二人で無駄な会話をしているうちに金華の城門についた。
は朝廷の門並みに広い門を見上げて感嘆の声をあげた。

「ここが・・・金華・・・」

感動する間もなく、門の奥からこちらに向かってくる人達に気がつく。
審査のため城門守備兵達であった。
・・・狙いは自分だ。
龍蓮も十分に若いので無理矢理影月に仕立て上げることも楽であろう。
大体十三歳の州牧なんて誰が信じられるだろうか。
と龍蓮は馬から降りて兵士達を見上げた。
彼らの表情からしてかなり怪しまれている。

「木簡を見せろ」

龍蓮が面倒くさそうに木簡を差し出した。
兵士達はその木簡を見るなり顔色を変えた。
格好、木簡、そして龍蓮の服に微妙にあしらわれている色。
全て藍家としては当てはまりすぎていた。

「それでよろしいか」

龍蓮が無表情で言う。
兵士は緊張した面持ちで尋ねてきた。

「今、指名手配中の罪人を捕まえるために緊急配備をしいております。
失礼ですがお名前を伺ってよろしいでしょうか」

・・・誰が罪人だ。
は心の中で突っ込んだ。

「藍龍蓮だ」

龍蓮の答えにその場にいた一同、息を飲んだ。
藍家の切札が今目の前にいる。
一同『ははーっ』と土下座しなくてはいけないような雰囲気の中、勇気ある兵士の一人が再度尋ねてきた。

「・・・失礼ですがそちらの方は・・・・」
「・・・えっと」

は龍蓮がどう出るか今更不安になった。

衣装だけは舞台でもやるかのような度派手なものを身につけていたのだ。
それに見合った演技くらい今回だけはして欲しい。

龍蓮は の期待を裏切らなかった。
衛士の言葉に明らかに不快な表情を作り、そして を抱き寄せた。

「彼女は私の妻になる娘だ。名は
・・・何か?」

強い意志のこもった言葉、そして怒気を含んだその声。
いくら嘘と分かっていてもそれが真実だと思ってしまう。
は驚いて龍蓮の顔を見た。
龍蓮が微笑して を見る。
・・・目が合った。

・・・これが・・・本気龍蓮・・・。
彼が元からこのようであったら・・・
もしかしたら・・・ふらりとついていってしまっていたかもしれない。
普段からの笛の音や理解しがたい言動を思い出す。秀麗の言葉を借りるなら
・・・つくづく素材の活用法を間違えている。

誰もこれ以上問うことは出来なかった。
龍蓮の声音には強い拒絶も混じっていたからだ。
流石の茶家も藍家には手を出せまい。

あっさりと金華の門をくぐれてしまえた。

「・・・凄いわね。さすが”双龍蓮泉”」

門をくぐった後 はボソリと呟いた。
藍家もあるが龍蓮という名で言葉で更に追い討ちを掛けたのだろう。

こうして楽々金華に入ったのだが商業都市という割には全く活気と人気がない。
観光も兼ねて茶州に行くつもりだったので は少し落ち込んだ。
どうせなら半年派遣官吏で来ればよかったのかもしれない。

突然入ってきた華美な着物をまとった男女二人が入ってきたのは大層目立ったらしい。
人気がない道がさらに自分達を浮かせているような気がする。
は馬の上でため息をついた。
これなら龍蓮だけが妙な衣装で私がまともな衣装着ていた方がましだったかもしれない。
とりあえず、二人は人気のあるとこまでいき安全そうなところで宿をとった。

秀麗達はまだ金華にはついていないらしく、 も龍蓮が動くまで何もしなかった。
初めての長旅にも少し疲労感がある。
時がくれば彼が動くだろう。それに合わせて自分もやるべき事をすれば良い。

久しぶりの高級宿なので湯を使わせてもらい、室に戻った。
龍蓮はまた妙な衣装に着替えた後、ずっと外を見ていた。
も彼の後ろで金華の街を眺めるが、ただ活気がないだけの町に見える。
彼の目にはどう映っているのだろう。

は少し仮眠をとった。

金華の門をある小隊がくぐった。
龍蓮は目を細めた。
は場の空気が変わったことを察し、目を開けた。
龍蓮はすでに窓から移動していて、外に出る準備をしている。

「・・・龍蓮・・・これからどうするの?」
「私は、心の友と会わなくてはいけない」
「・・・私はどうすればいい?」
「・・・・」

彼には珍しい沈黙だった。

「・・・ 、お前はここで待っていろ」
「・・・龍蓮?」

彼らしくない、後ろ向きな答え。本意ではないのか自信がなさそうだ。
は龍蓮が不自然なのを悟った。

「龍蓮・・・全て見えているんでしょう」
「・・・・・」

見えているからこそ行かせたくなかった。

「私はどこに行くべきなの?」
「・・・・」

悪い未来があるのはここに来る前から予想はついていた。
でも、進まなくてはいけないと思う。それが私に課せれた未来なら。
は真っ直ぐ龍蓮の目を見た。その瞳には強い意志しかなく、未来を恐れるものは何もない。

「教えて、龍蓮」

行かせたくない。でも彼女はそれを望んでいる。
それがどんな結末か知った上で。

「・・・菊の邸」

龍蓮はポツリと呟いた。
やはり、目に見える運命を壊してはいけないのだろうか。
龍蓮は言葉にしてから激しく後悔した。
人生でここまで後悔したのは初めてだったかもしれない。

「・・・菊の邸・・・あれね。
茶太保の別邸・・・」

は窓の外から見える豪華な邸に目をやった。
いるはずの縹英姫はすでにそこにはいないだろう。
だから、別に寄る必要はないと思っていたのに。

誰がいるかはなんとなく予想はつく。
ここまでの道のりで結構な噂話は聞いてきた。
は顎に手をあて考えた。
いるのは茶家の誰か。
ジジイか・・・それともその孫達か・・・。
茶太保から一度だけ聞いた事がある。弟の孫の事を。

「・・・茶・・・朔洵」

その名前に龍蓮は顔を上げた。
はその反応に自信ありげな微笑を浮かべた。

「やっぱり彼がいるのね。
ここへ来る途中考えていて怪しいと思っていたのよ」

草洵は体力馬鹿だと聞いた。腕っ節はやたらと強いらしい。
克洵は何も取り柄のないただの凡人。でも凄く優しい人だと聞いた。
そして、特に語られなかったのが朔洵。

躊躇している龍蓮をおいて は扉に手をかけた。
そして、動けないでいる彼を見る。

「・・・では、行こっか。
お互いやる事は決まっているのだし」
「・・・あぁ」

龍蓮は頷いた。
どこの国の民族衣装だろうか。頭には大きな羽、妙な被り物・・・。
は今回ばかりは龍蓮の衣装には突っ込まないでいた。
しかし・・・毎回思うのだがこの衣装はどこから仕入れてくるのだろう。

宿を出て は龍蓮を見た。
明らかにいつもの彼じゃないので逆に調子が狂ってくる。
は大きな息をついた。

「そんな心配そうな顔しなくていいよ。
あんたは私が戻ってこられる確率わかっているんでしょ?言ってみな」
「五割」

龍蓮はきっぱり言った。
それでも はひるまない。

「・・・まぁ・・・思ったより高いわね。
龍蓮、例えば札の勝負をしているとき。
大事な札を捨てるか捨てないかで今後の勝敗は大きく分かれてくる。
攻めに出るか、守りにはいるか。
あんたならどうする?」
「勿論、攻めに出る」
「それと同じよ。
賭博師っつー性格上か私も逃げられないのよ。
五割戻ってこられるんでしょ?大丈夫、絶対元気な顔見せてあげるよ」
「・・・ っ」

引きとめようとする龍蓮の手を は意図して避けた。

「・・・じゃ、秀麗ちゃんと影月くんによろしく」

は走り出した。
龍蓮もまた逆の方向に歩き始めた。
手に持つ笛をぎゅっと握り締めた。

・・・せめてもの、 の無事を祈って・・・

龍蓮は気持ちを込めて笛を吹き始めた。
背中でそれを聞いた は、怒鳴りたい気持ちを押さえながら走っていた。

・・・なんで・・・笛・・・?



方向的にはあっていると思う。
菊の邸に進むにつれて人気も少なくなってきた。

「うーん・・・ますます怪しいっていっているようなもんじゃない」

人はいるにはいるが、人相の悪い男ばかりだ。
は見つからないように慎重に進んだ。
誰もいないのを確認して、走り出した。すると前方から人が急に飛び出してきた。

「きゃっっ・・・」
「・・・おっと・・・すいません。お嬢さん大丈夫ですか?」

は、はっとして、彼を上から下まで見た。
一見武官にも見えなくもないが、腰に刀ははせてない。
先ほど見かけたガラの悪い男と違って、こちらは好青年。
着ている着物はよく見れば珍しいものだ。龍蓮と違う方向で趣味も中々良い。
にこりと微笑まれ、とりあえず悪い人ではない事をなんとなく感じた はとりあえず謝った。

「私こそすいません。
急いでまして・・・・」
「全商連にご用ですか?」

突然の質問に は首を傾げた。

「・・・え?
あぁ商人さんでしたか・・・。全商連に・・・・今は特に用はないですけど」

の言葉に青年は一瞬驚いた表情をしたが、それもすぐに戻った。

「すいません、人違いのようでした。貴方くらいの女の子を探していましてね。
私も初めて会うので顔も知らなくて・・・」
「そうでしたか・・・・あっ、ついでにお聞きしますが『菊の邸』ってこっちの方向であってますか?」
「菊の邸・・・・えぇ、あってますよ。
この道真っ直ぐです。妙な野郎共がうろついてますから気をつけて」
「ありがとうございます」

は青年に礼をしてすぐにまた走り出した。

彼女の背を見送って青年は息をついた。

「・・・僕とした事が人違いか・・・。
目利きの力も鈍ったかな・・・これはいけない・・・」

しかし・・・。
先ほど に向けた目つきとは違い鋭い目になる。
あの腰につけていた短刀、扇・・・普通に手に入るものじゃない。
今まで相当な数の商品を目の前にしてきた自分でも見たことない柄だ。

彼女は一体何者なのだろう・・・
また会えたら是非あの短剣と扇を間近で拝見したいものだ。
青年の中でそろばんが弾かれた。


流石に朝廷とは比べ物にはならないが、鳳珠の家より大きい事は確かだ。

「はー・・・これが『菊の邸』・・・」

は門の前に立って思わず感嘆の声をあげてしまう。
菊の紋ではなく”孔雀繚乱”になっているのが少し酌だが、ここで文句言っても仕方あるまい。
その邸は何故か門番はいなかった。そして不自然に門も開いている。
思いっきり入ってこいといわんばかりに。
はその通り堂々と入らせてもらった。

大きな邸なのに人の気配がしないというのもまた嫌なものだ。
多分中にはそれなりの人がいるとは思うのだが、それもまたわずかであろう。
広い庭は良く手入れされているが、ただ無意味な産物と化している。
はざっと邸を見渡して菊の邸攻略法を考え出した。

「・・・あえて」

は手ごろな木に登り始めた。

「妙な小細工使わずに直接対決に挑みましょうか」

は慣れた手つきで木の枝に飛び移り菊の邸に忍びこんだ。


偶然入った部屋は良い香の香りがした。
誰かの部屋なのだろう。
は着ている着物を正し、一歩踏み出した。

「いらっしゃい、招かざるお客さん」
「・・・・!」

後ろから声がかかった。 は反射的に前進し後ろを振りかえった。
そこにいたのは、優美な青年。
軽く波打つようなふわりとした髪は青年が動くたびふわふわと浮く。

・・・・畜生・・・・嫌味かよ、あの髪は・・・。

ちなみに の髪ときたら収まりがなく、やけにふわふわして垂らしておくより括っておいた方が良いような髪だ。
しかし、括るにしてもかなりの苦戦を強いられる。
ちなみに兄の劉輝も静蘭もそんなタイプの髪だから横髪だけ後ろに回してあとは垂らしているのだろう。
その面倒くささは凄く分かる。
・・・父上・・・なんでこんなややこしい髪の優性遺伝子持ってるんですか・・・。
そんなわけで鳳珠を始めとして楸瑛、龍蓮、秀麗などは羨ましくてしょうがない。
・・・っと、今はそんな事考えている場合じゃなかったわ。

は青年を真正面から睨みつけた。
青年はふわりと微笑した。

「・・・ようこそ、・・・えっとお名前は?」
「茈
「・・・茈・・・ ・・・」

青年はついと顎に手をやりしばし考えてから、 を見た。
その仕草も絵になるほど優美であった。
しかし、常に鳳珠と対面している にとっては全然許容範囲である。

「・・・で、訪問の用件は?
この後に大切なお客さんが控えているんだ。
早めにすませてね」
「・・・そのお客さんに会わせないために私はここにきた。
あんたが、危険人物ってことくらい私には分かっているのよ、茶朔洵。」
「今日初めて会ったばかりなのに、よくわかったもんだね。
今、ここに向かっているだろう人達は今日初めて気づいたばっかりなのに」

それだけ騙せたという事は相当のやり手・・・
が警戒心を露にしている中、朔洵は思いもよらぬ事を言い始めた。

「その目、その顔、その口調に、その頭脳。
本当に似てるよ、嫌気がさすくらいに」

その台詞に が息を呑んだ。
その後を言われなくても察しがついた。
似ている・・・というのなら思い当たるのは一人しかいない。

「・・・母上を知っているの?」

朔洵はつまらなさそうに語る。

「本当に、視界からいなくなってせいせいしたよ。あの女はね。
あのばーさん以上に嫌いだった」
「英姫様を侮辱するな」

その言葉にも朔洵は耳を貸すことなく、語りつづける。

「私の遊びをすぐに終わらせてしまうし、邪魔だから殺そうとしても中々死なないし。
あの頃私は小さかったからね・・・その差は大きかったよ。
そして、やっと知恵もついて計画を実行しようとしたその時、あいつは逃げた」

紫州だった。しかも、奴はすぐに後宮にあがり瞬く間に王妃の座についていた。
流石の自分でもそこまで手だしするのは無理だった。

「いつも人の事見下して、偉そうに・・・。
女のくせして権力には執着心丸だし。
久しぶりだな、こんなにイライラするのは・・・あいつのことなんてここ数十年気にもとめなかったよ。
今はどうしてる?お元気?」
「・・・王と一緒に亡くなりました」
「フン、いい気味だね。呪いが効いたのかな?
今生きていたとしたら暇つぶし程度に殺しに行ってあげてもよかったけどその必要もなくなったか・・・
うーん・・・でももうすぐ四十のババア殺しても面白くない・・・か・・・。
せっかく興味のある子を見つけたばっかりなんだし」

は黙って朔洵の話を聞いていた。
妙な因縁があったものだ。
まさか母上と朔洵が知り合いだったなんて。
そりゃ、茶州で英姫様に仕えていたんだからそれもあると思うけど。

朔洵は意外そうな顔をして にいった。

「母上殿については反論なしかい?
見たところ、かなり溺愛されて育ったようにみえるけど。
王の寵愛も一心に君の方に向かわなかった?
二番目の出来の良い公子様も君が生まれてしばらくして流刑になったし、残ったのは馬鹿だけ」
「・・・生憎、貴方が思うほど私は母を愛してはいないみたいね。父上もあまり好きではなかったわ。
・・・でも・・・」

は、別の短剣を朔洵向かって投げた。
それを朔洵は瞬きせずに受けとめる。

「兄上達の悪口を言われて黙っている私ではないのよ」
「兄様思いなんだねぇ・・・」
「今生きてる人だけだけどね」
「確か今の王は王争いの時、参加しなかったために棚ぼた即位した彼だろう。
しかも半年間は遊び呆けていたって聞くけど・・・。
今は真面目にしているようだねぇ・・・偉いというか馬鹿というか・・・
でも、今更真面目にしても頭さげる臣下なんていないって言うのに」

朔洵の言いようも気にせず は誇らしげに言った。

「それはどうだか。
既に下賜の花を与えられている信頼できる有能側近を二人したえているわ。
五年もすれば全ての臣下が頭を垂れるようになるわよ」

今この瞬間も、彼はすさまじい早さで成長している。
茶州から帰った時、また違う彼をみられるはずだ。
言いきった に朔洵が頷いた。

「それは頼りになる王様で・・・・。
じゃあ・・・君は清苑公子様を覚えているわけ?それとも単なる憧れかい?」

朔洵は の投げてきた短剣を手でもて遊びながら問う。

「・・・あまり記憶はないけど・・・一度だけ面と向かって話をした事は覚えている」
「君の血を魅了するほど凄い人だったんだ・・・
今はただの幸せ馬鹿にしか見えないけどねぇ・・・」
「そうかしら?確かに幸せそうにはしてると思うけど、馬鹿じゃないわねぇ・・・
私から見ればあんたよりも遥かに頭良いとは思うけどっっ!!」

は腰に刺している短剣を抜いた。
すぐに間合いを詰めて短剣を振る。
朔洵は一撃目、先ほど が投げた短剣でしのいだ。しかしその剣はすぐに折られる。
朔洵は焦るどころか感心して次の二手目を避けた。

「へぇ、素晴らしい短剣だね。父君からの贈り物?」
「ご名答」

朔洵はまるで踊っているかのように優雅に動いた。
しかし何度も攻撃を仕掛けているのにかする気配もみせない。
は舌打ちした。・・・強い。

しばらく続けていたが急に朔洵が の右手を掴む。
彼の手は細かったが、それに似合わず強い力が込められた。

「・・・っ」


思わず握っていた短剣がおちた。
朔洵は の腰を抱いて自分の元へ引き寄せる。

「・・・やっぱり先王の血も入っているからかな。奴とは少し違う・・・
少し・・・可愛いかも」

「何よ・・・」

振りほどこうとしたが彼の力は意外に強かった。
色も白いし細いし、物凄くか弱そうなのにどこからこの力が出てくるのだろうか。
一生懸命逃げようとしている を見て朔洵はにこりと微笑んだ。

「・・・面白い。」
「どこがっ!!」

は即答で返した。

「ねぇ、私の侍女にならない?」
「勘弁っ。
私は帰ってやらなくちゃいけないことがたくさんあってね。
暇なあなたと違って」
「私は暇だからかまって欲しいよ」
「だれが、あんたみたいな大人の遊び相手してあげなくちゃいけないのよ」
「・・・君、こう・・・いや秀麗と似てるよね」
「・・・・は?どこが?」

思わず知人の名前が出てきて は毒気を抜かれる。
私と彼女どこが似ているのであろうか。いや・・・性格的には・・・似てなくもないが。
でも、根本的なところは違う事は自覚している。
自分は対等に彼女とは並べない。

「・・・やっぱり違うか・・・
しかも、君はいじめ甲斐がない。
何故、私をこれだけ間近でみても見とれないかなぁ・・・
結構この顔には自信があるんだけど」

自己完結した上に朔洵は更に呟き始める。
自分で自分の顔を誉めるというのは妙な感じなのだが、彼にはそれを言う資格はあるだろう。
確かに凄く美人だ。
でも はこれくらいでは怯まない。

「・・・すいませんね。相当耐性がついているようで・・・」

鳳珠や龍蓮でかなりの耐性がついてきたらしい。
これくらいで怯まなくなった自分が逆に怖い。
大体、こんな男ごときにいじめられてたまるか・・・。
・・・ん?・・・いじめ?

「なっ・・・まさかあんた秀麗ちゃんに手出したんじゃないでしょうね!!
今すぐ殺すよっっ!!」
「いや、出してないよ。
今から出すとこ」
「そこ、楽しそうに言わないっっ!!
あぁ・・・秀麗ちゃんもまた変な男に好かれて・・・可哀想に・・・。

いいっ!?今忠告しておくわ。
あんたが秀麗ちゃんに手を出しても百害あって一利なしよっ。今すぐ手を引きなさい。
じゃないと・・・あんた本当に死ぬよ?生き地獄見るよっ!?」

彼女の叔父さんを知っている は敵であっても忠告せずにはいられなかった。

「・・・それくらい刺激がないと楽しくないじゃない」
「ほほう・・・相当の自信ね。
でも、残念でした。秀麗ちゃんは私の兄上とくっついてもらうんだからあんただけには渡さない」
「君こそ、相当の自信家だね。
兄っていってもあの二人だろう?」
「えぇ、あんたの数千倍は好かれていると思うけど?」
「酷い言いようだな」
「だって事実じゃない?」

そのとき部屋の扉が叩かれた。

「・・・何だい?」
「お客様がいらっしゃいました」
「あぁ、別の部屋に上げてくれ。
私の準備が出来たらあの室に呼んで」

朔洵の顔がかなり嬉しそうなものになったのを は見た。
・・・まさか・・・この人本気・・・?

「じゃね、 。またゆっくり話でもしようじゃないか。
君ならいつでも歓迎するよ。
あの女の娘に生まれてこの性格は及第点だ。
では、しばらくお別れだ・・・」

目の前から朔洵の姿が消えたと思ったら体が解放されていた。
そして、手刀を叩き込まれる。
意識が朦朧としていく。

・・・負けた・・・

力の差は圧倒的に向こうが有利。
が倒れる前に朔洵が の体を抱えあげた。

「・・・負けたって思ってるだろうけど・・・。
生きてる時点で君の勝ちだよ、 ・・・」

彼女を今ここで殺すのは勿体無いような気がしてきた。
何か彼女には秀麗とは違う何か惹かれるものがある。
せっかく見つけた新しい玩具。遊んでもないのに壊すのは勿体無い。
大事に寝台の上に寝かせ、朔洵は部屋を出ていった。


夢を見た。
そこは暗くて光もない。
その中で私は一人立っていた。
冷たい風が体を冷やす。
恐ろしいはずなのに、全く怖さを感じない。
悲しいはずなのに、涙も流れてこない。
ポタポタとおちてくる水は紅。
気づけば腰まで紅い水はやってきていてそれはどんどん増えていく。

あぁ、これが私が今まで犯してきた罪の証。

両手は紅く染まり、独特の鉄くさい臭いが鼻をつく。
今まで見る人全てが光に見えた。

・・・多分、私は闇の中の闇。

一人自分と同じように闇にたたずんでいる人がいた。

・・・朔洵。

声に出したか心で思ったのが分からない。
しかし、それは脳に響いた。
その時感じた。

・・・あぁ、あの人も私と同類なんだ。
・・・だったら

は彼に手を伸ばす。



っ!!」

強い声で目覚めた。
聞き覚えのある、大きいけどそれでも怒りはない声。
目をあけるとそこには見なれた顔が合った。

「・・・龍蓮?」

一番驚いたのが彼のかなり焦った表情だった。
はとりあえず起きあがる。
体に痛みもないし、香の香りは変わっていない。部屋も先ほど見たまま・・・。
ということはあの後、朔洵は気を失った自分を寝台まで運んでくれたのか。
龍蓮がここにいる、ということは全て終わったのだろう。

そこまで考えて は初めて龍蓮の顔を見た。
今ではまたいつもの表情に戻っているが、先ほどの顔は強烈過ぎて忘れられない。
彼でも焦ることはあるのか・・・。

「・・・なんでここにあんたがいるのよ」

は一番始めに思わなくてはいけない疑問を口にした。

「心の共らにもそこらの人に聞いても の姿を見てないという。
だから迎えにきたのだ」
「・・・あぁ・・・そう、それはどうも・・・」

よく分かったわね。という必要もないだろう。
彼は始めから知っている。

「今の状態を教えて頂戴」
「心の友其の一は今宿で寝ている。疲れが溜まっていたのであろう。
それ以外は皆元気だ」
「・・・秀麗ちゃんは無事なのね」
「あぁ」
「それだけ聞ければ安心よ。
じゃ私も早く会いたいし、帰りましょう・・・あれ?」

外は凄い豪雨になっていた。
この室内は暖かいが外は結構寒いだろう。

「・・・ついてないなぁもう。
・・・もしかして龍蓮・・・この雨の中迎えにきてくれたの?」

そういえば、彼の服はずぶ濡れだ。
今は少し室温で乾いてきて水滴が落ちないくらいになっているがあまり乾いたうちには入らない。

「友の為なら雨風吹こうとも飛んでいくぞ」
「・・・ありがとう・・・」

龍蓮は泣き笑いの表情で を抱きしめた。

「・・・本当に、無事でよかった・・・。
に何かあったら・・・私は・・・
私は・・・一生後悔していた」
「大げさね。
私が選んだんだもの。龍蓮に罪はないわよ」

は龍蓮の背中をぽんぽん、と叩いた。

「兄上のことなら気にしなくてもいいから・・・」
「・・・・・」

龍蓮は眉をひそめて をみた。
どうやら期待していた台詞と違っていたらしい。
は首をかしげながら、龍蓮から離れた。
そして外を見て、怖気そうになる自分を叱咤した。

「・・・さて、気合入れて帰りましょうか」



「うっわ〜、酷い中ご苦労さん」
「・・・大丈夫ですかっ!? さん龍蓮さんっっ」

宿に入った二人を出迎えたのは懐かしい顔ぶれだった。
懐かしさに不快な気分も吹っ飛んでいく。

「・・・うわ〜、影月くん久しぶり。
少し背伸びたじゃない?」

影月から渡された手巾を受けとりながら笑顔で言った。
嬉しくて濡れている事も忘れてしまいそうだ。
そのまま抱きしめたかったが、影月まで濡らすわけにはいかない。

「・・・・えっ、本当ですかっ?」

の言葉に物凄く嬉しそうに反応する影月は、見ていて可愛らしいものだった。
きっと将来は期待できるだろう。
当然のことだが一枚だけで拭き取れる程度ではない。
今すぐ、風呂に入りたい気分だ。
しかしこのまま先に進めば宿の方にも迷惑がかかる。 は軒下で袖を絞った。
影月は一枚で足りない事に気付き、他の手巾を取りに中に走った。
着物を絞っても絞っても大量の水が出てきた。
女としてどうかと思うが、いっそのこと脱いでしまいたい。

本当にそれを実行しようかと帯に手をかけたとき後ろから声がかかった。

「大変だったなぁ・・・この雨ん中。
どこにいたんだ?」

の手はそこで止まった。
上を見れば頬に傷のある青年が立っていた。

「・・・あぁ燕青、久しぶり。
聞けば貴方達も菊の邸に来たって言うじゃない。
ついでに回収して欲しかったわ」
「げっ、あそこにいたのかよ。
大丈夫だったか?」

主語がないが、 はその意味を正確に汲み取った。

「無事よ。
・・・やっぱりあの髭面よりこっちの方が良いわねぇ・・・
いつみても思うけどあの顔は詐欺よ。」
「お前んとこの尚書さんよりはましだ」

今のところそのネタで話せるのは彼くらいしかいないだろう。
はふっと笑った。

「本当ね・・・私も初めて見た時ビックリしたわよ」
「それにしてもよくあの忙しい部署から出て来れたなぁ・・・
人増えたのか?」
「いや、変わってないわ。
一応私の出ていった分の応援は来るらしいけど・・・それもどうだか」
「景侍郎は?」
「元気よ。相変わらず黄尚書のお世話で忙しいみたいだけど。
あっ、燕青にもし中央に戻ってきたら秀麗ちゃんと一緒に是非戸部で働いてください、だって。」
「うわー、またあの尚書にこき使われるのかよ。勘弁」
「働き甲斐はあると思うけどねぇ。
むしろあの黄尚書の鞭と景侍郎の飴との絶妙な組み合わせが癖になりそう」

燕青はその言葉に一瞬固まった。

「・・・部署変更した方がいいんじゃね?」

そして全うな意見を述べたのである。

さーん、お風呂の用意が出来たそうです。
どうですか?」

後ろで影月の声が聞こえた。

「あっ、じゃ使わせてもらおうかな。」
「えっと・・・では着替えは香鈴さんに頼んでおきますので・・・」

パタパタと走っていく影月をみて は首を傾げた。
香鈴?

「燕青、香鈴って誰?」
「あぁ、影月の未来の奥さん」
「・・・えぇっ!?!?」

思わず、絞っていた手巾を落っことしかけた。
・・・まだ子供だと思ってたけど・・・見かけに寄らず手が早い・・・
の驚きっぷりに燕青が苦笑した。

「・・・いや、俺の言い方が悪かった。
まさかそこまで驚くとは思わなかったし・・・。
まぁ今は二人ともほのぼのと仲良くしてるから見守ってやれや」
「・・・はぁ・・・そういうこと。
凄く驚いた。
で、可愛いの?」
「あぁ、一言でいえば深窓の姫って感じだな。
むしろ、深窓。
その割には行動力あって、言いたい事言いまくってるけど」
「たくましい姫様ねぇ・・・。
まぁそれがおっとりとした影月くんにぴったりなのかも」
「・・・あぁ・・・そういえばそれなんだが、香鈴の嬢ちゃんにはしばらく影月について何も言わないでくれ」

気まづそうに目をそらした燕青が耳打ちした。

「さっき金華城で暴れた時、龍蓮が影月に酒飲まして『陽月』にしたせいで、香鈴嬢ちゃんがご立腹だ」

なんとなく察しがついて は頷いた。
どうせ陽月の事だ。「うるせぇ邪魔だ」とかなんとか言ったのであろう。

「前途多難ねぇ・・・微笑ましい」
「いや全く」

では早速風呂に、と一歩踏み出したところであることを思い出した。

「・・・そうそう、燕青。
今鄭補佐ってどこにいらっしゃるのかしら。
今は琥lの方に?」
「黄尚書から何も聞いてないのか?」
「うん」

燕青は少し沈黙した後答えた。

「まぁ今は琥lの方にいる。
あとで合流するつもりだから、そん時にでもあえるだろう」
「そう、じゃその時は少し話す時間・・・あるかしら?」
「・・・あぁ、多分とってくれるだろうな。
一応、同期の部下なんだし・・・話したいこともあるだろうよ」
「ん、ありがとう」

は、燕青に絞った手巾を手渡し、有難く湯をいただくことにした。


全てを流し綺麗になった、 は気分よく皆のいる室に戻った。
丁度夕食の時間だろうか。
室の扉を叩き、入った瞬間近くにいた人と目が合った。

『・・・あっ・・・』

驚いたのも一瞬。すぐに青年はいつもの笑顔に変わった。

「またお会いできましたね。お嬢さん」

先ほど出会った商人さん。
・・・何故ここに?
隣に座っていた燕青が二人を交互に見た。

「おっ、お前ら知り合いか?」
「えぇ・・・今朝会いまして・・・。
菊の邸の場所を聞かれまして教えてあげた次第です」
「その節はありがとうございました」

意外に仲良さそうな二人に燕青が首を振った。

、こいつだけは絶対に止めとけ。
守銭奴中の守銭奴だ」
「浪補佐、五月蝿いですよ。
全く、人の評判を下げようとして・・・。
名は存じております。茈 さんですね。
お近づきの印に是非その腰に馳せてる短剣と扇を見せていただきたい・・・・」

眼鏡を上げながら青年はニコリと微笑んだ。

「お前狙いはそれかーっっ!!」

は二人のやりとりに思わず噴出してしまった。
・・・が彼の申し出は絶対に断らなくてはいけない。

「残念ですが、これは父と母の形見なんです。ご勘弁を」
「そうですか・・・。気が変わったら是非に。
改めまして、僕の名は柴彰。
全商連、金華特区長をやらせていただいてます。」
「・・・それは・・・凄い商人さんでしたか・・・
目利きの能力だけは賞賛しましょう。でもこの短剣と扇は触れさせませんよ」
「固いお人だな。
個人的には物凄く興味あるんですが・・・。
なんでしたらこのごたごたが終わった後にでも」
「・・・ごたごたが終わった後か・・・。
茶州にももう寄る機会ないかもしれないですしね・・・」

はふといい事を思いついた。

「では、こうしませんか?
私今凄く欲しいものがあるんです。
それを半額の値段で購入させていただけたらこのごたごたが終わった後に触らせてあげましょう。
勿論、売りませんよ」

ここにいた全員が の台詞に注目した。
彰の実力はここにいる全員が理解していた。

その生粋の商人に割引を出してきたのだ。

「へぇ〜、戸部VS全商連か・・・」
「ほぉ・・・戸部に在籍でしたか。
今の尚書さんは凄く出来た方だと聞いております。
その手腕一度拝見してみたい」

なにせ、赤字財政を瞬く間に黒字にしてしまった人物なのだから。
お金を扱う商人としてその手腕は是非とも生で見てみたいものだ。

「夏になれば短期で雇ってもらえるから行ってこれば?彰(笑)」
「・・・そうなんですか?朝廷が?」
「まぁ、水面下で色々あるけど。
から話通してもらえば今からでも喜んで雇ってもらえると思うぜ」

・・・雑用だけど。

「・・・っと話をはぐらかさないでくださいね。
私の用件に応じますか?」
「品物を聞いてからでないと無理ですね。
それに半額なんて無理です。一割なら考えましょう」

「それって全然まけになってないです。
四割。私ここから動きませんからね」

二人の目がキラリと光った。
ここからが本場の勝負だった。
戸部の維持にかけても勝ってみせます鳳珠様っ!!

   

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