自分の持つ力に気付いた時、世界はガラリと変わった。
同じ場所であるのに違って見えた。
理解はしているのに不安になる。

いつもと同じように朝廷の門をくぐる。
前は周囲の視線があっても堂々としていられたのに。

・・・本当にここは朝廷なの?

数ヶ月いないだけでこんなに雰囲気が違うなんて知らなかった。

――吏部侍郎の拘束。

周囲の噂話は自然との耳に入ってくる。
さすがにも手をとめずに入られなかった。

・・・笑えない。

後見である黎深はただ出仕したままで仕事も何もせず引きこもっているらしい。

はギリッと歯を食いしばった。
劉輝達が帰ってくるまであと数日。
せっかく楸瑛を取り戻したのに、次は絳攸がかけるなんて・・・
これを劉輝が聞いたらどんな顔をするだろう。想像したくもない。

自分に何が出来る・・・?
藍州で得たものは大きいと思っている。

「・・・何とかしなくちゃ・・・」

焦りだけが大きくなる。
今の自分に何ができるだろうか。


繋がる絆は時に弱く




突然鳳珠に名を呼ばれ、は書類を分ける手をやめた。

「なんでしょう?」

鳳珠がこちらへ来いと手招きする。そして机案から出したのは文箱であった。
朝廷内での文箱の使用は高官への大切な文章とされる。

「・・・こちらを・・・どの部署へ?」
「吏部にいってちょっと印と佩玉を貰ってこい」
「・・・印と佩玉?
誰か昇進なさるんですか・・・それって私でいいのですか?
普通、昇進なさる方本人が・・・」
「・・・あぁ・・・だからでなければ駄目なのだ。
これはお前の推薦状だからな」

鳳珠の言葉には固まった。

・・・私の、推薦状?

「・・・それって・・・」
「知らないと思うが、一月ほど前に唐官吏が地方へ移動になってな・・・。
その穴埋めをにしてもらおうと思う」
「・・・唐・・・官吏が?」

戸部にいてもあまり顔を合わせたことがない人だと思う。
多分一番接した数が少なく、今までどんな仕事をしていたのか実は良く分からない人であった。
常にふらふらしている印象しか残っていない。
どこで働いているのかは知らないが、あまり戸部にはいないようだ。そもそも仕事をしているのだろうか?

・・・あまり仕事していないって・・・
・・・窓際官吏の意っ!?

「・・・その方の後任が・・・私・・・ですか?」
「あぁ」

あっさりと言われは頭が真っ白になった。
楸瑛のことを馬鹿にしていられない。明日は我が身だ。

「あの・・・彼がどんな仕事をしているのか伺ってもよろしいですか?」

窓拭きとか窓拭きとか書写とか本の整理とかお茶汲みだったらどうしようっ。
侍僮より扱い悪い!!

「・・・給金査定員だ。
対象は官吏全員。いわゆる戸部の覆面だな。
黎深みたいな阿呆は容赦なく減給してくれ」
「・・・戸部の・・・覆面・・・」

吏部が官吏適性を査定するのを同じで戸部も給金の面で査定をする・・・。
唐官吏はふらふらしていたのではなく、他の部署にいっていたのだ。
そういえば、帰って来たなり仕事室にこもりきりだったし・・・。
明るい未来に希望が湧いてきた。
きっとやりがいがありそう!!
・・・・いやでもそれって・・・

「・・・それって・・・物凄い重大な仕事なのでは・・・」
「あぁ、には雑用と称して査定を行ってもらうつもりでいる。
どの部署にも大体顔を出しているから化ける必要はないだろう。
本来非公開となっているが必ずばれる。
分かるとは思うが・・・
賄賂もらったり、情がうつって、給金を上げる、査定を甘くするなどしたら・・・御史台に目を付けられるから気をつけろ」

・・・御史台・・・。
あまり良い思い出のない部署の名前を聞きは心の中で乾笑いをした。
色んな意味を含めてあの人達(秀麗、蘇芳の除く)関わりたくない。さらに、厄介になるのはさらにゴメンだ。
は文箱を受け取り鳳珠に跪拝をとった。

「分かっております。
鳳珠様の期待通りの働きをしてみませます」
「あぁ、楽しみにしている。
戻ってきたら柚梨に仕事内容と室を用意させるからとりあえず吏部に行ってこい」
「御意に」


「・・・あ。」

を見送って鳳珠は気付いた。
・・・黎深は仕事していない。絳攸は投獄中・・・。
・・・誰に印と佩玉をもらうつもりだろうは・・・。
多分楊修・・・あたりが戻ってきていれば破滅寸前の吏部をなんとかもたせていると思うが・・・。
に伝えようと思ったがやめた。
が誰に印をもらってくるか気になるし・・・。入手できなければ・・・それまでだ。

くんに推薦状渡したようですね。
軽い足取りで吏部に向かっていましたよ」
「・・・印と佩玉を無事もらって来れればいいのだがな」
「・・・あぁ、楊修殿が今頑張っておられますよ」
「そうか・・・なら大丈夫か・・・。
楊修が・・・分かるかどうかも怪しいが、ならやるだろ」

柚梨は鳳珠にお茶を出し、楽しそうに手を合わせた。

「さて、くんのため唐官吏の室を少しでも整理しておかないと駄目ですね。
くん仕事できるのに雑用ばかりに使ってしまって本当申し訳なかったですからねぇ・・・
これで本領発揮できるといいのですが・・・」
「・・・雑用でも・・・あれ、十分本領発揮だろう」

長く戸部で人をこき使い続けてきた鳳珠だがあれほど、使える官吏をみたことがない。

「柚梨」
「なんですか?」
「使えるような侍僮一人見繕って来い」

突然の命に柚梨は固まった。

「・・・三日・・・ください」
「三日で見繕えるとは流石柚梨だな」

・・・無理です。


「失礼します」

いつも戸部と同等の忙しさを誇る吏部は今日も慌しかった。
常に鬼のように働いている官吏達だが幾分か表情は暗い。
やはり絳攸の抜けた穴は大きいのだろう。
・・・仕事量という面でも負担となるが、絳攸の梗塞は何より精神面に大きな衝撃を与えていた。
相変らず黎深は仕事をする気配がない。
印をもらおうと思ったは吏部侍郎室の前で止まった。

・・・そういえば、絳攸様いないんだった・・・。

果たして黎深に相手をしてもらえるか・・・。
噂によると前にもまして黎深は働かなくなったらしい。
どうしようか迷っていると突然扉が開いた。

「・・・うわっ」

扉を開けたのは不機嫌そうな眼鏡をかけた青年である。
肩より短く切りそろえてある髪は黒と茶色に分かれている。
この国ではこれだけ短いのは珍しいが、この青年には似合っていた。
がじっと青年を見つめていると、青年はさらに期限を悪くしたらしい。

「・・・なんです?
用がないのならとっとと立ち去りなさい。邪魔です」
「・・・あ、申し訳わりません」

はどけて道を開ける。
ちらりと室の中をみたが、中には誰もいなかった。
仕事をしているという痕跡は残っている。
・・・ということは、今の人が今吏部で一番頼りになる人か・・・。

声をかけようとしては言葉につまった。
長く吏部にも手伝いにきていたが、あのような青年は見たことがない。
新しく来た人物がホイホイ吏部侍郎、尚書並みの仕事をこなせるわけもなく・・・。

青年の背中をみていると、初めてでもないような気がする。
・・・あの青年のまとう雰囲気は・・・

「・・・楊、修・・・?」

後ろから聞こえた声に青年は歩みを止めて振り返った。

「人違いでは」

さらに不機嫌そうな顔には圧倒されたが踏みとどまった。
ここで下がれば、せっかくの出世の機会が水の泡となる。

「ありません。」

しばらく睨みあい、そして楊修の口元が少しだけ柔らかくなった。

「お見事。
私に何か用ですか?」
「印と・・・佩玉を頂戴しに参上しました」

その意味に気付いた楊修はフンと鼻を鳴らした。

「分かりました。
では、しばらく仕事を手伝ってもらいましょうか」
「・・・何故・・・」
「出世、したいのでしょう?」

楊修の意地悪な笑みにはグッと言葉につまった。
確かに・・・印と佩玉は欲しいが、楊修を手伝っている暇など無い。
一刻も早く戸部に戻って、新しい仕事を覚えなくてはいけないのに。

「喉が渇きました。
とりあえず、お茶を」

室に戻った楊修は机案に付き、また書類を片付けにかかった。
絳攸の姿が馴染んでいたその場所は既に楊修がものにしていた。
圧倒的雰囲気がある。

は踵を返して給湯室に向かった。

「濃い目のお茶と、糖分大目の菓子でございます」
「・・・やはり女性は気が利くな」

満足気に楊修はお茶に手をつける。

「・・・あの、印と佩玉を・・・」
「今はこちらが優先だ」
「急ぎの用なんです」
「直接きたからといってすぐに処理してもらえると思ったのですか?
世の中そんなに甘くありません」

書類に印を押し、楊修は次の書類に手を伸ばした。

「・・・あ」

その書類には、新たに戸部の覆面官吏の任命願いであった。
日付は一月ほど前のものである。

「・・・それにつきましての推薦状を持ってきました。
印と佩玉お願いします」

の笑顔に血管が切れそうになったが、楊修は長年の忍耐でぐっとこらえた。

「・・・あまりにも吏部の動きが遅いから戸部が先に動いたということですか・・・」

完全なる吏部側の失態だ。
仕方なくからの文箱を受け取り、中の文にざっと目を通す。
推薦文にはもっともらしいことが書いてある。
黄鳳珠と景柚梨の署名と印。
・・・二人の評価に文句を言うわけではないが・・・

「・・・よりによって貴方ですか・・・。
まぁ・・・使えなくもないですね。変装したり、存在を誤魔化すことも出来ませんが・・・。
しかし、朝廷に入って数年、下官で雑用しかしてない貴方に覆面ができますか」
「できます」

口だけならなんとでも言える。
軽く段階の上がる出世なら簡単に返事できるのだが、すべての官吏の給金査定だ。
その責任は大きい。
・・・だがこのクソ忙しい中で、新しく人物を認定する時間も惜しい。
本当は自分の目で見て決めたい案件だったが・・・。

「・・・まぁいいでしょう。
時間が開けば。私が貴方を査定してあげますからそれまでせいぜい頑張ってください」
「はい、それまでには仕事内容を覚えて・・・」
「あ」

楊修は良いことを思いついた。

「とりあえず、明日から私の雑用をこなしながら給金査定をしていただけますか?
それで決めようと思います」

は口元の引きつりを隠せなかった。

「・・・え・・・あのそれって・・・」

ただ単に・・・雑用が欲しいだけでは・・・。
楊修はさらさらと任命書を作成し、黎深の名前を記入した。

「今吏部尚書の認定印と印と佩玉もっらって来ますから」
「楊修殿」
「なんです?
覆面は基本行動自由なんで貴方が私の元に来ることに尚書の許可はいりませんよ」
「いえ、そうではなく・・・。
任命書、貴方の名前も書いていただけますか?」
「・・・何故?
私は尚書でも侍郎でもないのですよ」

楊修が真面目な顔でを見つめる。

「・・・覆面と・・・認めていただいたのは尚書でも侍郎でもありませんから」

の声に楊修は満足そうな笑みを浮かべた。

「思った以上に・・・いえ、ある程度は予測していましたが・・・。
貴方は冷たいですね」

はその言葉に何も返さなかった。
そんなこと自分が一番分かっている。
でも・・・これが現実だった。
劉輝のため、自分は落ちるわけにはいかない。
・・・大丈夫、私が何もしなくても皆はそれぞれ頑張ってくれる。
の視線を受け、楊修はフッと笑った。

「・・・私はその冷たさ、好きですけどね。
・・・いいでしょう」

楊修は任命書に自分の名前と印を押した。

「吏部尚書に会いますか?
貴方なら少し面識がありますし・・・空から槍が降る確立で本人に印を押してもらえるかもしれませんね。
動かなければ私が押しますが」
「・・・はぁ・・・」

・・・そんなに酷いのか。
は楊修の後について吏部尚書室に入った。


吏部尚書室は意外に物がなかった。
ないといっても普通の室に比べての話だ。
どうやら仕事の中心は吏部尚書室になっているらしい。
黎深はその室の中で長椅子に座っていた。

「失礼しますよ。
貴方のご友人の部下の殿が今回出世されたそうですよ」

黎深は楊修の言葉に振り返った。
無関心な目でを見る。明らかに以前と違っていた。
完全なる拒絶。
・・・絳攸様の拘束と関係あるのだろうか・・・でも以前から仕事はしてないし・・・
尚書室に雪崩が起きないくらい書類や書翰がないのは黎深が本気を出した時以外は見たことがない。
黎深が、吏部の仕事の輪から外されている。

それは絳攸がいなくなり、黎深に構うものがいなくなったのか・・・
それとも・・・

は楊修を見た。
楊修は黎深に気にすることも無く、机案にある印に朱肉をつけた。

「どうします?
印だけでも押してあげますか?・・・まぁ誰が押しても変わりませんが」

黎深は動かなかった。

「・・・仕方ないですね。
特に異論がないならこの子を戸部の覆面にしますよ」

楊修が書類に印を押そうとする。

「まて」

黎深が動いた。
そして楊修の手の上から印を押した。
黎深はそのまま吏部尚書室から出て行った。

『・・・・・・・・・・・。』

楊修は顔をあげて黎深を見送った。
初めて楊修の素の表情を見た気がした。は黎深の背と楊修の顔を交互に見る。
・・・そんなに、珍しいことなのか?

「・・・これは・・・紅尚書に認めていただけた、ということでしょうか・・・」
「そう、ですね」

楊修は我ここにあらずといった感じで奥から印と佩玉を持ってきた。
その頃には普段の表情に戻っていた。

「では、これを。
・・・どういうわけかあの尚書も印を押したことですし・・・まぁ、期待してますよ」
「ありがとうございます」
「早速明日お待ちしておりますよ」

笑顔でいわれ、は固まった。
・・・何の因縁が・・・。
・・・・。
・・・・・・・・・・・。
そういえば・・・前に戸部に連れて行って鳳珠様に献上したっけ・・・。
の背中に冷や汗が流れた。

・・・死亡フラグ!!


   

ーあとがきー

ついに始まりました。琥珀編!
今回も色んなキャラとの絡みを予定しておりますので、楽しみにお待ちくださいませ。
とりあえず、今回一番ツボにきた楊修から・・・。
・・・まさかこんなにかっこいいとは思わなかった。狙っていてよかった・・・ッ!!




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