「・・・あの、お待たせしました」
「準備はできた?
では、行こうか・・・」

三人の同じ顔を持つ青年の後を は黙ってついていった。
いざ藍家当主を目の前にすると、さすがの も緊張する。
そのうちの一人が をチラリとみた。

「君は・・・」
「・・・はいっ」
「いや、龍蓮が来てからにしよう。
しばらく邸で休んでいると良い」
「・・・ありがとうございます」

お構いなく。

静かに笑む、その表情はどこか楸瑛を思わせた。
そりゃ似ているか。兄弟だし。


山の上の泉の奥に立っていた藍本邸は、玉龍に合ったものとは比べ物にならないくらい質素であった。

今は、三つ子とその妻、玉華しかいないという。
もっと凛と美しい人を想像していた は、少し驚いた。
そばかすがあり、顔もとりたてて綺麗というわけでもない。
しかしその笑顔から人の良さと、強い意志が感じられた。
は玉華に礼をとった。

「お初にお目にかかります。茈 と申します。
・・・お見知りおきを。」

玉華は の礼を聞いてにこりと笑った。

「えぇ、龍蓮さんの連れてきたお客様ね。
どんな方かと思っていたけど、やっぱり美人さんね。

その恰好では気持ち悪いでしょう。
今すぐ湯の支度をするから・・・そうね、着物は私のものでいいかしら?
あぁ、雪那さん達に着替えを持たせるべきだったわ・・・」
「・・・え?」
「・・・さぁ、湯殿はこちらです。入って入って」

自分の着物が汚れるにも関わらず、玉華は の手を引き邸の中へ誘った。

「あの、家が汚れてしまいまい・・・」
「いいのいいの、どうせボロ邸なんだもの。
少しくらい汚れたって目立ちはしないわ」
「あのね、玉華。
ここ一応藍本邸なんだけれど・・・」

玉華の言いように三つ子の一人が口を出した。

「だって本当のことですもの。
あっ、気にしなくて良いわよ。私が汚れたところあとで掃除しておくから。
なんかやつれているわね・・・可愛い顔が台無しよ。
着替えたらご飯にしましょうか。何か好きなものはある?」
「・・・えっ・・・えっと・・・お構いなく・・・」

・・・この人、本当に藍雪那の奥様?
なんかもっとこう・・・ツンとしていて、綺麗な着物に綺麗な装飾。たくさんの侍女に囲まれていて優雅な暮らしを・・・。
想像を絶する主婦っぷりに は混乱した。
・・・確かに、貴族らしい貴族の女子なんて・・・。朝廷出て、まともに見てない気がする。
貴族の女子のあり方についても考え直さなくてはいけないみたいだ。
そもそも城を出て、最初に出会った秀麗からして何か違う。
忘れがちだが、彼女はれっきとした紅家直系のお嬢様なのだ。どういうわけか貧乏生活をしていたけれど・・・。

汚れを綺麗に洗い流し、新しい着物に袖を通し、温かいご飯をもらった はやっと肩の力を抜くことが出来た。
後は龍蓮の帰りを待つだけなのだが・・・。

『お客様は休んでいて』といわれたが、藍家当主夫人が家事をしているのに自分はやらないわけにもいかず(しかも居候の身だ) は掃除を申し出た。
あとで、晩御飯作るのも手伝わせてもらおう。


夜。
月が照らす中を、 は一人泉に入り泳いでいた。
この有り余る力を抑えるにはこれが一番だ。
標高が高く夜になれば肌寒くなるこの地で、冷たい水に入るのはかなり勇気がいることであった。
慣れてしまえばどうということはないが。

端からは端まで泳いだ は微かに人の気配を感じた。
殺気がないので兇手ではないだろう。

「・・・誰?」
「・・・ か?」

聞きなれた声であった。

「龍蓮っ!!
お疲れ様」
「・・・良かった、辿り付けていたか」
「途中まで当主の皆様が迎えに来てくださったから・・・」

その言葉に龍蓮は目を細めた。
・・・あの鬼畜の兄上が途中まで迎えに・・・?
何か裏があるのか?それとも・・・。

「・・・龍蓮、あの後もあんまり休めてなかったのね。
とりあえず目的地には着いたんだし今度こそしっかり休んでね」
「・・・ん・・・あぁ・・・。
雪兄上は今・・・」
「邸の中にいると思うけど・・・」

龍蓮は歩き出した。

「少し顔を見せてくる」
「あっ、待って!!
・・・えっと・・・ご飯食べる?あと少し体も洗いたいよね。
準備するから!!」

・・・人様の庖厨を勝手に借りることになるが、問題はないだろう。
こんな遅くに玉華姫を起こすわけにも行くまい。
その上ここまで来るまで龍蓮には世話になってばかりだ。
これ以上何もしないのは苦しい。

は・・・」
「だから私は大丈夫って言ってるでしょ!
全く・・・その気遣いを別のところに回して欲しいわ・・・」

の軽口に龍蓮がうっすらと笑った。


は泉から上がり、手早く着替えて湯を沸かした。
龍蓮はそのまま当主達に会いに行くつもりだったらしいが、流石にそれはいかがなものかと思い が呼び止めた。

「一応兄ってことはそうだけど、礼儀として・・・」
「別に・・・大事なのは外見ではなく中身だ」
「それにしたって酷いわよ。あと少しでお湯沸くから入った入った!!」

浴室に龍蓮を押し込んで は息をついた。
どこかに着替えがあればいいのだが・・・。

「・・・あら、すっかり新婚さんみたいねぇ・・・。
羨ましいわ」
「っぎゃっ!!」

背後から掛かった声に は飛び上がるほど驚いた

「・・・ぎょ・・・玉華姫・・・」

玉華は の反応にさらに笑みを大きくし、手に持っている包みを に渡した。

「はい、龍蓮さんの着替え」
「え・・・あ、ありがとうございます・・・」
「ご飯はやっぱり ちゃんの手作りの方が良いのかしら?
材料はそこにあるから適当に作ってあげてね。
あっ、雪那さん達は今日はもう寝るから話は明日だって・・・。
えっと・・・室は一緒の方がいいかしら?っていうかもう好きにしてね」
「・・・は?」」

ふんわりとした笑顔で言われると、否定するのも悪くなってくる。
でもここは否定しておくべきであろう。

「・・・あの・・・無駄な気遣いは結構ですので・・・。
っていうか室は別でお願いします」
「そう?まぁいいわ。どの道鍵はついてないし、自由に行き来できるものね」
「・・・・・。
あの、あと・・・別に私の料理でなくても・・・」
「あらぁ、なんで?
やっぱり好きな子の作ったものの方が嬉しいに決まっているわ」
「・・・好きな子・・・」

・・・・。
・・・・・ん?

「・・・あの・・・。
すいませんが、・・・私って藍家の方にどんな風に認識されているんでしょうか・・・?」
「龍蓮さんの婚約者?」

こん、やく、しゃ?
は手に持っていた包みを落とした。

「・・・こっ・・・婚約者っ!?
え・・・なんでっなんでそこまで話が飛んでるんですかぁぁっ!!」

混乱する に対しても、玉華はその笑顔を崩さなかった。

「・・・あら、ごめんなさい。言い過ぎたかしら?
でもあれよね、恋人よね?そうしたらいずれは・・・」
恋人でもないですっ!

誰があんな真性の天才の恋人なんかに立候補するものかっ!
・・・いや・・・最近なんかまともになってきてちょっとかっこいいかな?とか思ったけど、いやいやいや・・・。
その言葉に玉華は目を丸くした。

「あら、そうなの〜・・・。
・・・少し認識を改めないと駄目ねぇ・・・。
・・・あら話しすぎてしまいましたね。私は今日はこの辺で失礼します。おやすみなさい。
龍蓮さんにはよろしく言っておいてくださいね」
「えっ、あっ・・・はい」

玉華が一礼して室を出て行く。
出て行く寸前に は少し気になっていたことを聞いてみた。

「・・・玉華さんって・・・色んなこと知ってますね」

玉華の動きが一瞬止まった。しかしすぐにもとの笑顔に戻る。

「・・・そうでなければ当主の妻は務まりませんから」

・・・ゾクリ、と全身にとり肌がたった。
彩家・・・その中でも藍家の名は伊達じゃない・・・というか。
完全に負けたな、と は悟った。
こんな山奥でも最新の情報、それが微かな物であっても手に入れられる。
藍家を敵に回すととんでもないことになりそうだ。

簡単な汁物と夜ご飯の残りの饅頭を出した。

「・・・あまりたくさんはいらないよね」
「うむ、満足。
昼に藍鴨を食べたから問題ない」
「・・・へばってると思いきや食べるものはしっかりと食べてるのね・・・」

は龍蓮の向かいに座って机に突っ伏した。
やはり慣れない人(しかも藍家当主と、その妻)達に囲まれているのはどっと疲れる。
龍蓮が来てくれて正直安心した。

「あっ、お兄さん達の面会は明日にしてくれだって」
「・・・だろうな」
「・・・あと・・・龍蓮・・・。
あんた、私との関係を何て伝えたのっ!?」

が机からガバリと顔を上げた。
丁度龍蓮が饅頭を頬張っているところでなんとも間が抜けていた。
・・・食事時に真面目な話をするものではない・・・。
茶を飲んで龍蓮が口の中のものを飲み込んだ。

「・・・別に・・・何も伝えてないが。
さらにいえば今日来ることも兄上達には言っていない」

え・・・?
は開いた口が塞がらなかった。
その間に龍蓮はもう一つの饅頭を手に取り頬張る。

「・・・どういうこと?
一応・・・藍家当主の人達には面識はあるけど・・・それでも・・・私はあの時、藍将軍の・・・」
「全ての情報は当主の元へ集まるのだ。
その情報は全て真実。だが・・・人間の数だけ解釈の仕方がある。
私の笛が素晴らしく聴こえるか聴こえないか、それはその人間の解釈に掛かっている」
「あんたの笛はどう聴いても騒音よ。
・・・話がそれたわ。
全て真実の情報がここにあるって言ったわね。それ、抜かりなく全ての情報?どこか欠けてない?」
「あぁ・・・多少は欠けているが全てといっても過言ではない」
「・・・なら・・・
どうして、私と貴方の関係が婚約者までに発展するのよっ!?
そんな情報、当人の私ですら入ってないわよっ」

そこまで話が飛躍する意味が分からない。
・・・というか・・・恋人未満という情報は入っていないのだろうか・・・。
どんな情報が氾濫しようともそれだけは真実だ。

龍蓮は眉を潜めた。
あの三つ子が間違った判断をするわけがない。そう言っているならからかい半分であろう。
からかい半分でも玉華義姉上なら・・・八割は本気だ。

「・・・いや、それは多分・・・玉華義姉上の間違った解釈が・・・」
「・・・絶望した」
「む、失敬だぞ。そんなに私が嫌かっ!」

正面から嫌か、と聞かれると、嫌だとはいえなくなる。
龍蓮のことは好きだし・・・。
好きだが・・・今は立っている舞台が違う。

「・・・あの、龍蓮」
「いや・・・いい。
今答えを出すのは早い。全てが終わってからまた言う」
「・・・龍蓮?」

全てが終わったら、っていつよ。
まだ何かあるって言うの?

・・・本当に、藍家の人達の考えることは分からない。




「・・・ ちゃん、私は気に入りましたけれど。
素直で可愛い娘ですね。
勘も良いし、頭も体も良く回るし・・・私なんかより藍家の妻らしくて・・・」
「藍家の妻らしいとは・・・。
どちらかというと、君の方が恐ろしく感じるよ。私はね・・・。
それにしても・・・戩華王と・・・風雅姫の娘にしてはかなり丸い性格になったものだなぁ・・・。
悪いものと悪いものを掛け合わせれば良いものができるのだろうかねぇ・・・。
今の王も・・・王としては足りてないが性格だけは良い」
「雪那さん」

玉華の視線に雪那が苦笑した。

「君の頑固さは相変らずだな。
紫家のことはともかく・・・。
・・・龍蓮がいいのなら、私達が口出しすることではないし・・・外野も抑えるつもりではいるよ。
藍家当主の座も望めばくれてやるし、裏の方も好きにすれば良いさ。
今は命狙われるほど敵も作ってないしね。
ただ、縹家に関して、藍家、藍州に被害が及ぶことがあれば黙ってはいないけどね・・・。

・・・これだけいえば、満足か?龍蓮」

「あぁ・・・十分だ」

開けっ放しの扉の奥から龍蓮の姿が見えた。

「今日は龍蓮に会わないって言ってなかったかな、玉華?」
「私は伝えましたよ。 ちゃんに」
「私も聞いたぞ、 から」

『・・・・・・。』

「ふぅ・・・。
全く分かっていたとはいえ、相変らずの不義っぷりだな。
久しぶりの再会でだから喜んで歓迎してあげようという気持ちがないとは残念だ。
私も疲れた体に鞭打ってここまで急いだというのに・・・」
「・・・別にお前が頑張って登ってきたのは私達に会いに、というより に早く会いたかっただけだろ。
を迎えにいってやっただけでも感謝してもらいたいのだが・・・」

・・・我が弟ながら・・・可愛くない。全然可愛くない。

「それも 見たさの下心あってだろう!
・・・もし、手を出そうものなら、その勝負うけて立つ!」

龍蓮はビシッと笛を雪那に向けて突き出した。
きゃーvvっと玉華の歓声が上がる。

「じゃ、私は龍蓮さんの味方で」
「・・・いや、玉華、普通こっちの味方するでしょ・・・」
「浮気する旦那は嫌です・・・。
おまけに卵焼きは甘い方が龍蓮さん好きよね」
「無論、卵焼きは甘い方が良いに決まっている」

・・・こいつ・・・ッ

比較的穏やかな性格、と言われる雪那だが久しぶりに殺意を抱いた。

・・・あとで に卵焼きはどちら派か聞く事にしよう。
こちらの仲間に入ってくれるとかなりの戦力になるのだが。
・・・埒が明かないので今は停戦。

ため息をついて雪那は言った。

「・・・そうだ、龍蓮の口から聞いてなかったな。
という娘は結局のところどうなんだ?
・・・お前はこれからどうするつもりだ」

今まで誰の手にも染まらなかった藍龍蓮が、誰かのために行動する。
これは重大なことであった。

が望めば、私の手の届く範囲全てのものを に全て捧げる。
その為に・・・私は藍家当主になることも厭わない」

雪那が目を閉じた。

「・・・そうか・・・。龍蓮が言うのなら・・・本気なんだね」
「あぁ、本気だ。
あと心の友達についても以下略」
「・・・・・。」

・・・なんか増えてる。

「・・・分かった。
龍蓮もまぁ良い歳になったし、自分のことは自分でできるか・・・。
藍家当主の座はいつでも座れるよ。どうせ大した仕事もしてないしね。
欲しくなったらこの指輪とりに来なさい」
「・・・ありがとう・・・」

龍蓮の礼に、三つ子も玉華も微笑んだ。
珍しい・・・というか、素直になったものだ。
それもこれも、国試を受けさせたからであろう。
先王との約束とはいえ、これは龍蓮のためにもなったようだ。

「・・・で、 をこれからどうするつもりだ。
縹家の社にいっても何も出ないぞ・・・」

龍蓮は俯いた。
縹家のことに関しては自分も手詰まり状態であった。
こればかりは、縹家に潜入する、または関係者に話を聞くしか方法はない。

「・・・少し・・・時を待とうと思う」

”藍龍蓮”がそういうのであるならそうなのだろう。

「分かった・・・。
丁度四人だけでは飽きていたところだ・・・ゆっくりしていくといいよ。」
「・・・そのつもりだ」

龍蓮は室を出て行った。

「しばらくは退屈しないで済みそうだね」
「妹ができたみたいで嬉しいわ。
雪那さん達だけだとつまらないもの」
「・・・言ってくれるな」


牛の刻を軽く過ぎたころ灯りは全て消えた。
 

  


ーあとがきー
玉華姫、最強伝説。一番怖いのは素の天然である。

・・・当初この当主謁見に も入れる予定だったのですが、なんか・・・予定外なことに。
その前に全ての原因を話してしまってあるので・・・うん。

・・・ ここまで連れて来た意味がねぇー!!と頭を抱えながら次へ進みます。
・・・連れて来た意味は・・・あるよ!一応!!


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