は、龍蓮が出て行った扉をぼうっと眺めていた。

自分も・・・選ばなくてはいけない。
貴陽に帰ることができないのはとても悲しい。
だが、劉輝のためにも・・・帰れない。
・・・否。自分が、劉輝に会うのを拒んでいる。

脳裏にこびりついたように、劉輝に向けて刃を振り上げた光景が蘇る。
あの時の恐怖と絶望といったら・・・・

は折った膝の上に額をつけた。
泣きそうだ、いや、泣く。

「・・・兄上・・・」
「なんだ?」

呟きに返事があるとは予想しておらず、は飛び上がるほど驚いた。
実際に寝台から落ちた。
尻餅をついたし、かなり滑稽な落ち方だったと思うがそんなことを気にしている暇もない。
声のした方を向けば劉輝の姿があった。
高山病もすっかり克服したようで元気そうに笑っている。

突然の劉輝の登場には何をしていいのか分からなかった。
もう、二度と顔を見ることはないと思っていた次の瞬間に出会ってしまった。
こんな時、どうすればいい?
とりあえず劉輝から離れればいいのか?短剣と扇は寝台の上だ。
はそろそろと寝台から離れた。

に対して劉輝は、満面の笑みを浮かべた。

「なんかがいるらしきことを耳に挟んだのだが、食事にも出てこないし、どうしたものかとちょっと探しにきたのだが・・・寝ていたのか。
どこか具合でも悪いのか?」

それなら教えてくれればよかったのに・・・。
ブツブツと呟きながら劉輝は窓枠を乗り越えて室の中に入ってきた。

「・・・あ、ああああ・・・あに、うえ・・・」
「大丈夫か?かなり盛大に落ちたと思うが・・・。
まさかも藍州に来ていたとは・・・。余がここに来る前日まで働いていなかったか?
具合がよくなったら一緒に帰ろう。
帰ったら・・・やることがいっぱいあるのだ。
も・・・大変だと思うけど手伝ってくれたら・・・嬉しい」

劉輝が手を差し伸べる。
その笑顔と優しさに、はどうしていいか分からなかった。
混乱する。
その手を取って、次の瞬間どうなるか予想も出来ない。

そのまま劉輝に危害を加えてしまったら?
そのまま首を絞めてしまったら?
そのまま・・・

「・・・離れて・・・こっちに・・・こないで・・・」
「・・・え・・・?」

の言葉に劉輝はきょとんとを見た。
まさか拒まれるなど考えてもいなかった。しばらく劉輝はそのまま動けなかった。
数拍、お互いを見詰め合う。

酷く怯えた顔で。
酷く悲しそうな顔で。

そして、お互いに気づき合う。
大変なことをしてしまったと。

「・・・きゅ、急に入ってきて悪かった・・・。
皆と一緒にいるから・・・元気になったら・・・顔を見せてくれると、嬉しい」

拒まれることには、慣れている。
このような時、笑顔を作るのにも、慣れている。
劉輝の表情を見て、は後悔した。
自分は、やってはいけないことをしてしまった。

兄上・・・違う・・・っ

喉が震えて声にならない。
劉輝の背が遠くなる。
・・・行かないで。
ごめんなさい、ごめんなさい・・・だから・・・行かないで・・・。
貴方がいなくなったら、私は本当に一人になってしまう。
自然に、大きな涙がこぼれた。

「・・・兄上っ、ごめんなさいごめんなさいごめんさいっ。
行かないで・・・いかないで。嫌いにならないで。見捨てないで・・・っ」

嗚咽と共にの謝罪が溢れ出る。
劉輝はすぐに振り返ってを見た。
このような取り乱したを見たのは初めてだ。
何があったか、劉輝にはさっぱり分からない。

・・・。
そちらにいっても・・・」

は泣きながら頷いた。
劉輝はの隣に座り、そっと肩を撫で、手巾を差し出した。


落ち着いたところでは劉輝に向き直った。

「・・・取り乱して、申し訳ありませんでした」
「良い。ちょっと、いや、かなりショックだったがな」
「・・・少し・・・混乱していまして・・・」

劉輝はの話を静かに促した。
はグッと腹に力を入れた。覚悟を。
・・・すべては、兄上のために。

「・・・王に・・・なられましたね」
「あぁ、もう逃げたりはしない。最後まで余は王でいるつもりだ。
清苑兄上にも、にも譲らない」

劉輝は覚悟を決めた顔をしていた。

「・・・そう、ですか。
私は随分前から兄上が一番王に相応しいと思っておりましたから嬉しいです。
兄上なら立派な王になれましょう。
私が言うのですから絶対です」

は劉輝の目を真っ直ぐ見た。
言うのは怖い。現実となってしまうから。

「兄上。
・・・ずっと、兄上を支えていきたいと思っておりました。
縹家の力もなんとかなると頑張っておりました・・・。
ですが・・・兄上に刃を向けてしまった以上・・・」

劉輝が軽く目を見開いた。

「・・・兄上とは・・・一緒にいられません。
支えて・・・一緒にいる約束、守れなくてごめんなさい」
「いやだっ!!」

劉輝が即答した。

「何故、そんなに寂しい事を言うっ。
は余のことが嫌いなのか」
「・・・好きです。大好きです。
この世の誰よりも大切だと思ってます」

・・・だから一緒に入られない。
次刃を向けた時は本当に殺してしまうかもしれない。
いつも燕青や楸瑛がいるわけではない。
そして、このような危険人物を劉輝の傍におくことを朝廷は許さない。

「次、私に闇姫の意思が加われば・・・」
「・・・どうやら余は、井の中の蛙だったようだ」

劉輝はの言葉を切った。どうやら聞く気もないらしい。

「今更ですね」

の冷静な突っ込みに苦笑しながら劉輝は続けた。

「楸瑛に、剣で負けたのだ。それも一瞬でだ。
剣には自信があったのに・・・」

これが王でなければ死んでいた。
劉輝はため息をついた。

「世もいろんなものを守りたい。
勿論もだ。
を傍におきたいというからには、安心していられる場所を作るのも余のつとめ。
・・・が余に刃を向けても、余が死ななければ問題ない。
だから・・・余から離れていくのはやめてくれ。
これから・・・多分少しずつだと思う。でも強くなる」

清苑ももいなくなったあの日の絶望より辛いことを劉輝は知らない。
知ってしまった幸せを忘れることはできない。

「兄上・・・」

頼みというより懇願。
お互い、支えあわないと立っていられないのだ。

「これからも余を助けて欲しいのだ。
本当の王になるために・・・何より余のために。
きっとがいれば頑張れる」

劉輝の言葉は絶大だ。
自分の欲しい言葉を直球で投げ返してくれる。
一つ一つの言葉が重みをもっての心に響く。
一度ハマってしまったら彼の言葉の魔法からは逃れられないのかもしれない。

「・・・後悔することになります。
私は・・・私が予想するより厄介です」
「でもここで離れてしまえばもっと後悔するのだぞ。
がいないと余の枕は常に涙で濡れている状態になる。
・・・さぁ、一緒に貴陽に戻るぞ。
の居場所だろう?」

・・・頷くしか、ない。
劉輝は極上の笑顔を見せた。

「・・・分かりました」

うんうん、と満足そうに劉輝は頷いた。

「・・・それに、余は色々甘いらしいからもう少し警戒しないといけないと楸瑛が言っていたしなぁ・・・。
闇姫がいて丁度いいのかもしれない」
「・・・兄上・・・」

冗談じゃない、とが苦笑した。

「余は・・・だけは絶対に手放すつもりはないからな。
・・・秀麗は・・・うん、秀麗は・・・押すだけ押すけど・・・諦めなくては・・・いけない・・・かもしれないけど・・・
だけは絶対手放さない。
どこにいっても何が何でも連れ戻す。
・・・そのこと忘れないで欲しい。余は欲張りなのだ」
「・・・はい」

劉輝に来いといわれた。
私が貴陽に、朝廷に戻る理由なんてそんなもので十分だ。


劉輝は言うだけ言って出て行った。
はしばらく休んでから適当に着物を着替えて室の外に出た。
玉華に軽い食事を用意してもらいそれに口をつけた。

「・・・調子はどう?ちゃん」
「はい、お陰さまで・・・。
お世話になりっぱなしで・・・すいません」
「いいのよ、龍蓮さんの相手もしてもらっているからね。
毎日、楽しそうよ龍蓮さん。それに最後に見たときよりも随分かっこよくなった。
きっとちゃんのお陰ね」

は驚いて玉華の顔を見た。
笑みで返される。

「私は・・・何も・・・」
ちゃんも、秀麗ちゃんも・・・うーん、あともう二人お友達がいるのよね?
龍蓮さんとっても嬉しそう。
これからもよろしくね」
「・・・はい、こちらこそ・・・」

そういえば、結局貴陽に戻ること龍蓮に伝えなければ・・・。
あと、藍将軍も一緒に戻ることになったんだっけ・・・?
それと・・・せっかくここまで来たのだから・・・。

「・・・玉華殿、使わない池など・・・ありますか?」
「使わない?」
「ちょっと私用で一つ潰すことになるかもしれないので・・・ご迷惑にならない程度に」

玉華は察したように懐から紙を取り出した。
それはこの辺の地図だった。
事細かに池の場所が描いてある。

「どこもあまり使いませんけれどね。
お好きにどうぞ?」
「・・・ありがとうございます」

玉華の顔をみても、変わらない笑みがあるだけだ。
全く思考が読めない。
・・・さすが、藍家当主の嫁になった女性。只者ではない。



はその足で近くの小さな池に向かった。
闇姫の記憶を辿り、リオウにもらった石の代わりを自分で作ることにした。
そのためには禁域であること、清らかな水を使うこと、などが条件に挙がる。
は池に入る。そして、力を解放した。


「・・・・。
・・・うーん・・・やっぱり作りすぎた」

池半分が石で埋まってしまった。の力を源に生成される石は予想以上に池の水と反応したらしい。
力が強すぎるのも問題だ。これからこの力を操る練習をしなければならない。
貴陽では力は使えないし・・・どうしていけばいいかが今後の課題だがまぁそれはいいとして。
は石の欠片を大きめに取った。

「リオウの分と私の分と・・・」

はもう一つ石の欠片を掴んだ。

「・・・珠翠」

結局あれから守れず仕舞い。
珠翠の意思だとは分かっていても、それでも・・・

「・・・縹家の社までお運びすればいいんですね」
「・・・玉華さんっ!?
・・・ビックリした・・・」

いつの間にか玉華の姿があった。
手の籠には今日の夕食に出ると思われる山菜が入っている。
玉華はから石を受け取った。

「別に藍家も縹家も関係ありません。
私はちゃんのこと気に入ってますから・・・。
お任せください」
「・・・え・・・はぁ・・・」

玉華は去り際にに尋ねた。

「時にちゃん」
「なんでしょう?」
「卵焼きは甘いのと、甘くないのどちらが好きですか?」
「・・・・・・・・は?」

質問の意図がつかめない。

「・・・どちらも、食べれますけど・・・」
「・・・どちらか聞いているのです」

いつも笑顔の玉華に真顔で言われ、も一歩後退さった。何か怖い。

「・・・あ、甘い方が・・・好き・・・です」

玉華に笑顔が戻った。

「ですよね〜。甘いふわふわの卵焼きおいしいですもんね。
では、風邪引かないようにしてくださいね。お湯沸かしておきますよ」

・・・結局意図は分からなかったが、究極の二択では当たりを引いたことだけは分かった。


家の方に戻ると劉輝と楸瑛の姿があった。
劉輝は元気そうなの姿を見て微笑み、楸瑛は会釈をした。

殿、元気そうで良かったです」
「藍将軍こそ・・・顔が晴れてますね。
・・・どうやら・・・お決めになったようで・・・」

二人の間に微妙な空気が流れた。

「・・・藍将軍、少し時間よろしいですか?」
「私は構いませんが・・・主上」
「余も別にいいが・・・楸瑛に何か用か?」

は笑顔で答えた。

「・・・はい、ちょっと面貸してください、藍将軍。
・・・あ、もう将軍でもないか・・・」

楸瑛は苦笑した。
将軍を辞し、藍家からも勘当された身だ。

「・・・楸瑛でいいよ、殿」
「では、改めて楸瑛殿、と。」

確か絳攸は『様』だった気がする。
なんか・・・悔しい。
楸瑛はそのままについていった。

は室から扇と短剣を持っていった。
近くに劉輝はいない。

「・・・主上を外したのはそういうことですか」
「流石に・・・あれの後では・・・。しばらく兄上の近くで短剣は持てない・・・」
「ならば私がお守りしますよ、姫」
「・・・。藍州にいる間くらいは自分でなんとかできる」

も相当な劉輝大好き人間だから・・・。
すぐに許して欲しいなどとは言わないが、あからさま過ぎる態度の違いに楸瑛は苦笑しぱなしだ。
せっかくの笑顔が台無しである。

「そうえいば、龍蓮から見事な告白を受けたようだね」

の動きが一瞬止まる。

「・・・お聞きでしたか、楸瑛殿」
「まぁ・・・なりゆきでね。もらってくれれば兄として嬉しいのだけれど。
殿みたいな女性、といっても中々いないからねぇ・・・」
「龍蓮には悪いけれど・・・まだ保留になりそうです」

は庭に出た。

「剣は、持ってますね」
「・・・殿・・・まさか・・・」

は綺麗な笑顔で言った。

「私と勝負してください、楸瑛殿。
兄上は認めても私は貴方を兄上の傍に置くことを認めていません。
・・・ていうか、自分より弱い男を兄上の傍におかせるのも馬鹿馬鹿しいし・・・」

・・・気持ちは分かる、が言いすぎだ。
楸瑛は心の中で泣いた。
縹家の社で、自分も深い心の傷を負っていることを忘れないで欲しい。

「あまり女性とは戦いたくないのですがね」
「だからといって、先日の珠翠のように戦うわけにもいかないでしょう。
女の兇手だったらどうするつもりです」
「その時は、心を鬼にして・・・」
「珠翠だったら?」

楸瑛の言葉が止まった。

「・・・まぁ、とりあえず私を降参させたらそれで認めます。
こっちの方が分かりやすいですしね」

は短剣を鞘から抜いた。

「・・・認めてもらうためにも頑張らなくてはいけませんね」
「藍家の剣術か・・・。楽しみです、楸瑛殿」
「私は・・・縹家の暗殺術と対峙するのは避けたいところですがね」

が動く。
瞬間的に楸瑛が剣を抜いた。
金属音がぶつかり合う。は宙に飛んだ。

「やっぱりそうこないと・・・ッ」
「・・・これは、早々に降参は難しそうですね」

楸瑛はフッと笑った。

「・・・殿、本気出してもよろしいですか」
「最初から本気で来ないと、今日が命日になりますよ」

の目は本気だ。楸瑛はさらに気を引き締めた。


日が落ちた。
短剣が地面に刺さる。が先に膝をついた。

「・・・悔しいけど・・・降参・・・」
「・・・これで認めて・・・もらえ・・・ますね」

楸瑛も息が荒い。
どちらも、お互い譲りあわず、最後は楸瑛の力押しだった。
は大きく息を吐いた。

「・・・認めるわ。
でも、本気の闇姫はこれよりも強いと思うから・・・頑張って兄上を・・・」
「分かってます」

楸瑛が手を伸ばした。がその手を掴む。ガシッと固い握手が交わされた。

「さて、夕飯ですか。
秀麗殿がいますからねー。今日も見事な食卓になるでしょう」
「楸瑛殿・・・玉華殿にぶっとばされないよう、口には気をつけた方がいいですよ」
「・・・玉華姉上もそうだが・・・兄上達にもぶっとばされそうですね・・・。内緒ですよ」
「・・・いっそチクってその顔ブッ叩いてもらおう。
結局殴れなかったし・・・」
「ゲ・・・」
「冗談です」

楸瑛がフッと真面目な顔になった。

殿、少しいいですか?」
「はい?」
「・・・主上は多分気付いていないと思います。今の朝廷の動き。
・・・それに絳攸のことも・・・」
「・・・・。」

劉輝も空けてきた朝廷で良くないことが起こっていること事態勘付いてはいるようだ。
しかし自体は劉輝の予想を上回るだろう。
今劉輝の立場は非常に危険である。

「・・・あまり汚い仕事を貴方に頼むことはしたくありませんが、貴方が一番適している、と思いまして・・・。
藍家の力を失ったら動かせる駒が少なくて・・・どうか、主上のために裏で働いてはくれませんか?」
「もとよりそのつもりです。
機会はなかったけど兄上のためなら暗殺でもなんでもする覚悟でいましたから。
兄上のためなら喜んで。
その代わり・・・情報はきちんと流してくださいよ」

劉輝や絳攸では裏の裏まで入り込むのは少し難しいだろう。
悠舜も強硬手段に出ることは・・・おそらくない。理想が高すぎる。
劉輝治世を安定させるためには、裏の裏も必要だ。

「本当に君はなんというか・・・。
恐ろしい女性だね」
「褒め言葉として受け取っておきますよ」

楸瑛は苦笑しながら、龍蓮を改めて感心した。
自分じゃをどうこうしようなんて・・・絶対無理だ。


  


ーあとがきー

無駄に長くなりましたが・・・。
あとは貴陽に帰るだけ、になりました。
今回は劉輝のターン★後半楸瑛。

・・・そういえば、秀麗サイドとは絡ませてないなーとか思いつつ・・・長くなるので。
燕青もタンタンも絡ませたいのになぁ。
ていうかタンタン・・・。
次の最初くらいはなんとか・・・ッ。

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