「目覚めたか・・・」

深夜の執務室でリオウは呟いた。
先ほど王についていって珠翠の暗示は解いてきた。
その影響は にまで届いたのだろう。昨日と今日では朝廷の空気が全く違う。
・・・ が本格的に力に目覚めた。
この力の強さならば各地に散らばる縹家の者全てが気付くであろう。
また面倒事になりそうなのは

羽羽を先に休ませ、リオウは山になった書簡にため息をついた。
・・・何故こんなところにきてしまったのだろう。

リオウは嘆息して立ち上がった。

・・・何故、自分が・・・。

どう考えても貧乏籤を引かされているに違いない。


++++


・・・眠れない・・・。
は疲労に浸かった体を寝台から起こした。
大抵の事は睡眠をとれば次の朝には回復するのだが、最近その睡眠も満足に取れていない。
それもこれも清雅が訪ねてきたあの夜からだ。

一番の変化といえば第六感と呼ばれるものがさらに備わったように感じる。
場内の人の気配が手に取るようにわかる。
特にリオウ、彩七家出身の人達の力が特に強い。

縹家の力というのがこれなのか・・・?

は歯噛みした。
感覚が鋭くなった分、体がそれに追いついていない。
いらない思考が目先の事を邪魔し、集中できない。
確かに便利な力なのかもしれないが、使いこなせなければ邪魔なだけだ。
諸刃の剣・・・ってやつ?
使いこなさねば自分がその力に食われそうだ。

それに夢見も最悪だ。
世界が崩れ闇に染まり、最後には誰もいなくなる。
目が覚めても闇は続く。
・・・夜が長い。
毎日徐々に減っていく睡眠時間に は泣きそうになった。
眠らなければ精神状態も危うくなってくるらしい。

「・・・少し散歩すればいいかしら・・・」

体内に熱がこもり顔が熱い。
は上着を羽織ってのろのろと戸部から抜け出した。


無心のまま足が向かったのは府庫であった。
扉をあけ、暗い室内を真っ直ぐ進む。
進んだ先は府庫の奥の小さな机がある場所だった。
・・・幼い頃よく劉輝と遊んで、邵可に勉強を習った場所・・・

「・・・ か?」

そこには先客がいたらしい。

「・・・兄上・・・?」

昔と変わらずそこに座っていた兄。
は始めて府庫にきていることに気付いた。
劉輝は の恰好をみて顔色を変えた。
夜着に軽く着物を引っ掛けただけ、髪は解いて寝起きのままで乱れている。靴も履いてなく裸足のままだ。
季節的には・・・とかそういう問題ではない。
これは、まるで・・・
劉輝は の肩を掴んだ。

「何かされたのかっ!?」
「・・・は?」
「誰だっ!?余に出来ることがあれば何でも相談・・・」
「何の事です、兄上・・・。私はただ散歩に・・・」

は自分の恰好に今気付いて固まった。
確かにこれは劉輝も驚くであろう。
今まで誰にもすれちがわなかったのが奇跡だ。

「心配をおかけしましてすいません。
眠れなかったものですから・・・少し気晴らしにと・・・。
この恰好な事は謝ります。うっかりしてました」

お兄ちゃんとしては、うっかりでは済まされない大事だった。

「誰にもすれちがわなかっただろうな!!」
「・・・はい、多分・・・」
「もう絶対してはならぬぞ。戸部まで送るから・・・」
「・・・申し訳ありません」

の目がうとうとしている事に劉輝は気付いた。
この分ではあまり寝てないか・・・?
光の関係かと思っていたが、彼女の眼の下にあるのは正真正銘の隈だ。
どうしてここまで酷くなっているのか劉輝には分からない。

とりあえず、本棚を背に を座らせた。

「・・・ 寝ているのか?」
「・・・寝ようとはしているのですが・・・寝付けなくて・・・」
「・・・心配事でもあるのか?
夢見が悪いのか・・・?」
「・・・夢見・・・そうですね・・・」

何が心配なのか分からない。
ただ未知なる不安があるのは自分でもうすうす分かっている。
闇の中に消えていく劉輝を見るのは勘弁だ。
劉輝はにこりと笑った。
幼い頃この場所で向かえてくれた時と同じ笑顔。

「では が寝るまで私がついていてあげよう。
私も・・・秀麗と一緒に寝てから悪夢が止んだんだ」

劉輝は の隣に座り手をつないだ。
は劉輝に寄りかかった。
劉輝の手は温かく冷えた の手を少しずつ温めた。
が寒がっているのが分かったのか劉輝は上着を一枚 にかけた。

劉輝が何かを話してくれていたがそれも途中で分からなくなった。
久しぶりに長い夜を過ごさずにすむかもしれない。


「・・・寝たか・・・」

記憶正しい寝息が聞こえ、劉輝は微笑した。
あとは起こさずに戸部へ運ぶだけだが・・・。
・・・こんな を運ぶためにどれだけの苦労が必要なのだろうか・・・。
劉輝は一瞬現実逃避をした。
全て上手くいっても最後に黄尚書に見つかれば終わりだ。

その時、一つの影が劉輝達を黒く染めた。
劉輝が顔を上げるとそこにはリオウがいた。

「おぉ、リオウか。
どうしたんだ?子どもはもう寝る時間だぞ」

の気配を辿っていくと何故か府庫にいて、何故か王も府庫にいた。
急に静かになったと思ったら寝ていたのか。
さっと の様子を目で観察する。
特に苦しそうな様子は見えない。
夜の の気は恐ろしく不安定でリオウまでに影響を与える。
しかし、今はどうだ。
近日にみない安定な気を発している。
相当劉輝の影響が大きいとみた。
不思議な王である・・・。

何もいわないリオウに劉輝が眉を潜めた。

「・・・いや・・・別に に気があるとかそういうわけじゃなくてな・・・
これは・・・」
「知っている」

リオウは の傍にかがみこんで、 の額に指を当てた。
そしてそっと念を送る。

「・・・リオウ?」
「少し・・・・いやかなり の力を制限した。
これだけ漏れていたら邪魔にしかならないからな。
これで の悪夢は止む」

もしかしたら風雅あたりが の力を抑えていたのかもしれない。
だからこんなに力の目覚めが遅かった。
風雅という支えがなくなり、少しの時間を置いて の力が目覚めた。

なるほど、今になって縹家が騒ぎ出すのも道理だ。
リオウは懐から袋を取り出し、紐をかけ、 の首から提げた。
これで少しは の力を制限できる。

「・・・リオウ・・・そなた を・・・」
「知っていないわけないだろう。
俺は縹家の、しかも当主の息子だぞ」

劉輝は言葉を失った。

「別に俺は に手を出すつもりは今ない。
・・・お前に言っておこう。
最近だが、 は縹家の異能の力が目覚めた。
が持つ力は凄まじく強い。
力に対して器が脆く、その力は の体を侵食し始めている。
このままの状態でほって置くとその強い力に飲まれ、 は死ぬ。

・・・一応・・・簡単な呪いと力を制限する宝珠を持たせてある。
だが、これは気休めにしかならない。一時的なものだ」

この力の強さであれば、一年持つかどうか・・・


「根本的な解決方法としては 自体が強くなる事しかない。
縹家にいけばそれなりの修行ができるが、こいつは行かないだろうな」

行けば世俗と永遠に解離することになる。
進む先は闇。

劉輝はカタカタと震える拳をギュッと握った。

「・・・他に方法はないのか?」
「さぁな?
ほとんどは縹家で修行して何とか克服するか、死ぬか。
それしか俺は見たことがない。
望みをかけるとしたら の力と奇跡を信じるしかない。
元々が大層な器だ。この力に順応できる可能性は十分にある」
「・・・そうか・・・」

劉輝は の髪をそっと撫でた。
たった一人の妹だ。
愛する者は一人たりとも失いたくはない。

「・・・ なら大丈夫だろう・・・。
余と違って は何でもできるからな」

リオウは嘆息してその場を去ろうと踵を返した。
これ以上兄妹のほのぼのな光景を見せ付けられてはたまったもんじゃない。
ふと秀麗の言葉を思い出した。

「・・・その・・・王・・・」
「なんだ?」
「・・・以前・・・藍家の姫の話で・・・」
「あぁ、なんだ?いい方法でも考えてくれたのか?」

背中に劉輝の視線を感じる。
信じられないほど純粋で優しい王。
――劉輝は優しいから、謝ればきっと許してくれるわ
秀麗の言葉が蘇る。

「・・・言い過ぎた・・・。その・・・悪かった・・・」

劉輝は一瞬きょとんとした。
リオウが自分に何か悪い事をいったか?
劉輝の言葉を待っているリオウに気付き劉輝は微笑した。

「・・・リオウはいい子だな。
でもリオウは何も悪い事は言っていないぞ。
リオウは正しい。」
「・・・しかし・・・」

劉輝は眠っている を抱きかかえて立ち上がった。

「眠れないならしばらく余の室にきて刺繍でもするか?
少しは気が楽になるかもしれないぞ」
「・・・刺繍?」

まだ人と付き合いの浅いリオウはぶっとんだ思考の王についていけなかった。
悪態が喉まででかかったがグッと堪える。
これでは以前と変わらない。
難しい事を考えるのはやめ、リオウは素直に頷いた。

「そうか。ついでに藍家の事も考えてくれたらいいのだが・・・」
「一人で頑張れ」

やっぱり悪態をつかずにはいられなかった。

++++


「・・・黄尚書全て完了いたしました」
「ご苦労、休んで来い」

は跪拝をして尚書室を出た。
劉輝と府庫で会って以来、体の調子が物凄くいい。
睡眠もしっかりとれるようになったし、悪夢もやんだ。
起きた時に宝珠が入ったお守りが首から下げられてた。
きっと劉輝が付けてくれたものだろう、と考え はずっと身につけている。
人の気を感じる力は弱まったが、それでもリオウや他の彩家の血を引く人たちの気配は微かに感じていた。
その中で気になる事が一つ。

「・・・後宮に・・・誰かいる・・・」

リオウまでとは言わないが彩家の者より遥かに強いその気配。
はずっと謎に思っていた。
今日は少し早めに休憩をもらった。
思い立ったら即行動。

は駆け足で食道に向かい、珀明宛に置手紙を残してこっそり後宮に向かった。
適当な着物のあわせを着れば後宮女官に見えなくもないだろう。


――我ニ従エ・・・

声は一向に弱まる気配を見せない。
珠翠は人目のつかない庭の隅にうずくまっていた。
リオウとあってからというもの時が流れるにつれて、命じる力が強くなっていく。
まだ、私にはやる事が残っているのに。
気を抜くと発狂しそうになる。耐えられない。
脳裏に大切な人達の顔が浮かぶ。
駄目だ・・・まだ・・・駄目・・・
彼らを・・・傷つけさせるわけにはいかない・・・

『用件は”黒狼”から聞いているな、珠翠。
二度は言わぬ、我が娘を守って欲しい』

何故こんな時に思い出すのだろう。
昔、後宮にいた同属の姫君を。
最も縹家の者らしく、最も縹家から遠い人。

『珠翠、私は家を出た事を後悔していない。
後悔しているのはこの身にある力のみ・・・。
この子を中途半端にしたまま私はこの世から消えてなくなってしまう・・・』

まだ生まれたばかりの子を抱いて、一度姫君は力なく息を吐いた。
冷たい表情のまま、ただ声音だけが寂しそうに。

『この子を頼んだぞ、珠翠』

周囲にも自分の子にも厳しかった姫君は、何故か自分には優しかった。
『無能』を嘆けば、そんな力いらぬ。とはっきり答えてくれたし、怪我をすれば自ら手当てをしてくれた。
そして何度も謝るのだ。
私のせいですまぬ、と。
そなたは、もっと綺麗に育つべきだと。
こんなことをするために生まれてきたのではない、と。
たくさんの着物や装飾品を与えてくれた。娘以上に可愛がった。
その真意が見えないまま、彼女は目の前から、そして記憶からも消えた。

氷の面で太陽のように優しかった姫君。

今まで綺麗に忘れていた。
何故忘れていたのか。あんなにもずっと仕えてきたのに。
あの姫君はどこへいってしまったのだろう。
そしてその娘・・・ 姫も・・・

「・・・ ?」

珠翠は思わず呟いた。
耳に新しいその名前は三年前ほどからこの朝廷で良く聞くようになった。
ザァァと風で周囲の木々が揺れる。
カサ、と草を踏み分ける音がした。
珠翠は振り返る。そして瞠目した。

「・・・お呼びですか、珠翠殿?」
「・・・風雅・・・様・・・?」

太陽を受け風に揺れる銀色の髪。
全てを飲み込むような漆黒の瞳。
誰もを圧倒させるその存在感。
まさに姫君がここに現れた。

「・・・今までどちらに・・・っ」

すがりつくようにこちらにきた珠翠に は焦った。
どうやら母と間違われているらしい。

「あの・・・ごめんなさい。
でごめんなさい。
・・・その・・・っ・・・母は・・・」

言いよどむ をみて珠翠は我に返った。
目の前にいるのはかつて見た姫君ではない。

「・・・ 様・・・」
「後宮女官筆頭の珠翠殿に『様』付けで呼ばれるなんてとんでもない。
仮にも歳下ですし、下っ端官吏ですし、お気軽に 、とお呼びくださいませ」

まだ小さかった姫君は立派に成長した。
風雅の面影は残るが、その笑みに劉輝の印象も伺えた。
やはり先王と風雅の子どもだ。
はしゃがみ珠翠と目線を合わせた。

「何故、こちらに・・・」
「私は知らなかったけれど、母は知っていたようですね。
どうやら最近私は異能の力に目覚めたようです。
それから色々気配を感じ取れるようになって・・・。
後宮から強い気配を感じ、璃桜の手下かと思って来てみたら貴方だったとは・・・」
「・・・ ・・・様・・・」
「珠翠殿なら安心しました。
あぁ・・・そういえば、兄上もお世話になっているとか。
世間知らずの甘えん坊ですが、これからもどうぞよろしくしてやってくださいませ。
また、お時間があるときお話なんか出来たらいいです。
昔は物凄くお世話になったし、積もる話もあるでしょうし、また連絡します」

では、と が立ち上がるのを珠翠は反射的に止めた。

「お待ちください・・・。 ・・・様・・・」
「・・・・?」

珠翠の様子にただならぬものを感じた は眉を潜めた。

「・・・何かあったの?
私に出来ることであれば・・・」

・・・といっても珠翠に言い寄る変質者を力で追い払うくらいのことしか出来ないと思うが・・・

「・・・私には・・・珠翠としての時間が・・・長くはありません・・・」
「どういうことですか?」
「近く、私は縹家の駒になるため自我を失います」
「・・・なっ」

縹家の手は知らないところで伸びていた。
自分や秀麗だけでなく珠翠にも・・・
珠翠は の腕を強く握った。そしてすがるように呟く。

「貴方だけに頼めることです。
手が付けられなくなる前に・・・
・・・私を殺してください」
「・・・何を・・・」

はしばらく反応できなかった。
それでは・・・まるで・・・

「・・・私にできるわけが・・・」
「ごめんなさい、 様にこのようなことを頼むのは間違っていると思います・・・。
しかし・・・私を止められるのは貴方しかおりません」

「どうか・・・私の願いをお聞きください。
・・・ 様・・・」

――役目ヲ 果タセ・・・

「・・・っ」

頭を抱えしゃがみこむ珠翠に はただ抱きしめることしか出来なかった。

「珠翠殿・・・っ。
今すぐ人を・・・」
「殺してください。私が私であるうちに・・・」
「・・・そんなこと・・・できるわけないじゃない・・・っ」

は珠翠に手刀をうった。
くたりと珠翠が倒れこむ。
は自分より頭一つ高い珠翠を何とか抱えた。

珠翠は後宮の中で唯一の味方であった。
味方であり姉妹のようであった。
自分の身を捨て、 を庇い、良心を捨て、血を被った彼女を何度も見てきた。
・・・命の恩人といっても過言ではない。
あの冷たい後宮の中で珠翠の存在にどれだけ助けられたか、貴方は考えたことがありますか?

「・・・珠翠殿。
私には貴方を殺すわけにはまいりません」

命の恩人であり、姉であり、相棒であり・・・
は涙を堪えて言い捨てた。

「・・・これでは、貴方を殺すために私は生かされたようなものではないですか・・・っ。
そんなこと絶対させないし・・・絶対しない」

自分たちの親子せいで彼女の華の時代はすぎてしまった。
彼女から全てを奪ってはいけない。

「次は私が貴方を守る番です。珠翠殿」

適当な部屋の寝台に寝かしつけ は室をでた。


『・・・珠翠・・・』

『今はそなたが を守れ。
いつかこの子がそなたを守る日がくるであろう・・・
それまでこの子を頼む』

それは遠い約束の。


   

++++

あとがき

リオウくんが謝るのは王と珠翠が一緒に刺繍をしていた時のことですよ。
・・・うん、知ってる。
なんとなく、王とリオウが揃ったのでちょっと謝らせてみました。
もっと良いシーンにするべきでしたね。

元々夢主と珠翠は繋がっていたんだよ?ということをここでお伝えしたかった。
の命が危ないと思った先王様は邵可に頼んで珠翠を護衛に頼みまして、王座争い直前まで一緒におりましたとさ。
・・・記憶のあたりは・・・まぁうん、まだ謎ということにしておいてくださいませ。
特に深い意味も捻りもない話です。

・・・別に劉輝とくっつけるつもりはないのですが、劉輝はナチュラルに絡んできます。
これも愛ユエー。
ちょっと行き過ぎたシスコン万歳。全く違和感持ってないブラコンな妹も万歳。
ちなみに清苑お兄様がこんなことすると妹、トキメキで軽く死ねます。

・・・それより話の展開の順番を激しく間違えた気がするのが否めないのですが・・・もう良いや。
まだまだ課題がいっぱいで本編に辿り付けないのですが、どうすればいいですか?
書くしかないですか?



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