は暦を見て大きなため息をついた。
冗官クビ宣言がでてから・・・早一月が経とうとしている。
正確には、あと三日あるのだが。
どうやら秀麗は独自に塩の事件を追っているらしい。
適当にどこかの部署に在籍して地盤を固めてから塩が気になるのなら調査をすればいいのに。
少なくとも吏部戸部以外はほとんど暇なはずだ。
はそう考えるのだが間違っているだろうか。
そのギリギリ感を味わいたいとか自分なら余裕だろう、とかそのようなくだらない自尊心、秀麗が持ち合わせているはずないし。

秀麗のことが気になってか珀明の顔も日に日に険しくなっているし・・・
全くいい男が台無しだ。
なんとか秀麗を救うべくは仕事を早めに切り上げて、冗官室へ向かった。

「秀麗ちゃんは・・・と・・・」

扉を開けようと取っ手に手を伸ばすと清雅の声が聞こえた。
清雅がいるのであれば秀麗もいるだろう、と思ったがどうやら違うようだ。
気配を探れば、気配は二人。清雅と楊修。

「・・・ふっ、そんなことを訊くようでは、君も、思ったほどたいしたことはなかったようですね、陸清雅君」

完璧な上級貴族の発音。
はびくりと肩を震わせた。短期間でこのような発音が習得できるわけがない。
直感で楊修は冗官で収まるような奴ではないと思ってはいたが・・・
・・・その予想をはるかに上回る人物だったとは・・・。

二人を戸部に連れて行った夜、鳳珠がやけに清々しい顔をしていたのを覚えている。
『あの二人、とても役に立った』といわれた時は嬉しかったが・・・・
相当使えたのであろう。少し心が痛んだが。

「・・・さて、入ってくるのならどうぞ・・・・?
殿・・・」

は、お手上げといったように、素直に言葉に従った。
清雅は苦々しい顔をしている。まぁそんな台詞今まで一度も言われたことなさそうだし。
両手を軽くあげては言う。

「・・・別に、立ち聞きするつもりはなかったのですけれど・・・。
秀麗ちゃんを見にきたら偶然ですね。」

昨日とは、いやほんの少しまでの楊修はここにはいなかった。
目の前にいるのは、上官その人だ。


「彼女なら先ほど出て行ったよ。
多分藍将軍の家にいったんじゃないかな?」
「それはどうも。ではしばらく帰ってきませんねぇ・・・
出直します」
「多分待ってても帰ってこないんじゃないかなー。
・・・・ずっとね」

楊修が意地の悪い笑みを浮かべて言った。
秀麗の退官を意味する言葉をあっさりといってのける。
は苦笑するしかなかった。
今までかなり甘い世界にいたが・・・

・・・そう、これが朝廷だ。
上に立つものの世界だ。

「秀麗ちゃんは退官になんてなりません。
いざとなったら戸部に引き入れるつもりですから」
「・・・黄奇人に頼んでか」
「別に頼まずとも戸部では万事誰でも受け入れ態勢整ってますから。
女であろうが、冗官であろうが使えればそれでよし。
あぁ・・・貴方方二人もいかが?
手伝いしてくれた時黄尚書とても喜んでいたんだけれど・・・」

その瞬間清雅と楊修の顔が崩れた。
とても嫌な事を思い出した。
人生の中で上位三位に入るほどの最低最悪な一日の事を。
それ以降この女を恨まなかった日はない。

「遠慮しておくよ。
あの尚書君にだけは優しいみたいだから」
「失礼ですね、私だって必死こいてやってるのよ。
絶対、貴方達よりも働いてる・・・」

・・・なのに・・・・なのにあのすっきりとした笑顔は何。
『あの二人、とても役に立った』の言葉で胸が痛いのは何故。
・・・私の方が頑張ってるのに・・・・ッッ。

「あーもーっっ。
何か妙に悔しいから秀麗ちゃん共々三人まとめて無理矢理戸部に入れてやるーっっ!!」
「え、勝手に切れないでくれない?切れたいのこっちなんですけど」
「冗談じゃない、私達を殺す気ですか」

っていうかたまに仮面の悪夢まで見るようになってしまった。呪われているというしかない。

「うっさいわよ。
はい、清雅から上司の名前いって!私が直談判してきてあげるわ」

清雅はその台詞に微妙につまった。

「・・・冗談じゃない。なんで僕がそんなこといわなければならないんだ。
そもそも女の下官が僕の上司と会話できるわけもない」
「やってみなければ分からないことだってあるわよ。
意外とすんなりいけるかもしれないし・・・
はっ、あんたみたいな外面だけいい奴、案外いなくてせいせいするって言われるかもしれないしね」
「はぁ?そんなわけないだろう。
いくらお前が尚書並の官吏と顔見知りだろうが、僕の上司はさらに上にいる」
「・・・別に尚書並みでなくても、鄭宰相とお話したことあるし主上ともある。
霄太師や宋太傅ともある。
・・・あと・・・」

はふと思い浮かんだ。
もうずいぶん前のことのように感じる。
今はぼんやりとしか思い出せない、あの夜のこと・・・

「・・・おい、どうした?」
「・・・いや・・・話せるか分からないけど・・・葵皇毅殿とか・・・・」

清雅の顔が凍った。
楊修は二人を見て笑む。これは面白いことになってきた。
女性官吏反対派の葵皇毅と対面した機会があるとは。

「・・・嘘だ・・・」

清雅が呟いた。

「嘘だ、葵長官がお前と話すことなんてされるはずがない」
「失敬ね。『御史台に入らないか?』と誘われたくらいよ。
一応評価はされているもの」
「・・・・お前が・・・・御史台・・・・」

・・・しかも・・・・葵皇毅に・・・?

清雅はめまいさえ覚えてきた。
葵皇毅の思考が分からない。今まで女性官吏を潰すことばかりを考えてきていたはずなのに。
自分がここに派遣されたのも紅秀麗を退官に追い込むために・・・
・・・紅秀麗のみだったというのか・・・そんなはずは・・・

「・・・もしかして、葵長官が上司?
・・・うーん・・・頑張っては・・・みようかな・・・」
「お前・・・正気か・・・?」
「正気・・・。でもあまり良い思い出がないからちょっと考え中。
一応切り札はあるし・・・。
殴って埋めてもいいって言われているし・・・」

・・・埋め・・・って何の話だ。
しかしこの女、本気で戸部にいれようとしているのだろうか。
そっちの方が怖い。

「葵皇毅に切り札ですか?それは・・・とても興味がありますね」

楊修は向けてニコリと笑った。
葵皇毅と茈の噂はちらりと聞いたことがあるが・・・ガセではなかったらしい。
切り札を掴んでいるというのなら、それ相応の何かがあったということ。
清雅は気付いてはいないが、と清雅は本質的なものが似通っている。
皇毅はそこに目をつけて誘ったのであろうか。
考えられるのはそれしかない。まさか・・・惚れたわけでもあるまい・・・。

「・・・・・・。」

は目を細めて楊修をみた。
以前とは全く違う貴族の眼差しに警戒心を覚える。
・・・何を考えている?
別に皇毅と何があったかくらい知られても自分的には問題はないが・・・

「・・・貴方・・・何者ですか?」
「何者・・・とは?
おっしゃる意味が分かりません」

も笑顔で返す。
いつもの可愛らしいそれではなく、傲慢な貴族のそれ。
ただの庶民や中、下級の貴族ではそのような笑みは作れない。
本当に頂点に立った、または人よりも何倍優れ、自尊心がないとできはしない。
まぁ正直に聞いたところで口を割るくらいであれば大したことがない証拠である。
二人は笑顔で見詰め合う。
張り詰めた空気がそこに流れた。

「楊修さんも水臭いですね。
秀麗ちゃんに教わらなくても発音ばっちりじゃないですか。
貴方こそどちら・・・・」
・・・・。
は楊修の顔をまじまじとみた。

「・・・どう・・・しましたか?私の顔になにかついてます?」
「・・・あっ・・・思い出した。
どこかであったと思えば・・・」

楊修の口元がピクリと動いた。
は綺麗な笑顔を作った。

「・・・お会いしたことありますよね?
お会いした・・・というかすれ違った・・・・というか。
多分一言二言は会話したことあると思います」
「人違いでは?」
「いえ、声で分かります。顔もよく見れば目立たないようにしていたとは思いますし、いつもはちゃんと髪も結って冠もつけておられますが・・・・。
どんなに隠しても隠し切れないものってありますよ。
・・・例えば修羅場とかで・・・」
「修羅場・・・とは・・・」
「流石に忙しい時は誰であろうと狩り出されておられるようで。
吏部官吏も大変ですね。
ねぇ、覆面・・・さん?」

清雅がはっとして楊修をみた。
楊修も清雅をチラリとみた。
・・・彼にはもう少し謙虚という気持ちを味わってもらった方がいいかもしれない。
これから秀麗殿虐めにかかるところだし。

「お見事です。
少し会っているとはいえよく見破られました。
・・・なるほど・・・・雑用だけが取り柄だと思っていましたが、少しは見ごたえがある。
清雅君よりもむしろ期待できるほどですね。
女というだけで少し甘く見すぎていましたかね。
少し私の中の評価を訂正しておきましょう」

「吏部の覆面殿が・・・私を見くびってもらっては困ります。
これでも誰よりも役立っているつもりなのですが・・・」

なるほど、自覚もある・・・か。
食えない女だ。秀麗とは全く逆のタイプである。
全ての行動が計算尽くされている。
一見無謀な行動と思われる行動にでる時でも、勝率、または逃げ道が用意されている。
最終的には自分に不利益が回ってないのが、その証拠。
秀麗は真っ直ぐに進んだ結果、自分の首を絞めているようだが、はそんなこと絶対にしない。
秀麗と逆の立場に立ったとき、の地位はけして冗官ではないだろう。
成果を残した上で茶州州牧を続けるか、下官の地位にいるだろう。

「あながち・・・戸部尚書と侍郎の不在にに戸部を仕切っていたとかという噂も嘘ではないかもしれませんね。
次期戸部尚書候補というのも・・・」
「戸部尚書候補というのはちょっと言い過ぎかもしれませんが・・・・
尚書と侍郎が不在の時頑張ったってのは実話ですよ」

朝賀の時を懐かしく思う。
あの後鳳珠様にかなり怒られたっけ・・・。

「・・・あの戸部を・・・・へぇ・・・
ただ色香で黄尚書を落としたわけではなさそうですね」
「あの方を色目で落とせる方などこの世におりますでしょうかねぇ・・・

まず外見だけでは無理でしょうねぇ・・・」
あの美貌の前ではどんなに美しく装っても彼を落とすことなどまず不可能。
鳳珠に気に入られるためにはいかに有能なところを見せるかだ。
彼は外見では人を判断しないから・・・。

「・・・・おや・・・・招かざるお客さんですか?」

が振り返ると数人の黒装束をきた兇手が音もなく現れた。

「ふぅ、せっかくの腹を割って話せる機会だったのに無粋ですね。
さて、清雅くん、 殿、私。
誰に御用事ですか?」
『・・・・・』

反応なし。
清雅も も毅然としているところをみると、こういう展開には慣れているらしい。
楊修は相手の様子を伺った。
お互い恨まれる節は数え切れないほど持ち合わせているので絞れるはずもなく。
相手は殺気をこちらを見ている。
楊修はふぅ、とため息をついた。

「えーっとお二人とも戦闘能力は?」
「兇手の数人軽くいけます」

は手首足首を動かしながら答えた。
何故かやる気満々だ。

「まぁ自分の身くらい守れますよ。」

清雅も余裕で答えた。

「では・・・・まぁ軽くいきましょうか・・・」

三人と兇手は同時に動いた。
短剣が飛んでくるが は腰にある扇で凪ら払う。
一気に距離をつめ、その反動で胸に拳を一撃。
背後から襲い来る敵には袖を振り、一瞬の隙を作り見事な蹴りを食らわせる。
止めとばかりに倒れた敵に、その辺にあった肉まんを無理矢理口にねじ込んだ。
清雅は飛んでくる短剣を軽い動作で避け、手短にあった椅子で兇手の動きを大きく止める。
椅子を投げ距離をとったところで懐から痺れ粉を取り出し兇手に飛ばす。
最後に延髄を手刀で叩き潰す。
二人の動きに内心感心しながら楊修も向かってくる兇手の手をひねり鳩尾に一発食らわせる。
足払いをし、懐にあった縄で兇手の動きを封じた。

「お二人ともやりますねぇ」
「これくらいは当然です。」

も最後の兇手を地に伏せたところであった。
どうやら、この中で彼女が一番強いらしい。
女だと見くびって のところに来た者達が哀れであった。

「・・・丁度良いところに御史台の方がいますしそのまま引き渡しましょうか」
「面倒ですがまぁいいでしょう・・・」

清雅が出て行った。

「・・・やけに素直なところをみると清雅くんのお客ですか?」
「別に僕は仕事を全うするだけですよ。他意はありません」
「ちなみに私のお客じゃないと思いますよ。
こういう物理的な嫌がらせは前々からないですし」
「私も普通ないんですけどねー。
貴方達より恨まれてはないはずですし」
「それを言うなら私だって恨まれることなんて全然してないですよ」

うふふー、と黒い笑みが飛び交う。
場の空気も和んできたところでお開きとなった。

「では、私は戻ります。
あと三日間頑張ってくださいね。なんなら戸部へ来ますか」
「謹んで遠慮させていただきますよ」

はすっと礼をして室を出て行った。
喧嘩を売るにしてはかなり中途半端に終わってしまった。

「これからが勝負ってところかしら・・・
私も頑張らないと・・・」

は胸の前でパンと拳を合わせた。
まだ、始まったばかりだ。

清雅がいなくなった室で楊修は机に座って、上に提出する報告書を眺めていた。

「茈、・・・ねぇ。
予想以上に使える・・・。
黄奇人は凄い拾い物をしたようだ・・・・」

それに比べて紅秀麗ときたら・・・・
まぁ、退官になったらなったらで別に関係ないし。
ただ、尚書の様子がどう変わるかだが・・・また仕事をしなくなるのだろうか。
楊修は、その辺にある筆に墨をつけ、査定書を書く。

「『紅秀麗、人を信用しすぎ』・・・ッと」

その後に、の名前を連ねる。
そこで楊修の手は止まった。

「・・・おっと・・・彼女は査定対象じゃなかった・・・」

先ほどまで一緒にいて色々値踏みしていたのでうっかり冗官に入れるところであった。
楊修はしらばく考えて、その後に続けた。

――雑用でとどめておくもよし、出世させるもよし。使える

別に査定対象外でもいいだろう。怒られはしまい。
自分でもこの査定は甘いな・・・と思ったが
吏部に出してきてから思った。
・・・・絶対にあの女の部下になるのは避けたいと。

   

[★高収入が可能!WEBデザインのプロになってみない?! Click Here! 自宅で仕事がしたい人必見! Click Here!]
[ CGIレンタルサービス | 100MBの無料HPスペース | 検索エンジン登録代行サービス ]
[ 初心者でも安心なレンタルサーバー。50MBで250円から。CGI・SSI・PHPが使えます。 ]


FC2 キャッシング 出会い 無料アクセス解析