桃仙宮の一番広いところに十三姫はいる。
は彼女が見える木の上に陣取り、ただひたすら時が来るのを待っていた。
久しぶりに振るう本気の太刀。
自信がないわけではないが、それでも緊張はする。

毎日神経を張り詰めて生きていたなんて、今では本当に信じられないくらいだ。
肌身離さず持っていた短剣と扇がこんなに重く感じるなんて。

空を見上げた。
月はない。

ただ闇の中ひたすら待っていた。

楸瑛が来た。
そして隼と呼ばれる男が現れて・・・
何かしら三人の間で言葉が交わされ、剣が交じり合い、
そして・・・
は一つの気配を読み取り、動いた。
それは反射的なものだ。
その速さでないと相手に追いつけない。

室に二つの影が入ったのは若干ズレがあった。

「・・・っ!?」

真っ直ぐに十三姫に向かう影と降り注ぐ影。
十三姫が太刀を手に取った瞬間、二つの影が十三姫の前に実体となって現れた。
ギン、と金属がぶつかり合う。

室内に一拍、静寂が下りた。

一瞬のうちに十三姫の目の前に二人の兇手が刃を交えあっている。
その光景に十三姫も楸瑛も隼も言葉が出なかった。

「十三姫、下がって・・・」

聞き覚えのある声に十三姫は瞠目した。

「・・・なんで、貴方がここに・・・」
「下がって。邪魔よ」

一目で互いの力量が分かった十三姫は声の指示に従った。
遅れて震えがくる。
楸瑛や隼の真の実力がみれた時も驚いたが今ほどではない。

は苦笑した。
一応・・・バレないように口元は隠しておいたのだけれど・・・。
鳳珠様の仮面・・・借りてこれば良かったかしら?
相手は狐で顔を隠しているのに・・・。
楸瑛と隼の方は邪魔するつもりはないらしい。
十三姫を庇った事で敵ではないと認識してくれたのだろう。

すっ、と相手の狐の仮面が取れた。
は至近距離で相手を睨む。

焦点が定まっていない。
この目を自分は知っている。
ギリッと歯噛みした。

「・・・珠翠殿・・・」

呟いた声から悔しさが滲み出る。
自分の無力を思い知る。
こんな風にさせるつもりはなかった。
これも私の力不足か・・・

「珠翠殿っ!」

楸瑛の声が背後からした。微かに珠翠の動きが鈍る。
はその機会を逃すことなく攻撃にでた。
最新型の乾坤圏。こんなもの、今の珠翠には必要ないのに・・・っ。
痺れの引いた手で武器を持ち直し珠翠に向かう。
手加減は出来ない。間違えればこちらが逆にやられてしまうから。

二人の剣さばきに流石の楸瑛も隼も絶句した。

数回打ち合っていると段々分かってくる。
操られているだけだ。珠翠も自分を認識してなんとか自制しようとしてくれている。
長く後宮にいた人間と朝廷で雑用をしてた人間の差はそれなりにあった。

珠翠の片方の乾坤圏が飛んだ。
これで十三姫に向けて投げられる心配もない。
を片手で防ぐのだけでも難しい。
もう片方も封じさせてもらうっ!

が珠翠との間合いを取った瞬間、二人の間に棍が飛来した。
は見覚えのある棍にぎょっとした。
・・・あれは、見間違えるはずがない。
かなり集中して相手をしていたため、周囲の気配に気がつかなかった。

「珠翠っ!」

聞き覚えのある声に はビクリと方を振るわせた。
・・・秀麗ちゃんっ!?

ここで正体がバレると何かと厄介であろう。
珠翠も一瞬正気に戻ったようだし、この場は問題ない。
藍家の精鋭と燕青もいることだし・・・

撤退。


は桃仙宮の屋根の上で一息ついた。
夏が近いこともあるが、じっとり汗をかいている。
口元を隠す布を取って息をした。
久しぶりに全力を出したので少し筋肉が悲鳴を上げているらしい。
明日には筋肉痛だろう。
・・・何年ぶりになるだろうか。
分かった事は珠翠が縹家の手に落ちてしまったことと、今後この力を使わなくてはいけないこと。
後宮を出てから、もうこの力を使う機会はあるまいと思っていたのだが。
自分も平和呆けしたものだ。

珠翠が桃仙宮から出る。
もそれを追った。


珠翠を追いかけるのは楽であった。
徐々に速度は落ち、桃園の片隅で珠翠は倒れた。

「珠翠殿っ!」

珠翠の体からは汗が大量に流れていて、ぐったりしている。
は何とか抱き起こした。

「珠翠殿っ、しっかり・・・珠翠ッ!」

呼びかけたら微かに反応はあった。

・・・さま・・・」

自分の名前を言ってくれたことが嬉しかった。
珠翠を抱く手に力がこもる。

「申し訳・・・ありません・・・貴方に・・・刃を・・・」
「謝るのは私の方よ。
止める事しかできなくてごめんなさい・・・」

後悔の念が混みあがってくる。
でも、今は悔やんでいる場合ではない。
は懐から石を取り出した。

「珠翠殿、これ。
持っていれば少しは楽になる。
持ってて・・・」

その言葉通り、珠翠の手に宝珠が触れた瞬間、珠翠の意識ははっきりした。

「いけません・・・これは 様の・・・」
「私はまたリオウからもらうわ。
本当はちゃんとしたものをあげたかったのだけれど。その宝珠、私の強すぎる力で結構ボロボロなの。
お古で悪いのだけれど・・・。
ごめんなさい。
こんなことしかできなくて・・・」
「・・・そんな・・・」

泣きそうな珠翠に はニコリと笑った。

「大丈夫。
今回の件で私が相当力不足な事が分かったから。
もっともっと強くなって、力も制御して・・・
次は守ってみせる」

『いつかこの子がそなたを守る日がくるであろう・・・』

・・・あぁ、風雅様。
様は、立派に成長なされた・・・。

「いや、もしかしたら別の人が助けてくれて私はお役御免かもしれないけどね。
ほら、藍将軍とか!」
「あの方には死んでも助けられたくありません」

・・・おおう、即答。
は苦笑しながら珠翠に微笑んだ。

その時、草を踏み分ける音が背後から聞こえた。
が殺気を飛ばすと男は両手を上げた。
さきほど楸瑛と一緒にいた隼だ。

「勘弁。
あんたとは殺り合いたくねぇよ。
・・・って・・・あんた・・・縹家の人間か・・・?」

この暗闇の中で の髪と瞳の色で縹家の人間と分かるなんて、只者ではない。
が気を緩めずにいると男は軽く息をついた。
少し燕青を思わせた。
普通にしていれば全く害はない。人の良い青年だ。

「約束する。”黒狼”にも誓った。
その娘さんを俺に任せてくれないか?
丁寧に扱う」
「・・・・。」

”黒狼”・・・。
も正体は知らない。
”風の狼”の一人で、珠翠の上司。
父も信頼していた上、隼も大人しく従っているようだ。
は息を吐いた。

「・・・分かった・・・。
ここにいたままでは珠翠殿も辛いものね。
お願いするわ」

隼は珠翠をひょいと抱え上げた。

「お前はこんなところにいていいのか?」
「私を知ってるの?」
「・・・さぁ?・・・誰?」

あまりにも無害な顔なので はついうっかり名乗ってしまった。
別に知られて損することもないだろうし。

「・・・茈・・・

一拍おいて隼はニカッと微笑んだ。

「あぁ、あのお嬢ちゃんの片割れな」

数年前の国を驚かす国試合格者の中にいた気がする。
久しぶりに はイラッときた。

「かっ、片割れってなんですか。
どーせ私は万年雑用よ!秀麗ちゃんみたいに奇想天外な活躍なんてこれっぽっちもしてないわよ!
フン、私が抜けたら六部がどうなるか楽しみだわ!」
「・・・もしかして女官吏ってのは、こんな性格のやつしかなれないのか?」

隼の考えもなしの発言に はプツンと切れた。

「お褒めの言葉ありがとうございます。
残念ながら相当神経図太くないと渡っていけないのがこの朝廷。
そりゃあ少しくらい性格も歪むわよ!!」
「・・・うん、ごめん。悪かった」

流石の隼も地雷を踏んだと分かったらしくこれ以上何も言わなかった。

「じゃ、俺行くわ。
あの剣捌き、惚れたぜ」
「次に会う時はもっと磨いてくるから覚悟してなさい」

・・・え、俺・・・?
隼は苦笑して跳躍した。
は気配がなくなったのを感じ取り、桃園を去った。
宝珠がなくなったことで、自分の中の力が強く渦を巻いているのが分かる。
前はこんなこと全く感じなかったのに・・・。
少し成長した事を喜んだ はその足で禁池に向かった。

後のことは秀麗ちゃんや十三姫がなんとかしてくれるだろう。
その辺は私の管轄外。


禁池に波が起きる。

は自分の力の強さを改めて思い知った。
・・・こんなもの野放しにしておいたなんて・・・。
こりゃ・・・確かに死ぬわ・・・。
池に入っているうちは楽なのだが、出たら先ほどの力が戻ってくるだろう。
夏に近付きそれなりの気温はあるので風邪を引くことはないが・・・
出られないのはいささかまずい。

これだけの力を大量放出しているのだから誰か気づいてくれるだろう、というかなり他力本願でいるのだが・・・。
もしシカトされたらどうしよう。
こんな池で死ぬのは勘弁だ。
本当に自殺扱いにされてしまう。

その時不機嫌そうな声が闇から聞こえてきた。

「・・・おい・・・宝珠をどこへやった・・・」

はその声に笑んだ。

「丁度良かった。リオウ宝珠頂戴!」
「・・・宝珠をどこへやったと聞いている」

怒っているらしく、声はいつもより低かった。
そのまま回れ右させるのは勘弁なので、 は真面目に答えた。

「・・・珠翠に渡した。
少しは楽になるかと思って・・・」

珠翠の名前にリオウの瞳が少し揺れた。

「・・・そうか」

リオウは懐から新しい宝珠を出し池に投げ入れた。
池の波が少しずつ静まっていく。

「ありがとう!リオウ」
「・・・それが最後だと思え」

そういって、リオウは戻っていった。
は池に潜り、宝珠を手にした。
新しくもらった宝珠はまだ馴染まないが、それでも の力の荒れを緩和してくれる。

「危機一髪・・・」

は体の力を抜いて水に浮いた。
月のない空を見ながら、無意識に呟いた。

「世の中・・・全部うまくいく方法ってないものかしら・・・」


++++


「おはようございます、黄尚書」

今日もまた、同じ朝が始まる。
最近外朝に泊まりっぱなしの だが、以前より元気になっているので、特に鳳珠は何も言わないことにした。
の笑顔に仮面の下で静かに微笑む。

「早速だが、尚書室を片付けろ」
「御意に」

楽しそうに鳳珠の後についていく に柚梨が声をかけた。

「・・・なんか嬉しいことでもあったのですか? くん」

その言葉に は苦笑した。
嬉しい・・・?世の中常にその逆だ。

「戸部で働いてる時が一番楽しいですよ」
「・・・それは・・・」

柚梨はとりあえずニコリと笑っておいた。
仕事が一番楽しいなんて、やっぱり鳳珠とずっといすぎたせいだろうか。
今が一番楽しい時なのに仕事なんて・・・。
まぁ行き遅れてもどの道鳳珠にもらっていただけるとして、やっぱり くんにお休みあげた方が・・・。
朝から真剣に悩む柚梨に鳳珠が首を傾げたのは、それから少し経ったときのこと。

そしてまた闇は日常の中に溶けていった。

   


ーあとがきー

凄い時間があいてしまってすいません。
とりあえず『青嵐編』完了です。

珠翠とのシーンがちゃんと書けたのと、最後の柚梨のオカンっぷりに満足したので何も言うことはあるまい・・・。


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