夏が過ぎ、過ごしやすくなった今日この頃。
相変わらず戸部の方は目が回るくらいの忙しさだった。
その理由は豊穣祭。

その祭りの運営費などは全て戸部に任されており全官吏、それに向けて資金繰りに忙しいのだ。

「黄尚書、各部署から集めてまいりました」

ドサリとは各部署から集めてきた案を作業机とは別の机に置いた。
他の机にも崩れるくらいの書類が乗っている。
その中で仕事する、この部署の仮面の主、黄奇人は顔も上げずに言った。

「ここに積み上げてある書類を運んでくれ。
その辺に散らかっている書類はいらないから全て捨てる事。
それが終わったらすぐに戻って来い」
「はいっ」

忙しい時期に入るとの仕事は主に雑用に入る。
去年の豊穣祭は参加者側で楽しんでいたが、裏ではこんなに忙しいとは・・・。
は積み上げられた書類を持ち上げて、すぐに部屋を出ていった。

「?官吏、戻ってきたらで良いから下に落ちている紙全て捨てておいてくれ」
「はいっ」

戸部の床は一面いらない書類や紙で埋め尽くされていた。
は口元を引きつらせて、書類を踏むのを覚悟で戸部をダッシュで出ていった。

朝から晩までどれだけ頑張っても仕事は終わりをみせなかった。

全ての書類を配り終わり、掃除に入る。
いつもなら各机案のごみ箱に捨ててあるのだが、官吏達も丸めている暇がないらしい。
いらないものまで捨てないように注意しながらは書類を袋に入れていった。

「・・・えっと、これはいらない・・・これもいらない・・・。
あっ、すいません、これって捨てて良いですか?」
「あっ、それはまだ見ていない。
すまんっ」

たまにこう言う事もあるので気をつけなければいけない。
適当に拾い終わったら次は尚書室の掃除。
早く休憩の銅鑼がならないだろうか。そうすれば皆で一緒に片付けに入れるのに・・・。
尚書室を片付けているとふと目に付く書類を見つけた。
書類というより黄尚書宛ての手紙というか、招待状というか、むしろ果し状っぽい。

「・・・黄尚書・・・これ捨てちゃってもいいんですか?
工部尚書からみたいですけど・・・」
「いらん、捨てておけ」
「しかし・・・」
「豊穣祭の飲み会だろう?
見るだけ無駄だ」
「・・・飲み会?」

勿論、話はしているが二人の手は休まない。

「ただ酒好きの官吏達が豊穣祭を理由に飲み会をするだけだ。
内容はほぼ飲み比べだけどな・・・。
武官達も参加するが、例年最後まで残るのはほぼ決まっている。
・・・そう言えば、新人官吏は誘われると思うが・・・。
お前は行かないだろう?」

はその飲み会を知らせる広告を拾った。
部署掲示用だと思うが、こんなの貼っておいても誰も見る人はいないだろう。
はざっと目を通して少し考えた。

「・・・無礼講・・・」
、手が止まっている」

名前で呼んでいる事に気づきもしないほど鳳珠も限界まで来ているのであろう。
も突っ込まずに、仕事を再開する。
今年の豊穣祭もまた何か一波乱がありそうな気がする。


午後。

「これを工部へ。
その際、『こんなふざけた報告書寄越すなんて貴様の頭は腐っているのか。
酒飲んでいる暇があるならまともな見積もり書いて提出しろ、このトリ頭。』と工部尚書へ。
あとは・・・」

は工部尚書と聞いて少し目を細めた。
そう、朝廷で働いて半年。の最大とも言われる敵が工部尚書、管飛翔。
初めから女人官吏を良しとしておらず、進士時代から無視の連続。
侍郎まではクリアしたのにあのトリ頭。←言っちゃった。
お陰で鳳珠からの伝言が今まで言えずにいる。

は大量の書類と共に工部へ向かった。

豊穣祭でこちらも忙しいらしく残っている官吏はたくさんいた。
は開放してある工部の扉の中をチラッと見る。
中では何やら欧陽侍郎と管尚書が言い合っている。

「・・・失礼します・・・黄尚書からの言伝が・・・」
「やぁ、?官吏」
「・・・・・・」

欧陽侍郎が笑顔で迎えてくれるのとは対照的に管尚書は顔をしかめて出ていった。
話し掛けようとしても無視の一点張り。

結局今日も何も話せなかった。残念というよりにとっては怒りの方が大きい。

「・・・はぁ、今日も黄尚書の言伝が伝えられなかった・・・」

肩を落とすに欧陽侍郎は優しい笑顔で管尚書の書類を受け取ってくれた。
一応彼も女人官吏反対派だったのだが、とあることをきっかけに仲良しになってしまったのだ。


それは、ある日の事。
いつものように各部署を周っていたは柚梨と回廊を歩いている鳳珠を見かけた。
さらりと流れる美しい髪。今は仮面をつけているがそれを取れば誰をも魅了する美しい顔。
それを想像するだけで天国に昇った気分になる。

『・・・鳳珠様(殿)・・・お美しい・・・』

ポツリとした呟きだったが、誰かと被ったように思えた。
がバッと隣を見ると、そこにはあの憎き工部侍郎がいた。確か名は欧陽玉。
彼の方もと言葉が被った事が分かっているらしくお互い見詰め合ったまま、妙な空気がしばらく流れた。
つつーっと背中に冷や汗が流れる。

「・・・こっ・・・こここ、これは欧陽侍郎・・・」

はなんとか笑顔を作って話しかけた。
そういえば、彼も今後の攻略の一人。
大切な機会は潰してはいけない。例えこんな妙な出会いであっても。
向こうも相当動揺しているらしく、無視していけばいいものの返答してしまった。

「これは、しっ・・・?官吏。きっ奇遇ですね」

何が奇遇かというと言葉が被ったこと以外に何もない。

「えっえっと・・・黄尚書に何か?」
「君こそなんだい??何故彼の名前と顔を・・・。
・・・あぁ、そういえば黄尚書が後見人だったか・・・羨まし・・・いや・・・
あっ、そうだ。黄尚書と話す機会とか・・・あったりするかい?」
「・・・はい・・・ありますが・・・何か言伝でも??」

玉は少し考えて言った。

「そのようだと各部署を周っているようだね。
なら工部に来た時私を訪ねて来てください」
「はぁ・・・」

玉はそのまま立ち去っていった。
しかしその背からとてもご機嫌雰囲気が漂っていたが。
いつも工部に言った時ははなからいないものと無視され続けていたのになんのご用だろうか。

首を傾げつつは仕事に戻った。
彼もまた鳳珠の素顔を知る一人だとは・・・。


そして工部。

「・・・えっと・・・?これは?」

が玉から渡されたものに一瞬言葉を失った。
仕事の書類か何かと思えば、渡されたものはお茶セットと綺麗な文鎮。
しかもどっちも高価なものだ。
玉は嬉しそうに言った。

「いつも黄尚書はお忙しそうだから・・・。少しは疲れが取れるようにと茶葉を・・・
あとこの文鎮はいつも景侍郎が、書類がよく飛んで困るといっていたので使ってくださいと・・・。
あっ、別にこれは賄賂とかじゃなくて純粋に私からの気持ちです。と黄尚書に伝えておいてくれないかい?」
「はぁ・・・」

自分を無視していた時とは大違いに嬉しそうだ。だから思わず聞いてしまった。

「・・・黄尚書の素顔はお知りで?」
「当たり前じゃないですか。あんな方二人としてこの世にいませんよ。
見た瞬間から心を奪われましたね」

というかあんな顔が二、三人もいたら世界潰れますから。

「しかも有能で趣味もよろしい。
うちの酒豪トリ頭とは大違い。
雑用としてでも傍にいられる貴方が羨ましいです。
はぁ・・・どうして吏部尚書は私をこんなところへ・・・」
「・・・はぁ」
「くれぐれも丁寧によろしく頼むね★
はぁあの麗しいお顔次はいつになったら見れるのやら・・・」
「・・・あの・・・そんなに見たいのなら夜に尚書室に訪ねになれば仮面外してますよ?」

なんか可哀想になってきたので、助言してみた。
自分は毎日のようにあの美貌に顔を合わせているのでそんなに飢える事はないが・・・。
すると、玉はガシッとの手を掴んだ。

「本当ですかっ!??官吏っ!?!?」
「えっ・・・はい・・・。少し吏部尚書がおいでますが直に帰られるので・・・」

帰るというより追い出すと言った方が正しいかもしれない。

「そうか・・・ではまた贈り物を持って会いに行こう・・・。
はぁ、あの方に会えると思えるなんて聞いただけでも天国に行けそうです・・・」
「お好きなんですね。黄尚書の事」
「それはもう、こんな上司に仕えているから更に好感を持てますよ
彼に会う為に朝議の司会を積極的に務めているのですから。あのつやつやの髪が方からこぼれ落ちる瞬間なんてもう・・・」
「その気持ち分かります。
仮面なんてもう関係ないですよね!!!」
「話しがわかるじゃないですかっ!!」

・・・そんなのがきっかけでたまに会えば鳳珠の事で語り合ったり・・・。
今では良い友人の座まで上り詰めてしまいそうだ。最近では自分まで何かと物を貰えるところまで仲良くなってしまった。


「あっ、そういえば工部主催でしたよね。
豊穣祭の飲み会・・・」
「ん?そうだよ。
というか黒白大将軍とうちの上司が主に主催者。
新米官吏は誘われるはずなんだけど、?官吏はどうだろうな・・・。
うちの上司があまり気に入ってないみたいだからなぁ・・・。
でも、むさい男達しか来ないし?官吏もそんな中にいるのは嫌だろう?
それに、親睦会みたいな生易しいものじゃなくてただの飲み比べだし・・・・
化け物のね」
「・・・そうなんですか・・・」
「でも、ただで飲めるしもしお酒強いんであれば来てもいいけどね。
毎年ムサイ奴ばかりで私も本当は行きたくないんですけどねぇ。
?官吏が来れば紅一点で良いかも」
「・・・あっ、じゃ行っても良いですかっ!?」

玉は目を丸くした。

「・・・来るの?」
「少し・・・管尚書とお話がしたくて」

事情を察して玉は苦笑した。

「うちの上司と対等に話すにはお酒凄い強くないといけないよ?
大丈夫・・・?」
「・・・母には・・・酒は飲んでも飲まれるな・・・とは教わっているので・・・。
強い部類に入るとは思いたいです」

希望系かよ。

「まぁじゃ、私が官吏への招待状書いてますんで?官吏の分も後で届けておきますね。
これで貴方がいても悪く言われませんから」
「ありがとうございます。何かすいません・・・」
「いや、私の方が世話になっているからね。
黄尚書の素顔も見れるようになったし、この前お礼も言われたし・・・」

思い出して玉の顔が緩む。

「あっ、珍しい菓子が手に入ったから是非休憩の時間にどうぞ」
「ありがとうございます。きっと黄尚書も喜ばれると思いますよ」
「そうかな?
・・・嬉しいよ」



「・・・遅い」

戸部に戻り部屋に入って戸口一番そういわれた。
は自覚しているのでぺこりを頭を下げた。

「申し訳ありません」

つい玉と話すと長くなってしまう。
奥の茶室に玉から貰った菓子を置いてはまた仕事に戻ろうとした、その時休憩の銅鑼がなった。

「・・・あっ、お茶の時間ですね。
今日欧陽侍郎からお菓子貰ったんです。それでいいですか?」
「・・・あぁ、しかし貰ってばかりでは悪い気が・・・」
「・・・大丈夫・・・だと思いますけど・・・」

彼自身見返りは全く求めてないし、礼を言われただけであんなにも喜んでいるのだから。

「何か礼にあげた方がいいだろうか・・・」

考えだす鳳珠に、はギクリと足を止めた。
鳳珠から礼を貰った後の彼の姿が用意に思い浮かぶ。

「あの・・・一ついいですか?」

奥から茶器を用意しながらは久しぶりに朝廷で鳳珠に発言した。

「なんだ?」
「食べ物じゃない方が良いと思います。
・・・理由は聞かないでください」

・・・きっと腐ってもカビが生えても一生の宝物にしそうだから。
柚梨も入ってきては他の官吏たちにもお茶とお菓子を配りに行く。
最近は大変頭を使う為、甘いお菓子が多い。これも柚梨が決めている。

くん、貴方の分用意しておきましたよ」
「あっ、ありがとうございます」

は椅子に座って一息ついた。足が軽くなったような気がする。
鳳珠はその様子を見て言った。

「もう少し動けそうか?」
「動く必要があるのなら動きます」
「鳳珠、駄目ですよ。休ませてあげてください。
他の人達も座ってばかりでは体に悪いですから使ってあげてください」

文官は運動不足になるが、戸部では尚書の雑用になることでそれを解消している。
文官だけで運動会をすれば戸部がダントツ一位だろう。

「あっ、そうだ。
あの・・・豊穣祭の飲み会なんですけど、行っても良いですか?」

その台詞を聞いた瞬間、鳳珠と柚梨の動きが止まった。

「だっ、駄目ですよ。
あんな所・・・」
「行ったら最後二日どころか三日酔いだぞ」

なんか、とんでもないところらしい。柚梨が遠い目だし、鳳珠は目をそらしている。

「・・・そうなんですけど・・・少し・・・物申したい方がおりまして。
無礼講と聞きましたんで大丈夫かな・・・と」

鳳珠はその意味を汲み取って、内心ため息を付いた。
そろそろうっぷんは溜まっていると思ったが・・・。確かに、無礼講の飲み会は最高の機会。
相手はいいとこトリ頭だろう。
最後まで残っていると思うし、ほとんどの官吏が倒れてから暴れれば目撃者も少なくて良い。
大体残っている官吏といえばほぼ無礼講はむしろ来い、という輩ばかりである。

「・・・止めは・・・しないが・・・
流石にあそこにを一人転がしておくわけにもいかないな・・・」

あの尚書に物申すくらいなら倒れる事覚悟で行かなくてはならない。

「仕方ない・・・あまり気乗りしないが私も行こう・・・」
「鳳珠っ!?貴方お酒飲んだらどうなるか自分でどうなるか知っててその台詞ですかっ!?」
「・・・・?
別に・・・あまり飲まなければ良い話だろう?」
「絶対飲みますって。
大体貴方が行くてってなったら・・・『へぇ、鳳珠も参加するのか?』」

柚梨が冷や汗をかいて後ろを見ると、そこには吏部尚書の姿が・・・

「じゃ、私も行こうかな」
「お前は来るな。迷惑だ」
「ふふん、私に飲み比べで負けるのが怖いのか?」

ピシっと鳳珠の額に青筋が浮かぶ。

「・・・いいだろう・・・豊穣祭で勝負だ」
「えぇっ!?鳳珠・・・っ!?」
「大丈夫だよ、景侍郎。酔った鳳珠は私が何とかするから・・・。
多分、ほとんどの者が潰れるまで鳳珠も意識あると思うし・・・」

仮面外しても大丈夫★(グッ)
いや、そう言う問題じゃないですから〜っっ。。

泣きそうになる柚梨をよそに二人は火花を散らしていた。
そんなこんなで波乱の豊穣祭は幕を開けたのだった。

   

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