宣戦布告



はパタパタと長い廊下を走っていた。
急ぎの仕事が入ってしまったせいで、約束の時間に少し遅れてしまっていたからだ。
人のいなくなった部署に踏み込んだ。
侍郎室の前まできて少し深呼吸をし、扉を叩く。中から入室を許可する声がした。
はゆっくり扉を開く。

「お待たせいたしました、欧陽侍郎・・・。
すいません、仕事が入ってしまって」
「いえ、私も今終わったところです。
さぁ、どうぞ」
「ありがとうございます」

暖がとられた室には少し安堵した。中では玉がお茶を入れる準備をしている。

ひょんなことから『黄尚書を尊敬する』という共通の感情をお互い知った と玉は急激に仲良くなった。
それからというもの定期的に工部の侍郎室に は遊びに行くことにしていた。
は鳳珠が後見人をしていることと、同じ戸部に所属しているということで、かなり鳳珠の話題を持っている。
それを語り合うのももはや恒例となっていた。

「・・・殿、仕事というのはやはり黄尚書付きの用件ですか?」
「はい。仕事といっても尚書の室にある書類の分配ですけどね。
これで明日室で雪崩が起きることはないでしょう・・・」

尚書室に溜まっていた書類の山を思い浮かべて は苦笑した。
玉もそれにつられて少し微笑んだ。

「それはそれは・・・。
うちの飲んだくれの酒瓶も片付けて欲しいところですね」

お茶を飲みながら鳳珠と飛翔の差について玉はしみじみ思った。
どうして、同じ年に国試を受かった者同士なのにこんなにも違うのだろうか。
そして同じ尚書の守役なら、やはり鳳珠の方が何百倍もいいと玉は思っていた。
勿論柚梨には勝てそうにもないので、無理にその位置に付こうとは思わないが。

「では、工部に配属された暁には是非」

は玉の言葉に頷いた。色々雑用として他の部署に回されているので色んな仕事場での様子はわかっている。
酒臭いのを抜かせば工部もそれほど悪い勤務先ではない。
少なくとも戸部よりは仕事が数倍楽である。

「うーん・・・流石にそれはないでしょうねぇ。
貴方がいないと戸部は潰れますから。
・・・代わりに私がいけるのであればそれはそれでいいですけど。」
「あぁっ!!ずるいですっっ。
黄尚書の雑用の位置は譲りませんよ!」

どうしても二人きりで話をするときは低次元の話になってしまう。
それに気づき、自分らしくないと思いつつ玉は内心苦笑しながらの話を聞いた。

「それにしても私が戸部から去っても戸部は大丈夫なのでは・・・・?」
「貴方は自身の噂は耳にははいってこないでしょうけど、それなりに期待されているようですよ。
・・・・雑用の方では」
「それは複雑ですね・・・」

は苦笑するしかなかった。確かに仕事といえば雑務のみなので他では評価のしようがないがそれでも何か悲しいものがある。

「女性官吏としての受け入れられ方としてはまだいい方じゃないですか?」
「そうですね、当初工部なんて最悪でしたからね」
「まぁ事実期待していませんでしたから」

の軽い嫌味にもまけず、あっさりと本人の前で本音を言う玉も大層な性格である。
妥協しない性格はいいが、ほとんど褒めてくれないのでこっちは少し寂しくなる。

「・・・べっ、別にいいですもん。
いつか高官になって活躍してみせるんですから。
・・・黄尚書のためにも頑張らないといけないですからね」
「本当、黄尚書の迷惑にはならないよう」
「分かってますって、そんな念押ししなくても・・・」

俯いてしまったに玉はくすりと笑った。
彼女を見ているとどうしてもいじめたくなってしまう。
仕事の部分ではかなり頭が切れるようだが、普通に話している分は別に一般人と変わらない。
むしろ、天然が入っている分気が抜ける。
それがまた好ましく思うところでもあるが。

玉はふとの身につけている簪に目をやった。
工部侍郎というだけあって、細工など工芸品にはかなりの知識を持っている。
前々から気になっていたのだが、の髪についているものはそれなりの値打ちものである。
いつもは高価な物とそれなりの物を上手くあわせているが今日はかなり高価な物が多い。
そんな物を目の前でちらつかされては、嫌でも視界に入ってしまう。
飾り物であれば素直に喜べたはずだが、それが彼女の髪に刺さっているとあまりいい気がしない。
「・・・それ、誰かに頂いたものでしょうか?」

さりげなく言う玉の台詞にが顔を上げた。
そして、玉の目線に、あぁと頷く。

「えぇ、やはり工部侍郎というだけありますね。
これ黄州の物で黄尚書から頂いたのです」
「・・・なるほど、流石黄尚書です・・・。
見事な簪です・・・」
「なんなら近くで見ますか?
そういえば、今日は高価な物が多いのですよ」

は躊躇いもなく簪を抜き取って机の上に並べた。
滅多に見られない工芸品に玉の目も輝く。

「・・・では失礼します」

机に並べてあるものにざっと目を通し、玉は目を見張った。
通りで自分の視線が簪にいくわけだ。
黄州だけではない、紅、藍、碧州のものまで様々だ。
近くで見なければこのようなことは分からなかったが・・・しかし、・・・このようなものをどこで?

「なんか、最近色々簪のもらい物をするんですよ。
この紅い玉の付いたやつは李侍郎から頂いたんです。
なんか『紅州から送られてきたけど自分は使わないし、埃を被せるのも勿体無い』からって・・・。
同じ理由で碧官吏からも頂きました。
あとその青い物は藍将軍から頂きました。『弟がお世話になった』とか色々・・・」

絳攸には『秀麗に渡せばいい』といったのだが、何故か言葉を濁された。
絳攸側の気持ちとしては見合い騒動の件もあって、あまり秀麗との関係をややこしくしたくないと本能で悟ったのであろう。
しかし、絳攸のつめは甘かった。

・・・あの女嫌いの吏部侍郎が、使わないからといって紅州のそれも高級な簪の贈り物を・・・?

簪をに渡したことでいらぬ敵を増やしてしまったのである。しかも、自分に全く関係ないところで。

「へぇ・・・・交友が広いんですね・・・」

しかもかなり将来有望株と。

玉は冷静に簪を観察していた。
どれも彩家専属の匠によって作られた物で、それなりに裕福な者でも手に入りにくい。
それをいとも簡単に手に入れているこの娘って・・・。

「まぁ色んなこともありましたし・・・。
雑用で色々高官の方とお話する機会が多いのです。
李侍郎と藍将軍はまた別件で・・・」

縁とは本当不思議なものである。
朝廷の中でも女性官吏という特異な存在であるためか、不思議と上官との縁も多い。
玉は手に持っていた簪を折りたい衝動に駆られたが、流石に高級工芸品であるためやめた。
これでその辺で手に入りそうな物なら躊躇わず実行していたものを・・・・。

「皆さん、若いのにかなり能力が高くて驚かされます」
「そうですねぇ。李侍郎の話はとてもためになりますし。
碧官吏とも色々問題について話し合ったりしていますし・・・。
本当勉強になります。
・・・でも、欧陽侍郎が他の人を褒めるなんて珍しいですね」
「・・・え・・・、そう・・・ですね」

そういえば、そうだ。
今の台詞はあまり心から思っていないことだ。確かに有能ではあるが、あまり自分と大差ないだろう。
そんな人物に対してあまり尊敬というか、好感は沸いてこない。
では、何故そんなことを急に言い出した?
玉は少し動揺を隠せなかった。

「それに、欧陽侍郎だって十分に若いじゃないですかー。
大丈夫ですよ。」
「当然です。この年齢でオヤジの部類に入りたくありません。
もっともオヤジなのはうちの尚書だけでいいですよ」
「本当・・・管尚書のことになると手厳しい・・・・」
「酒をここで飲むのをやめてくれるのでしたら、もう少し柔らかくなってもいいんですけどね・・・。
あの人のせいで、油断しているとこの室まで酒臭くなるんですよ。全く・・・」
「仲良いんですねぇ。いつ見ても微笑ましいですよ」

その台詞に玉の動きが止まった。
飛翔の話を持ち出せば、いつも玉は冷静さを欠くのだ。
たまにからかってみるのも面白いな・・・と上官に対しては失礼だと思ったがはやめられなかった。

「なんであんなトリ頭と微笑ましい関係にならないといけないんですかっ!?冗談じゃないっっ。
・・・まさか・・・黄尚書もそのようにみていらっしゃるとか・・・」
「・・・えっ・・・えっと・・・・」

は少したじろいだ。
以前に『飛翔には欧陽侍郎が適任だな』とかいっていたような気がするが・・・。
これを言っていいのか悪いのか判断しかねる。
とりあえず、玉をあまり刺激しないようには話した。

「欧陽侍郎がしっかりしているから、管尚書がちゃんと仕事できる〜みたいなことをおっしゃってました。
ちゃんと欧陽侍郎を評価してくださっていましたよ」
「あのトリ頭と揃って評価されるとは・・・これまた凹みますね・・・。
別に私の価値はあのトリ頭と一緒ではないと発揮されないというわけでもないのに・・・。
あぁ、最悪です。あのトリ頭今すぐ酒の海にでも溺れてくれればいいのに・・・っ」
「・・・・そんなところにぶちこんだら尚書の思うツボじゃないですか・・・」

翌日には全て飲み干して何もなかったように帰ってきそうだ。

「本当にそうですね・・・。
さて、貴重なものを見せていただいてありがとうございました」
「いいえ、欧陽侍郎も好きそうだなぁと思っていたのです。
こんなに目立つ物をじゃらじゃらつけて注意されないか一日中ひやひやしていました」

確かに下官のでは目立ちすぎる物がある。
しかし、その簪の価値が分かっていないのか、それとも初の女性官吏の扱いに困っているのかあまり服装についてあまり注意を受けない。

「別に目に鮮やかでいいんじゃないですか?私はそう思いますが」

玉はなんでもないように言う。実際装飾品については玉の方がじゃらじゃらしている。
そんな彼と並んでいればなんて些細なものだ。

「・・・では、私もその代わりといってはあれですが・・・。
先日素敵な簪を見つけたもので・・・」

そういって、棚の上にあった簪を玉は机まで持ってきた。
流石に彩家の物よりも豪華さにはかけるが、それでも凛とした輝きをもっていてそれ一つで存在感があった。
は、感嘆の声を上げた。
あまりに珍しい作りで思わず手にとって近くで見てしまう。
美術品を集めたり批評することについても二人は趣味があっていた。
こうして玉の自慢の品を観察するのもまたこの時間の楽しみである。

「こんなの見たことありません。
やはり、欧陽侍郎の情報の広さにはかなう人もいないですね」
「えぇ、まだ名も知られていない職人なんですが、きっとこれが市場に出れば相当の値段がつくでしょうね。
いい掘り出し物がみつかりました」
「是非その職人さんを紹介していただきたいものです。
私もこれ欲しいです・・・」
「なんでしたら差し上げましょうか?」

思いがけない言葉には顔を上げた。
玉の顔には滅多に見られない笑顔があった。
は簪と玉の顔を交互に見た。・・・・信じられない。

「・・・えっと・・・この簪を・・・・?」
「えぇ、吏部侍郎方と同じで私も使う人がいないまま埃を被せるのは勿体無いですから。
流石にこのように飾りの多いものは私では使えませんからねぇ・・・」

先ほども思ったが、この簪もそれなりに高価な物である。

「・・・そんな・・・では私もなにか・・・」
「いいですよ、”宣戦布告”になりますし」
「・・・・は?」

”宣戦布告”の言葉に が眉をひそめた。玉が何のことを指して言っているのか分からない。
玉はの後ろに回り、机に置いた簪を器用に挿していく。
どの簪もお互いに自己主張が出来るようにその配置にも気を配る。

「・・・あぁ、すいません」
「いいえ・・・」

玉はの髪をいじりながら言う。

「流石に・・・黄尚書が貴方を求められているのなら、引くことも考えますが・・・。
それ以外の方に貴方を譲るつもりはありません」
「・・・欧陽侍郎?」
「・・・この簪は”宣戦布告”・・・ということで・・・。
私は負けるつもりはありませんから。
たとえ彩家の方であろうとも・・・・」

出来た、という代わりにの頭を軽く叩いた。
各色に輝く簪の中に素朴でも存在感がある簪が加わった。
は後ろにいる玉の顔を見た。
少し笑みも混じる顔で玉は言った。

「・・・私は貴方のことを気に入っています。
この言葉、心にとどめて置いてください」
「・・・え・・・」

玉はの手をとり軽く口付けをする。
は、その動作を見て固まるしかなかった。
玉はいつもの表情に戻った。

「流石にこれ以上はしませんよ・・・
では、もう遅いので帰りなさい。明日も忙しいのですから」
「え、あっはい・・・・。
お茶・・・と簪ありがとうございます」
「いいえ、また来てくださいね」

は一礼して帰っていった。
玉はを見送り、長椅子にどかりと座った。

「・・・しかし・・・それなりに皆さんも目の付け所がいいですね・・・
それでこそ張り合いがあるというものですが・・・」

でも最後に自分が勝つ。負けるなんて考えられなかった。
夜もかなり更けてきたので玉も仮眠室へ向かう。
さて、明日から他の反応が楽しみだ・・・と身につけている宝石をとりながら玉はふわりと微笑んだ。
宝石はきらきらと月の光にあたり輝いていた。


   

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