その朝はまた変わりなく始まった。
鳳珠の顔を見るのが気まずくては朝早くから執務室に閉じこもり黙々と仕事をしていた。
このような時に仕事があると、気分転換になっていい。
少しだけ、現実から目をそらせる。・・・そらしてばかりでは駄目なことは分かっているが、一日くらい逃げてもいいではないか。

こもり続けて数刻。
を訪ねる者は誰もいない。
今までなら上に指示をもらい、動いていた。
誰かが周囲にいる環境が当たり前であった。
始めに、この仕事は忙しいから早く部下をつけると鳳珠は言ってくれたが断った。
その分の労力を鳳珠のために使って欲しかったから。

「秀麗ちゃんのところには燕青がいたんだっけ。
静蘭兄上には楸瑛殿がいるし・・・劉輝兄上には悠舜様がいるし・・・」

はペタンと判子を押した。
騒がしい環境に慣れすぎて、何かこの室に一人でいるのが寂しくなる。
怒られても、怖くてもいいからやはり誰かいた方が安心する。

・・・そう思えるようになったのは家を出てからか・・・?
そういえば、家を出て街に繰り出したのも一人が寂しかったからかもしれない。
早いうちに鳳珠様と仲直りして・・・部下じゃなくてもいい、誰か一緒に働いてくれる人を頼んでみようか。

その時扉を叩く音が聞こえた。
は見られたらいけない本の高速で閉じる。

「ど、どうぞ!!」
「・・・殿、今大丈夫かい?」
「楸瑛殿!どうぞ」

楸瑛は空いた空間に腰をつけた。

「いやー、静蘭にお暇だされちゃってさ〜。
大変だろうと思ってきてみたんだけど」
「本当に武官はいいですよね、仕事なくって。
お暇ついでにクビも切られないよう気をつけてくださいね」
「う、怖いこと言わないでよ」
「冗談です」

そういえば、絳攸も拘束中であるし、劉輝も藍州から帰って来たばかり、仕事もたくさんあるだろう。

「・・・楸瑛殿も今一人ですか」
「うん、そうだね。殿も寂しそうだね。
こんなに本と書翰に囲まれて・・・」
「・・・そう、なんですよ」

俯いたを見て、楸瑛は立ち上がった。

「昨日のお礼にお茶でもいれようか?」
「へぇ、気が利きますね」
「主上の側近をしていたら蒸らし時間まで分かるようになってしまいました。
楽しみにしていてください」

・・・なんだ、気を使ってくれたのか。
嫌味が言えなくなってしまうではないか。


無言のまま、二人でお茶を飲む。
何を話せばいいか分からずは内心焦るが、楸瑛はさして気にしている様子もない。
は昨日からあるもやもや感を話してみることにした。

「・・・あの、楸瑛殿」
「なんでしょう」
「・・・その、少し話を聞いてもらってもよろしいでしょうか」
「どうぞ」

楸瑛は笑顔で促した。
・・・流石モテ男・・・。話の聞き方もちゃんと心得ている。
は何回か口を開閉させ、話始めた。

「実は昨日黄尚書と・・・喧嘩ではないのですが・・・凄い気まずい状態で別れてしまって・・・」
「ほう・・・」

意外な方向の話で楸瑛は驚いた。
そういえば最近一緒に仕事をしているところを見たことがないような気がする。
・・・というか、本当のところこの二人はどういう関係なのか、ということが気になるのだが、そこを聞いては無粋であろう。
楸瑛は聞き役に徹した。

「私としてはこの状態がとっても不本意というか・・・その誤解を解きたいので・・・。
今日の朝も顔合わせていないし・・・どうしたらいいでしょう・・・」
「・・・誤解を解きたいというのなら早い方がいいですね。
私の経験から言いますと・・・」
「別に浮気とかそういう次元の話ではないですけどね」
「わ、分かってますよ。
それでも仲直りするには早いに越したことはないでしょう」

楸瑛はあさっての方向を見た。・・・流石に言い返せない。

「・・・そうですよねぇ・・・。
でもなんか会えないしな・・・。
仕事と私事を一緒にしたくないですし・・・どーせ今日も黄尚書帰ってくるの遅そうだし・・・」
「しかし、珍しいですね。
貴方と黄尚書がそこまでの喧嘩とは・・・喧嘩ではないのでしたっけ・・・」

も黄尚書の前では完璧いい子に振舞っているし、黄尚書もに対して物凄い甘い。
お互いお互いを譲歩し合っているので相当なことがなければ亀裂が入らないと思うのだが・・・。
は楸瑛を見た。
周囲の気配を探る。こちらの室に向かっている意識はないようだ。
の変化に楸瑛が目を細めた。

「・・・どうしました?」

楸瑛には言ってもいいだろう。言わなくてもそのうち分かることだ。
が声を低くして言う。

「・・・黄尚書に黄家からの文が届きました」
「・・・え・・・」

・・・そういうことです。

楸瑛はなんとも言えなかった。
黄州に帰還しろとの命だろう。

「・・・なるほど・・・。
黄尚書はなんと?」
「そこまでは分かりません。
聞き出そうとはしたのですが、逆に試されてしまったようで・・・そこで絳攸様が・・・」
「・・・絳攸?」

何故そこで絳攸が出てくる?
楸瑛はそこが物凄く気になった。絳攸が出てくる意味が分からない。

「いえ、なんでもないです。
そこで、話が終わってしまって・・・結局鳳珠様の本心は聞けなかったのですが・・・
どう考えても・・・黄州に戻る方を選択なさいます・・・よね」
「まぁ、私が彼の立場であれば帰るかもしれない・・・けど・・・。
でも今の状態を捨てて黄州へ戻るのは黄尚書らしくないような気がする」

が顔をあげた。

「悠舜殿がこちらにおられるからね、それも強いと思うし・・・。
塩や贋金の一件からも戸部の役割は大きい・・・」
「確かにそうですけど・・・でも・・・」
「ねぇ、殿。
君は黄尚書に何を望んでいるのかな」
「・・・・え・・・・」
「君は黄尚書にどうして欲しいのかな?」
「・・・それは・・・」
「もし黄尚書の気持ちが殿と違っていたら、殿はその答えを受け入れるつもりなのかい?」
「・・・そうするしか・・・」
「だったら、殿がそこまで悩むことはないと思うよ。
黄尚書だって馬鹿ではない。色々悩んで答えを出されると思うから。
きっと殿の考えていることもきちんと含めて考えておられると思う」

・・・それで、いいのだろうか。
楸瑛の言っている事は正しい、ような気がする。
黄家の、鳳珠のことに自分は口を出せる立場ではない。
色々な関係はあるものの、それでも自分と鳳珠は他人。

でも、何か違う、と本能がそう伝えている。
楸瑛の言葉がしっくりこない。
その理由が分からない。

悩んでいるを見て、楸瑛は微笑した。
完璧すぎて逆に変わっていると思ったが、恋愛沙汰になるとやっぱり女の子だ。

「黄尚書に殿の気持ちをちゃんと伝えないと、すっきりしないよ、その気持ち」
「・・・なっ、」

楸瑛は、自分の考えている事が分かるのかっ!?
は楸瑛の顔をまじまじとみる。

「今の君なら何を考えているか手に取るように分かるよ。
色々あると思うけれど、君は人に尽くしすぎなんじゃないかな?
少し我が侭な方が可愛気があって私は好きだよ」
「・・・楸瑛・・・殿」

楸瑛がの頭を撫でた。

「今色んなことが朝廷で起きている。
いつ何があってもおかしくないのは君も感じているだろう。
・・・考える時間はあまりないかもしれないけど、殿の気持ちを整理する時間は必要だと思うな。
きっと後のためになる」
「・・・楸瑛殿・・・そう、ですね」
「よければ私もできる限り協力するよ」

パチンと片目を瞑る楸瑛にも微笑した。

「では、楸瑛殿、そことそこの本を全て府庫に返してきてもらえますか?」
「・・・・は?」

笑みを作ったまま楸瑛の表情は固まる。
あれ、ここは「ありがとう」なんじゃない?

「返事は『御意』しか認めませんよ。
私の考える時間を作るためできる限り協力してくれるとおっしゃってくださいましたよね?」
「・・・まぁ・・・そうだけれど・・・」
「では、今日の分の仕事さっさと片付けてしまってそれからじっくり考えましょう」
「・・・・・・・・・・。」

楸瑛は無言で本の山を持ち上げた。
絳攸と一緒に劉輝の仕事を片付けている過去が物凄く懐かしくなった。
あの頃は絳攸にこき使われながらも温かさがあった。
こんな世知辛い職場は嫌だな、と思いつつ劉輝の王座死守を強く心に誓った楸瑛であった。


「おい、」
「早いですね、楸え・・・」

無心に仕事をしているの室に前置き無しに扉が開いた。
はチラリと扉に目をやり、驚いた。

「・・・清雅・・・?
ちょっと女の子の室に入る時は戸くらい叩きなさいよ。
着替え中だったらどうするのよ」
「それは運が悪かったということにしておけ。
この俺が直々に本を戻しにきたんだからありがたく思えよ」

そういえば、この前吏部に関する本を借りていったんだっけ・・・。

「あんたが直々に返しに来るとは何の前触れ?
熱あるんじゃないの?」
「・・・うるさい、他に調べたいことがあったから・・・」
「・・・ねぇ、顔赤いけど・・・本当に熱があるんじゃないの?」

口調はいつもと変わらないが何となくふらふらしているように見える。
傲慢オーラが薄い。
は体を起こして清雅の額に手を当てた。

「・・・なっ、熱あるんじゃないっ!?
変な気使わなくていいから帰りなさいよ」
「俺のことに口は出すな」
「出すなってあんた・・・うつされる他人の身にもなってみなさいよ。
それこそ迷惑でしょう。
ほら、何の資料が欲しいのよ。
今日はその風邪に免じて素直に出してあげるから・・・」
「紅性官吏の・・・部署・・・給金・・・」
「・・・は?
いくら熱があるからってまともな言葉で話しなさ・・・」

の言葉が止まった。
・・・紅性官吏・・・?
清雅が薄く笑う。試しているつもりか。
何に使うか分からないが、どう考えても紅性官吏を陥れる何かをしているに違いない。
先日は黎深と絳攸についての資料を借りていったし・・・
御史台も本格的に動いているらしい。

「・・・ちょっと待ってて」

は本に埋まっていた毛布を取り出し清雅にかけた。
熱のある病人をそのままにしておくのは罪悪感がわく。
それに資料を探すのも時間がかかることであるし・・・。

「少し探してくるわ。
そこで待ってなさい。あ、勝手に資料見たら・・・」
殿、終わったよ」
「あ、お帰りなさい、楸瑛殿。
次はそこに山になってる書類お願いします。
休憩として私が戻ってくるまでそこで倒れている清雅見張ってて」

楸瑛と清雅の目があう。
・・・何故、こいつがこんなところに・・・?

適当な本を数冊持ってきたは、楸瑛を書類配らせにいかせ、各部署の給金表を借りてきて必要な頁だけ簡単にうつしていく。

「清雅、現在だけでいいの?それとも過去も振り返って?」
「急ぎだ。最近のやつだけでいい」
「・・・ていうか素行調査は吏部の仕事じゃない?」
「給金に関してはお前だろ。
それにお前の方が早い」

ミシッっと筆が軋んだ。

「私も暇じゃないんですけど!!
本当に何するか知らないけど私はあんたの部下じゃないんだからね。
ていうか、資料借りるくらいなら普通にそこら辺の官吏に聞けばいいじゃないの」

文句を言いながらも手を動かすを横目で見て清雅がいった。

「・・・・・・・。
・・・お前が部下か・・・いいかもな。
長官に進言してやっても良い」
「じょ、冗談じゃないわよ。誰があんな部署・・・」
「今まで人一人も寄せつけなかった俺様が直々に部下にしてやるって言ってるんだ。
そこは感激してごますっておくところだろ」
「塩代わりにすったゴマでも投げつけてやるわよ。
あんた一人でも行きたくないのにさらに葵長官がつくなんて最悪にも程があるわ。
『吏部の悪鬼巣窟』なんてまだ生ぬるく感じてくるわよ。
全力で却下。
私は黄尚書以外にこき使われるなんて勘弁よ」

・・・黄尚書なら、いいのか・・・?

「他部署でもこき使われてるくせに」
「黄尚書のご命令とあれば」
「ふーん、よっぽど惚れてるんだな。
別れさせたくなる」
「・・・別に、付き合ってるわけでも・・・ないけど・・・」

の表情が微妙に変わったのを清雅が見逃さなかった。

「へぇ・・・あまり上手くいってないとみた」
「な、なんで分かるのよ!」
「・・・マジかよ・・・別に興味ないけど」
「少しすれ違いがあっただけよ。
ていうかあんたに関係ないし・・・ほら出来た。
詳しいのが欲しければ風邪治してから一昨日きやがれ」

乱雑に書いた紙を清雅に押し付けた。
清雅はざっと見て息をついた。

「・・・本当にもう少し詳しいやつが欲しかったんだがまぁ今日のところはこれで勘弁してやるよ」
「人にやらせておいて何よその言い草・・・。
あーもーいいわ。さっさと帰りなさい。
ったく・・・予想以上に時間がかかったわ・・・。
せっかく楸瑛殿が手伝ってくれたっていうのに・・・さて、風邪うつされちゃたまったもんじゃないわ。
換気換気・・・」

が窓を開けようと立ち上がろうとした瞬間、清雅に腕を引かれた。

「・・・ぎゃ・・・」

清雅の元に倒れこみ、そのまま深く口付けされる。

「・・・・っ」
「こんな風邪、お前にくれてやる」
「・・・・・・・・・・。
・・・・・・・ちょ、え・・・・な、何してくれちゃってんのよこのばっ、」
「こうすりゃうつるって聞かないか?」

急速に顔が熱くなる。・・・え、本当にうつるのこれ?嘘でしょ?
すぐに口をぬぐい、清雅を睨みつける。

「知らないわよっ・・・ていうかうつさないでよ!!」

清雅を突き飛ばしたところで、扉が開いているのに気付き二人は固まった。

「・・・あの、ごめん、見るつもりはなかったんだけど・・・」
「・・・しゅ・・・楸瑛、どの・・・」

急速に体が冷えていく。冷や汗も出てきた。
清雅を横目で見ると、凄い嫌な顔をしていた。・・・良かった、本気じゃない・・・じゃなくて。

「いや、これは本当に誤解ですこいつが、勝手に・・・ッ」
「・・・・。」

をどかしそのまま清雅は室を出て行った。あ、お礼まだ聞いてない。

「・・・えっと・・・楸瑛殿、今のは見なかったことにしてください」
「・・・悪いけど・・・そうさせてもらうよ。
私がついていながら申し訳ない・・・」

静蘭に知られたらそのままの意味で首を切られかねない。
楸瑛は肝が冷えた。

「・・・清雅くんも大変なようだね」
「・・・まぁあまり良さそうなことはしてなさそうですけどね。
あ、あの楸瑛殿」
「なんでしょう?」
「・・・口付けしたら風邪がうつるって・・・本当ですか?」
「・・・・・・。」

どうなのだろう?一緒の室にいたらうつると思うが・・・・。
確かに、うつる可能性は高くなるのか・・・?

「・・・一概にどうとはいえないけれど・・・。
とりあえず手洗いうがいと換気くらいはしておいた方がいいんじゃないかな?」

・・・手洗いの意味が分からないね。うん。
はすくっと立ち上がった。

「とりあえず手を洗ってうがいしてきます」
「うん、いってらっしゃい」

一人取り残された室で楸瑛は窓を開けた。
・・・殿と清雅くんか・・・一時期噂になってたけど・・・あながち冗談でもないのかも・・・。
この後、静蘭に会うことを考えると胃が軋んだ。
・・・嗚呼・・・上司変えたい。


   


ーあとがきー

遅くなりました。
原作見て清雅の風邪の部分をみて絶望。・・・あれ、これまだ前半だよ。
なんかいっぱい詰め込みたくってしょうがないです。
藍将軍は恋愛相談としては適役ですね。全く良い雑用を見つけたもんだ。

あとは・・・あれですよね。清雅のキスって挨拶代わりなもんですよね。
ちょっと軽すぎるノリですいません。結構重大ですよねコレ!
夢主の方も襲われることに免疫ついてきてるよ。・・・嫌だ初々しさが全然ない!!
・・・反省します。

あと彩雲国の医学事情ってどうなんだろ。
ウイルスとか知られているのかな?風邪のメカニズムとか解明されているのかな?
とりあえず空気感染とかそういう概念とか・・・。
でも概念がないと換気とか手洗いうがいとかできないわけだし・・・いや風邪の予防法が確立しているかどうかもわからないけど。
とりあえず薬と安静と身体に良い食べ物くらいはあるでしょうね。
一応勉強しているので詳しいところが知りたい!

どうでもいい話題ですが、清雅と夢主で皇毅様からの寵愛(?)自慢をしているうちに夢主の気に入られっぷりに切れた清雅が胸倉掴んであーだこーだしているうちに皇毅様辺りがやってきて、もつれ合ってる二人を見て、見なかったことにされて、誤解ですーていうか胸倉つかまれてるんですけど助けて!とかいうネタを書きたいです。
どんだけ愛されてるんだ皇毅様。
あの清雅も大好きだよ★愛余っていつか蹴落としたいくらいにvv
そんなこんな。
またネタ帳を見ながらのらりくらり書いていきます。


[★高収入が可能!WEBデザインのプロになってみない?! Click Here! 自宅で仕事がしたい人必見! Click Here!]
[ CGIレンタルサービス | 100MBの無料HPスペース | 検索エンジン登録代行サービス ]
[ 初心者でも安心なレンタルサーバー。50MBで250円から。CGI・SSI・PHPが使えます。 ]


FC2 キャッシング 出会い 無料アクセス解析