『黄尚書に殿の気持ちをちゃんと伝えないと、すっきりしないよ?』
楸瑛を書類配りにださせ、は一人机案に向かっていた。
中々筆が進まない。
案件が難しいだけではなさそうだ。
・・・原因は分かっている。それが解けない限り集中はできないだろう。
絳攸の事も含め色々案じている事柄はたくさんあるが・・・やはり昨日の鳳珠とのやりとりが気にかかってしょうがない。
彼と少し仲を拗らせるだけでこんなにも気になるなんて・・・
は机案に突っ伏した。
この鬱々とした気分がやりきれない。
「あー、なんか・・・駄目だ・・・調子でない」
このような狭い部屋に閉じこもってばかりだからかもしれない。
何かいい考えが浮かぶかもしれない。
は立ち上がった。
楸瑛の言うとおり自分の気持ちを整理するのも必要かもしれない。
劉輝につくと決めたからには多少の犠牲を伴う覚悟も必要だ。
静かに休める場所を探しては府庫に足を向けた。
府庫につき適当な本を一冊取り出してから一番景色のいい場所に足を運ぶ。
そこには先客がいた。
は息を呑み、足を止めた。
・・・鳳珠様と、・・・
本来ここにはいないはずの女官・・・
女官がこちらを見た。目が合った。
「・・・・あ・・・・」
その顔に見覚えがあった。
・・・藍州に行ったとき自分の代わりをしてくれた・・・そういえば、後宮に入るとかいっていたっけ?
彼女が得意げな笑みをに向ける。
凄い、負けた気がした。
一拍後に鳳珠もこちらを見た。
咄嗟に声が出ない。
何をいえばいいか分からない。
何故か悪いことをしたような気分になりは目を逸らし来た道を引き返した。
鳳珠が何か言っていたかもしれないが聞こえない振りをした。
そのまま府庫から出て、は意味もなく朝廷の回廊をただひたすら歩き回る。
全然とれないもやもや感。むしろそれはどんどん大きくなる。
焦燥感、情けなさ、怒り、悲しみ・・・
全ての中で弾けて消えていく。
押さえきれない感情が涙となって視界を歪めた。
「・・・っ」
なんか・・・・とてつもなく、泣きたい。
回廊をそれ庭に出た。
庭の奥に行き、しゃがむ。
額を膝につけ、はしばらく動かなかった。
どれくらい時間が経っただろう。
顔を上げたら自分の前に誰かが立っていた。
驚いて顔を上げると、意外な人物が目の前にいた。
「・・・黎深様・・・?」
ムスッとした表情で黎深がを見下ろしていた。
いつからそこに立っていたのか分からないが彼も大分そこに立っていたのだろう。
肩に木の葉がついていた。
はこの状況が全く理解できずにとりあえず口を開いた。
「えっと・・・どうなさいました?」
「お前が座っているのが見えてな」
気付かなかったがの座った場所は吏部尚書室の窓の真正面だった。
回廊からは完全に気付かれないが、吏部尚書室からは丸見えだったらしい。
黎深は最近ずっと吏部尚書室に閉じこもっているらしいから見つからない方がおかしい。
は頬が赤くなるのを感じた。
「あ・・・えっと・・・視界に入って・・お邪魔だったらすいません。
今すぐ仕事に戻りますんで・・・」
立ち上がろうとするの額に黎深はピッと扇を当てた。
「赤いぞ」
「えっ!?」
ずっと額に膝をつけていたからだろう。着物の皺の跡も肌にくっきりと残っていた。
は反射的に額に手を当てた。
黎深はの隣に座った。
彼の様子もなんだかおかしい。おかしいの前からだったが・・・
でも以前のすべてのものを無関心に見ていた目とは違う。
今の黎深の視界に自分は写っている。
常に頓珍漢な龍蓮も凹む日がある。黎深もきっとその類の日なのであろう。
それはそうか・・・養い子の、絳攸の意識がなくなっているのだから・・・
ヒラヒラ舞う木の葉を二人でしばらく眺めた。
しかし、私の隣に座ってぼっとしてるなんて、この人にどのような心境の変化があったのだろう。
鳳珠の家に遊びにきて、酌をしたり黎深の頓珍漢な話に相槌をうったり、吏部で一緒に仕事をしたり、たまに贈り物をもらったり・・・
主に鳳珠を通してしか黎深と関わることはなかった。
興味のあるものしか写さないその瞳に私は写っていたのか、未だにそれはわからない。
このように黎深からに何かをしてくるのは珍しいことだ。
の視線を感じたのか黎深はこちらを向いた。
黎深の瞳に自分の姿が写る。彼は私を写しながら、何を見ているのだろう。
黎深はまた視線を空に向け、そしてポツリと呟いた。
「・・・鳳珠に・・・」
「・・・・え?」
は目を丸くした。
鳳珠が、なんだって?
黎深はそれから何度か唇を動かそうとしたが、それは声にならずに終わった。
そして黎深はスクッと立ち上がった。
そのまま吏部尚書室へ戻ろうとする。
・・・え、ちょっ・・・そこでやめるのっ!?
「なんですか!?鳳珠様に伝えたいことがあるなら預かります」
もすぐに立ち上がり、咄嗟に黎深の袖を掴む。
「なにもない」
何もないわけがない。
こういうときの黎深はとても分かりやすい。
何となく、このまま返してはいけないような気がしては黎深の袖を強く握った。
「・・・黎深様・・・」
「お前は・・・ずっとここにいるのだろう・・・」
”ここ”がどこを指しているのか分からない。
「ならば・・・」
小さな呟きが聞こえたような気がした。
しかしそれはには届かなかった。
「・・・・?」
黎深の袖がするりとの手から抜ける。
彼はそのまま吏部尚書室にこもってしまった。
・・・・。
・・・・ヤバい。全然聞き取れなかった。
黎深の袖を掴んでいた手を中心に汗が出てきた。
きっと大切なことなのに聞き逃すなんて・・・。
内容もあまりにも短く想像もつかない。彼は私に何を伝えたかったのだろう。
吏部の中で黎深はまた扇を手で持て余し、一人の世界に入ってしまっているようだ。
また歯車が狂い始める音が聞こえる。
それから半月。
仕事が上手くはかどらず楸瑛の手を借りながらもなんとか一日の仕事を終わらせていた。
鳳珠とも最近顔を合わせていない。
黎深からの伝言も伝えられないままだ。結局何の進展もない。
伝えなければならないと思うが・・・鳳珠に会うのも気が進まない。
私事であるので仕事外にしなければいけないし・・・。
最後の書類に印を押しては背伸びした。月が空に浮かんでからどれだけの時間が経っているだろうか。
目をこすりながらは立ち上がった。
今日も朝廷に泊まってしまおうか・・・
はその場で寝転がった。
視界に各部署の給与額が載った本が目にはいる。
・・・そういえば、清雅は黎深様と絳攸様の資料を貸せっていっていたっけ・・・。
『・・・お前はずっとここにいるのだろう?』
すべてがの中で繋がった。
「・・・・まさか・・・・」
重大なことに気付いてしまった。
はバッと起き上がる。
早く絳攸様を何とかしないと・・・・。
はそのまま絳攸のいる牢へと駆け出した。
牢は冷たく中にはリオウと絳攸が眠っていた。
リオウの目が開く。おそらく術を使っている最中に眠ってしまったのだろう。
「・・・お前・・・」
「しばらく来れなかったけど・・・辛そうね。変わろうか?」
リオウも絳攸と同じ夢の中で意識を手放すと最悪リオウも夢の中を迷ってしまうことになる。
「・・・もう少しで、なんとかなるんだ」
「そう、私も手伝うわ。物凄い大変なことに気付いてしまったの。
なんとしてでも目を覚ましてもらうわよ」
・・・黎深が自分を頼りにするなんて思わなかった。
話をしていても仕事をしていても、彼の世界に自分はいないかもしれない、と心の中で思っていた。
どうやら彼の世界に自分はいたようだ。
なんとしてもその頼み聞かなくてはならない。
が絳攸の手をとった。
景色がまた崖に戻る。
「お久しぶりです、絳攸様。作業の方は進んでいますか」
「!」
絳攸は久しぶりに人をみたような気がした。
今は文鳥の姿を解して人の声聞いていたから・・・。
なんとなく安心できた。
「・・・いつも思うんだが何故だけその姿でいられるんだ?」
「さぁ・・・?
それより手を動かしてください。さすがの私でも出口まで連れて行くことはできないので・・・」
「・・・あぁ・・・」
以前会ったよりいく分か機嫌が良さそうだがそれでも言葉は冷たい。
は大きな岩に腰掛けて雄大な崖を眺めていた。
「・・・何かあったのか?」
「・・・何もないですよ。絳攸様には関係ないですし・・・。
ここから出れたらお話しますよ」
「・・・・くっ」
確かにそうだ。
現実に戻れなくては意味がない。
久しぶりに長くの時間作業したと思う。
は相変らず何も話さず遠くを見ている。
いつも笑顔でくるくる働いているを見慣れていた絳攸はその姿に未だに違和感を感じる。
余裕がないというか・・・なんというか・・・。
今この時間も現実の世界では色んなことが起こっているのだろう。
皆と同じ場所に立てないのが悔しかった。
戻れても立てないかもしれないが・・・それでも。
「」
リオウに呼ばれては顔を上げた。
見れば目の前に文鳥が飛んでいる。
「交代する。もう日が昇る」
もうそんな時間になっていたのか。
は立ち上がった。
「・・・では絳攸様私はこれで失礼します。休まないでくださいね。
・・・あと・・・しばらくここにお邪魔するかもしれません」
「・・・あぁ・・・?」
は文鳥の姿になりそして消えた。
「・・・リオウ、は一体なんなんだ」
リオウは絳攸の目の前にある木の枝に止まる。
「本人に聞け」
「・・・・。」
なんだろう、凄い疎外感を感じる。
は一つの書翰を広げた。以前清雅が借りていたものを読み返す。
もし、敵以外に動いている人がいるならいつか役立つかもしれない。
御史大獄までわずかしかないが・・・・。
それから数日が過ぎ、の室の扉を叩く音が聞こえた。
そして楸瑛がひょこりと顔を出す。
「久しぶりです。静蘭殿は元気ですか」
「相変らず、辛らつな言葉で毎日いびられてるよ。泣きそう」
「それは良かった」
は笑顔で返してたまった書翰を楸瑛の前に置いた。
配れという意味だろう。
筆の進みが本来のの速さに戻っている。
「殿、黄尚書とは上手くいったんですか?」
の筆が止まった。
「・・・う、また嫌なことを思い出してしまった」
「・・・え・・・なにか、あったのですか?」
「・・・何も。進展も後退もしてない・・・」
・・・むしろ、後退しているのではないだろうか。
楸瑛は苦笑した。
「せめて、話だけでもしてみたらいかがですか?
会わないのが一番駄目なんですよ」
「そうしたいところなんだけれど・・・今はちょっと優先したい事項があってね・・・」
そのお陰で仕事もなんとかはかどっているところだ。
出て行こうとする楸瑛には声をかけた。
「あの・・・絳攸様は・・・大丈夫?」
楸瑛は苦笑した。
「頑張ってる・・・」
「・・・そう・・・」
楸瑛はが絳攸と会っていることをしらない。
「今ちょっと具合が悪くてね。
御史大獄までに良くなればいいんだけど・・・」
「・・・そう・・・か。
楸瑛殿から見て、絳攸様はまた仕事に復帰できると思う?」
楸瑛は目を細めた。
「・・・どうだろうね・・・難しいと思う。
頑張ってはいるんだけれど・・・」
「絳攸様に味方はいますか?」
「・・・ここだけの話にしておいてね。
秀麗殿が頑張ってくれてるよ」
は安心した。聡い秀麗ならもしかしたら気付いているかもしれない。
清雅が一度目をつけにきた手前自分と秀麗が接触するのは問題があるかもしれない。
今回の件について自分は無関係のままにしておきたい。
ここで目を付けられるのは得策ではない。
「・・・では私もここだけの話を・・・」
昨日までに仕上げた書翰を楸瑛に渡す。
「これを秀麗ちゃんに。
私からということは伏せてください。
多分、役に立てるはずです」
楸瑛は目を見開いた。
彼女はどこまで自分達のしていることを知っているのだろう。
「殿・・・」
「戸部の手助けが必要な時は私にいってください。
もう雑用じゃないですから」
「ありがとうございます」
・・・秀麗、静蘭だけではなくにまで追い越されたか・・・と楸瑛は少しだけ悲しくなる。
まぁ自業自得ではあるが。
「では今日はこれだけ運んで戻ります」
「えぇ、助かります」
「・・・この山が終わったら・・・そろそろ腹を決めて黄尚書のところへ行った方がいいと思いますよ」
楸瑛の置き台詞には口を引きつらせた。
絳攸のために作った書類の仕事も終わりに残っているのはいつもの仕事・・・。
・・・と、鳳珠の黄州行きのあれだとか、府庫のあれだとか・・・。
は頭を抱え突っ伏した。
どう考えても、これが一番難件だ・・・・。
ーあとがきー
お久しぶりに失礼します。
常に久しぶり感は漂ってますが、なんとか次で終われそう・・・かな。
あ、絳攸に一発殴らなければいけませんか?楸瑛に殴っておいて・・・←
あと鳳珠様のなんたらして・・・
前に書いた今回の微長編の構成のメモ書きが全く役に立たなくてどうしよう、な感じです。
今回の原作も色々読み返しすぎてて若干クタクタ感が・・・(笑)
残りは一気に書き上げたいと思います。フラグは全部回収する勢いで!!
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