花の蕾が膨らみ始めたこの季節。
庭を白く染めていた雪も消え、新しい命が芽吹き始める。
柔らかな日の光が大地を照らす。
新しい季節が始まろうとしていた。


来たれ!安息の日々
〜願うだけ無駄なことは分かっている〜


最近は戸部の仕事も落ち着いてきて、正々堂々と公休日が取れた。
しかし、鳳珠が調べ物をしたいと朝廷に出仕している故、も付き合うことにした。
同居人の上司が出仕しているのに部下、しかも下っ端が休むわけにもいかない。
雑用のすることは山ほどあるので、暇をもてあますことはないのだ。
朝の冷たさもやんわりとなくなり、身体も温まってきた頃ふと鳳珠の手が止まった。
そして、床についた墨をこすっているに声をかけた。

「私に付き合って出仕する必要はないぞ」

は床を拭く手を止めて顔を上げた。

「いえ、どうせ暇ですし。
早めに墨をとっておかなければ、次に取る時大変でしょう。
あと他にも補充しなくてはいけないものも沢山ありますし、要らなくなった書類を処分しないといけませんし・・・
雑用なら山ほどあるんですよ。
今しておけば次から楽ですし・・・」

嫌な顔をせず本心でそういう に鳳珠は苦笑した。
これでも気を遣ったつもりだが、逆に気を遣わせてしまったような・・・
好きにさせておこう、と鳳珠はまた筆を進めた。

「・・・今吏部が忙しいようだな」
「えぇ、そのようですね。
昨日時点で既に半分が半狂乱状態になっております。
恐らく徹夜しているでしょうから、今日は残りの半分も正気を保っていられるか・・・」

各部署の修羅場を潜り抜けてきたの的確な予想が返ってきた。

「手伝いに行くか?」
「・・・そう・・・ですねぇ。
命令でしたらなんなりと」
「命令でなかったら?」
「それでも・・・行きますけど・・・」

珀明のことも気に掛かるし・・・。と は昨日ぼろぼろになりながらも仕事をしている珀明のことを思い出した。
自分が修羅場の時もあんな風に見えているのかと思うとなんだか心中複雑だ。
本当に吏部の官吏達は死にそうだし、手伝ってあげないと悪い気もする。

「・・・では、行って来い。
黎深に定時に帰らせてもらえるよう言っておく。
あと奴の給金から特別手当も のところに下ろしておくから・・・」
「えっ、そんな・・・駄目なのでは・・・?」
「少しくらい引いたところで奴は気にしないだろうし、給金がなかったところで困る身分でもなかろう」

そもそも奴に給金を渡すこと自体間違っているような気がするのは気のせいか?・・・・気のせいじゃない。絶対。
そう自問自答しながら鳳珠は の方を見た。
鳳珠の言葉を本気にしたのか、 の目がうろついている。

「・・・冗談だ。でもそれなりの礼はさせるから・・・。
行ってこい」
「御意に」

は雑巾を片付け吏部に向かった。
の背を見送って鳳珠は筆をおいた。
自然にため息がもれる。
・・・一応、打てる手はできるだけ打ってある・・・・
もう少し時間が必要だったが、今のところ効果はないわけではない。
悠舜が戻ってきた。宰相に任命されたときとんでもないことをのたまってくれた。
秀麗が戻ってきた。今は謹慎中だが、それがとけたら・・・・いや、とける前に。
鳳珠は仮面を外した。
垂れてくる髪を一気に後ろに掻き揚げ、後ろの窓から庭を見下ろした。
こちらとて、せっかく手に入れた華を簡単に取られてしまうわけにはいかない。

「・・・全てが理解の範疇で起こってくれることを祈るしかないか・・・」

窓から見ていると偶然宰相の執務室が見えた。
中に人がいるらしい。
・・・悠舜も来てるのか・・・。
鳳珠は机案の上にある書類を眺め、ふむ、と少し思案した。
後で訪ねてみるか・・・


吏部に向かう最中にも、数人官吏にすれ違った。
皆、顔がやつれ、目が充血している。まさに鬼。悪鬼巣窟の名は伊達じゃない。
に自然と焦りが生まれ、足は早歩きから小走りになった。
そろそろ手伝ってあげないと、吏部が破滅する。

すると前方からふわふわしたものがこちらへ向かってくる。
は目を輝かせた。
”うーさま”!!
最近主上の嫁問題に躍起になっていて、良く遭遇するのだ。
あのヒゲとか髪とかふわふわしていて思わず抱きしめたくなる衝動に駆られる。
脇を駆けていくうーさまに跪拝をとり、その背を見送った。
・・・うーさまも大変だけど、兄上も大変よねぇ。
うーさまの影に怯える姿は何度も見ているが見るたび哀れに思えてくる。
は気を取り直して、歩き始めた。今はお世継ぎ問題よりも吏部。
せめて屍にならないくらいにしてあげなくては・・・
すると、前方から見慣れた顔が走ってくるのが見えた。

「あっ、珀明。おはよー・・・・」

珀明も吏部官吏達と同じ、顔がやつれ、目が充血していたが、の顔をみると目がギラリと光った。
の笑顔が固まった。

「・・・え・・・?」

明らかにいつもの珀明じゃない。
珀明は更に走る速度を上げての前に来た。そして持っていた書簡も全て落としての肩をつかんだ。

、お前今暇か?」
「大丈夫、今から吏部のお手伝いに行くから〜。
少し楽に・・・」
「ちょっとこい」

の話が終わる前に珀明が の腕を掴んで、庭の茂みまで歩いていった。
何か様子がおかしい。
茂みまで来ると珀明は周囲を見渡し、しゃがむように指示した。

「・・・え・・・どうしたの?」
「お前、吏部には行ったか?」
「いや、今から行くところだけど・・・」
「お前が来ること、誰か知っているか?」
「今のところ黄尚書しか知らないと思うけど・・・」
、頼みがある」

顔の前でパンと珀明は手を合わせた。
は、唖然として珀明をみた。


「冗談抜きで本当にヤバいんだ。助けてくれ。
一生の願いってやつでもいいし、お前の我侭なら何でも聞いてやる。
欲しい絵でも、宝石でも、楽器でもなんでも碧家から取り寄せてやるから頼みを聞いてくれ!!」
「・・・え・・・っと・・・
別にそこまで頼まなくても、吏部に今から行くって・・・・」
「吏部じゃない!!」

珀明はガシッとの肩を掴んだ。

「本当、お前しかいないんだ。
碧家のためにも頼むッ!」

・・・・碧家?

「何があったかは知らないけど・・・。
碧家ってかなり秘密徹底主義なんでしょ?良いの・・・?私で・・・
っていうか吏部の方は・・・」
「今は吏部よりこっちだ。仕事は僕がなんとかする。
黄尚書にもついでに怒られてやるから。
七家や貴族に属していないお前にしか頼めないんだ。
かといって他の奴には他言無用。口が裂けても話すなよ」

は、ごくりとつばを飲み込んだ。
そこまでして珀明の頼みたいこととはなんだろう。

「で、なんなの?その頼みってのは・・・
そりゃ私の限界ってもんもあるけどね・・・」

珀明は少し間をおいていった。

『人を探して欲しい』
初めて、サボりということをした。
そもそも今日は公休日でもともと休みだったし、サボりではないのかもしれない。
鳳珠と吏部に申し訳なく思ったが、珀明があんなにも必死で頼んでいたので断りきれない。

「しかし、珀明にお姉さんがいたなんてねぇ・・・。
龍蓮まではいかないけど問題あり・・・ってどういうことだろ・・・」

その割には珀明は真面目に育ったと思う。
いや、楸瑛もまともに育っているしそんなものなのだろうか。

は手始めに珀明の家と玉の家を訪ねたみた。
しかし、それらしき来訪者は見つからず自体は振り出しに戻った。

「やっぱり人が集まるところ・・・といったら下街よねぇ。
こういう噂は、秀麗ちゃんか胡蝶姐さんに聞いてみたほうが良さそうかも」

夕食は秀麗にご馳走になろう、そう勝手に決めは花街に足を進めた。
後ろの方でなにやら喧騒が起こっていたが、はそのまま足を進めた。

「あれ?・・・・慶張ではないですか?」

商店街で見たことをある顔を見つけ、は声をかけた。
慶張と呼ばれた青年は振り返り、の顔を見てぎょっとした。

「・・・・・・・・」
「お久しぶりです。お仕事中ですか?
っていうか名前覚えてくださったんですねぇ。光栄です」
「忘れるわけもないだろ・・・というか、忘れたくても忘れられねぇよ。
目が合った瞬間包丁投げてくる女なんて・・・
おかげで一週間あの悪夢にうなされ続けたんだぞ・・・」
「いやだってあれ、貴方も悪いのよ・・・」

二人の出会いは最悪だった。
夕食の日、秀麗の変わりにご飯を作っていたの元へ、秀麗が帰ってきたのかと思い勝手に邵可邸に入り込んだ慶張がいた。
は慶張を泥棒と勘違いし、手に持っていた包丁をそのまま慶張にぶん投げた。
包丁は慶張の髪二、三本を奪い、そのまま後ろの柱に突き刺さった。
本気で戦闘体制に入り、慶張向かって大きく跳躍した。
その時偶然入ってきた静蘭によってこの場は丸く収まった。
ちなみに の蹴りは慶張の顔面すれすれで止まっていた。
少しでも動いていれば、今頃鼻がどうなっていたか分からない。
慶張に言わせれば、絶対静蘭はこうなることを予測し自分が家に入ってくるのを黙ってみていたんだと思う。
助けに入るタイミングが絶妙すぎた。

「・・・あの時は本気で死ぬかと思ったぜ・・・」
「だってせっかく留守を預かっているのに泥棒なんて、邵可様に合わせる顔がないじゃないですか。
そういえば、秀麗ちゃん今帰ってきてるよ。会った?」

秀麗の名前を出した瞬間、慶張の顔が一気に青くなった。
は地雷を踏んでしまったことに気づいた。

「・・・えっと・・・何かあったの?」

慶張は無言での手を掴んでずんずん歩き、近くの甘味屋で座らされた。

「・・・奢るから少し時間をくれ」
「・・・はぁ・・・」

今日は何やら頼みごとをされるようだ。
は店のお姉さんに『果物盛り合わせ(特大)』を頼んで慶張の話を聞いた。
果物の〜が半分無くなったところで慶張の話が終わった。
は旬の苺をほおばりながら頷いた。

「よーするに、秀麗ちゃんに結婚を申し込もうとしたところに、変なタヌキ男が現れて秀麗ちゃんにガツンと結婚を申し込んだと。
結婚を申し込むタイミングを失ったどころか、胡蝶姐さんのところに言って更に秀麗ちゃんにきつい事を言っちゃったわけね。」

慶張のかなり話は長かったが、 の要約は十秒で終わった。
慶張は力なくこくりと頷く。自分で蒔いた種だが、かなり後悔しているらしい。

秀麗争奪戦に新たなライバル登場か・・・。
そう思いながら蜜の掛かった蜜柑を食べる。・・・・美味。

「・・・で、誰なの?そのガツンと求婚に来た男は」

は匙をビシッと慶張に差し向けた。

「・・・確か・・・榛蘇芳・・・とか言ってたかな・・・」
「・・・榛・・・蘇芳?
誰それ。聞いた事無い」
「は?朝廷で働いているって言ってたぜ。
官吏じゃないのか?」
「朝廷で働くっても上から下まで色々あるわよ。
男ばっかだし・・・。数も半端ないし・・・部署も色々あるしね。
私は主に尚書省管轄しか動いていないから・・・」
「・・・そうか・・・」

落ち込む慶張には笑って肩を叩いた。

「大丈夫だって。
当分秀麗ちゃん結婚する気ないみたいだし・・・
兄・・・静蘭並みの美形から好きと言われてもやんわり断られたし、お正月にはお見合い申し込みが殺到したとか・・・
・・・・あ・・・・」

慶張はゴンと机に頭をぶつけてそれから動かなかった。
は激しく申し訳ないことをしたと心から反省した。
まぁ・・・
ぶっちゃけた話、秀麗と結婚するのは自分の兄だと思っているから正直応援は出来ないけどね!!

「まぁ、そう落ち込みなさんなって・・・。
その一言で秀麗ちゃんも考えさせられることあるって。何言ったかは知らないけどさ。
ほら、これでも食べて元気だしなさいよ」

は苺をすくって慶張の前に差し出した。
無理矢理食べさせて、は席を立った。

「そういえば私も用事があるからこの辺で。
榛蘇芳って人のことは調べておくわ。果物盛り合わせのお礼にね」
「・・・あぁ・・・」
「残り食べて良いよ。美味しいから。
まずは頭冷やして秀麗ちゃんをくらっとくる良い台詞でも考えてみたらどう?」
「・・・なぁ、・・・一つ聞いても良いか?」
「何?」
「・・・別に答えたくなかったら答えなくてもいい・・・。
お前って結婚する気ある?
・・・いや恋とかするきある?」
「ない」

きっぱり答えたに慶張は言葉が出せなかった。

「・・・・・・・。」
「・・・今の私では、重荷にしかならないからね・・・
今結婚したとしても相手に害しか与えないわ・・・
せめてもう少し官位をもらい、認められるまで結婚は無理ね。
それ以前にする気皆無だから。」
「・・・そうか・・・」
「私の話よ。秀麗ちゃんはどうか知らないけどねぇ・・・・
じゃ、私はこれで。
後日手紙でも送るわ・・・」

は慶張に手を振って分かれた。

「・・・結婚・・・ねぇ・・・
そんなものしなくても私は十分幸せなんだけどなぁ・・・」

は苦笑しながら歩みを進めた。
それでも・・・色々問題児な私だけどそれを理解してくれる人なら・・・・
更に私を口説き落とせるくらいの人なら・・・考えてあげても良いけどね。
・・・無理か。

一笑して、 は花街へと向かった。

   

[★高収入が可能!WEBデザインのプロになってみない?! Click Here! 自宅で仕事がしたい人必見! Click Here!]
[ CGIレンタルサービス | 100MBの無料HPスペース | 検索エンジン登録代行サービス ]
[ 初心者でも安心なレンタルサーバー。50MBで250円から。CGI・SSI・PHPが使えます。 ]


FC2 キャッシング 出会い 無料アクセス解析