・・・・。

誰かの声が聞こえる。
自分を呼ぶ声が。
は重い瞼を持ち上げた。
うっすらと人影が見える。

「・・・・・」

人影が認識できるか出来ないかのところで人影は消えた。
は目を開けた。
寝台に寝かしつけられていた。微かな薬の臭いがする。
・・・ここは・・・

「・・・姫・・・っ」

パタパタと軽い足音がこちらに向かってくる。
首を横に傾けると、羽羽が室に入って来たところだった。

「お目覚めになられましたか!」
「・・・ここは・・・」
「仙洞省でございます。身体の具合はいかがですか?」
「・・・うーん・・・」

はもぞもぞと起き上がってみた。
特に異変は感じない。

「大丈夫よ」
「それはようございました。
しかし、傷を負った人間を無理矢理治そうとするとは・・・」
「・・・ごめんなさい。血だけでも止めようと思って・・・」

ほっておけば清雅は死んでいた。
羽羽はそれ以上言わなかったが、清雅を助けるためにの命も危ないことは確かであった。

「・・・あ、秀麗ちゃんと清雅は大丈夫っ?」
「えぇ、二人共今は眠っております。
どちらもこのまま休んでいればいずれ回復するでしょう」

は全身の力が抜けた。

「・・・そう、良かった・・・。
清雅の方は別段心配はしてないけど・・・秀麗ちゃんは・・・」
「・・・正直に申し上げると・・・あまりよろしくはありません・・・」
「・・・・・」

羽羽はの枕元にある白い石に手を当てた。

「藍楸瑛殿から預かりました。かなり持ってきていただいたみたいで欲しければ楸瑛殿の自宅にあると・・・」
「ありがとうございます」

は寝台からおりて大きな伸びをした。
結構な時間眠っていたようだ。

「・・・本当は・・・琴の琴や呪いなどして差し上げられれば良かったのですが・・・」
「それは秀麗ちゃんの身体に響くでしょう?駄目よ。
私には石があるしなんとかなるわ。この地と相性も中々良い。気にする事無いわ」

は足元に畳んであった官服に手をつけた。
羽羽が慌てて出て行こうとする。

「あ、羽羽様。
起きる前誰かがこの室にいたみたいですけど・・・」
「あぁ、葵長官が様子を見に来ておられました」

の手が止まった。

「・・・葵長官?」
「そういえば、目覚めたら一番に自分のところに来いと、伝言を預かっておりました」
「・・・・・・・・・・。分かりました・・・・」

は一気に脱力した。なんか身体が重くなってきた気がする。
もう一眠りしていこうか・・・。


目覚めたのが深夜らしく、周囲は暗かった。
このような時間に長官はいるだろうか。いない・・・わけがない。
どうやら一日半ほど寝こけてしまっていたようだ。
そういえば、初めて会ったのもこんな時間帯だったなー、凄い嫌な思い出しかない。
・・・というか、あの長官に対して・・・いい思い出が、ない。

鬱な気分を引きずりながらは御史台の衛士に葵長官との面会を依頼した。
すんなり衛士はとりついでくれる。
案内されは室へ入った。

「失礼します。茈です」
「遅かったな」
「すいません」

・・・何故、謝らなくてはいけないのだろうか?
反射的に口から出てしまうところが恐ろしい。

「清雅も紅秀麗もまだ目覚めていない。
戸部には仕事で一日借りるといっておいた」
「・・・それは・・・どうも・・・」
「・・・流石に、お前だけでは捜査にならん。
清雅か紅秀麗が目覚めたら連絡する。それまで絶対に動くな」
「分かりました」
「この件は極秘だ。襲われたことは他言するな。誰にでもだ」
「はい」
「以上だ、いけ」

皇毅はいつもの調子で淡々と用件だけを話した。
自分とは一回を目も合わせてくれないどころか、顔さえも机案を見たままだ。

「葵長官、今回の兇手・・・何者なのですか?」

皇毅の動きが止まった。
そして初めて顔をあげ、の顔を見た。
口元には悪そうな笑み。

「知りたいか?」

は目を逸らした。

「・・・やっぱりいいです。
知らないことが幸せなことって世の中にたくさんありますよねー」

余計なことに首を突っ込んで、何かの弾みでうっかり皇毅の雑用にでも格下げされたら人生の終わりだ。
首を突っ込むなら誰にも知られず水面下で、が一番だ。
くそー、秀麗ちゃんなら絶対教えないくせに。

「ならば、くだらん質問をするな」
「まさか長官が素直に答えてくれるとは思いませんだでしたので。
では、失礼します。
・・・あ、お見舞いありがとうございました。」

は礼をして退出した。
扉が閉まる瞬間、皇毅はフンと鼻をならした。



・・・どう考えても秀麗ちゃんと清雅が何か情報を掴んでいるに違いない。
捕らえられた黎深様の奥方。
秀麗ちゃんと清雅は彼女の家に行った帰りに襲われている。

「・・・となると・・・その奥方が何か情報を掴んでいるってわけか・・・」

その奥方は今後宮の奥にいる。
会いに行くには絶好の機会だが、彼女を見張るのにも絶好な機会だ。
近付いたら最後、目をつけられるに違いない。
・・・兇手を片っ端からやつけていったのだから、すでに目を付けられてはいるとは思うが・・・。
リオウに秀麗と清雅の様子を聞いてみたが二人共しばらく眠ったままらしい。
事態は物凄い速さで動いている。このわずかな時間も惜しい。

「・・・やっぱり、動くしかない・・・」

はやり終えた仕事を積み上げて立ち上がった。


「・・・で、一日女官体験をしたい・・・と」

暗闇の中無言の戦いが数分繰り広げられた後、なんとか誤解は解け十三姫との密会は成功した。
二人は暗闇の中小さな声で会話を続ける。

「お願い十三姫・・・ッ。貴方しか頼める人いないの・・・っ!」
「・・・まぁ・・・これ以上状況を悪化させるわけにもいかないことは分かるのだけれど・・・。
けど、筆頭女官の室に忍び込むのはどうかと思うわ・・・。
うっかり剣まで抜きそうになったじゃない」

・・・は目を逸らした。
なるべく内密にしたかったのだ。
彼女なら許してくれると思った。反省はしていない。

「兇手にまで顔割れちゃってるし、・・・裏切り者は多分朝廷の中にいる。
朝廷『にも』って言った方がいいかもしれないけど・・・。
私は完全に目付けられてるから表立って捜査できないのよ」
「その目つけられている人がいいの?こんなところに来て・・・」
「一応監視は上手く撒いてきたからしばらく朝廷内を適当にうろうろしているはず。大丈夫よ」
「きっと、百合姫にも監視がついている。直接の接触は避けるべきよ」
「でも、それ以外の方法なんて・・・」

十三姫がニヤリと笑った。

「・・・それ、私が変わりに受けようか?」
「・・・いや、流石に・・・藍家の姫なんだし、紅家の確信に迫るのもどうかと・・・。
出来るものならお願いしたいけれど・・・」
「一応私はこれでも王様の嫁候補よ。
藍家としての誇りも忘れてはないけれど・・・今は王様のために何かしたいの!」

十三姫の視線には気圧された。

「・・・もしかして・・・その、主上は・・・」

先日会った時の劉輝の寂しそうな顔を思い出した。

「・・・毎日愚痴りにきてるわよ。でも、頑張ってるわ、彼なりに。
・・・助けてあげたくなるわ」
「・・・分かった。
なら百合姫に捕まえる前に秀麗と清雅に話したことを聞き出してほしい。
その中に答えがきっとあるわ」
「・・・了解。
そろそろ筆頭女官として紅家当主の妻にご挨拶にいかないといけないと思っていたの。
退屈な社交辞令よりそっちの方が行く方としては燃えるじゃない」

は苦笑して、十三姫に礼を言った。
は百合宛に書いた手紙を十三姫に渡した。

「これで全てが分かるはず」
「・・・分かったわ。私に任せて!
秀麗にも被害が出ている以上動かないわけにはいかないもんね。
もし答えがもらえなくても数日粘るわ」
「頼んだ。・・・数日後には秀麗ちゃんも目覚めるって言ってるし、そちらの方が早かったら秀麗ちゃんを頼る。
・・・十三姫も結構聡いからね。身を守れるとはいっても深追いはしないでね」
「ここまで来たら連帯責任よ。
何も知らず死ぬよりも、何かして死んだ方がいいじゃない?」

関わるなと言われても関わらずにはいられない。
巻き込まれている以上、関わる権利はあるはずだ。身が危険になる可能性は高くなるが。



次の日。
戸部にこもっていたを楸瑛が訪ねてきた。

「やぁ、頑張っているみたいだね」
「久しぶり、楸瑛殿。
二日分の仕事が終わったはいいんだけれど運んでないから邪魔になっているのよね。
それを運び終わったら私と話す権利くらい与えてあげても良いわよ」
「・・・それは酷い条件だな。
せっかく恋文を持ってきたというのに」

楸瑛は片目を瞑り、紅と藍の紐で結んである文を差し出した。
はふっと笑ってそれを受け取った。

「・・・前払いでこれは読んであげるわ。
返事はそれ配り終わってからで良いかしら?」
「・・・分かったよ。良い返事待ってる」

楸瑛は文句を言わず入り口においてある書類を持ち上げた。
楸瑛が出て行ったところでは文を開いた。
白い紙にただ一言『鳳麟』と書いてあった。
筆跡からみて十三姫ではなく百合姫の字らしい。

「・・・『鳳麟』・・・なに、これ?」

人の名前であろうか。多分それだ。
は記憶を探るが脳内の該当件数ゼロ。
紅家の機密であろうか。そうでなければこんな一言で片付けられているはずがない。
とにかく何かもう少し手がかりを探さなければ前に進めない。
は火をつけ紙を燃やした。
そこへ楸瑛が戻ってきた。

殿、返事は考えてもらえたかな?」
「えぇ、私絳攸様のところへ行くことに決めたの。どこにいるか知らない?」
「・・・ふられてしまいましたか・・・。
しかも絳攸とは・・・」
「で、どこ?」

楸瑛など眼中にないとは畳み掛けた。

「うーん・・・絳攸もここ最近色んなところ走り回っているからねぇ・・・。
家は差し押さえられちゃってるし・・・」
「・・・あー・・・そうよね・・・。
秀麗ちゃんの家にでも行けばなんとかなるかしら・・・?」
「流石にこの時間は他に行っているかも・・・」
「明確な場所に向かっているとしても絳攸様のことだから・・・もしかして迷っているのかも・・・」

楸瑛は苦笑した。否定できないところが悲しい。
は立ち上がった。

「とりあえず紅家周辺は当たった方がいいのかも。
あー出仕してくれたら楽だったのに」

とりあえず、捜索範囲は朝廷内に限られる。

「んー、もしかしたら主上のところにいる・・・かも」
「本当っ!?じゃ早速行ってみるわ。
そこの山、全部片付けておいてね」
「・・・えー、流石にそれは酷いんじゃない?」

楸瑛を後に、は主上の執務室向かって走り出した。


一斉に出仕拒否した紅姓官吏。
畳み掛けるように経済封鎖。
これを軽々とやってのけるのが紅家。
しかし何か違和感がある。

は主上の執務室に辿りついた。
覆面官吏であるため、玉を見せれば衛士はすんなり通してくれた。

「失礼します、茈です」

しかし、その中には誰もいなかった。
・・・いや・・・。
は誰もいない室の机案をみた。
奥に誰かいる?
立派な王の執務机の下を覗いてみる。

「・・・げ・・・」
「・・・絳攸様・・・なにやってんですか」
「・・・な、なんだ・・・か・・・。
・・・俺がここにいるのは絶対誰にも言うなよ」
「言いませんよ。
・・・どうやってここまで来たのか知りませんけど、謹慎中に主上に会いにくるとは良い度胸ですね。
せっかく秀麗ちゃんが作ってくれた機会を壊す気ですか」

絳攸は少し俯いた。
自分のしたことを悔いているのだろう。
あの夢から抜け出してまたここに戻ってきたのだ。
本当なら、それだけでも評価に値する。・・・自分的には許すつもりは毛頭ないが。

「・・・まぁ・・・。
貴方に用があったし、丁度良いです」
「・・・俺に?」

は絳攸と目線を合わせるためにしゃがんだ。

「えぇ・・・。
『鳳麟』って何か分かりますか」

絳攸の目が少し泳いだ。
時間もあまりない。空の主上の執務室に長居するわけにもいかない。

「紅家当主夫人百合姫が拘束されたのは知っているでしょう?
今この件を調べている清雅と秀麗ちゃんはちょっと動けないの。
百合姫から伝えられたのが『鳳麟』のみ。
・・・これは・・・誰?」

絳攸は少し黙った。

「もし。
『鳳麟』が紅家にとって影響力のある何かだと仮定して、それが紅家を裏切っていたら・・・。
今の状態はもっと悪くなる。
これは国にとっても紅家にとっても不利益だわ」

絳攸は目を丸くした。
事情をうっすら知っている者に外から見させると、簡単にここまで辿りつけるのだ。
内のことしか見ない過去の自分がさらに恐ろしくなった。

「分かった。・・・実は俺も知らないことの方が多いのだが・・・。
・・・これは紅家の機密だ。
『鳳麟』は紅家の大事にしか現れない救世主とも言われている」
「・・・その人が・・・現れたの?」
「いや、印があるんだ。精密な・・・」

この際、贋物云々ということは考えない。
残念ながら自分は御史台ではない。断定するのに証拠はいらない。
『鳳麟』は劉輝に害をなす敵とみなされた。
あらゆる情報と仮定を総合していち早く『鳳麟』を特定すること。

「それで・・・皆信じたわけね・・・。
・・・時期的に一斉に紅姓官吏に指令を伝達するのは紅州から難しいはず・・・。
あと中央の動きも知っておかなければならない。
・・・『鳳麟』は多分、近くにいる。
しかも、こちらの情報と相手の情報を同時に受け取れる位置にいる人物」

・・・素直に考えれば旺季陣営の誰が。
・・・しかし、こちらの陣営に味方のふりをして隠れている人物がいたらそれこそ大事だ。

「ありがとう・・・。
あとは独自に調査してみるわ。
・・・あ・・・」
「どうした?」
「・・・その、主上が凄い落ち込んでるって聞いたから・・・。
できれば愚痴でもなんでも聞いてあげて欲しい・・・」
「あぁ、そのつもりだ」
「・・・ありがとうございます」

はすくっと立ち上がって、室を出た。
絳攸はもそもそと机案の下から這い出た。

の思考力にも驚いたが、それより劉輝のことをとても心配していたように思えた。
秀麗の家で会ったときなどそれなりに仲は良かったように思えるが・・・。
正しさの中に違和感がある。
しかし、その違和感が何なのか絳攸は結論を出せないまま終わった。


   

ーあとがきー

しばらく時間が開いてしまいました。こんにちは。
秀麗復活までの独自調査編。相変らず楸瑛はとっても便利です。
ていうかそろそろ双花の扱いをよくしたら良いと思うよ自分。
完全格下な扱いじゃないですか。

しかし、『鳳麟』探し。
敵だけでも絞れないのに味方も含まれるとさらに探しにくくなりますよね。
こっちは色んな情報があるから最終的には辿りつけるけど、こう外部視点でいけばとんでもない該当者。
そんなこんな。
次の話書いて、ちょっと新刊出るまでお休みしますね。。

[★高収入が可能!WEBデザインのプロになってみない?! Click Here! 自宅で仕事がしたい人必見! Click Here!]
[ CGIレンタルサービス | 100MBの無料HPスペース | 検索エンジン登録代行サービス ]
[ 初心者でも安心なレンタルサーバー。50MBで250円から。CGI・SSI・PHPが使えます。 ]


FC2 キャッシング 出会い 無料アクセス解析