髭をすき放題に伸ばした、熊のような大男が貴陽に入ってきたのはある朝のこと。
門にいる武官に安くて美味しい飲食店の場所を聞き、人懐っこい笑みを残して去っていった。
熊男は日差しを浴びて大きな伸びをした。

「やっぱ貴陽はでかいなー」

懐にある文とあるものを確認して、熊男は王城に向かって歩き出した。


嵐のように突然に


久しぶりの公休日には街にきていた。
時刻はそろそろ正午となる。
そろそろお腹もすいてきたところであるし、の足は自然と飲食街へと進む。
休日の飲食街は当然のように混んでいた。
は人の間を器用に抜けながら、それぞれの店を物色していった。
久しぶりの街なのだし、安くて美味しいものを食べたい。

「・・・なにあれ・・・」

一軒の店の前に人だかりができていた。

何か催し物をしているらしい。なにやら歓声も聞こえる。
もその熱気に誘われ、その人垣の中に入っていった。
輪の中心に入ると、中では大食い競争をしていた。
しかも、優勝者の食べた分の飯は無料らしい。
大漢達が必死に食器を開けている中、一人まだ小柄といえる男が大皿を高く持ち上げた。

「おばちゃん、お替り〜」

は、その人物を見て言葉を失った。
どうみても、知り合いにしか見えない。しかし彼は茶州で元気に官吏をしているはずだ。
普通に考えると、ここで大食い大会に参加しているわけがない。
そのうちに、カーンと鐘がなり、終了の合図が告げられた。

「優勝者、飛び入り参加、茶州から来た浪燕青ーー!!」

・・・えー。
人々の熱気が最高潮になる中、だけは徐々に冷めていった。
っていうか、何してんのーっ!?
人々の歓声に応えている燕青だったが、人ごみの中からを見つけたらしい。
こちらに笑みを向けて、手を振っている。
も手を振り替えした。
燕青は、店の人に礼を言って、こちらにやってきた。

「久しぶりだな、
「えぇ・・・っていうか何しにきたの?」

の問いに燕青はガクッと肩を落とした。

「えっ、久しぶりの再会に喜んでくれないわけ?
姫さんなんて感動の再会とばかりに抱きついてくれたのに・・・」
「マジで・・・?静蘭殿いなくて良かったわね」
「・・・・まぁ・・・うん、そうだな」

感動の再会とばかりに笑顔で短剣を投げつけられそうだ。命が幾つあっても足りない。
人々が散り散りになってきたところで、達も歩き出した。

「お昼食べちゃったのね。私今からなんだけど・・・」
「大丈夫ーまだ入る」

は苦笑した。

「付き合ってくれるなら、奢るよ」

燕青の目が輝いた。
人が見ているだけで気持ち悪くなるほど食べておいて、まだ入るのか奴の胃袋は。

「本当っ!?いやー、太っぱ・・・」
「・・・・一回蹴っておいた方がいいかしら?」

・・・女の子には使ってはいけない、燕青はそんな微妙なお年頃を学んだ。
適当に店を選んで入る。席についてから思ったのだが、手持ち分だけで足りるだろうか・・・。
簡単に注文して、出てきたお茶で喉を潤す。

「・・・茶州でなんかあった?」
「・・・?別に、平和だけど・・・
あぁ、影月と香鈴嬢ちゃんなら相変らずだけどな」
「いや、そんなことを聞いているわけではなく。
何で燕青がわざわざ貴陽に来るのよ。何か報告したいことがあるのなら文でいいじゃない」

いいながらは自分の中で否定した。
秀麗や悠舜が茶州を中途半端にしたまま戻ってくるはずがない。
更に今の州牧は櫂瑜殿。問題なんてあるはずがない。
燕青は、うーんとうなった。

「俺もなんかよくわかんないんだよねー。
主上も悠舜も茶州のこと気になってるんじゃないかなーって櫂瑜殿が文を俺にくれたんだ。
俺も普通に送れば良いじゃんって言ったんだけど、なんかその辺納得した答えを返してくれない上に・・・・
最後には自分で考えなさい・・・と。意味わかんねぇだろ?」

要するに休暇か?はそう解釈した。
しかし、貴陽にきて一、二日したらまた茶州に戻らなくてはいけないだろう。
どこが休暇だ。普通に考えると嫌がらせに近い。

「そういや、彰も貴陽に来てたんだっけ?」
「えぇ・・・全商連を見に来たって言ってたけど・・・」
「何か貰わなかったか?」
「・・・あぁ・・・簪を・・・・」
「ふーん・・・・」

燕青は何かを考えたらしく沈黙した。何かいけないことでも言ってしまったのだろうか。
そのとき、料理が運ばれてきて話は中断となった。

「うん、美味しかった!」

料理の味に満足してはかなり気分が高揚していた。
調子乗って杏仁豆腐も頼んでしまった。
会計を済ませ、店を出る。

「で、朝廷に行くの?
私途中まで付き合おうか?」
「ん〜、まぁ積もる話もあるし、迷惑でなければ頼もうかな。
実は紫州に行くっていう連絡してなくて・・・」
「・・・全く・・・」
「あと・・・その・・・」

珍しく燕青の歯切れが悪くなる。は後ろを振り返った。

「どうしたの?
お腹でも壊した?流石に鋼鉄の胃袋でも暴食は体に悪いわよ」
「いや、そうじゃなくて・・・」

燕青は懐から、高価な桐の箱を取り出した。
は差し出されたそれに首を傾げる。

「・・・何?」
「・・・これ・・・受け取ってもらえるかな・・・
そのーたくさん持ってるとは思うんだけど・・・しかも綺麗なやつ・・・」
「私に?」
「あぁ・・・。まぁ藍将軍とか彰とかには敵わないと思うだけどさ・・・」

は柄にもなく照れている燕青に微笑ましさを感じた。

「ふふ、ありがと・・・」
『泥棒よー!!捕まえてーーー!!』
『・・・・ん!?』

と燕青の間を一人の男が突っ切っていった。
突然のことに二人は呆気にとられて泥棒らしき男を見送ってしまった。

「・・・何・・・泥棒・・?」
「そうらしいな」

燕青が棍を肩に担ぎ上げた。

「いっちょ正義の味方といきますか」
「・・・それは良いけど・・・箱は?」

の言葉に燕青が固まった。

「あれ?が受け取ってくれたんじゃ・・・」
「私持ってないわよ。その前にあの男が突っ切っていったじゃない」
『・・・・・・。』

二人は顔を見合わせた。一秒の沈黙が流れる。
そして二人は同時に駆け出した。
幸い燕青のおかげで男の位置は把握でき、何とか追いかけることができている。
しかし、この人通りの多い道路ではすぐに見失ってしまう。

「あん野郎・・・ッ、俺の給料二ヶ月分・・・ッ!!」
「二ヶ月っ!?どんだけ金かけてんのよ」

貰いにくくなったじゃない。

「あぁ、・・・彰に絞り取られてるからそんなたいした額じゃないけどな」

余 計 貰 い に く く な っ た わ ! !

そんな突っ込みは心の中にしまっておき、角を曲がる泥棒を確認した。
このまま逃げ切られてしまうのは癪である。

「燕青、肩借りるわよ」

は軽く道端にあった樽を踏み台にして、燕青向かって跳躍した。
そして燕青の肩を使って、隣の家の屋根に着地した。

「おお、かっこいい!」
「お世辞は良いから三つ目の角を左よ!」
「りょーかい。」

二手に分かれて二人は疾走した。
逃げ切ったと思ったのか、男は歩き始めた。
は男と並んだところで屋根から飛び降りた。
その時燕青が角から顔を出した。

「見つけた!!
俺の給料二ヶ月分返してもらうぞ!!」
「・・・チッ」

男が舌打ちして走ろうとした瞬間、脳天に強い衝撃が走った。

「・・・・素晴らしい・・・」
「フン、どんなもんよ」

燕青は心からの拍手を送った。
お手本にしたいほどの、見事な踵落としてであった。

「さて、桐の箱と盗んでいった物を拝借・・・」

と燕青の動きが止まった。

「・・・、ちょとばかし動くなよ」

棍を握りなおした燕青にはゆっくりとした動作で立ち上がる。

「冗談じゃない。
ここまできたら私も暴れさせてもらうわよ」

本気の声音に、冗談ではないことを燕青は悟った。

「あちゃぁ・・・そんなにかっこよくなってどーすんのよ。
俺にも少しいいとことらして?」
「嫌。ここまできて暴れないで帰るなんて阿呆みたい」
「・・・さいですか・・・」

完全目が据わっている。
やる気のを止める術を燕青はもっていなかった。
反論しようものなら自分まで地に沈められてしまうような気がする。
すでに、十人ほどに囲まれていた。
はすっと立って、口元に笑みを浮かべた。

「さぁ、誰でも良いからかかってきなさい。
全力疾走して丁度準備体操も終わったところだし・・・」

男達が一斉に飛び掛ってくる。
燕青は棍を器用に使い一気に三人を地に伏せる。
も素手で順序良く地に沈めていった。
全てが終わるのにそう時間も掛からなかった。

「・・・さて、あとは縛って武官に届けて終了ね」
「その前に簪〜っと・・・」

燕青が器用に男の懐を探った。
盗まれた財布らしきものも見つかった。

「・・・はい、改めて」
「簪だったのね・・・」

は受け取って蓋を開ける。
そこには綺麗な硝子細工の簪が入っていた。

「綺麗ーっ。ありがとう」
「喜んでくれりゃなによりだ」

は早速取り出して、簪を新しく髪につけた。
硝子独特の輝きを放っての髪の上で輝く。

「・・・で、実はなんで簪あげるかよくわかんないんだけど・・・
何で?」
「・・・は?
なんのこと?」

財布を持ち主に返し、二人は朝廷に入った。

「お久しぶりです、燕青。
全く文もよこさずにのこのこと・・・」

燕青を待っていたのは、有無を言わさない笑顔の悠舜であった。
元気そうでほっとしたが、その笑顔を見ていると何故か息苦しい。

「・・・えっ、悪かったよ悠舜・・・。
ちょっと休みが短かったもんだから文書く時間なんかなくってよ・・・」
「まぁ、そのようですね。
櫂瑜殿も影月くんも彰も元気で良かったです。凛も心配していましたから・・・・」
「あぁ、彰も凛のこと気になってたようだぜ」
「ならばとっとと国試に受かることですね。
あぁ、案内ありがとうございました、殿」
「いえいえ、たまたま飲食街で会ったものですから・・・」

悠舜はの髪に光る物を見つけた。
それは、普段がつけている物とは少し違う。

「・・・はて、燕青・・・
まさか貴方・・・ふーん・・・そうなんですか・・・」
「・・・?なんだ悠舜・・・」

その時、宰相室の扉が叩かれた。
そして一拍後に扉が開けられる。

「悠舜、今良いか?」

ひょこっと扉から飛び出したのはこの城の主、劉輝であった。
珍しい客に劉輝は眉を潜めた。しかしその髭面には覚えがあった。

「・・・燕青?・・・燕青かっ!!
懐かしいな、いつ貴陽にきた?」
「おぉ!主上?
あんたも変わりないな」

とは違い素直に抱きついてくる劉輝に、燕青は犬だなーという正直な感想を持った。

「元気にしておったか?
櫂瑜殿は?影月はどうしておる?」
「二人共元気だよ。
主上が、うまく采配してくださったこと本当に茶州一同感謝している」

素直な礼の言葉に劉輝は言葉に詰まる。
まだ闇雲に目の前のことをこなすだけしかないが、このように感謝されると嬉しくて仕方ない。

「そなたは良い事言うなーっっ
・・・ん、もいたのか」
「こんにちは、主上」

劉輝はの頭にある見慣れない簪に目がいった。
これは・・・

、その簪は・・・」
「あぁ、燕青がくれたんですよ、綺麗でしょう?」
『・・・・・・・。』

劉輝の表情が固まった。
感情の高ぶりが一気に冷えていく。出てきた涙も止まった。

「・・・・燕青が・・・?そなた・・・」
「・・・はい、どうしました・・・?」

敵か・・・こいつも敵か・・・・
劉輝はさっと、燕青と距離をとった。
事情を知る悠舜は一人でにこにことその光景を見守った。
こういうのは外野が一番楽しい。
燕青は何か嫌な予感がした。先ほどから何故の簪に反応する?
自分はただ櫂瑜に茶州を発つ前に、

『女性に会うときは贈り物を持っていったほうが喜ばれますよ。
そうですねぇ、手始めに簪なんかどうですか?毎日使うものですし何個あっても良いものです。
勿論、分かっていますね。その人の好み身分性格にあったものを選ぶのですよ』

女性を落とすことに関して百戦錬磨の櫂瑜に言われたのだ。頷くしかない。
燕青は後悔した。普通に食べ物の方が良かったかもしれない。

「じゃ、また改めて来るけどいいか?悠舜」
「むしろ、私の邸にきなさい。
どうせ泊まるところは決めてないのでしょう」
「まぁ最終手段は姫さんちと思ってたけど・・・・
お言葉に甘えてそうさせてもらうわ。
じゃ後でな」
「私も失礼します」
「あぁ、燕青の案内ありがとう」
「いえいえ、このくらい苦にもなりません。」

と燕青は跪拝をして出て行った。
劉輝は恨めしそうに見送った。

「気になりますか?主上・・・」
「当たり前だ!!
まさか燕青までも・・・・っ」

多分、本人は分かってないだろうと思うが・・・悠舜はそう思ったが口には出さなかった。
もしも、ということもあるし、気付いてないとは十割言い切れない。
そしてその心の内にも。
勿論、気づいていない方に金百両賭けるが。

殿もかなり理想高いですよ」
「そうなのだ・・・。だからこそ気が気ではないのだ・・・。
が結婚ってことになると・・・くっ・・・・」

結婚式に乱入してぶち壊したい衝動に駆られる。
悠舜はその雰囲気を笑顔一つで一掃した。

「まぁ殿のことはどうでもいいとして・・・
ところで主上御用時とはなんでしょう?」

・・・どうでもいいって・・・。
あまりにもきっぱり言われ劉輝は反論する気も失せ、本題に移った。

久しぶりに見る朝廷は燕青にとってはまだ知らないところだらけであった。
夏に戸部で働いた時結構見て周ったつもりだが、まだまだ知らない場所がたくさんあった。

「本当迷子になりそうだな、こりゃ。
李侍郎さんのこといってられないや」
「あの人は特殊よ。
大体分かるでしょう。中心に大きな建物があるから迷った時はそれを目印に現在地を把握するの」
「・・・なるほど・・・」

の案内で朝廷のいたるところを見せてもらった。
たまに隠し室があったりして中々面白い。

「朝廷って楽しいな」
「えぇ、奥深いものがあるでしょ?
・・・燕青は・・・地方止まりって事ないよね・・・」
「・・・・ん?」

はまだ自分が国試を受けることを聞いていないのだろうか。
は振り返り、燕青を真っ直ぐに見た。

「貴方とは茶州でちょっと会っただけだし・・・あと他にも少し話しただけでまだ実力とかわかんないんだけど・・・」
「うん・・・」
「秀麗ちゃんや静蘭殿から燕青の話を聞いてると、凄い一緒に仕事してみたくなってきた」

燕青は驚いた。
一部では敏腕と称されているからそこまで期待されているとは。

「俺と仕事〜?多分の場合胃に穴が開きそうなくらい面倒だと思うぜ?
悠舜からも聞いてるだろ?」
「・・・胃に開いたときにはちゃんと薬持ってきてくれるんでしょう?」

それが彼だ。
どんなに無茶なことをしても相手を気遣うことを忘れない。
そんなの笑顔に燕青は一瞬ドキリとした。
・・・これは・・・

「本当、ここで待ってるから。
だから・・・国試受けて!燕青が受からないはずないからっ!」

燕青はその言葉に苦笑した。

「・・・・はは、国試は・・・今受けようと勉強中。
姫さんが頑張ってるのみて俺もちょっとやってみようかなって・・・」
「本当っ!?
じゃあ必ず戸部にきてね。待ってる!!」
「・・・・え・・・・」

戸部・・・・?
もしかしなくても、働き手募集中なのだろうか。
っていうか、戸部の助っ人として期待されていたのだろうか。
少しでもときめいた自分が悲しくなってきた。
静蘭なら「当然です」と爽やかにのたまってくると思うが・・・

「ねぇ、戸部の一員として待っててくれるわけ?」
「別に?
一人の男として待ってて欲しかった?」

が意地の悪い笑みを浮かべ、手を伸ばした。
そして燕青の好き放題に伸ばされた髭を思い切り引っ張る。

「いてててっ・・・
ちょっ・・・本気でやめて。痛い。泣くぞ!」
「一人の男として待ってて欲しければまずその髭綺麗に剃ってくる事。
今の恰好なんて問題外よ・・・」

確かにそうだ。
これに関しては櫂瑜からも何か突っ込まれそう・・・というかお見通しのはずで帰ったら何か嫌味のひとつでも言ってくるはずだ。
燕青も目を閉じ深呼吸をして、心を落ち着けた。
何かが吹っ切れた。

「分かった。
の前に立つ時は、一発で落ちるようなかっこいい美青年になってきてやるよ」
「言ったわね。
その時は一人の男として・・・見て・・・・」

それって・・・
の方はまだ、その言葉の意味に気付いていなかったようだ。
少し考えた後言い直した。

「燕青にその気があるなら見てあげてもいいわよ。
・・・・とにかく待ってるから。
あと、簪ありがとう。大切に使う。凄い気に入った」
「それは良かった。
硝子だから落とすなよ〜。俺の心も砕けちゃうから」
「流石に引くわよ」
「・・・・いや今の発言は悪かった」

二人は顔を合わせて、笑い出した。
燕青相手では真面目な雰囲気は長時間持たないようだ。

「なんかお腹すいたかもー。
甘味屋行くわよ」
「いいね、それ!奢りで」
「阿呆言ってんじゃないわよ。
普通男が払うもんでしょ・・・・」

まだ見ぬ未来に一人の宣戦布告者がまた一人名乗りを上げた。

   

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