか?」

暖かいお茶と共に暖かい笑顔で手渡される。
慣れないことに青年は少し戸惑いを感じながら茶を受け取った。
そして、名を名乗る。
あまりにも有名になりすぎて名乗る機会も最近はないので何故か新鮮だった。

「霄・・・霄瑤璇と言う」

は、まぁ、と嬉しそうに手を叩いた。

「貴方がかの霄様でしたの。
よく後宮でお名前を聞きますのよ。とても聡明で美しい方だとか・・・
本当に噂どおりのお方なのですね。
少しお堅いと聞いておりましたけど本当その通り。
お目にかかれて光栄ですわ」

ふん、との台詞に瑤璇は鼻で笑った。
大概冷たくあしらっているのだが、女の目を通せばそれすら素敵、と変換できるらしい。
人間・・・特に女というものは理解が出来ない。

しかし、という名は瑤璇も聞き覚えがあった。
あまり身分の高い出ではないが柔らかな笑みと寛大な心の持ち主だとか・・・。
同じような類の噂なので、どこまでが本当なのかこれもまた微妙なところだが。
確かに寛大だが、瑤璇にはただの天然にしか見えない。

瑤璇はちらりとを横目で見た。
本当に下心無しで自分に近づいたらしい。
一人でも楽しめるのか、にこにこしながらまだ雪の残る庭を眺めている。
雪が解けたばかりで殺風景なこの風景のどこが風流なのか瑤璇にはさっぱり分からない。
あと一月ほどたてば、緑も育ち、桜が咲き良い季節になるというのに何故今なのだ。
しかも、寒い。

「・・・・どうした?」

よくみればの手が震えている。

「いっ・・・いえ・・・。
流石に雪が残っていますし、日が昇っているとはいえ寒いなぁと思いまして。
皆が断る理由も分かってきました。
お茶も冷えるのが早いです」

そんなこと分かって来ているものかと思っていた瑤璇は内心大きな息をついた。
確かに室内着だけでは今の季節は寒い。
瑤璇は仕方がないので羽織っていた綾布をの肩にかけた。

「・・・風邪をひかれては困るのでな・・・。
他意はない」
「ありがとうございます。
とても暖かいです」

本当に暖かそうにいうので、思わず瑤璇はその笑顔から目を背けてしまった。
社交辞令程度にしか思っていない好意に、多大な感謝の目を向けられても困る。
良い事をしたはずなのに、瑤璇の中に罪悪感が沸いてきた。

しばらく無言のうちに時間は過ぎる。
隣のはまだ楽しそうに庭を見ていた。
自分のかけた綾布をしっかりと握っている辺りまだ寒いらしい。
しばらくして、が口を開いた。

「もう少しで梅が咲きますね。
梅饅頭などお好きですか?」
「・・・あぁ、美味だな」
「まぁそれは奇遇です。私も梅饅頭が好きなのですよ。
丁度良いです、これも何かの縁ですし・・・」
「・・・・?」
「是非梅が咲いたら、一緒にお茶しませんか?
・・・自慢ではないのですが、私の梅茶と梅饅頭はとても美味しいのですよ。
作りたてのものを持ってきますのでまた一緒に食べましょう。」

は茶碗を持っている手とは反対の瑤璇の手をとった。

「・・・指きり。
約束ですよ」

そういって笑ったの笑顔が強い印象に残った。


「・・・霄・・・」
「なんでしょうか?主上・・・」

若くして王の補佐になった瑤璇は王の執務室にこもり、いつものように財務を片付けていた。

「そろそろ新しい嫁を迎えたい」
「そういうと思っておりました。
誰です?」

元王は昔は聡明で名君になると断言されたほどの人物であった。
しかし一番初めに娶った后で悪い部分が一気にでてきてしまったらしい。
それから王は女に溺れるようになってきていた。

瑤璇は半ば見限るつもりで今もこの王に仕えている。
今の発言も事務的に処理するつもりであった。

という娘を知っているか?」

瑤璇の書き物をする手が止まった。


「・・・まぁ主上が・・・そうですか」

知らせは直ぐにの元に入ってきた。
今宵にでも主上の元に行かなくてはならないだろう。
はゆっくり立ち上がり、いつもと変わらない動作で、歩き窓から外を見た。

そして、まだ雪の溶けきっていない庭を見る。

「・・・まだ梅が咲きませんのに・・・」

の周囲にいた女官達は彼女の様子がおかしいことに気づいた。
彼女の笑顔が少し消えていた・・・ように見えた。

窓の外から目を離したにはいつもの笑顔が戻っていた。

「光栄なことです。
早速支度をしてしまわないと、すぐに日は落ちてしまいますわ。
湯の用意をしていただけるかしら?」


美しく着飾ったはいつもと違う雰囲気をかもし出していた。
着慣れない着物に流石のも苦笑した。

「やはり正装というものは好きませんね。
奥方様達はよく毎日着飾っておられるものです。
私には無理そうです・・・」

いつもなら明るく返す周囲の者達も今日ばかりは何も返せなかった。
王の妻になれば王の寵愛得るために、自分の評判を落とさないために最大限の努力をしなくてはならない。
気を抜けば最悪死が待っている。
いつもぼんやりしているがそのような場へ放り出されるなんて考えただけでぞっとする。

それにうすうすに仕える者達は気づいていた。
の後ろ盾はいないに等しい。
朝廷に努める老官の後見があって後宮に入ったらしいが、その老官も今は他界。
親族もいない状態らしい。
無駄な親族の権力争いが起こらない分、に大きな負担が降り注いでくる。

誰もがを不憫に思った。
王の元へ行く前の回廊に一人の青年の姿が見えた。
はふいに青年の前に立ち止まった。

「・・・少し緊張のせいか暑くなってしまいました。
そこの殿方・・・この綾布を預かってはいただけませんか?」

瑤璇は手渡された綾布が先日、自分の渡したものだと気がついた時にはは先に進んでいた。
瑤璇は息をつきながら綾布を見つめた。
自分はこのようなところで何をしているのだろう。
そもそもこの縁談を仕切ったのも自分だ。

しゃん、と綾布から何か零れ落ちた。

瑤璇はそれを拾う。
梅の簪だった。初めて出会った時につけていたものだと思われる。
その簪に紙が巻きつけられていた。

『霄 瑤璇様。
あともう少し時間があれば貴方と梅を見ながらお茶をすることが出来たのに。
私はそれをとても楽しみにしておりました。

自ら約束を破ってしまい申し訳ありません。
針を千本飲む代わりに、今後の生活で償おうと思います。

その梅の簪は私が気に入っていたものです。
お茶と饅頭の代わりとはいきませんが、もらってくださいませ。

貴方が綾布をかけてくださった優しさを忘れません』

久しぶりに感情が揺さぶられた。
この地に生を受け長い時間がたった。
その間、徐々に消えていったものが今溢れてきている。
瑤璇は自嘲した。

「・・・後でからかわれるな・・・絶対・・・」

瑤璇は綾布を羽織り、王の臥室へ向かった。


王の臥室の入り口に丁度二人はいた。
中に入っていなくて良かった。
今ならまだ周りに人はいるし、面倒な手続きも要らない。
瑤璇は颯爽とその間に割り込んだ。
突然の登場に二人は驚き、瑤璇の顔を見た。

「・・・霄・・・何があった?」
「いえ、主上に申しておきたいことがありましたので・・・」

瑤璇の表情からは何か事件があったようではないらしい。
王は安堵しながらも瑤璇の言葉をまった。しかし、何故今・・・?

「本日を持ちまして霄瑤璇、官吏を辞します。
短い間でしたがお世話になりました、王よ・・・」

突然の臣下の言葉に王を初め周囲の人々も目を丸くした。
側近の地位を受けているというのに辞めるとは・・・
皆、瑤璇の考えが分からなかった。

「先日から悩んでおりましたが、やっとここまで踏み切ることができました。
これも貴方の思い切った行動のおかげ・・・感謝しますぞ」

そして、瑤璇は事態を飲み込めていないの手をとった。

「退職金諸々は結構です。
・・・その代わり、この娘をいただきます。
・・・では早々に失礼」
「・・・え・・・霄様・・・?」
「まて、霄っ!!」

瑤璇は足を止めて振り返った。

「貴方は、変わられた。
しかし、私をここまで引き止められたその力は大きく評価しますよ。
もし、貴方が名君のままでおられたらきっと歴史に名を残す立派な世が創られたでしょうに残念です」

を自然なまでにさらっていった瑤璇を誰も引き止めることが出来なかった。
引きとめようにも言葉がかけられない。
彼が不思議な力に包まれているような、そんな気さえした。

「・・・私は・・・何か大切なものを失ってしまったのか・・・」

瑤璇が消えていった暗闇に向けて王がポツリと呟いた。



「・・・ここは?」

気がついたら瑤璇に手を引かれ、知らない場所まで着ていた。
王城の一角であろうが、は訪れたことがない場所であった。
雅やかな高楼が目の前にそびえる。
月の光で辛うじてそれだけは分かった。

「ここは仙洞宮・・・。名前くらいは聞いたことがあるだろう」

瑤璇はこともなさげに扉を開いた。
は仙洞宮の名を聞いて目を丸くした。
存在は知っているが、確かここは立ち入り禁止の場所ではなかったか?

「・・・あの・・・ここ立ち入り禁止ですよね?いいのですか・・・勝手に・・・」
「良いんだ。
あいつがくれたから・・・」
「・・・あいつ?」

意味が分からない。
ここは仙洞省の管理下にあり、そもそもあげられるものでもない。
仙洞宮とは仙人の住処。彩八仙以外入ることの出来ない・・・
そこまで考えてはハッと顔を上げた。
扉の前には美しいほどの微笑でこちらを見ている瑤璇がいた。

「・・・霄・・・様・・・」
「・・・・どうせ誰も使っていないのだ。
朽ちて廃屋になるよりは、使ってやったほうが建物のためだと思わないか?」
「貴方は・・・」
「紫霄。これからはそう呼んでくれ・・・」

それだけいうと、固まっているの手を引いて中に招き入れる。
灯りは勝手に灯った。
主人を招きいれるがごとく、二人をさえぎるものは何もない。

「あの・・・何故、王城に?」
「仙人が官吏を勤めていては悪いか?」

は言葉に詰まった。
してやったりの顔で霄はを軽く抱きしめた。

「私はよく働いた。そろそろまとめて休暇が欲しかったところだ」
「・・・休暇って・・・。
貴方がいなければこの国は・・・」
「王はそこそこの名君だ。
些細なことくらいは自分で片付けられる・・・」
「些細なことではなければ・・・」
「国はただ滅びるのみ。
私には関係ないがな」
「・・・そんな・・・あんなに思案していらしたのに・・・」

その聡明な顔つきには見た瞬間見惚れてしまった。
それから空いた時間に遠くから仕事をしている霄を見ていたこともある。

「貴方は仕事がお好きなのでしょう?
だってあんなに真面目に・・・」
「『仕えるに足ると認めた王にのみ忠誠を尽くし、野心なく私心なくこれを助け訓え導くこと。
かの王なしと判断した時は、速やかに朝廷を辞すること』
・・・遥か昔の約束だ」
「・・・はぁ・・・」

まだ理解仕切れていないに霄はふっと微笑んだ。

「流石、念入りに飾り付けてきたのか、いつにもまして綺麗だな」
「・・・っ。
そのような言葉異いりません」

頬を撫でられは顔を赤くする。
霄の笑顔がさらに鮮やかになった。

「・・・梅茶も梅饅頭も食べたいが今は疲れた。
・・・不満そうだな」
「・・・いえ・・・急に色んなことがあったので・・・
ちょっと話をずらさないでくださいっ」
「・・・時間は嫌というほどある。少しずつ消化していくといい・・・。
・・・これからはお前の意見は聞かない。全て口説きおとしてみせよう・・・」

ぱさり、との結っていた髪が重力にしたがって落ちた。
霄は簪の一つに口づけする。
この男、一つ一つの動作がいちいちかっこいい。

「それより疲れた。
寝るか?」
「・・・え・・・?」

そのまま押し倒された場所が寝台だった。
この建物は本当に仙人の思うがままになるよう作られているのだろうか。
自分の置かれている状態よりもその疑問の方が先に浮かぶ。
そして、霄の口付けによりその疑問も直ぐに消えた。

「・・・ちょっ・・・疲れたから寝るんじゃないんですかっ!?」
「そんな事いったか?」
「今さっき仰いました!!
仙人・・・・はっ!
・・・ボケですか?」
「・・・やられたら十倍でやり返すって言葉聞いたことあるよな」
「・・・はい?」

私と仙人の関係は今日から末永く続いていくことになる。



ーあとがきー

わーい。初霄太師夢です。
仙人さんですよー。うふふ。彼の若い頃は超好みです。最高です。
ちょっとおまけで葉さんの夢とコラボしてみました。

・・・ちょっとデジャヴなネタは本当申し訳ないです。

っていうか季節相当ずれてるよ。いつの話だよ。
蒸し暑い今の季節に是非冷え冷えとしたネタを。



++++

おまけ


雪の降る季節がまたやってきた。
自分に積もる雪もそのままに霄は空を見上げていた。
彼女はもうここにはいない。
人間とは儚く、脆いものだ。
そしていつも自分を置いていってしまう。

「何しけた面してんだ?」

口の悪さとは対照的に上から美しい美声が降ってきた。
いつのまにか仙洞宮の屋根に一人の青年が座っている。
透けるような白い肌に、充分すぎるほどの整った顔。絹よりもつややかな黒髪。
雪化粧した建物よりも美しい青年は面白そうに霄を見下ろしている。

「・・・葉か・・・。何用だ。
お前がそのような姿で現れるとは・・・
どうせくだらないことをしてきたんだろ」

葉はこの無駄に美しい容貌を嫌っているので大抵老人の姿に化けている。
・・・が、この一番美しい時期の姿でくるとなると相当なことがあったに違いないことが考えられる。
ふん、と霄は葉を一瞥して、また仙洞宮の中へ戻っていく。
葉も屋根から軽やかに飛び降り霄の後に続いた。

「そんぐりそのままお前に返すぜ、霄。
美酒を手に入れたんだ、付き合えや」
「お前、口を閉じれば好感が持てるのに」
「お前に好意など持って欲しくないわ。クソジジイ。
酒やらんぞ」
「ふざけるな。お前ここから出て行け」
「お前だけの家だと思うなよ、コラ。
ちゃんと掃除しとけよー。まだまだ建っていてもらわないといけねぇんだから」

葉は窓の桟に指を滑らせ、埃を見る。

「ほら、残ってる」
「汚いと思うならお前が掃除しろ」
「ここの管理はお前の仕事だろ」
「私はここの管理を言い遣った覚えはない」

そこまで言い合ってから二人は大きく息を吐いた。
このような他愛ない会話をしたのはいつぶりだったか。
愛しき人はここにはもういない。

「・・・少しサボりすぎたのかもなー」
「そう思うなら酒だけおいて帰れ」
「あのな、これを手に入れるのにどれだけ苦労したことか・・・」
「どうせ、酒屋の亭主にその麗しい美貌を見せ付けてもらってきたものだろうに。
ほら飲むぞ」

後に幻の名手”仙美酒”と名付けられるその酒を二人は一気に飲み干した。
喉が熱くやける。
しかし、酔うことまでは出来なかった。

「・・・人間は嫌なものだな・・・
いつまでも俺らを縛り付ける」
「全くだ・・・
我侭な生き物だよ・・・」

降り続ける雪の中二人の呟きは消えていった。

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