冗官のクビ宣言から十日過ぎたころ、 は戸部で一人していた。
あまり一人でいることは好ましくないのだが、この散らかった室をそのままにして帰るのは後ろ髪を引かれた。
戸部の様子をちょっと覗くつもりだったのに、掃除する羽目になってしまっていた。
駄目だ・・・。中途半端な綺麗好きが仇に・・・ッ
それより、綺麗になった部署をみて明日きた皆がどういう顔をするだろうか。
それを考えると楽しくなってきた。

「こっちの山積みになっているのは多分府庫行きよねぇ」

は両手いっぱいに本を抱えて戸部をでた。
途中でどこからか二胡が聞こえてきた。
この音色は秀麗か・・・

「・・・『蘇芳』・・・珍しいわね、秀麗ちゃんが・・・。
どんな心境?」

身分違いの男女の恋の曲・・・・
・・・まさか・・・

「なーて・・・ねぇ・・・」

しかし、あの室に二胡なんてあったのか。仕事の終わりに秀麗の二胡を聴けるとはなんとも羨ましい連中である。
もその音色に聴き入っていた。
本を全て返し終え、帰り道。どこからかまた何かの音色が聞こえた

「・・・・?これは・・・」

氷のように冷たい旋律。冷えてしまった空気が切り裂くように震える。
同じ『蘇芳』なのにどうしてここまで変わるのだろうか。

「龍笛とは珍しい・・・葵家の・・・?」

確か御史台の長官がその家の生まれだったような気がする。
秀麗の『蘇芳』に御史台長官の『蘇芳』・・・これはもう何もない方がおかしい組み合わせだ。
そもそも朝廷にここ数年働いてきたがこんな龍笛の音は初めてだ。
秀麗のために吹いていると考えるしか・・・。
・・・・・。
・・・・・・・・。
まさか、だ。杞憂だ。杞憂過ぎる。
急に強くなった風に は髪を押さえた。
しかしその勢いは強く、さしていた簪が床に落ち、音をたてる。

「・・・あっ」

が取りに足を出す前にその簪は何者かによって拾われた。
その緩やかな波打つ髪は朔洵を思わせる。
月の光が写した彼は をみて、にこりと微笑んだ。
・・・朔洵にやる気を付け足せば、将来はこんな感じなんだろうか・・・と頭の隅で思わず考えてしまった。

「君のでしょう?」

簪を軽く持ち上げ彼はふわりと微笑んだ。
は明らかに高官であることが読み取れたので礼をとる。

「申し訳ありません、ありがとうございます」
「構わないよ、・・・うん、趣味の良い簪だね。
君は高価なものが似合うからねぇ、これくらい派手なものがいいよ。
よく似合っている」

の下官にはやりすぎな簪もこのように評価してしまう目の前の男はなんなんだろう。
玉みたいな宝石大好き系か、はたまた楸瑛のような女好き系か、ただそのようなことに無頓着なのか・・・
彼は簪を眺めて言った。
そしての目を見た。瞳の奥に、冗談ではないものが隠されていては警戒した。

「もらい物かな?」

ドクン、と心臓が高鳴った。

「・・・それは・・・・」

は言葉を濁した。
実際貰い物だが、ここで妙な噂を流されてしまえば、お互いにとって不利益である。

「・・・おや、言えないの?・・・彼氏かな?
大切にされてるね」
「あの・・・」
「私が付けてあげよう。じっとしていて・・・」
「・・・え・・・?」

否定する間も与えず、彼は に近づき髪を纏め上げた。
は目のやりどころに困りながらもそのままじっとしていた。

「あの・・・失礼ですがお名前を伺ってもよろしいでしょうか・・・」
「私の?晏樹だよ。そう呼んで」
「・・・晏樹・・・殿?」
「うん。そう・・・」

の癖のある髪を見事に纏め上げ最後に簪を挿す。
も手で触れてみたが櫛も使わずよくここまでできたものだと感嘆の声を上げる。

「結って欲しかったらいつでもおいで。
いくらでもしてあげるから」
「・・・いえ・・・そんな・・・」
「・・・龍笛が・・・やんだね・・・」

晏樹は静かにそういった。口元が微かに笑っている。
は横目で晏樹を盗み見した。
穏やかな雰囲気であるが、隙が無い。

「・・・そうだ、君、葵家の龍笛の技法が見抜けていたんだったよね」

独り言を聞かれていた事に、恥を覚えながら は晏樹をみた。

「詳しいの?」
「・・・昔・・・琴を習っておりましたので・・・それなりには・・・・」
「そうか、ではその髪のお礼に琴を聞かせて欲しいな。
『蘇芳』で頼むよ」

朝廷でも琴くらいは簡単に調達できる。
適当な室を見つけて、晏樹はさっと演奏できる環境を作った。
その手際のよさには唖然と見ているだけであった。

「・・・さぁどうぞ」
「・・・はぁ・・・・私の腕前で満足させられますかどうか・・・」
「楽器は人の心を映すよ・・・・」

弦に指を置いたの手がピクリと反応した。

・・・心・・・

心を落ち着かせて深呼吸をする。中途半端な弾き手と思わせたくない。
曲名『蘇芳』身分違いの男女の甘い恋の・・・

指が自然と動く。
目を閉じていた晏樹が顔を上げた。
・・・これは・・・

秀麗ほどの柔らかさはないが、濃い甘さは残している。
まるで包み込むような、しっとりとしたそんな曲調。
技術は完璧といってもいい。
ただ何かがかけている。

「・・・ありがとう、良いものを聴かせてもらったよ。」
「・・・お褒めの言葉・・・ありがとうございます」
「でも及第点とはいかないね」
「・・・え」

晏樹はどこからかぱっと桃を取り出した。そして に向かって投げる。
乱暴に扱っては潰れてしまう桃を器用に は受け取った。

「その桃の甘さを少し貰ってみてはいかがかな?
君には恋とか愛とかいうのが足りないみたいだから・・・」

そういって、晏樹は室から出て行った。

「・・・恋とか・・・愛ねぇ・・・」

その刹那が大切すぎて、そんなものに構っている余裕など今の自分には無い。
余裕で構えているつもりだったが、考えてみればいつもギリギリで精一杯で・・・
むしろ、まだ足りないくらいで・・・・
晏樹から貰った桃を眺めてため息をついた。

「・・・桃から甘さなんてもらえるかしら?」

ちょっと小腹もすいてきたので は素直にその桃を頂くことにした。

「・・・聴いてた?
あれが茈だよ。あんな弾き方をする子なんて中々いない・・・
本当朝廷って面白いねぇ・・・。一つの楽団ができそう」
「・・・・・。」
「おや、無言?
秀麗ちゃんにはあんなに厳しい評価をしたのに ちゃんには・・・」

皇毅が無言で晏樹を睨みつけた。
晏樹が面白そうに笑う。

「・・・ふふふ・・・
結構好みなんでしょ、あんな子。
無理しなくてもいいよ、皇毅とは長いこと付き合ってるからねぇ・・・分かるんだな。コレが」
「・・・戸部においておくのが勿体無い。
あれでは宝の持ち腐れだ」
「・・・え?」

晏樹は持っていた桃を落としかけた。
・・・皇毅にここまで言わせるなんて・・・ちょっとからかってみただけなのに意外と本気・・・?

「尚書とは真逆だな。
善の仮面は被っているが、中身は悪・・・」
「・・・オンナノコ嫌いじゃなかったっけ?」
「あれが女に見えるか?求めるものは権力のみ。
繋がる縁は全て自分が上にいくための道具。
いざとなれば全て断ち切る度胸と技量と冷酷さは備えているだろう。
あといざという時の矜持の高さも文句なしだ。
あれは清雅と張る・・・」

男であれば清雅以上に出世できただろう・・・・

『・・・・・・・。』

あっ、どうしよう。今ちゃんに凄い同情した。
今のまま御史台なんかに入ると清雅くん第二号になってしまう可能性大だ。
権力争いに巻き込まれ、偽り裏切り合って、そのまま落ちていくか頂点まで上り詰めるか二つしか選択肢がない世界に巻き込まれてしまう。
戸部にいた方が人間としてまだ幸せだ。

「・・・でもあの尚書大分ちゃん気に入ってるよ。
そう簡単に手放すもんじゃないと思うけど・・・
・・・君の下なら余計に・・・」

・・・嫌がらせもほどほどにしないと、こういうとき辛いよねぇ・・・
晏樹の視線に皇毅は我に返った。
しまった、油断しすぎていた。

「・・・べっ、別に私は・・・」
「・・・ふーん・・・」
「いいたいことがそれだけならさっさと出て行け!!
私は忙しい」
「・・・あー・・・そう・・・
じゃ頑張ってね。はい、桃おすそ分け」
皇毅の机において晏樹は手を振って室を出て行った。
皇毅は変わらない晏樹の態度にため息をつきながら、部下から回ってきた書類に目を通していた。

「・・・茈・・・」

――王家争い後貴陽に出現、それ以前不明・・・
清雅から回ってきた報告書だ。
御史台を持って不明なことなどほとんど無いはずなのに・・・
確かに気になる娘である。これほど不明な点があって国試に及第できるということは相当な後ろ盾が無いと不可能だ。
黄奇人だけではこんな芸当できまい・・・
晏樹にあんな事を言われてしまった手前、会いに行くのも癪なのだが・・・

「すいませーん・・・」

奥の方から女の声が聞こえた。
秀麗はおそらく帰っただろうから、消去法でということになる。
妙な偶然に皇毅は一瞬席を立つのを躊躇った。
は御史台の大きな扉の前に突っ立っているしかなかった。
流石に入るのは問題だし・・・でも今もっている書簡を届けてしまいたいし・・・
外から見れば灯りはついている。誰か中にいるのだろうが・・・無視か・・・?

「・・・あの〜っ、戸部の者です」

扉が動いた。

「夜遅くにすいません。
戸部の書簡を・・・」

は出てきた人物に言葉を失った。
旭日と桐花のあわせ紋。
・・・御史台・・・長官っ!?葵・・・皇毅?
何故、こんな侍僮同然の官吏の対応に長官が出てくるのかにはさっぱり分からなかった。
皇毅はじっと を見下ろした。
冷たい値踏みされるような視線。
一瞬引きそうになったが、ぐっと堪えて はその場に踏みとどまった。

「・・・このような夜分に何用だ」
「・・・戸部より書簡を届けに参りました・・・」

皇毅はぱっと の手から書簡を取り、ふんと鼻を鳴らした。

「戸部の長官はこんな時間まで仕事をしろというのか・・・迷惑な話だ」
「・・・・え・・・」

思いがけぬ言葉には言葉を失った。
これが・・・御史台長官・・・

「より多くの仕事をやればいいというものではない・・・
紅黎深も問題だと思うが、あれもあそこまでくれば病気だな・・・」

扉が閉まる。
は我を取り戻し扉の間に咄嗟に手を挟んだ。
皇毅が微かに目を見開く。

「・・・お待ち・・・ください・・・」
「・・・なんだ?」
「・・・この書簡は・・・・私の独断で配りました。
戸部尚書は悪くありません・・・・」
「ほぅ・・・かばうか?
そこまで奴に入れ込んでいると見える」

そのいわれようにはカチンときた。
ぐっと顔を上げて皇毅を見据える。

「かばっておりません、本当に私が勝手にやったことでございます。
別に入れ込んでなど・・・
・・・・
・・・尊敬できる方を尊敬できるといって何が悪いのですかっ!?
自分の大好きな人を悪く言われて平気でいられる人のほうがおかしいです」
「ここがどこか分かっていての発言か?
もう少し頭の良い奴だと思っていたが・・・・とんだ愚か者だな」

失笑がもれる。
確かに今の発言はあまり良いとは自分でも思わない。
自分は自分の地位を一人で保てるところにはいないし、対峙しているのは正三品上。
鳳珠や黎深でも敵わない相手。
その人に喧嘩を売ったということになるのだ。
勿論、鳳珠の立場にも後に影響することになるかもしれない。

「・・・それでも・・・、人には引けない一線はあります」
「愚かだな・・・
お前の言葉一つで周囲に甚大なる被害を与えることに・・・」
「その時は少々力づくですが守ってみせます」

そう言い切ったに皇毅はうっすらと笑みをみせた。
のその瞳がはったりでないことを示している。瞳の奥には薄暗いものが蠢いている。
そこらの下官がこんな大層なこと言い切れるはずがない。今の清雅でも無理だろう。
清雅がを調べろと言ってきたのは正解だったようだ。
この女、裏に何が潜んでいるか分からない。

「・・・では失礼します」
「・・・まて」

腕を掴まれ、は引き戻される。

「・・・はい?」

そのまま御史台の室の中へ入れられた。
・・・ちょっ・・・ここって普通の官吏が入っちゃいけないのでは・・・

「あの・・・私は・・・・」
「かまわん」
「・・・あとで妙な疑いかけられたとき、無理矢理押し倒されたっていいますよー・・・
・・・へっ・・・」

足を払われて視界が反転した。
背が壁についたと思えばそれは、長椅子で目の前には皇毅の顔がある。
・・・・この状態・・・・

「・・・あのー・・・何かの冗談では?」
「私が冗談を言うようにみえるか?」
「イエ・・・」

でも鳳珠も冗談を言うようになってきたのだから、ありえなくもないなー、と頭の隅で思う自分がいた。
人ってたまに分からない。

「・・・お前が御史台にくるのであれば先ほどの発言無かったことにしてやる・・・」

まさか、御史台長官に気に入られているとは思わなかった。
結構厳しい人だと思っていたが・・・
評価されていたことについては悪くは思わないが・・・
・・・きっと自分の評価どころは多分裏の・・・
御史台でドロドロの権力争いが繰り広げられていると聞く。
自分をそこに放り込もうとしているのか?
多分・・・期待されているのだろうが・・・。まぁ落ちたら落ちたで厄介払いできるのだろうし。

「あと黄鳳珠もいじらずにしておこう・・・どうだ?安くはないだろう・・・?」
「・・・それは・・・
・・・・・・。
・・・・それと今のこの状況って何か関係が?」
「お前の誠意を見せてもらおうと思ってな」

・・・冗談じゃない。
誠意って、あんた・・・・。請けても断っても道は一緒じゃないか・・・ッ!!

「さて?どうする・・・」

皇毅は不敵な笑みを浮かべた。


   

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