彩雲国は新年を迎えようとしている。
紫州の朝廷の方には毎年のように各州の高貴な身分の者が続々と来訪を告げる。
日に日に朝賀の雰囲気は高まってきた。
誰も知らない。
誰もがめでたいと思う新年に闇が潜んでいるとは。
年明けは騒動の始まり
〜新年から大混乱 茶州からの客人達〜その1.
外朝の中でも少しずつではあるが、年末の仕事が終わった官吏達の嬉しい悲鳴が聞こえる。
最後に悲鳴を上げた戸部は、悲鳴を上げぬまま皆机案に突っ伏した。
・・・終わった。
どこを見ても生きた屍にしか見えない戸部官吏達は歓喜というよりも妙なうめき声をあげている。
眼の下には大きな隈。顔はやせこけて、本物の骸骨のよう。
しかし、それも少しの間だった。
尚書室から尚書と侍郎が出てくる。
倒れていた屍たちは生気を取り戻したように、礼を取る。
「・・・皆、ご苦労だった。
明日からゆっくり休んで欲しい」
「本当にお疲れ様でしたー。
今年もぎりぎりでしたね。皆さんよいお年を。
忘年会はできませんでしたが、黄尚書の奢りで新年会を豪華にやらせてもらうという事で、皆さん五日の日には黄尚書の家へ。
その前にここの大掃除しますから忘れず出仕のこと」
「・・・柚梨、私はそのような事は一言も・・・」
「いいじゃないですか。大体貴方がこの生きた屍の山作った張本人じゃないですか」
「・・・・・」
正論なので流石の鳳珠も言い返せなかった。
しかし、五日か・・・。
鳳珠の頭の中は別の問題で一杯だった。
また・・・新年からまた頭を使わなくてはならないかもしれない。
鳳珠は今日何度したかわからない嘆息をついた。
官吏達が去った部屋で残った三人は今年最後のお茶をする事になった。
「いやー、本当に死ぬかと思いましたね」
今年、年末初参加のはしみじみとその言葉を述べた。
鳳珠も柚梨もその言葉に苦笑する。
「毎年こんなもんですよ。新年三日前なんてまだ及第点って所ですかね。
鳳珠が尚書について以来・・・最悪だったのが新年をここで迎えた時ですよ・・・。
それ以来、初詣の願い事は『来年も早く仕事が終わりますように』で戸部官吏は統一されました・・・」
しみじみと語る柚梨。
知られざる戸部の過去には口元の引きつりを隠せなかった。
『魔の戸部』の名は伊達じゃない。
「うわー、それは凄い・・・。
そうならないようにこれからも頑張らないと。
・・・そういえば、大掃除はしないんですか?」
「えぇ。いつもぎりぎりなので五日の日に皆で集まって掃除するんですよ。
本当は明日とかした方がいいんですけど・・・戸部の毎年恒例って感じで・・・。
その後に新年会するんです」
「・・・柚梨、その事だが・・・」
「どうしました?鳳珠」
「少し嫌な予感がする。もしかしたら五日来れないかもしれない」
「・・・・はぁ?
またなんで」
鳳珠は口元を押さえて苦笑した。これはまだ予感だ。
しかし的中するような気がしてならない。
「にもいっておく。
私はしばらく家には戻らない。お前も少し控えた方が良いな」
「・・・まさか鳳珠・・・。
新年だと言うのにご両親にご挨拶しないつもりで・・・?」
「顔を合わせたら最後。逃げるものも逃げられない。
無駄な見合い話と、前年にも増して嫌味が待ち構えている」
『・・・・・・・』
ぶっちゃけ、彼も王の事を言えなかった。
早く結婚しちゃえば良いのに・・・と思うが、彼は断固拒否っている。
王みたいに意中の方でもいるのだろうか・・・。いや、いなさそうだ。
「・・・あいつ等・・・絶対 五日になっても帰る気はないだろうな・・・」
流石に外朝の中には入れないとして、家で宴会など持っての他。
他の場所でやるとしても嗅ぎ付けられたら元も子もない。
「というわけで、。
私の家には近づくな。いいな」
そういえば、彼の両親に色々勘違いされているところもあるのだ。
ここで下手に何かを起こせば望まぬ方へ話が進むこともある。
は頷いた。邵可さんの家にでも止めてもらおうか。それとも、家で一人で新年を過ごすか・・・。
鳳珠は、茶碗をおいて立ちあがった。
「・・・では、私はこれで。
よい年を」
・・・それから新年明けるまで鳳珠の姿は見られなかった。
「・・・と言うわけなのよ。
昨日は泊まらせてくれてありがとう。珀明」
「・・・いや・・・君も大変なんだな・・・」
年が明け、いつもより上品な衣に身を包んだ二人は早足で朝廷の廊下を歩いていた。
秀麗が朝賀にやってくるということでそれの見物をしに来たわけだ。
にとっては半年振りであろうか。
茶州の噂はあまり聞かないが聞かないという事は上手くやっているのだろう。
「なんか、鄭補佐も来てるっていうし。や〜懐かしいわ」
「そういえば、秀麗がある案件を持ってここに着たらしいんだろう」
「あぁ、それも何か聞いたわ。
・・・ということは鄭補佐が何らかの方法で黄尚書に連絡してるってことよね・・・」
「・・・黄尚書・・・が何か?」
「・・・いや、さっき言った通り本当に姿くらませちゃったわけよ。
おかげで伝達も伝えられないし・・・。あっでも、秀麗ちゃんのところには来てるかも・・・
・・・あっ、運が良いわ。扉開いてるし」
宜政殿側面扉が一つ開いていたのでそこに入りこむ。
あとは見物の官吏達が邪魔だったがこれを抜けて行くだけ。
「先行くわよ、珀明」
「・・・なっ、おい」
小さく、細い彼女は風のように官吏達の間をぬって見えなくなった。
一瞬呆気に取られた珀明だが、我に帰りすぐに見える場所を探して体をねじこんだ。
「・・・あっ」
は思わず小さな声を挙げてしまった。
向こうからやってくるのは紛れもなく、秀麗と悠舜。
しかし、二人とも別れた時とは全く顔つきが違う。
悠舜は歳相応の威厳のある顔つき。
そして、秀麗は椿も引きたて役になるほど美しくなっていた。
・・・これが半年分の・・・
そして、その二人と対峙する側にいるのが王。
彼もまたしばらく見ない間に成長した。
秀麗が目の前にいるのに表情をまったく変えていない。
しかし、兄の異変には眉を潜めた。
確かに、彼も成長はしている・・・いるが・・・
全てが、一年前と違っていた。
得たものとは逆に失われてゆく大切なもの。
はこの光景に寒気を感じた。
嫌な汗が背中を伝う。
何かが自分の中で音を立てて壊れたような気がする。
・・・このままではいけない・・・。
分かっているが、どうしようもない。
動機が早くなる。
ここには・・・いられない・・・
は宜政殿を出た。そのまま朝廷の中庭に入り、奥の木にもたれかかる。
「・・・こんなはずじゃ・・・なかった・・・」
全てが全て笑顔のまま。
全ての人が幸福で、私はその影で笑っていればいい。
そう思っていた。
秀麗の成長は予想以上に早く、そして自分は予想以上に遅く。
いつか追い越される事は覚悟していたがこんな早くなるなんて・・・。
・・・嫉妬してはいけない。憎んでも駄目。
全てに膝を折る覚悟は出来ていたはずなのに。
そうでなくても、ただありのままを受け入れ、自分もそれに従って・・・
・・・出来るはずがない。そんな生き方した事がないから。
全て統率された中で自分の作った道を行く。そうすることしか知らない道を歩いていたから。
思わず腰に刺した短剣に手が伸びる。
素早く抜き取ったがその短剣は行く当てもなく、手は大きく振りかざして止まる。
自分の行動に寒気がした。
「・・・私は・・・」
このままでは母と同じになってしまうではないか。
この世に巣作る闇の・・・
・・・それだけは避けなくては・・・
カランと音をたてて短剣が地面に落ちた。
さくっと、草を踏む音が背後から聞こえた。
肩を震わせて背後を見ると、そこには予想を裏切らず派手に装ってくれた一応同期。
「・・・龍・・・蓮・・・」
「あけましておめでとう、少し遅くなってしまったな」
彼のいつもの笑顔に心が静まる。
「・・・来てたの・・・?」
はどう接していいか分からずに、声が上ずる。
しかし、そんな事を気にするようでもなく龍蓮は答えた。
「親しき友其の一の餞に」
「・・・親しき友・・・。貴方にまた気の会う友達が出来たなんて驚きね。
でもまぁ、良かったじゃない」
「あぁ・・・。
今日はの元で泊まろうと思うのだが良いか?」
「良いわよ。一応掃除したし。食料も結構買いだめしてあるし。私もここ数日滞在予定だから。
今晩は私がご馳走してあげるわ。
・・・秀麗ちゃんよりも腕は劣ると思うけどね」
人の声が聞こえてきた。見物は終わりだと帰る官吏達である。
は珀明と一緒に来ていた事を思い出した。
自分の事を探しているだろうか。
「・・・ごめん、龍蓮。
先行ってて。仕事があるから・・・」
「あぁ、楽しみにしているぞ」
人ごみの中へと走っていったを見送った龍蓮は足元に落ちている短剣を拾った。
銀に光る刃と豪華な装飾。そして其の先についているのは紫の宝玉。
龍蓮はそれをそのまま腰に挿して歩き出した。
少し嫌な風がここに吹いている。
「・・・ったく、一人で突っ走って・・・。探したぞ」
「ごめんなさい・・・。あまりの人ごみに酔っちゃって・・・」
庭から出てきたに珀明は驚いた。
中にいたはずのが何故外に・・・?それも秀麗達の晴舞台の最中に。
もう少し文句を言ってやろうかと思ったが先にが歩いていくので、それは言いそびれた。
高官達の背中を眺めながら珀明がぽつりと呟いた。
「・・・あいつ・・・変わったな」
も静かに頷いた。
茶州の過酷な状況は更に彼女等を進化させた。
は気づかないうちに拳を強く握り締めていた。
「かなり・・・差がついた感じね・・・。
私達も頑張らないと秀麗ちゃんたちが戻ってきた時大変な事になっているかもよ」
声音も笑顔もぎこちない事は自分でも感じていた。
でもこれが精一杯だった。
珀明はそれを感じ取ったらしい。
「・・・どうか・・・したか?
気分でも優れないか?」
「・・・大丈夫・・・」
話題を変えようとは頭の中で忘れかけていた何かを思い出した。
「・・・あっ、そうだ。黄尚書・・・」
うっかりしていた。この人ごみの中彼を見つけるのは至難の技だ。というかもういないだろう。
あんなに色んな方向で目立つ人がどうしてここ数日間こつりと消える事が出来るのだろう。
話に聞けば、神出鬼没でちゃんと朝廷にも出仕はしているらしい。
すれ違いになっているらしいが・・・
「黄尚書?
そういえば、さっきうちの上司と魯尚書と景侍郎と一緒にいるのを見かけたような・・・」
「本当っ!?
・・・じゃ、景侍郎だけでも・・・」
おそらくここまで来たもの、戸部にでも寄っているだろうか。
微かな期待をしては廊下を駆け出した。
「じゃ、私はこれで。
今年もよろしくっ!!」
軽く敬礼をしても人ごみの中に消えていった。
自己中な奴だと、珀明は嘆息した。というか・・・自分はいいように振りまわされてはいないだろうか。
結局鳳珠の居所もわからずは肩を落として帰宅した。
言った通り中には龍蓮が我が家のようにくつろいでいる。
「ただいま、龍蓮」
「あぁ、待ちわびたぞ」
「ごめん、少し探し人を・・・」
「彼なら明日会える。気にしなくてもいいだろう。
・・・さて、早速料理を作ってもらえるか」
パンパンと机を叩いて龍蓮がいう。
は苦笑しながら言った。
「・・・あのねー・・・私はあんたの家来じゃないんだけど・・・。
まぁいいわ。
野菜くらいは切れるわよね。適当に刻んでおいて」
茶州で長く旅してきた事もあっただろうか。
大分龍蓮とまともな会話が出来るようになってきた。
これは良い成長なのかどうなのか、果たして疑問なところだ。
「へぇ、克洵さんと春姫さん・・・。・・・へぇ・・・」
龍蓮はそのまま去ったのかと思えばまたしばらく茶州にとどまっていたらしい。
料理をつつきながらは龍蓮の話に耳を貸す。
あの後克洵に呼びとめられ、しばらく一緒に暮らしていた事。
笛を聞いて拍手をしてくれたこと等々。
・・・あの人達・・・普通に見えたけど・・・実は最強なのでは。
そう思わずにはいられなかった。
そういえば、秀麗から送られてきた手紙の中にも激辛料理を平気そうに黙々と食べていたと聞く。
「・・・で克洵さんの朝賀に龍蓮が・・・」
龍蓮が出たとなると相当の祝福になる。これは、克洵にとって大きな力となるに違いない。
久しぶりに聞く朗報にはふっと笑む。これで茶州は心配なさそうだ。
「皆、凄いところまで来たわね。
私も頑張らないと・・・」
実際どう頑張っても、必死になっても、現状は変わらないことは分かっている。
現状を変えるには相当無理な事をしなくてはならない。
流石にそこまで手を出して良いわけがない。
「・・・、私は今のままのが好きだぞ」
「・・・は?」
さらりと言われてはつまんでいた野菜をポタリと落とした。
・・・唐突に何を言い出すのかと思えば・・・こいつは・・・
「・・・龍蓮?どうした・・・の?」
「今のままのが好きといったのだ。」
「あー・・・うん・・・」
どうとって良いのか分からない。彼の気持ちは・・・分かってないわけでもないのだが。
「龍蓮、私は」
「分かっている。無理はするな」
「・・・・・?」
具体的な主語がないため、彼が何をさして言っているのか時々分からなくなる。
でも、何かしら彼の言葉が胸にしみる。
はお茶を汲んでそれに口をつける。
「・・・本当あんたって分からないわね」
「それが『藍龍蓮』だ。
さて、私も茶を貰おうか」
龍蓮が空の椀をこちらに寄越してくる。
閑話休題・・・といったところだろうか。
は茶器を持ち上げた。
「・・・あれ?」
は腰に刺さった短剣をみて首を傾げた。
あの後・・・拾ったっけ・・・?あれ?
記憶が曖昧で思い出せない。
空は珍しく雲一つない夜だった。
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