聞こえるのは、騒がしい喧騒、あるいは、綺麗な音色
感じるのは、夏に不釣合いな冷たい風。
見えるのは、闇に染まりきった空。

今日、全てが終わり、始まる。



日か落ちた。
邸の中がいっそう慌しくなる。
空が完全に闇に包まれるところをはみていた。

・・・私は動かなくていい。
全てを見守るだけ。

人々がせわしなく走りまわっている時、は屋根の上にいた。
月が出ていれば絶好の月見の場所になったであろうそこには以外誰もいない。
空に月はない。今日は新月。

「・・・新月か・・・これもまた縁起が悪い」

はポツリと呟いた。
その呟きは闇に消えていった。
風がの着物を揺らす。
寒いわけではない。でも指先が震えていた。
嫌な予感がする。

でも、動いてはいけない。
自分が動けば全てが変わってしまうような気がするから。
悪い方へいってしまうような気がするから。
だから私は動かない。何があっても。

それに、今は信じられる人達がいる。
だから、信じる。
きっと事は良い方向へ向かう。
いろんな道はあるが、一番良い道を彼らは歩いてくれるだろう。

だから、私は何もしない。

は目を閉じた。
先ほどより濃い闇が視界を包む。


それからどれだけ時間が経っただろうか。
夕方とはまた違う喧騒が辺りを包む。
しかし、それも徐々に止み、大分静かになった。
多分、今日一番ではないかというくらい静かに。
どこからか二胡の音が聞こえてきて止む。

は目を開けた。

「・・・・・」

さわりと風が吹いた。
ぞくりと寒気がの背を撫でる。
それは風の冷たさだけではない。
何かがおかしい。
先ほどの嫌な予感も消えた。
おそらく、彼らはやったのだろう。
複雑に絡み合う道の中から最高の道を選び出したのだろう。

しかし、また新しい嫌な予感がした。
先ほどとは違う。
これは・・・・
行こうか行かまいか迷う。
足が動かない。
行きたいのは山々だが、自分が動く事によって彼らに支障をきたす事があってはいけない。

・・・姫・・・

微かに自分を呼ぶ声が聞こえた。
多分、自分に向けられている。名前ではないが、自分を指すものだ。
行かなくてはならない気がした。
衣を翻らせ、三階という高さから何の迷いもなくは飛び降りた。

無意識のうちに走る事数分。
丈高い繁みや木々を掻き分けては走った。
どこに向かうかなんて分からない。直感を信じて進む。

そして、そこに辿りついた。

「・・・朔洵・・・」

そこにいたのは彼一人。
脇には二胡が転がっている。
の言葉に朔洵はこちらに顔を向けた。

「・・・へぇ・・・来てくれたんだ」

青白い顔で朔洵はに話しかける。
彼自体はあまりかわってないが、それにしてもこの回りには異様な雰囲気が漂い過ぎだ。
・・・なにか・・・違う。
その時、の耳に先ほどの声が聞こえた。

――闇姫

「・・・闇姫・・・?」

――見ツけタ・・・私ノ・・・闇姫・・・

なにか得体の知れないものがいる。
は身構えた。が、視界には何も見えない。
朔洵の方から声はするが、彼ではない。闇に溶け込んでいる何が、得体の知れないもの。

「・・・なに・・・なんなの・・・?」
「・・・初めてなんだ・・・?この声と出会うのは」

朔洵は別段驚いた様子もなく、誰かと話している感覚だ。

――ズっと・・・探してイタ・・・。闇姫。会えタ・・・

「・・・探していた・・・?
母の・・・こと?」

――ハハ・・・。アノ裏切リ者ノコトカ・・・

・・・裏切り者・・・?

「朔洵、なんなのっ!?この声は・・・」
「私も良く知らないよ。
暇つぶしに話してみたら意外にも面白い奴だ」

・・・どこが。

そう思いながら、は朔洵のところに歩いていった。
そういえば、こんな妙な奴と話している時間などなかった。
彼の着物はほとんど血で染まり、真っ赤になっていた。
予想はしていたものの、実際見ると胸が痛い。

「・・・朔洵・・・」
「・・・どうしたの?
君がそんな悲しそうな表情をするとは思わなかったよ」

・・・同類だと思っていた。

は彼の言葉を無視して懐から小瓶を取り出した。

「・・・賭けのつもりだったようだけど・・・残念ね」
「僕は飲まないよ」

の言いたい事を察したのか、朔洵はすぐに断った。

――・・・ヤメロッ!

闇の中から聞こえる声が強く静止をかけた。

――ヤメロ、朔を・・・・光へ連れて行くな・・・

「それは貴方が決める事じゃない。」

はぴしゃりと声に向かって言い、そして、朔洵を見て怪訝そうな表情を浮かべた。

「無理矢理、口開けさせて流し込まれる方がよろしいかしら?」

何かを思いついたのか朔洵は微笑を浮かべる。

「とことん君はどこかのお兄様と似ているようだねぇ。
そんな事も言われたような気がするよ。
・・・ではこうしようか・・・
君が、口移しで飲ませてくれるなら考えてあげなくもないけど・・・」
「・・・・・」

まさかこんな要求が出てくるとは思わなかった。
こんな死にかけた状況の中どうしてこんなふざけた台詞が思いつくのか教えて欲しい。

「・・・自尊心の高いお姫様には、無理かな?」

楽しそうに言う朔洵は、死にかけた人とは思えない。
それが逆に、青白い顔と血に染まった衣との差があり怖い。
は目を細めた。

「ふざけるな。遊びのつもり?
自分の命を賭けた」
「最初から遊びだったよ。
・・・最後は本当に後悔したけど・・・」

の反応を観察するように朔洵は彼女の顔を覗きこむ。
は気に食わない様子で朔洵を見下した。
・・・遊ばれているのが気に食わない。

――闇姫・・・・ヤメロ・・・・

「どうする?姫様・・・
私もそろそろ危ないね。今解毒剤を飲んだところで生きていられるかどうか・・・」
「五月蝿い」

は全ての言葉を切り捨てた。

「・・・なめんじゃないわよ」

は朔洵の胸倉を掴み自分の元へ引き寄せた。
触れていたのはほんの数秒。
すぐに唇は離れ、は口を拭った。
やっぱり血は不味い。

「・・・・・」

驚いたように朔洵はこちらを見ていた。
こんな彼を見るのは始めてかもしれない。

「・・・何、そんなに意外だった?」
「意外も何も。絶対触れてくれないと思ったもの」
「人の命かかってんのに躊躇うも何もないわよ。
私は誰かが命尽きるところを見取ったことはないのよ、これでも。
・・・それにあんたは生きなくてはいけない」

・・・それが、最高への道。

意外に元気そうな朔洵をみてとりあえず、胸をなでおろした。

・・・やっぱり彰に頼んでおいて良かったかも。

急遽取り寄せてもらったのが、朔洵の部屋にあった甘露茶に入れてあった解毒剤。
気づいたから良かったものの、気づかなければ多分朔洵は死んでいた。
彼は毒には少しは耐性がついているだろうから、大丈夫だろう。
すぐには治らないかもしれないが、徐々に毒気はなくなっていく。
あとは、死なない事を祈るだけだ。

――クソッ・・・闇姫・・・

「朔洵ならもう元には戻せないわよ。
秀麗ちゃんという光に出会ってしまったからね・・・」

そして、私も兄や邵可という光に出会ってしまった。
闇の声の苦しがるのがなんとなく感じ取れた。

――覚えテイルが良イ。
   オ前達ハ後に後悔スル事にナる。

辺りの空気が一瞬にして変わった。
景色は変わっていないはずだが、何か現実に戻った感じだ。

「後悔はしないわね。絶対」
「そうだろうね。君は・・・
私も多分、しないだろうけど」

というか・・・後悔したのは今日が初めてかもしれない。


「・・・こんなところで何をしている・・・?」

間を置いてが言った。

「・・・君こそ、今頃何しに来たの・・・?」

二人の意見は食い違う。
そういう関係だったから最後もそうなのだろう。
は朔洵に歩み寄った。

「・・・秀麗ちゃんには、”花”は返したの?」
「あぁ・・・さっき。
やっぱり彼女は最高だね」

朔洵は嬉しそうに夜空を見上げて呟いた。
本当に、好きなのだろう。
は何も言わずに話を進めた。

「あんたは賭けに負けた。
だから生きなさいよ。死んだら許さない」

その台詞に朔洵は少し驚いて見せた。
少し面白そうに言う。

「・・・へぇ、そこまで言ってくれるなんて嬉しいな。
君の兄さんも君も何だかんだいって私の事好き?」
「冗談。誰が・・・」

言葉はそこで止められた。
朔洵に強く抱きしめられたからだ。
先ほどまで死にかけていたとは思えないほどの力で彼は抱きしめてくる。

「・・・、君も中々悪くないね。
私と一緒にならない?」
「秀麗ちゃんはどうするのよ。
っていうか血がつく。離せ。それに動くな。毒の回りが速くなる」

返した台詞は悪いが、今にも死にそうな病人を突き飛ばすわけにもいかないので仕方なくは収まっている事にした。

「毒の回りも速いけど、解毒剤の回りも速くなるよ」
「・・・もう何も言わないわ。死んじまえ」
「生きろとか、死ねとかころころ意見変えるね。
でも死なないよ。もう、決めた」

せっかく人に救ってもらった命。ここで散らすには何か勿体無いような気がした。

「・・・ねぇ、朔洵」
「なんだい?」
「一つ、助けてあげた変わりに頼みがあるわ」
「気が向いたら聞いてあげる」
「あんた・・・・国試受けて中央の官吏になりなさい」

「・・・・・・・は?」

間があった。
しかし、はきっぱりと言い放った。

「国試を受けて中央の官吏になれといったのよ。
あんたの無駄に良い頭ここで腐らせておくのは勿体無すぎるわ。
だから、中央に来て国のために奉仕活動してみなさいよ。
どうせ、暇なんでしょ?」
「・・・誰かの下で働くなんて性にあわない」
「中央はこんな昔から荒れてた茶州とは違うわよ。
いろんな官吏がいろんなところから集まってくる。
自分だけが、秀才と思っていたら大間違いよ。向こうにはありえない人達が大勢いる。
言っておくけど、悪事なんてすぐに見抜かれるからね。
だから、次の国試受かりなさい」

彼女の強い口調で、本気で言っていることが見て取れた。
少し考えてから朔洵は言う。

「・・・悪くはないけど・・・すぐに飽きてしまいそうだ」
「世界というものはそう良いものになるもんじゃないわよ。
じっくり時間をかけて確実に良くなるものなんだから。
人を堕とすだけなら簡単よ。誰でも出来る。
でも、人を幸せにするのは難しい。
私は人生を後者にかけた」

奥の方から人の来る気配がした。
はさっさと朔洵から離れる。

「君は偽者かい?
・・・闇姫」

去っていこうとするに朔洵は問う。
顔だけ振りかえっては答えた。

「・・・・さぁ?どうでしょう。多分、そうなんだと私は思う。
私はこれで行くから。
約束よ、朔洵。朝廷で会いましょう」
「気が向いたらね」

二人はその場から姿を消した。
以降、朔洵の姿を見たものは誰もいない。


「闇姫か・・・」

人気のない庭を歩きながらは自嘲気味に呟いた。
自分にはお似合いの名かもしれない。
実際自分でもそう思う。
劉輝や邵可に出会ってなかったら、本当に今頃どうなっていた事か・・・

光なんていらない。
ただ、光の陰で働けたら。自分はそれで満足しているつもりだ。
先ほどの『声』は何だったのであろうか。
頭の中に色々思いを巡らせながらは暗い空を見上げた。

貴方は光で生きなさい。闇は全て私が引き受ける。


   

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