は緊張した表情で吏部侍郎室の前にいた。
今ある知識の中で出した結果が手の中に握られている。
自分なりには妥当だと判断した。

はぐっと顔を上げて、扉を叩いた。

「・・・失礼します」

そこにはいつもと変わらず、仕事に囲まれている楊修の姿があった。

「おや、貴方でしたか・・・。丁度良い、そこの書類を・・・」
「今日は手伝いにきたのではありません」

は手に持っていた文箱を差し出した。
楊修は眼鏡を押し上げた。

「・・・こんなに早く査定されるとは・・・私も落ちたものですね」
「速さも重要だと思いますが」

文箱のひもを解き、楊修は中の紙をバッと開く。

「・・・ふむ・・・」

楊修の目がかすかに浮かんだ。
・・・この娘・・・やりましたね・・・

「ついで・・・といってはなんですが、他の吏部官吏についての仮案も書いておきました」
「・・・・」

楊修はざっと目を通した。妥当といえば妥当。

「・・・まぁそうですね・・・。
・・・私の給金が少なくやしませんか?」
「それに夜勤手当がつけば良い額にいきますので、問題ありません」
「・・・不服です」

と楊修の視線がぶつかり合う。

「・・・お言葉ですが・・・何にそんなにお金を使うおつもりですか。
老後そんなに派手に過ごすおつもりですか?
それとも誰か貢いでいるお方でも・・・?」

・・・まさか、世の為人の為に使うわけでもあるまい・・・。
・・・使っていたら・・・、・・・土下座して謝ろう・・・。

楊修の目が細くなった。
の瞳が揺れた。・・・動揺を・・・みせないように・・・。相手のペースに流されては負けだ。

・・・少しに、調子乗りすぎたか・・・

楊修の口元に笑みができた。

「フフフ、面白いことを言いますね。
私が大金を貢ぎたくなるような人がいたら・・・世の中もっと面白くなりそうですが・・・」
「・・・では、私とかは・・・」

意外にも楊修が笑ったのでは調子に乗ってみた。
微笑も消え、楊修はじっとを見つめた。

「・・・え・・・」

「・・・いくらで、私のものになってくれますか?」

「・・・・へ?」

『・・・・・・・・・。』

・・・いくらで・・・私のものに・・・

「・・・あの・・・それは・・・」
「そのままの意味ですよ」

楊修は微笑する。顔がいいだけに、目を合わせていると調子が狂う。

「・・・・私は・・・・」

「私は、もう心に・・・決めた人がいるので・・・
私自身を売ることはできません」
「・・・へぇ、それは意外な答えですね。
私では駄目ですか・・・?自分で言うのもおかしいですけれど・・・損はさせませんよ。
馬鹿な男は嫌いでしょう?」
「ですから・・・その、」

心に(護りたいと)決めた人・・・・なんだけれど・・・

プッと楊修が噴出した。

「まさかそんなに真面目な答えが返ってくるとは思いませんでしたよ。
そのようでどうするのですか、朝廷には私より素敵な男などごまんといますよ。
・・・例えば貴方の上司とか」

試されたーっ!!!

「ちょ・・・っ試すようなことやめてくださいよっ!!
凄いドキドキしちゃったじゃないですか!!」
「これも大切な訓練ですよ。
ドキドキしてもらえましたか、演技した甲斐があります。・・・でも誘ってきたのはあなたの方ではないですか」
「あれは冗談で・・・」
「冗談を冗談で返したまでです」
「・・・っ」

しれっと返され、はむっとした。


「これしきのこと乗り越えられなくてどうするのですか・・・。
紅秀麗の方がうまく返しますよ」
「私と秀麗ちゃんは違います」
「一緒でも困りますがね・・・。だが、流されるのは問題です」
「流されません。絶対に。」

・・・即答。
・・・ギリギリ、及第といったところか・・・。この娘ならしばらく取り込まれることはないだろう。

「まぁ・・・仕事はできるみたいですし、しばらくはお任せしましょう。
というよりあの部屋にたまっている仕事を片付けるまでは任は解きませんからそのつもりで」
「・・・結局雑用扱いですか」
「下官の成り上がりがそんな大きい面できると思ったら大間違いですよ。
あ、出て行くのならそこの書翰の山を持っていってください」
「・・・御意に・・・」

気に食わないが、雑用根性が燃えてしまっている。

「あぁ、あと・・・」
「なんでしょう?」
「私の部下にいくら出せばなってくれますか?
黄奇人よりうまく使ってあげますよ。
理想の上司になりましょう。貴方のために」

笑顔で言われ、も笑顔で返した。もう、騙されない。

「いくらつまれても丁寧にお断りさせていただきます」

が出て行った室の中で楊修は呟いた。

「・・・今のは・・・結構本気なんですけどねぇ・・・」




日も落ち、闇が朝廷を包んでいく。
は王の帰還を気配で感じた。一行は無事のようだ。

仕事を終え、誰もいない朝廷の廊下をあるいていると、前方から誰かが歩いてきた。

「・・・蘇芳・・・?」
「あぁ、あんたか。
そういえば、先に帰っていたんだっけ・・・」
「えぇ・・・」

会話が続かない。
何かいつもと違う雰囲気を蘇芳はまとっている。

「・・・なんか・・・あったの?」
「ん、俺?」
「うん・・・凄い・・・落ち込んでだ顔してるわよ。
しいていうなら一時間並んだ限定品が目の前で売り切れた瞬間、くらい落ち込んでる」
「・・・それってどういう落ち込みだよ。
まー今の気分だと限定品買えなかった方が落ち込んでるかもしれないけど」
「やっぱり落ち込んでるんだね。
何かあったの?」
「・・・まーな」

蘇芳は官服でいかにも仕事をしてきました、というような恰好のをみて、目を伏せた。
そういえば・・・明日から朝廷には来ないんだよなー。
秀麗と会ってからの日が鮮やかに浮かぶ。
俺が来なくなったらあのオヒメサマはどう思うだろ。

「そういや、あんた紅秀麗と仲良いんだっけ?」
「えぇ・・・そうだけど・・・」
「じゃあ、いっとこっかな。燕青がいるから大丈夫だと思うけど・・・
もし落ち込んでたら現実教えといてもらえる?
俺、明日からいないから」

はバっと顔を上げた。
・・・明日から・・・いないって・・・。

「・・・え、何・・・それ・・・」
「良いよ、別に。そんなに気にしてないし。
俺から辞めるっていったんだし・・・
あんな人間関係ドロドロすぎる職場もう勘弁」
「蘇芳には・・・結構あってると思ったんだけど・・・」
「じょーだん。
いくらつまれても無理」

の言葉、そして、先程聞いた皇毅の言葉を思い出した。
・・・やっぱ外からはそう見えるのかもしれない。
名誉なことかもしれないが、自分としては実感が沸かない。

「・・・それに・・・なんでこの機会なの・・・。
もっと辞めたい時期とかあったでしょっ!?またニートに戻るつもりっ!?」
「・・・ニートってあんた・・・一応官吏としての戸籍はあったんだけど・・・」

・・・そういえば、藍州にがいた理由も知らないが、逆に藍州に自分達が行った理由をは知らないのか。
いつも話題の中心にいるから、知らないことがないと思っていたがそうでもないらしい。
清雅のような完璧主義者が近くに多いからそんなものだと思っていたが・・・
むしろ、個人情報流出しまくってる世界なんて嫌だが・・・。

「・・・あんたにだけ、いうよ。
どうせ、分かるだろうし。
本当は九彩紅入っちゃ駄目って言われてたんだよね」
「・・・それで・・・蘇芳が・・・!?
・・・そう・・・なの・・・でも・・・」

秀麗から蘇芳を切り捨てることは考えにくい。
上司の代わりに部下が自ら辞めるなんて・・・そんな美談は物語の中だけだと思っていた。
実際あるなんて信じられない。
いかに秀麗の人徳があるか、だ。

の表情の変化をみながら周防はぼんやり思った。
あー、やっぱりきれる人間は違う。これだけですべてが分かってしまうのか。

官吏になってまだ数年・・・。
秀麗と違ってかなりちやほやされている朝廷の世界にいるはずなのにここまで制度と人間関係に敏感になれるとは・・・。
自分も御史台にいて、ここまでくるのに結構かかった。
それなりの過去がなければ無理だ。

・・・そうでなければ、ここまで朝廷に残ってはいられないか・・・。

「・・・まぁそういうことだから、あとのことよろしく」
「秀麗ちゃんには言わないの?」
「言えるかよ。
次は李侍郎を助けないといけないんだろ?」
「・・・え・・・」

とり肌がたった。
・・・やはり、この男只者じゃない。
秀麗が蘇芳に学ぶことはたくさんあったが逆も然り。そして、燕青からも色々学んだのだろう。
将来・・・期待できるの話ではない。
警戒しているに蘇芳は微笑した。

「肩の力、抜いた方が良いぜ」
「・・・え」
「あんたは・・・。
背伸びしすぎなんだよ、小さい方が可愛いぜ」
「・・・・は?」

蘇芳はの頭をポンと叩いた。

「ちょっと、それってどういうこと・・・」

面白い事を言う。
でもきっと蘇芳のいうことは間違っていない。

「そのまんまの意味。
あんたせっかく可愛いのに、男と同じ事をしようとするから可愛げがなくなる。
あの紅秀麗も人に頼ることを覚えたんだ。
あんたもそろそろそろそれを覚えた方がいいんじゃねーの。
面倒くさいからそれお願い、ぐらい色目をつかって頼めるようになれねーとこれからきついぞ」
「・・・それって・・・どうなの・・・?」

はむすっと頬を膨らませた。

「あんた悪いこと色々してそうなのに、妙なところで馬鹿正直なんだな・・・」
「失敬な、そんな悪いことしてないわよ!」
「俺には関係ないけど・・・。
大事なところで倒れたら意味ないし」
「・・・・。」
「・・・あと化粧が濃い女、俺は嫌いだから」
「・・・・・・・。」

蘇芳は歩き出した。

「ちょっと、」
「俺は眠いから帰る。
あんたも紅秀麗と同じトラブルホイホイだからあんまり関わりたくねーの」
「・・・あのねぇ・・・っ」

腹の立ったは蘇芳の背に叫んだ。

「あんたなんて、御史台の呪いに一生悩んでいれば良いのよっ!」

止めてくれ・・・。
肩がビクリと震え、思わず足を止めてしまった。
考えないようにはしていたがこう言葉に出されてしまうと現実味が増す。
そういえば、あっさり辞めさせてくれなかった皇毅。
・・・本当に呪われてんじゃ・・・

「・・・蘇芳。・・・嬉しいなら嬉しい顔した方がいいわよ。
それじゃあ、まるでまだ呪いにかかってるようじゃない」
「・・・あんたには、負けるよ。
でも誰にも言うなよ。秘密だかんな。
・・・あと、あんたはセーガよりスゲェ奴になりそうだな・・・。
見事に騙してやった。あー快感」
「当然よ」

清雅に負けるもんですか。
しれっと言うに蘇芳は息をついた。
・・・ここは謙遜した方が可愛いのに・・・。
とことん残念な女だ。見た目は可愛いのに・・・

蘇芳は振り返った。

「なぁ、茈
「何?」
「・・・戻ってきたら一緒に仕事しよーぜ。
秀麗や燕青やタケノコ家人からあんたのことは聞いてる。
俺、使える奴になって戻ってくるから・・・」
「・・・え・・・」
「・・・なんて、言ってみたり・・・。
あ、そうそう戸部の覆面就任おめでとさん」
「・・・あ・・・うん。ありがとう・・・」

・・・なんだ・・・かっこいいじゃん。

蘇芳はまた歩き出した。

「期待しないで待ってるわよ。
出世して戻ってきてね。こき使うよー」
「それは勘弁ー」

蘇芳の背が消えるまで見送った。
・・・越されそうだな、という不安が脳裏を過ぎったが、それは考えないことにした。


   


ーあとがきー

・・・久しぶりに書いたので、リハビリに楊修とあとは元から出したかった蘇芳。
色々出したい人が多いのですが・・・中々。
何がないって、ネタが。

蘇芳は普通に好きなんですけど、カッコイイと思うのだが・・・難しいな・・・って。
口調が・・・ね。
なんで・・・彩雲国のキャラ書くのはこんなに難しいのだろうと思ったらそれは書く側の知識がついていってないから。
会話一つにも頭を使わないといけないなんて本当作家さんて天才。

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