翌日新米官吏三人は意気揚揚と金華城に向かった。
しかしその意気も一瞬で消えるほど仕事はたまりにたまっていた。
三人はとっさに春の進士いびりを思い出した。

「・・・うわー、こりゃ黄尚書の室より悪いわ・・・」
「あっ、その気持ち分かる」

でも、彼の室にこれだけの量の仕事があったとしても別に違和感は無いだろう。
とりあえず、三人は書類の整理片付けから始める。
そしてやっと机案を並べるだけの隙間を確保した。
しかし、いざ仕事となると全く何をしていいか分からず手が止まってしまう。
は秀麗達の後ろで分類分けをしていたが、手が止まっている二人を見て少し助けに入る。

「どーしたの、大丈夫・・・?」
「朝廷で押しつけられた雑用以上に難しい文章が色々・・・」

はざっと目を通して内心ため息を付いた。
・・・これは入ってきたばかりの新米官吏では出来ない仕事だ。
も大体の内容は分かっても片付けることまでは出来なかった。

「う〜ん・・・中央だったら、少しは手伝えたかもしれないけど・・・。
茶州なら茶州のやり方があるからね・・・。
とりあえず、燕青達が来るまで書類の分類分けをしていましょう。
それくらいなら慣れれば分かるようになるから」

分類分けをすれば同じような作業が固まるため少しは仕事が楽になるのだ。
・・・と戸部で習った。あらかじめこれをしていないと向こうでは終わらないのだ。
この時ばかりは小さい頃から書類処理の仕方を教えてくれた母に感謝した。
三人はとりあえず、片っ端から整理にあたった。
その時、扉を叩く音が聞こえた。

「大丈夫か、姫さん達・・・。
・・・うわー、なんか凄い溜まっているな」

入ってきた燕青は溜まっている仕事に苦笑した。

「燕青ーっっ。私達じゃ片付けられないのよ。
仕事教えてっっ」
「ん〜、そうしたいんだが・・・今は時間無いんだよね。とりあえず、片付けないといけないから・・・。
俺の見た書類に印押してくれる?」

燕青の言い分はあっている。確かに今は時間が無い。
秀麗は座っていた机案を開け燕青に譲った。
早速仕事を始めた燕青は前州牧を勤めているという器量っぷりで次々に仕事を片付けていった。
そして、秀麗達はその書類に目を通し印を押していく。
はその後ろで書類の区分け。少し違っているかもしれないがまぁそこは微々たる物だ。
そして燕青が机案について一刻後また扉が叩かれた。
そして入ってきた人物に室にいる全員が絶句した。

「・・・なっ・・・ゆう・・・」
「始めまして、紅州牧、杜州牧。私は由准。
鄭補佐からの指示で州府から金華郡府に派遣されました。
・・・おや・・・やはり溜まってますね・・・。
早速私も・・・」

・・・・・どちら様でしょう?
早速燕青をどかして机案につこうとする由官吏を燕青は押し留めた。
ちなみに動けないでいるが、多分三人も燕青が動かなかったら同じ事をしていただろう。
なんせ彼の顔は頬がこけやつれた顔立ちになっており、今にも倒れそうだったからだ。
それをしのばせるように、足元もおぼつかないようだ。

「うっわーお前・・・お前が来ちゃったのかよ・・・琥l城ほんっとに大丈夫なのかぁ?」
「大丈夫です。向こうには鄭補佐もおいでることですし」

にこりと笑った由官吏に燕青は口元を盛大に引きつらせた。
秀麗達には背を向けているので気づかれてないと思うが。
・・・どうやら少々厄介なことになっているようだ。
燕青は内心ため息をついた。
とりあえず彼をその場に座らせ、秀麗と影月は正式に礼をとった。
も最後に礼をとる。

「・・・えっと・・・そちらが・・・」
「二人の州牧の着任式が終わるまで助けるために紫州から派遣されました。?です」

その名に由官吏は少し目元をほころばせた。
・・・そうか・・・彼女が・・・
若い三人を見ていると、自然に笑みがこぼれてくる。
そして自分も歳をとったとしみじみ感じてきた。
自己紹介が終わったところで室にいた四人のとった行動は同じだった。

「・・・早速ですが、由官吏・・・・
お休みになられませんか?むしろ、休んでください」

彼の顔を見ているだけでこっちがはらはらしてくる。
四人の言いつけで今日由官吏は強制的に休みを取らされる羽目になった。
結局の仕事はほとんど中央と変わらなかった。
地図をもらい、各所に書類を配ったり、室の中を片付けたり、計算などの雑用を押しつけられたり。

二日後には由准の復帰三日後には柴官吏の復帰で、やっと仕事が回り始めた。が、結局減った仕事量は微々たる物だ。
かなり減っていると思うのだが、初めの量が量だったのでどうも減ったようには思えなかった。

そして四日後の夜。
流石にここまで頑張ってきたが秀麗と影月の体調を考え二人は早々に仕事を切り上げた。
そして室には燕青と由准が残った。

「・・・ねぇ、燕青」
「・・・どうした?
というかお前も働きっぱなしだろ。休んでていいんだぞー。
そもそもこれ俺達の仕事だし・・・」
「いや、逆に燕青・・・・休んだらどう?
あんたこそかなり無茶してるでしょう。
由官吏のお世話は私がしてあげるから一日くらい休んできなさいよ」

燕青は一瞬動きが止まった。

「いや、いいよ。そもそもこいつの世話って・・・」
「燕青・・・せっかくですから休んでこればどうですか?
どこから見ても元気そのものですが貴方が倒れでもしたら全て順調にいっていた計画が全て潰れますからね」
「・・・うわー、素直に休めっていえないわけ?」

結局由官吏の笑顔に負け燕青は頭を掻きながら室を出ていった。

「じゃ、今日はお言葉に甘えて。
・・・本当は俺よりもお前達二人に休んで欲しいんだけどな・・・
っていうか、元々来るはずなかったんだし・・・っていうか本当はお客さん待遇じゃないのか?は」
「んなわけないでしょ。
そもそもそうだとしてもこんなに困っているのに朝廷の官吏としてみてられないわよ。
・・・むしろ、これだけ書類が溜まってたらすぐになくならせたくて体が勝手に動いちゃうのね・・・」

恐るべし戸部の洗脳。
燕青は苦笑して室を出て行った。


二人きりになってしばらく仕事を続けていた。
はたまに墨を足してあげたり、筆を変えてあげたり、紙を追加したりと燕青並にくるくると動きまわった。

「・・・ありがとうございます。?官吏」
「いえ、慣れてますから。燕青の気持ちも分かります。
黄尚書もこんな感じですから。筆も使い物にならなくなってるのに変える時間が勿体無いといってずっと使いっぱなしで・・・。
たまに見に行かないと本当に大変なことに・・・。
ごみもその辺に散らかっていたり・・・
ゆう・・・いえ、景侍郎がいなければ尚書室なんて大変ですね。」
「・・・え・・・そっ・・・そうなんですか・・・」
「偉い働き者の官吏さんは皆そんなもんなんですね」

彼と一緒にされたくない。と内心思いつつ、悠舜は笑顔をつくろった。
とりあえず、戸部尚書になり赤字だった国の財政を瞬く間に立て直し、忙しい日々を送っているとは聞いたが・・・。

「戸部ではどんな仕事をなさっているのですか?」
「今やってることと変わりませんよ。
書類を運んだり、主に計算の書類をこなしたり・・・
たまに大切な仕事を教わったり。
後は、黄尚書の雑用ですかね・・・」
「そうですか・・・それは・・・なにやら酷い扱いを・・・・
すいません・・・
鳳珠は器量は物凄く良いし、国のために頑張っているのですが、仕事の振り分け方が半端じゃなく・・・」
「いえ、動くのも仕事するのも嫌いじゃないですし・・・。
鳳珠様には日々お世話になってますし・・・」

そこまでいって二人は同時に固まった。
本当にここに二人しかいなくて良かったと思う。
そしての頭の中で一つの結論が浮かんだ。

「・・・あの・・・もしかしなくても・・・・鄭補佐でいらっしゃいますか?」
「・・・あはは・・・やはりばれてしまいましたね・・・さん。
鳳珠から聞いております。
相当優秀だそうで、鳳珠も期待しておりますよ」
「そんな・・・滅相も無い。
仕事の処理の仕方もつめも私まだまだ甘いですし・・・」
「いえ、見ていて思いましたよ。
一ヶ月のあきがあるとはいえ、紅州牧達と貴方ですから仕事の出来が違ってました。
大切にされているんですね。
進士の時一緒に仕事を片付けた時を思い出します。
貴方の仕事の仕方は鳳珠そっくりだ」
「・・・・・そう・・・なんですか?」

忙しい戸部ではほとんどものを教えてもらえない。よって最低限の事しか尋ねられないのだ。
よって見様見真似でやってみたことも多々ある。

「・・・それにしてもあのくそ忙しい戸部を良く抜けてこられましたね。
というか、伸び盛りの貴方を良く手放しましたね・・・。
主上か何か絡んでますか?」

といっても、今上皇帝は若干二十歳過ぎ。
上司でも容赦なく接する彼のことだ。いくら王の言い分でも嫌な時は聞かないだろう。

「・・・えぇ・・・主上は事後承諾といってましたが・・・。
一応見送りしてもらえましたし・・・」
「ほぅ、私が茶州へ行くときなど顔も声も掛けてくれなかったくせに、何でしょうかこの差は」

穏やかに笑っている悠舜であるが、何か只ならぬオーラを発しているのがにでも分かった。
・・・怒っていらっしゃる?

「・・・まぁいいでしょう。
黎深の方はどうですか?」
「・・・えっと・・・毎日戸部に遊び・・・いえ、いらっしゃったり。
府庫でも見かけますね」
「・・・ほぅ・・・それはそれは。
この給料詐欺め(ボソリ)」
「・・・・?」
「後でさんや新州牧の活躍を事細かに書き記した手紙を送りますので楽しみにしていてください。と帰ったら二人にお伝えください」
「・・・えっ、はい」

仕事を再開した悠舜であったが頭の事は二人への手紙の内容を考えるために使われていた。
・・・全く、かなり好き勝手にやっているようで・・・。

「あっ、そうそう。
名前を知っているということは素顔も勿論・・・」
「えぇ、とても・・・・素敵なお顔で」
「少しは老けてますか?」
「・・・いえ、黎深様に聞いた話、更に美しくなっているようで・・・」
「・・・なんなんですかね。あの化け物は・・・」

直接絵でも送りつけてもらいたいが、彼をかける絵師なんてこの世には存在しないような気がするので残念である。
懐かしい紫州の事をぽつぽつ話しながら夜は更けていった。
一度は悠舜と話をしてみたかったのでとしてはとてもいい機会だった。



金華が大体片付いたので一同は事の舞台、琥lに出発した。
六人という小人数で、悠舜と、柴官吏の見送りを背に一同は地味に道を進めた。

「・・・へぇ〜・・・こうやって進んでたのね。
なるほど、だからばれなかったのか・・・」

は関心しながら荷台に揺られていた。秀麗と影月は苦笑する。

「ばれたぞ、一応」

馭者をしている燕青が前から返事を返した。
本人達にとっては笑い事程度にしかとられてないが、金華まで来るには大変な苦労があった。
にはほとんどそれがなかったので軽い話し程度にしか聞いていなかったが、しかし、暇つぶしに聞いてみると各自大変な目にあったらしい。

「うわー。こっちは龍蓮と一緒である意味大変だったけどね」
「どうやってここまで来たんですか?」
「あぁ、馬で一気に。
龍蓮が無駄な関塞通らなかったから一気に金華まで来ちゃったけどね。
金華も”双龍蓮泉”で一発。
藍家の力は凄いわねぇ・・・」

しみじみそういいながらふと彼の事を思い出した。

「その”双龍蓮泉”があれば、一発で琥lの関塞も通れたんですけどね。
どうしていなくなってしまったのか・・・」

彰のその台詞に三人が固まった。
そして、各自視線をそらす。

「まぁ、彼がいても近所迷惑になるだけだし・・・。
それに世俗には関わりを持たない人だから、あまり定住とか苦手なのよ。
いざとなったら神出鬼没で現れるんじゃない?」

の軽い台詞でその場は何とか収められた。
なんか、本当に危険の時は来てくれそうだ。そんな気がする。



そして、三日後の早朝。
六人は琥l関塞の前にいた。
そして、六人とも目を配らせ、頷く。
門番達がこちらに気づいてやってきた。
秀麗達の容貌で気づいたのだろう。一人が大きな声をあげた。

「・・・うわー、もう見つかっちゃったし」
「どうしますか?お嬢様。
任命書でも差し出しますか?それとも・・・」

静蘭の言葉に秀麗が頷いた。

「とって転がしちゃって。なんか、ごたごた言ってる暇なさそうだから」

秀麗がいい終わると同時に静蘭と燕青が前に出た。奥からはぞろぞろと門番が出てきている。

決着はものの数分で終わり、燕青は検印を探しに室を回っている。
その慣れ過ぎといっても過言ではない彼に一同絶句した。
一応正当な手段をとってはいるが、こっちが悪い事をしているみたいだ。
ポンと検印を押した燕青は後から来る私達に振りかえった。

「なな彰、お前って馬乗れたっけ?」
「まぁ、それなりには」
は馬で来たんだよな」
「えぇ、そうだけど?」

燕青の問いにが首を傾げる。

「彰、お姉様のところに行って良い?他に行くとこないから行くな?」
「・・・まぁ姉はずっと琥l全商連に詰めてますから・・・まぁ迷惑は掛からないと思いますが・・・
もし家が大破する事があればツケさせていただきますからね」

彰のきっぱりとした言いように燕青は渋い顔をした。

「う、ま、まぁ今回ばかりはしょうがねぇ。分かったよ。んじゃ」

静蘭が馬をつないでいる紐を切った。
そして彼ら二人は秀麗と影月を抱えて、馬に乗り駆けて行った。

「・・・なっ、そういう事・・・っ!?
急ぎましょう、追いつけなくなる・・・事は無いのか。行き先わかってるんだし・・・」
「そういうことです。
まぁ、ゆっくり行っても何も問題はないと思いますが、行動は共にしておいた方がいいでしょうね。
現状を考えると何が起こるか分かりませんし・・・」

は一人で鞍無しの馬に乗る。
彰はそれをみて眼鏡を上げた。

「・・・たいしたものですね」
「あぁ、馬で来たっていうけど、ちゃんと自分で操作してたんだから。
さっ、早く行きましょう」

彰も素早くの後ろに乗り手綱を持った。

「かなり飛ばしますよ。落ちないように」
「任せろ!!」

鞍無しの馬というものは捕まるところがなく乗るにはかなりよろしくないものだった。
でもまたこれがスリルがあって面白かったりするのだ。にとっては。

「きゃっほうっ!!もっと飛ばしちゃって良いよ」
「・・・貴方何者ですか。いい加減ふざけてると落ちますよ。
落ちたらその場で捨てていきますからね」
「大丈夫、大丈夫。
おっ、見えてきた」

前方に静蘭達が見えた。は視線だけでもっと飛ばすように彰に指示を送った。
何故、この人と乗り合わせたのだろう、と内心ため息をつきながら彰は馬の速度を上げた。

柴凛の家に着いたときは燕青、静蘭、以外はぐったりしていた。
かなり馬を飛ばしてきたためであるが、息一つ乱さない彼らは何なんだろう。

「・・・殿・・・大丈夫ですか?」

静蘭が苦笑してに尋ねる。

「えぇ、大丈夫どころか結構楽しかったわ」
「・・・そう・・・ですか・・・」

一緒に乗っていた彰の息が切れ掛かっているのを見れば明らかにおかしいのは彼女の方だ。
金華までくる時に慣れたのかは知らないが本当に何でも出来てしまう。
柴凛の家は大きくは無いものの趣味は良くいろんなところにこだわってあった。
昔の自分の家みたいだ。
昔は母や自分が庭を手入れしたり掃除したりしていたが、今はもっぱら帰らないので幽霊邸寸前だろう。
帰ったら掃除の必要があるかもしれない。
そう思いながら皆の後については家の中に入っていった。

その後は特にの方は用無しだった。
全て秀麗達がしきり、とりあえず、ついてきた自分に与えられた仕事はない。
朝廷関係であっても、ここにはその仕事が全く無いのでとりあえず、しばらく楽な日々を送れた。
そして、ことが動いたのが数日後の夕餉後だった。
とりあえず、茶家というか朔洵対策を皆が話し合ってる最中、は湯の順番が回ってきたのでのんびりとくつろいでいた。
茶州にきてからこんなに楽できたのは久しぶりかもしれない。
相変わらず生活は最低限なんだけど。
茶州に来て更についたらしい筋肉をほぐし、たくましくなったなぁと自己満足。
う〜ん、と腕を思いっきり伸ばしたところでは目を細めた。

「・・・誰っ!?」
「声かける前に気づかないで欲しいな」
「さっ・・・朔洵っ!?」

風呂場の視界が晴れ、入口に立っていたのは、妖艶な笑みを浮かべた朔洵の姿。
あまりにもどうどうとしていて起こる気すら失せてくる。
は、いろんな思いが一気に込みあげてきてしばらく口を開閉させた。

「なんであんたがここに・・・っていうか、ここ風呂場でしょ?
普通入ってこないわよね、まさか覗きに来たとか・・・じゃないわよね。
そもそも秀麗ちゃんを迎えに来たんでしょ?
というか、出てけ」
「まぁ、いいじゃん。見られて減るもんでも無し。
結構苦労してきた割には綺麗な肌してるねぇ」
「・・・・・っ」
「照れてる君も可愛いよ」
「・・・何しに来たのよ。
こんなことしに来たわけじゃないんでしょ?」

は、湯とは別に体が熱くなるのを感じた。
風呂を覗かれたのは始めてだ。むしろここまで大胆であれば覗きとはいわない。
彼の考えがさっぱり分からないままは言う。

「そんな怖い顔しないでよ。
今日は私のお姫様を迎えに来ただけだし・・・。
ついでに君の顔をみに来たってわけ」
「・・・あっ・・・そう」

タイミングが悪すぎる。
はそのヘラヘラした顔を殴りつけたい衝動に駆られたがタオル一枚で彼に立ち向かう勇気は無かった。
・・・くそ・・・ここに短剣は無いし・・・
は桶を掴みお湯を汲んだ。
そして、

「じゃあ用は無いわけね。
出てって頂戴っっ!!」

思いっきり桶に汲んだ水を彼に向けて投げかけた。
朔洵はすぐに戸を締めた。
そして、また戸を開ける。

「今から姫様を迎えに行くんで濡れるわけにはいかないんだよね。
暇な時なら水遊びに付き合ってあげても良いけどね。
じゃ。。」

パタンと戸を締めて朔洵が去っていくのが分かった。
改めて気配を確認してはすぐに湯船から上がった。
・・・冗談じゃない。


その頃無駄毛トークは最高潮に達していた。
影月がはらはら見守る中、盛大な音を立ててが室の扉を開けた。

「朔洵っっ!!」

一同の視線がそこに集まる。

『・・・・・・?』

あまり拭いてないので髪から雫がポタポタと落ちている。
着物も適当に着ているのでかなり着崩れている。
面倒くさそうに髪を掻き揚げるの瞳には怒りが込められていた。
片手には短剣。

「やぁ、別に急がなくても良かったのに。
邸に訪ねてくれればならいつでも歓迎だよ」

やんわり迎える朔洵になんとなく事の状態を察した燕青はとっさに言った。

「・・・まさか・・・朔・・・。お前無駄毛はともかく、そこまで堕ちた奴だと思っていなかったぞ・・・」
「あんた絶対殺すっっ!!」
「別にたいしたことないじゃない。
肩より下見てないよ?」
「そういう問題じゃないでしょっ!?」
「おっ、落ちついてくださいっっ。さんこちらで暴れたら逆に危ないですよ」

かなり、ご立腹のを影月がなんとか止めようとする。

「・・・・・・」

静蘭が無言で”干將”に手をかけた。

「どーでもいいですけど、何か壊したらツケさせていただきますからね」

すっかり傍観体制に入った彰。

「ふふっ・・・・・・。
私は一足先に行くけど、貴方は好きにしていいわよ。
・・・は関係無いし、手を出さないでしょう」

秀麗は強い眼差しで朔洵をみた。
彼は秀麗の視線を受け止め綺麗に笑った。

「今は君しか見えないよ。
まぁ、彼女なら詰め寄っても相手にされないだろうし・・・」
「当然だな。誰が貴様なんかになびくか」

ここでまた静蘭と朔洵の間にバチバチっと火花が散る。
秀麗とはふと思った。なんだかんだいって結構この二人気が合うのではないかと。


秀麗は行ってしまった。
残された者たちは息を吐いて静かになった室をみる。
は急に寒くなってきて手巾で髪を拭きにかかった。

「・・・くっそ〜・・・
次会ったらただじゃおかねぇ・・・」

言葉遣いも、髪の拭き方も、態度も男顔負けで、傍にいた影月なんかは思わず凝視してしまった。
・・・僕もこれくらいの豪快さがあった方がいいのでしょうか・・・。
ドカっと音を立てて椅子に座るはかなり不機嫌であった。
一応彼女は大きな声では言えないが、紫家の秘蔵の姫なのだが・・・

そして次の瞬間また来訪者があった。

「・・・・?」

新しく見る顔だった。
一人の少年とその後ろにおぶされている女の子。

「いやー、世の中よく出来てるもんだな・・・
鶴が飛んでいったらもう一羽が飛びこんできたぜ・・・」

やけに燕青の台詞が頭の中に残った。

少年は翔琳、少女は春姫というらしい。
そして、春姫は茶英姫の孫という事でかなりはしたないところをみせてしまったとは少し反省した。

「・・・凄いところをお見せしてしまったもうしわけないです。春姫様・・・」

彼女は声が出ない変わりに大きく首をふった。その後笑顔での方を向いたので、気にしていないということだろう。
とりあえず、落ちつきを取り戻したはこれからの事を考えた。

「これから・・・どうするの?」
「まぁことが動く日は決まってるし、俺達が今やれることといったら任命式が来る日を待つ事のみだな」

は顎に手をあて考えた。

せっかく朔洵に招待してもらえたんだし、行ってもいいが・・・。
どうせ彼が興味あるのは秀麗の方なのだし、私は暇つぶしくらいに話してもらえるだろう。
任命式一日・・・いや二日前かな。
どうせ暇だろうし、訪ねみるか・・・。


そしてその日は来た。
は遊びに行ってくる事を告げ、邸を出た。
翔琳も一緒に行くので道に迷う事も、危険にさらされることは無いだろう。
彼までとはいかないが、それなりに身体能力には自信がある。
が、
そこまで甘くなかったらしい。

「もう少しですぞ。殿」
「・・・うぅ・・・なんでこんな壁を乗り越えられるのよ・・・」

身長は同じくらいなのに彼の方が跳躍度が高かったのである。
そもそも細いし、しなやかだし、敵うはずが無い。
苦労して入った茶家だが、何か妙な雰囲気だ。

「・・・なんだろう・・・紫州の後宮でもこんなピリピリした雰囲気放ってないわよ・・・」

向こうで覚えてきた地図を思い出しては気づかれないように移動した。
朔洵は離れの方にいるのでこっそり訪問するにはもってこいだ。

途中で翔琳と別れ、離れに向かう。

「・・・やぁ、次は君が遊びに来てくれたのかい?」

声をかけられては姿を現した。

「前貴方のいってた事が分かった気がする。先にみつけれたら少し面白くない」

室の中で優美に座っているのは朔洵。
は眉を潜めてそれでも室の中に入っていった。

「秀麗ちゃんは、今でもこの邸をうろつきまわっているわけ?」
「あぁ、一生懸命で可愛いよ」
「あんた口から”一生懸命”が出てくる日が来るとは思わなかったわ」
「私も始めて使ったかもね」

お互いの間に微笑が混じる。
普通にしていれば朔洵は別に悪いわけではない。龍蓮よりはまだマシだ。

「で、何か用かい?」
「別に。遊びに来ただけ・・・」

はふと奥の茶器に目を向けた。

「いろんなのがあるわね」

蓋を空けて香りをかぐ。
甘露茶は茶州独特の茶であまり飲んだことがない。
少し興味をそそられた。
・・・しかし・・・

「淹れてくれるかい?」
「・・・私お客さんなんだけど」

はため息混じりに朔洵に言った。

「私は自分で茶を淹れた事がなくてねぇ・・・」
「生産性のない奴・・・」
「別に他にやってくれる人がいるからいい。」

朔洵はクスクスと笑った。秀麗とはまた違うが同じ雰囲気だけは持っている。

「こっちにおいでよ。
「・・・気に食わないけど、あんたの顔には興味ある」

朔洵まで後数歩くらいまで近づいたところで間合いを計り短剣を付きつける。
しかしそれは綺麗にはじかれた。

「・・・チッ」
「うわ、今舌打ちしたね。
女の子がいけないよ」
「五月蝿いな」

朔洵はの腰を抱くとそのまま引き寄せた。

「どうしてそう、目が据わっているかな・・・。
押し倒してそれなりのことしないとその表情は変わってくれないのかい?」
「そうかもね。その前に拒むけど。
・・・ねぇ、朔洵」
「なんだい?」

は朔洵の手を解いて、彼の隣に座った。

「あんた、秀麗ちゃん好きなんでしょ?
そもそもなんで私を口説こうとしてんのよ」
「・・・ん〜、なんでだろう」
「普通はねぇ。本命がいたらその子一筋でいくものなのよ。
浮気ばっかしてるから秀麗ちゃんに見放されるんじゃないの?」

もっともくっつく可能性はゼロに近いけど。

「そういうものなのかな?
いまいち分からなくてね」
「好きな子が別の男と楽しそうに話していたら何か嫌じゃない?」
「・・・・・」

確かに、気に食わない。

「なるほどね・・・
君達は本当勉強になる。
秀麗に会ってからというものいろんな知識が増えていくよ」

普通だと思うのだが、彼はどんな価値観で生きてきたのであろうか。

「顔だけはとりえなんだから、性格も矯正の余地あり。
これから真面目に生きてみれば?」
「無理。真面目とかいう単語は僕の辞書に存在しないし
・・・いや、してるかな一応」
「演技のくせに。」
「ご名答」

彼らの会話は淡々と続く。
深入りするわけでなく、嫌いではない。

「秀麗にはここに来た事いってあるのかな?」
「勿論極秘に決まっているじゃない。
あっ、どうせこんなに邸広いんだし一室は空いてるよね。
今日泊まっていってっても良い?」
「いいよ、好きに使って。なんなら一日茶姫体験してみる?
侍女ならいくらでも侍らせてあげるよ」
「勝手に泊まって勝手に出てくからお構いなく。食事もどこかから失敬するけど」

ふと、人がこちらに近づいている気配がした。

「・・・明日・・・全ての決着がつくわね」
「そうみたいだね」
「どうするの?貴方は・・・・」
「運命に従うさ。
秀麗はきっと私との賭けに勝つ。ふふっ、楽しみだよ」

朔洵は秀麗の玉の簪をとりだし口付けた。

「・・・まだ、返してなかったの?それ」
「だって、返したらすぐに逃げ帰られそうだし」
「ごもっとも。私ならそうするし・・・」

は庭に下りた。

「・・・多分、明日会わなければ・・・これが最後になるかもね。
あんたの顔・・・悔しいけど綺麗だわ」
「君も、中々綺麗な顔だと思うよ。
でも残念。好きではないけど、君は面白いのに。一緒にいて飽きないよ」
「あんたに好かれたかないから、それで丁度良いわ」

秀麗が部屋に入ってきた。
の姿は一瞬にして消える。

「・・・どうしたの?」

外を楽しそうに見ていた朔洵に秀麗が首をかしげた。
彼にしてはかなり珍しい。
朔洵は笑顔で答えた。

「鳥が入り込んできたもので」
「・・・ふーん・・・」
「ねぇ、甘露茶淹れて?」
「嫌」


明日は、決戦日。


   

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