時の流れを精一杯駆ける


近くに水の音が聞こえる。
目を開ければ視界いっぱいの夜空。
草の匂いが、冷たい風が心地よい。

『・・・・華娜・・・・』

思わずそう呟いてしまうのは、彼女に出会った状況と似ているからだろうか。
覚醒したばかりで頭が働いていないからだろうか。
葉は、身体を起こした。
川原に転がっていたらそのまま寝てしまったようだ。
そっと顔に手を触れる。すべすべした肌が気持ち良い。
・・・今の姿は青年らしい。
周囲を見た。人は誰もいない。恐らく誰にも見られていないのであろう。
見られていたらその辺に人が転がっているか、騒ぎになっているか、だ。
殺人的な美貌のせいで一番楽な青年の姿に中々なれないのが黄葉の自分でも悪いと思ったところだ。
自然にこの姿になっていたということは・・・覚えていなくても昔の夢を見ていたのだろうか。

まだ名前を呼べば近くにいるような気がして・・・
気づけば彼女がいなくなって長い時間が経っている。
葉は静かに瞳を閉じた。
長く生きていれば時間の経つ感覚も忘れてしまうようだ。
自然に自嘲がこぼれる。

・・・・馬鹿じゃないのか?

自分も彼女もほとんど旅をしていて会うことがなかったから、互いに、傍にいないのが当たり前だった。
だから心の中ではどこかで生きていると、今でも時々錯覚してしまう。
彼女は死んでしまった。
知識も何もない、目先の事ばかりに囚われている愚かな人間達に。

医者は損ばかりだな・・・

葉は息を吐いた。
そろそろ居場所を変えるか・・・。この土地にも長くいたような気がする。

にゃおん。

背後から猫の鳴き声が聞こえた。葉は振り返った。
そこには小さな子猫が草むらから顔を覗かせていた。
葉はふっと笑って子猫に手を伸ばした。
子猫は葉の顔をみて少し驚いたようだが、直ぐに元に戻った。

・・・人間もこれなら楽なんだけどな。
子猫は葉の手の中に納まらず草むらの奥に進んでいった。そしてにゃお、とまた鳴く。

「・・・なんじゃ?わしについて来いと?」

誰もを魅了する声がジジイ口調で話すと、話している自分でも違和感がする。
こりゃ、いつか他の奴らに笑われるな・・・。
葉は誘われるがままに子猫についていった。
そして子猫が止まった先をみて、目を丸くした。そして目をそらした。
ついてきたことを激しく後悔した。

そこには一人の少女が横たわっていた。

葉は慣れた手つきで脈をはかり、呼吸をたしかめ、軽く触診する。
そしてただの脱水症状、そして栄養失調だと分かると持参した水を懐から出していた。
そこまでして葉ははっと気づく。
医者を損だと思ってこの様か・・・。
もう患者を前にして、動かない体はここにはない。
既にここまで診てしまったものをほっておくわけにはいかない。

葉は綿に染み込ませた水で少女の唇を濡らす。
しかし、少女は身動きもしない。

「・・・はぁ、面倒な奴じゃの・・・」

葉はそのまま少女を抱き起こし、水を少し口に含んだ。
そしてそのまま少女に口づけする。
少しして、少女の喉が少し動く。

・・・嚥下はできるようだな。

少女の瞳が微かに動く。そして開いた。

「・・・・っ!!!」
「・・・・?目が覚め・・・」
『いやぁぁぁぁぁっっ!!!!』
「・・・なっ!?」

急に叫び出したことに驚き、葉はそのまま少女を手放した。
少女は先ほどまで倒れていたとは思えないほど素早い動きで葉と間合いを取った。

「・・・私を連れ戻しにきたの・・・?
それとも・・・」
「・・・・は?何を言っている・・・わしはただ・・・」

面倒くさそうに弁解しようとする葉も言葉を止めた。
少女の方が固まっている。恐らく、というか十割自分の顔に見とれているのだろう。

「・・・大丈夫か?
一応女だし・・・失神するほどでもなかろう・・・」

葉が目の前で手を振ると少女も我に返って言葉を続けた。

「私は絶対戻らないからね!?」
「勝手にせい、そのようだともう元気だな・・・」

全く人騒がせな娘だ。
葉はその光沢も出来るほどの艶々な髪を掻きあげた。
夜も遅いことだし家に戻るか。
立ち上がって去ろうとする葉に少女はやっと葉が無関係な人だということに気づいた。

「・・・あの・・・もしかして・・・人違い?」
「誰のことを言っているのかは知らんが、少なくともわしとお前は初対面だな」
「・・・えっと・・・誰?」
「葉・・・だ」
「・・・葉・・・。
そうね、私の人生の中でそんなに綺麗な人は見た事無いし、そもそもあの連中の中にこんな綺麗な男の人はいない。
・・・ごめんなさい、人違いでした」
「分かってくれりゃそれで良い。
お前は脱水と栄養失調で倒れておった。
手始めに水を飲むこと。次に食べられれば粥など消化のいいものを食べること。
あとは一晩寝れば大分回復するじゃろ」
「・・・え・・・うん・・・」

ぐぅ〜、とその場にやる気のない音が響いた。
葉は足を止めた。
少女が恥ずかしそうに俯いて、そして葉を見上げる。

「・・・あの・・・葉殿・・・。
これもなんかの縁だと思ってご飯もらえたら嬉しいなぁ・・・と思うんですけど・・・」

葉は無言で歩き出した。
少女はついてきているようだ。

・・・医者に病人はつきものってか?

葉は星いっぱいの空を見上げた。

もしやお前のせいじゃねぇよな、華娜。
『だったらなんだっていうの?』
いじわるっぽく笑う彼女の笑顔が脳裏を掠めた。
葉は面白くなさそうに、舌打ちをした。

少女は空腹以外特に目立った症状はなく、寝ておきたらすっかり元気になってした。
その回復力に葉はかける言葉もなかった。
朝食を食べ終わったとき、少女はきちんと礼をとった。

「このたびは本当に助けていただきありがとうございました。
このままではあの場所で餓死してしまうところでした」
「あぁ、気にせんでいい。
特にわしは何もしてないからの・・・」

葉は軽い笑みを浮かべて手を振る。

「・・・その・・・ここまで迷惑かけておきながら悪いのですが・・・
実はお金がなかったりするのですけど・・・」
「いらんよ。金に困っているわけでも無し。
この顔だし、いざとなったらどうとでもなる。
さて、元気になったところで出て行ってもらおうかの?
これ以上みてやる義理も無し・・・。握り飯くらいならもたせてやるから・・・」

少女は無言で俯いた。
葉は目を細め少女を眺めていた。
彼女の経緯はなんとなく予想できた。
彼女の行き場がないことも予想できた。
しかし、自分に彼女を助けてやる義理はない。
あの場で助け、一晩泊めてやっただけでも十分やった方だ。

沈黙が続いた。

「・・・あの・・・私行く場所がないのです」
「みたところそのようじゃな。
どこかの妓楼から身体一つで逃げ出してきたんじゃろ」

どうやら図星だったらしく、少女は顔を赤らめまた俯いた。

「あの場所にいるのがどうしても嫌だったんです」
「まぁ、そうじゃろうな・・・
・・・で?」

葉は話を長引かせたくなかった。
長引くほど自分の意思が揺らぐことを知っている。
だからこの少女には早く取っ払って欲しかった。

「見たところお医者様ですよね・・・?
あの・・・なんでもお手伝いしますので・・・。
・・・あとできればその技術も教えていただきたい・・・」
「わしはもうこの土地を離れるつもりだから医者は今はもうしていない。
というか今日発つつもりじゃ。
それに弟子もとらん」
「お願いします、そこを何とか・・・・」
「無理なもんは無理。駄目なもんは駄目じゃ。
なんなら知り合いの住み込みで働かせてくれるところ紹介するから出て行ってくれ。
心配しなくてもちゃんとした料理屋だ」
「・・・それでは駄目なのです。お医者でなければ・・・」
「・・・・は?」

葉は嫌な予感がした。
よく少女をみれば、そういえば見知った顔に面影が似ているような気がする・・・・。
まさか・・・まさか・・・・
葉は耳を塞いでこの場から逃げたくなった。

「・・・一応・・・身売りされた身なのですが、華家の者なんです」

・・・キターーーー!!!!
葉はざっと血の気が引いた。眩暈がする・・・ような気がした。
少女の言葉が遠くから聞こえてくる。
だから、関わりたくなかったんだ。助けなければ良かった・・・。
葉の内心を知らないまま、少女は話す。

「うち華家の中でも本当末端で全く医術なんてとてもじゃないけど学べないほど貧しくて・・・。
私も医術の勉強したいと思っていたのです。
そんな暇もなかったのですが、今こうしてお医者様に助けられるなんて何か運命の予感です」

色んな意味で運命だよ。と葉は心の中で突っ込んだ。
昨夜、華娜の声が聞こえた気がしたが、まさかこれを暗示していたのではあるまいな。

「そんなわけでどうか教えてくださいませ。
一応こっそり忍び込んで医学書を読んでいたのですが・・・・やはり読むだけでは・・・。
術だけ盗んだらあとは私も華娜さんのように放浪の旅に出ますし・・・
少しの間でいいんです。お願いします」

葉は大きく息をついて頭をかいた。
かの一族のことはこれでもかなり詳しく知っているつもりだ。
一度何か言い出したら聞かないことも。

「・・・勝手にしろ。
わしはわしの面倒しか見ないからな」

その返事にが笑顔で頷いた。

「はいっ、ありがとうございます」

しばらく、この姿のまま旅をしなくてはいけないことを考える。


「・・・定住するにゃ不便だな・・・」
「何か言いました?」
「いんや・・・。
とっととでるぞい。
最初にその服どっかで着替えて来い。連れて歩くには目立ちすぎる」

葉は小銭袋をに投げつけた。

「・・・あの・・・」
「とっとといけや」
「・・・あ・・・はいっ」

その後、十年。彩雲国で腕の良い女医の噂が広がったと言う。
名は華
傍系でありながら、その素顔、精神共に華娜にそっくりだったと言われる。
旅先で葉は良くその話題を聞いた。


山の奥底にある地図もない村で葉は医者を続けていた。

「・・・そういや、葉医師。って医者知ってますかい?」
「・・・あー・・・聞いたことある名だなそりゃ」

葉は話を流しつつ、患者の声に耳を傾けた。
まさか自分がその師匠だとはいえない。というかいっても気づいてもらえない。

「なんか凄腕の医者らしいですぜ。
葉医師も凄腕だがどっちが優秀なんだろうねぇ・・・
・・・・痛ぁぁぁっっ」

葉は脱臼した患者の関節を一気に戻そうと力を入れた。

「・・・よし、これでもう大丈夫。
あんま無理すんなや。くせになるぞ」
「いちち・・・・そりゃどうも・・・。
おっ、治ってる。さすが葉医師。代金置いとくぜ」
「気にすんな。
俺は患者からよほどのことがない限り金取らない主義なんでな。
衣食住この村に賄ってもらってんだし・・・」
「あぁ、そうだったな。じゃありがたく無料で・・・」
「コラまて。
少しは感謝ってもんをだな・・・・」

何かの気配を感じて葉は目を細めた。
そして直ぐに立ち上がって裏口に向かう。

「・・・どうしたんだ?葉医・・・・」

その時、ガラッと家の扉が開いた。

「葉殿っっ!!」

葉はそこで動きを止めた。
そして、恐る恐る後ろを振り返る。
そこには、自分の元を離れた時よりも大人びたの姿があった。

「・・・やっと見つけた・・・。
予想以上に老けていますけれど・・・葉殿ですね」
「・・・チッ・・・」

葉は内心舌打ちをした。まさかに高度な追跡能力が備わっているとは・・・。

「もう逃がしませんよ。
行く村、行く村。葉医師に治してもらった人ばかりで私の仕事がありません。
どうしてくれるんですかっ!!」
「・・・いやぁ・・・その・・・。
わしのあとをついてくるお前が悪いんじゃ・・・」
「しかも、その度々に容姿を変えて出没しているんですって!?」

妙に修羅場な雰囲気に患者の男はそそくさと退散していった。

「じゃ、俺帰るから。後で野菜もって来る。
では、ごゆっくり〜」

気まずい沈黙が室内に下りた。
葉は腹をくくって瞬く間に若い青年の容姿に姿を変えた。
は目を丸くしたが、それ以上反応はなかった。

「・・・貴方が伝説の医師・・・。
通りでありえない医術をたくさん知っていたわけですね・・・」

麗しい容姿を持った青年は周囲を輝かせるような微笑をする。

「いかにも。わしが黄葉じゃ。
・・・で、何用か?探していた理由があるんじゃろ」
「・・・姿形はどうであれ、変わらない貴方をみてほっとしました。
私は・・・まだ未熟です。もっと貴方の傍で医術を学びたい」
「私の全てをお前に譲った。
これ以上教えることはない」

きっぱり言い放った葉にの言葉が詰まる。
そして、少し間があいた。

「・・・・いっ・・・・」

は俯いて顔を赤くしていった。
彼女も出会ったときと全く変わっていない。

「一緒にいさせてもらえる口実を作ってくれたっていいじゃないですかっ。」

その台詞に葉は固まった。
この容姿ゆえか、人から真正面から気持ちを伝えられたことが少ないのである。
言葉を失ってしまった葉に、は更にいった。

「愛してます」
「・・・華娜・・・」

一瞬、と華娜が被って見えた。
は苦笑して葉に言う。

「・・・えぇ、『愛している』は華娜殿は口癖のようにいっていたそうですね・・・。
そんなに、私、華娜殿と似てました?」
「どこが・・・。
華娜は誰かを追いかける真似はしないからな・・・
それにわしに『愛している』と言ってくれた事無いし」

はその拗ねたような台詞に思わず噴出してしまった。
これが伝説の仙人であり、伝説の医者とは考えられない。
顔が、美麗すぎるからなおさらだ。

「似てもにつかない」
「・・・そうですか。まぁ関係ないです。私はここにいさせていただきますから」

葉は観念したように言った。

「勝手にしろ」

は笑顔で頷いた。
その言葉は彼にとっての肯定を意味する。

「勝手にします。
・・・あっそうだ、葉殿」
「・・・なんじゃ?」
「その・・・言葉遣いなのですが、せめてその麗しき青年の姿の時は改めなおした方がよろしいのではありません?
会った時から思っていたのですが、違和感ありすぎます」

葉は口元を手で押さえ少し考え込んだ。
自分自身全く意識していなかったので柄にもなく納得してしまった。

「・・・今度から改める」


そしてまた季節は巡り巡る。そして人は自分を置いていく。
記憶には、一瞬のうちに時を駆けていったの笑顔しか覚えていない。
仙人にとって瞬く間に人間は生まれて、生きて、死んでいく。

葉はふらりと仙洞宮に立ち寄った。
少し休みたい気分だ。
一人は慣れているはずなのに、急に一人になると無性に寂しくなる。
葉はそこで一人の青年の姿を見た。
「げっ」と小さな声でうなる。
踵を返そうかと思ったが、やめた。
あんな鬼畜野郎でも今はいてくれたほうがなんとなく落ち着く。

しかも今は向こうも柄もなく凹んでいるようだし。

葉はひらりと跳躍し、仙洞宮の屋根に着地する。
青年は葉に視線を移す。

「何しけた面してんだ?」

青年の眉間に皺がよる。
今宵の肴はこいつをからかうことに決定のようだ。


ーあとがきー

オチまで考えてないと話の方向がずれていきます。
そんな後悔と共に月城チアキです。
これは、黄仙は鳳珠様に見習い超絶美形だと信じてやまなかった時代の話なので多めにみてください。
アニメの爽やか兄さん系葉様も好きです。

全キャラ制覇企画第3弾!葉棕庚もとい黄葉の夢です。
霄太師夢とちょっと繋がっているのですよ。

もっと思い切った話が書けるように頑張ります。。


[★高収入が可能!WEBデザインのプロになってみない?! Click Here! 自宅で仕事がしたい人必見! Click Here!]
[ CGIレンタルサービス | 100MBの無料HPスペース | 検索エンジン登録代行サービス ]
[ 初心者でも安心なレンタルサーバー。50MBで250円から。CGI・SSI・PHPが使えます。 ]


FC2 キャッシング 出会い 無料アクセス解析