猛暑も大分引いて、季節は秋に移り変わろうとしている。
季節と共に自分の立場もだんだん変化していることに気付く。
『国試を受けてみないか?』
この一言が運命を大きく変えた。


妙な出会い


「おはようございます。鳳珠様。
お迎えの軒が到着いたしました」
「あぁ・・・」

夏から新しく は黄鳳珠仕えの侍女となった。
仕事としてはかなり楽なものであった。
この主人ときたら自分の事はほぼ自分で行い、帰りも遅い。
侍女の仕事などないといっても過言ではなかった。
は鳳珠の室の前で鳳珠を待った。

「出迎えはいい。
あぁ昨日の物は目を通しておいた。
軽く添削して机の上においてあるから見ておけ」

を確認した鳳珠はさっさと室を出て行く。
は頭を下げたまま答えた。

「お忙しいところ、お心遣い感謝します。
・・・時に・・・厚かましいお願いを聞いていただけますでしょうか?」
「事による。言え」
「・・・街に行きたいので・・・一緒に軒に乗せていただけませんでしょうか?」
「・・・構わん。ついてこい」

は一つ礼をして立ち上がった。
この主は細かいところは気にしないのがいい。合理主義というか・・・
外の軒には柚梨が先に乗っていた。

「おはようございます。柚梨さん」
「おはようございます、 くん、鳳珠」

大体の朝は始まる。

軒に揺られながら鳳珠は書類の確認、柚梨と は世間話に入る。

「・・・へぇ、 くん、国試試験を受けるのか・・・。
そりゃ秀くんと共に楽しみだね、鳳珠」
「・・・あぁ・・・」
「・・・秀くん??」

聞きなれない名前に は首を傾げた。
柚梨が説明を加える。

「今度の試験を受ける女人の一人だよ」
「・・・そうなんですか・・・。秀くん・・・ねぇ・・・。
・・・ん??」

そういえば、いつかの賃仕事先でそんな感じの名前を持った人物に出会った事があるような気がする。
いや、普通に考えれば彼女しか国試など受けられるはずがない。
見てくれは貧乏な家に住む娘さんだが、蓋を開ければ大貴族の直系の姫様だ。
どうして貧乏生活をしているのか、成り行きを何回聞いても首を捻るほど。

確か家の場所はわかるし・・・訪ねてみようかしら?久しぶりに。
はそうぼんやり考えながら鳳珠の確認している書類に目を移した。
政には関わるなといわれているが、ふと違和感を覚えて書類に書いてある数字を目で追う。

「・・・鳳珠様・・・あの・・・」
「何だ?」
「この計算違ってますよ。
あぁ、ここも」

その指摘に二人の目がそこにいく。
そして、しばらくして彼女の言っていることが正しいことに気づく。
自分たちでもなんとなく違うことが分かるような計算を彼女は一桁も違わずに答えていく。
一つの紙に正解を口頭で述べていく。

そして、軒は止まった。

「どうせなら全て くんに指摘してもらえば早かったですね」
「柚梨・・・」
「はいはい。では くんこの辺で」

鳳珠と柚梨が軒に乗り朝廷の門をくぐっていく。
下ろされた は軽い礼をした。

「・・・では、お仕事頑張ってください。
鳳・・・いえ、奇人様、柚梨さん」
「・・・あぁ・・・」

二人を見送ると は町に出た。
試験を受けると決まっているのなら、仕事をしている場合じゃないだろう。
多分彼女がいると思われる家に向かって は歩みを進めた。

昼も過ぎたころ、少女と青年がたくさんの荷物を抱えて買い物をしていた。
今日は客が来るらしく、いつもよりその量は多い。

「さて、今日はこんなものでいいかしらね・・・静蘭・・・。
藍将軍と絳攸様と・・・あの馬鹿王の分は・・・」

今日の晩食には客がくるということでいつもよりも材料は多めに買う。

「多分、足りるでしょう。
また材料も持ってきてくださるようですし。」

値段に気を付けながら旬のものを買う紅秀麗と家人、静蘭。
おまけしてくれた八百屋のおじさんに礼を言って家に帰るところだった。
帰ろうと一歩踏み出した瞬間、二人に聞き覚えのある声が後ろからした。

「・・・うわ・・・これ安っっ・・・。
やはりここまでくれば値段も違うわ・・・。
少しくるのが大変だけど・・・」

先ほど色々買った八百屋の前で見知った少女がいろいろつぶやいている。
秀麗は彼女を見て驚いたように声をあげた。

っ!?」
「・・・あぁ、やっとついた・・・。
流石に、ここまで徒歩はきつかったわね・・・。
久しぶり、秀麗ちゃん」

疲れも見せながらへらへら〜と手を振る に秀麗はくすりと笑った。


『・・・・はぁっ!?
道に迷ってここまで来るのに丸半日!?』

秀麗の叫びで家が揺れた。
後ろにいる静蘭も思わず荷物を落としかける。
どんなにゆっくりきても一時間でつく道のりをこの娘は半日かけてきたのである。

「いやー、半日もかかっちゃったわよ。
まさか、昼にはたどり着けると思ってたけど甘かったわね・・・。
もう夕方・・・」

赤く染まる空を眺めて は苦笑した。
まさか、道に迷うとは思わなかった。
歩く方向が違っているにも関わらず自信満々で進んだのが悪かった。
城壁までたどり着いてしまい、戻るのに数刻。ここまで来るのに半刻。
自分でも馬鹿だと思った。

「・・・ごめん・・・。
朝ご飯以来なにも食べてないの・・・何か貰える??」

家は質素だが、秀麗の料理の腕は天下一品である。
どうせ晩御飯も近いし少し貰っていっても罰も当たるまい。
秀麗は腕まくりをしてにこっと笑った。

「大丈夫、今日はお客さんも来るし、とっておきの料理でもてなすわ。
少し待ってて」
「・・・おっ・・・お嬢様・・・」

静蘭が気まずそうに秀麗をとめた。
秀麗もその意味に気づいて、 をみた。

「・・・どうしたの?
あぁ、大丈夫。夕飯くらいのお金は持ってきているからね。
自分で食べた分くらいは払うわよ」
「いや、そういうわけじゃないんだけど・・・」

紅家ではどんなに貧乏でも客はもてなす。
そういう家訓があった。
だから、断ることはしない。むしろ、受け入れる体制だ。

・・・しかし、今日は少しいつもとわけが違う。

この国の王をはじめ二人の朝廷の位の高い人がお忍びでこの家に来るのだ。

「・・・えっと・・・今日お客様が来るの・・・」
「へぇ、じゃあ私はこの辺でお暇しようかな。
果物ある?とりあえずお腹に入れたいんだけど・・・
そんな顔しないでよ。特に大切な用もないからまた改めて来るよ。
どうせいつでも暇だし」
「・・・ ・・・」

本当はたくさん話をするつもりだったかが、そう言う理由ではしょうがない。
自分だって早く帰らなくては行けないのも事実。
鳳珠が帰ってくる前に屋敷に帰って色々支度しなければいけないのだし。

秀麗は の言葉を聞いて胸が痛くなった。
後悔が頭をよぎる。
・・・そうよ。馬鹿王がなによ。絳攸様も楸瑛様も何よ。

「やっぱりいいわ。 も食べていって。
そんなに重要ってほどのお客じゃないし・・・」
「・・・そうなの?・・・でも・・・
私なんかいるとお客様も困るんじゃ・・・」
「どうせご飯食べに来るだけなんだし、たくさんいた方が楽しいわよ。
別にいいでしょ。静蘭」

話を振られて静蘭は苦笑する。

「・・・お嬢様がそう仰るのであれば・・・」

そういって静蘭と秀麗は奥に引っ込んでいった。
は出されたお茶に手をつけた。
饅頭も秀麗手作りで美味しい。

庖厨にいった秀麗と静蘭は声を小さくして話した。

「・・・あの・・・お嬢様・・・。
今日いらっしゃるお客様は・・・」
「大丈夫よ、流石に彼女も王様の顔知らないでしょう?
それに、お父様の知り合いっていえば結構通るし・・・」
「・・・しかし・・・」
「大丈夫よ。藍将軍なんて可愛い女の子が一人いれば喜ぶでしょ?」

そういう問題でもないのだが・・・。
秀麗の説得は不可能だ、と静蘭は諦めた。
あの三人も状況を読むことくらいはできるだろう。

そして、後ろでくつろいでいる少女に目をやる。

・・・ ・・・か・・・。
・・・まさか・・・いやでも・・・

静蘭はなんとなく嫌な予感がした。

ただ椅子に座ってぼーっとしているだけも暇になったので は秀麗のいる庖厨へ行った。
料理の上手い秀麗を手伝っても足手まといにしかならないのかもしれないが、皿くらい出せるし、鍋の番もできる。

「秀麗ちゃん、手伝う事無い?」
「じゃあそこのお皿運んでくれる?」
「了解」

机の上に並べられた料理は美味しそうに湯気を上げていた。
は唾を飲み込んだ。今日これを食べられるんだ・・・。
二つのお盆に大量の皿を載せて一気に運ぶ。
賃仕事で鍛えたこの能力は立てではない。

は軽く料理を見て計算した。
料理の量からすると食べる量は七,八人分・・・・。
確か父上もいるらしいし・・・誰だろうか三人のお客様というのは・・・。

机に料理を並べていると外から人の声が聞こえた。
は顔を上げた。
扉が開いた。
入ってきたのは、丁度静蘭くらいの年の青年三人に後ろには人の良さそうなおじさん。
三人はとても豪華な服を着ていて見ただけで位の高い人だということが分かる。

「・・・え・・・」

その一番先頭に入ってきた人物の顔を見て は動きを止めた。
・・・嘘だ。何かの冗談か?
あっていいはずがない。
何故、この人がこんなところに?

青年も に気づいたようで時間を止められたように固まる。

「・・・・ん?どうした?」

青年が固まっている主人の肩を叩いた。
もう一人の青年が様子がおかしいことに気づき、 を見た。

数秒、時が過ぎた。

その時来客を迎えるために秀麗が庖厨から出てきた。

「いらっしゃい藍将軍、絳攸様・・・と・・・」
「・・・藍将軍・・・絳攸・・・様?・・・って・・・」

は持っていた皿を落しそうになった。
藍楸瑛と李絳攸。今若手の出世頭だ。この春王に花を下賜され王の側近として働いているという・・・
と言う事は・・・間違いない。
なんとなく状況を理解した楸瑛はふんわりと笑った。

「これは、初めての顔だね。可愛らしいお嬢さん。
私は藍楸瑛という。でこっちが李絳攸。
で・・・彼が・・・えっと・・・私の部下で・・・り・・・龍。茈龍だ。」

自分の姓を取られて静蘭はじとりと楸瑛を見た。
しかし、状況が状況なだけに無言で頷いた。
は皿を机の上に置き、跪拝をとった。

「初にお目にかかります。 でございます。
どうぞお見知りおきを・・・」

跪拝しながら は心の中で叫んだ。
・・・こんな偉い人たち来るなんて聞いてねー!!!


食事会は終始和やかな雰囲気で行われた。
位の高い彼らだが、それを誇示する事はなく、 でも普通に接してくれた。
楸瑛に至っては会ってなり、 を口説き、絳攸に怒鳴られる。
これが彼らの普段の姿なのだと分かると意外な気もしたけれど、案外いいのかもしれない。
も自然と顔を綻ばせた。
ふと今日ここに来た理由を思い出した。

「・・・そういえば・・・秀麗ちゃんだよね。
今度の女人試験受ける人って」

全員の手が止まった。
は血が一斉に引くのを感じた。
・・・しまった・・・。
これ・・・もしかして一般人にはまだ公開してないの?

血が引くような感覚に襲われたのは だけではなかった。
何故この一般人がそのようなことを知っているのか。
今年は試験段階でとりあえず秀麗が第一試験で合格すれば公に発表する予定だったのに・・・。

ここまでしっかり反応してしまったことを楸瑛は後悔した。

「・・・何故公になってないことを貴方が知っているのですか・・・」

楸瑛の目が に鋭く向けられた。
さっきまで親しく突っかかってきたくせに・・・っ。それが本性ですか、貴方・・・。
まさか公になってないことなんて考えもしなかった。
ただ確認しにきただけなのに・・・。
は心の中で数を数え、精神を落ち着ける。動揺したら負けだ。

「少し・・・そんなことを耳に挟みましたもので・・・。
女人で試験を合格できる才がある人なんて秀麗ちゃんくらいしか考えられなかったので・・・」

鳳珠のことは死んでも口に出せやしない。
公の仕事を一般人に言ってはいけないのがこの世界の常識。
秀麗だけなら、特に深いことは聞き出さないはずだった。
あぁ・・・・私としたことが・・・。

「・・・秀麗、この娘何者だ?」
「賃仕事先で出会ったんだけど・・・
そのときに仲良くなったの」
「あっ・・・あの・・・。
国試の事は、誰かが話しているのを小耳に挟んだだけです・・・」

誤魔化せるのもどこまで出来るだろう。
仮にも今の朝廷の出世頭の二人からの尋問だ。
数年間朝廷や人の中から退いていた奴がかなう相手ではない。
しかし・・・言ってしまえば世の終わり。

丁度邵可で机の上にあった皿が綺麗に片付いた。
秀麗は立ち上がった。

「別に良いじゃないですか。
遅かれ早かれ公になることですし。私が合格すれば良い話でしょう?
それよりも絳攸様、勉強見てもらえますか?」

秀麗がにこりと笑った。
この場で彼女に逆らえるものはいない。
は心の底からほっとした。

そして、隣に座っている『茈 龍』と名乗った人物を見る。
彼も の視線に気づいたのか口元を緩ませた。

「・・・あの、少しお話したいことがあるんですけど・・・」
「余・・・私にか?・・・いいぞ」
「・・・では。
少しお借りします」

は龍の腕を引き、そのまま外に出た。
耳をすませ、誰も近くにいないことを確認する。

『・・・・・・・・・。』

残された四人はそれを見送った。

「・・・まさか、主上に気があるとか・・・」
「いや、流石にそれは・・・あったらどうするんだ。
お前の部下になってるんだぞ、今は・・・」

焦る二人に邵可が食後のお茶を飲みながら言った。

「心配する事はないよ。
・・・多分ね」


二人はしばらく無言でいたが が切り出した。

「・・・なんで、貴方がここにいらっしゃるのですか・・・?
劉輝・・・いえ・・・主上」
「う・・・お前こそ、何でここにいるのだ・・・」

額を押さえてうめく に、嘘がばれた子供みたいにおろおろする劉輝。
一国の王と一般人の会話には到底聞こえない。

「・・・私はさっき秀麗ちゃんが言ってくれた通り、賃仕事先で出会ったの。
で、貴方の思考する女人試験の噂を聞きつけて彼女しかいないと思って少し聞きにきたら兄上達とばったり・・・。
あぁ・・・まさか・・・まぁ考えればそうだけど、あんなに優秀な側近連れてくるのよー。
思わず全てのこと話しそうになったじゃない」
「むぅ、 も悪いんだぞ。
極秘扱いになっているのにどこで聞いたのだ?
あっ、今は・・・それよりも」

劉輝は少し声を荒げた。
そして、少し悲しそうな顔をする。

「八年前・・・どうしてお前は余の前から姿を消した?
何故、会いに来てくれなかった・・・?」
「・・・それは・・・」

は言葉を失った。どう説明すればいいのか・・・。自分も突然のことで戸惑ったのだ。
良く考えてみればそうだ・・・。あれから劉輝はずっと一人で・・・
劉輝は の言葉を待った。

「私も突然のことだったから良く分からないんだけど、ある日から貴方が即位するまで王宮内の森の奥で母と暮らしていた。
多分霄太師よ。即位争いに私を巻き込みたくなかったんだわ。
母が・・・私を王にしたがっていたから・・・」

劉輝は全てを悟った。
・・・あのクソジジイ・・・。

八年前。先王戩華が病に倒れた。
当時五人の公子がおり、遅かれ早かれ王座争いは起きる。
戩華は一番最後に側室にした の母を一番寵愛しており、その時 も類稀なる才を発揮していた。
女性の王、周囲から否定されようが王の遺言で が次期王などと言われたらまた大きな争いが起こる。

それを予期した霄太師は、 親子の元に来て、王宮から目の届かないところへ隔離した。
生活も何もかも全て援助された。
暮らしに困ることは何一つなかった。
ただ言われた約束は『一歩も外へは出てはいけない』
その期間で何らかの情報操作が行われ、 という存在は消えた。

そして、半年前。
丁度劉輝が即位した時、 は自由になった。

「・・・霄太師は私を消すことで、私の即位への道を断ち切った。
一応この状況下で残っているのは私と貴方と・・・あとは清苑兄様」

は大体見抜いていた。
静蘭を見たとき、一瞬劉輝に見えて驚いた。
昔秀麗から静蘭のことを聞いた事がある。逆算すれば辻褄が合わないことも無い。
どんなに無茶苦茶な過去であろうとも。

劉輝の表情の変わるのをみて はニコリと笑う。
ここは静蘭に似ていた。物事を見透かす鋭い目つきは母親似。
滅多にお目に掛かれない代物だ。・・・というかお目に掛かりたくない。

「しばらく・・・莫迦殿っぷりをみせたらしいじゃないの・・・。
私の予想では、清苑兄上・・・・か私に変わりに王になってもらいたかったんじゃなくて?」
「・・・うぅ・・・」

劉輝にとっては清苑の方を希望するのだが、この際 でも変わりない。
彼女も小さい頃から類稀なる才を発揮していた。
女だからと注目されていなかったが、どの公子よりも高い能力を持っていたのは事実だ。

「・・・始めはそう思っていたが、今は違うぞ。」
「でしょうねぇ・・・
誰に根性叩き出されたのか知らないけど・・・。
・・・まぁいいわ。
そういえば、ついでだし良いこと教えてあげましょう?
丁度良い機会だし・・・・邵可様にも相談したいことがあるの」

全て見透かされていることをすべて分かっているのでもう深く考えないことにした。
それよりも『良いこと』の方が気になる。

「何だ・・・?その良いこととは・・・」
「あのねぇ・・・貴方が女人も国試試験受けても良いって案作ってくれたお陰でまた朝廷に入れる機会が出来たかもしれないの」

それには劉輝も驚きだった。
それなら女人試験のことを知っていてもおかしくはない。

「それは本当かっ!?」
「えぇ、少し推薦してくださる方がいてね・・・。
うまくいけば今年の秀麗ちゃんと一緒に受けられる」

劉輝は思わず を抱きしめた。
も抱きしめ返す。
八年の時の流れは、二人共成長させるのに十分だった。
劉輝はこんなに大きかったっけ・・・?と は抱きつきながら思った。

「しかし・・・何をしに・・・朝廷に戻るのだ?
今の様子なら・・・特に不自由しているようには見えないが・・・
以前は援助してもらっていたのなら、少しお金も回してやることもできるし・・・」
「私は欲しいのはお金ではありません」

は腰にさした短剣と扇を取り出した。

「これは、父上と母上に頂いた形見の品。私が紫家の姫だという証・・・
今は姓も名乗れぬ身ですが・・・
私にだって紫家としての誇りは持っております。
実力名声ともに勝ち取り誰しもに認められた後に・・・紫家の者として名乗ることを許しいただく」

劉輝は の短剣と扇を見た。
確かに八年前も はその二つを持ち歩いていた。
成長した にその二つの品はしっくりと合っていた。

「・・・それと・・・。
私は貴方の補佐がしたい。
他の兄上ならともかく劉輝兄上が王であらばどんなことでもしましょう。
みたところ、優秀な部下に、官吏がごまんといるようで、私の出番などない気もしますが。
母に叩き込まれた才もここで使わなければ持ち腐れですし・・・
ですから、私の力存分にお使いくださいませ、兄上」
「余の力か・・・霄太師にでもいえば、国試を受けずとも今すぐにでも紫の名を名乗れるぞ。
余も・・・ がいてくれれば嬉しい・・・」

劉輝は目を伏せた。
秀麗がいなくなってからまた一人になったような感覚に襲われていた。
珠翠が、楸瑛が、絳攸がいてくれても何か大切なところが埋まらない。
ならきっと・・・その寂しさを埋めてくれると思うのだが・・・

「・・・少しだけ・・・官吏という職に興味を持ちました。
仕えてみたい人もいるのです。
しばらく寂しい思いをするかもしれませんが・・・私は必ず貴方の隣に立てることをお約束します。
貴方の隣に堂々と立てるようになったら・・・花の代わりに紫家の名をください」

は膝をつき、劉輝の手をとり自分の額を当てた。
周りは全て敵だった朝廷の中で彼だけは心の底から信じられた。
完璧を作ろうと、閉ざしかけた心に光をくれた。
太陽のような、大きくて優しい存在。
そんな兄が大好きだった。今までで一番。

「永遠の忠誠をお誓いいたします。劉輝兄上。
時と場合によっては暗殺でも何でもやっちゃいます。
邪魔だと言われても地獄の底までお供しましょう。

・・・お慕いしております。心の底から」

劉輝の手が震えた。

「本当に貴方が王になって良かった・・・
この国は今までで一番良い国になりましょう」

はふわりと微笑んだ。

「・・・余は・・・幸せ者だな・・・」
「はい、これからどんどん幸せになってくださいませ」


「しかし・・・具体的にはどうするつもりだ?
国試に通ると言う事は並大抵のことではないぞ。勉学の事を言っているのではないが・・・」
「・・・それなのですが・・・。
清え・・・いえ、静蘭さんの『茈』姓を頂こうかと思いまして・・・
だから邵可様に相談しようと他にも何か良い試験の通り道とか教えてもらえそうだし・・・
今日はその目的でも来たの」
「なるほどな・・・。余も賛成だ」


劉輝と は家に入るなり机にいた邵可と静蘭の前に立った。
何事かと視線は二人に集まる。

「邵可、静蘭、少し話がある」
「・・・はぁ・・・何でしょう?」
「少し込み入った話だ。
ちょっと二人を借りる」

劉輝は邵可と静蘭の手を引いて奥へ行った。

別室へ移り、扉を閉めた途端、緊張の糸は解けた。
邵可は をみて微笑んだ。

「・・・お久しぶりです。 姫、綺麗になられましたな」
「いえ、頭なんて下げないでください。邵可様。
今の私は、姫でも何でもありません。
で良いです。秀麗ちゃんの友達としていさせてください」
「貴方がそう望むのであればお好きなように」

「・・・そして・・・ご無沙汰しております。
清苑兄上・・・」

は静蘭に跪拝をとった。
どのような服装でいようが目の前にいるのは清苑だ。
紅家にいて大体の毒は抜かれたが何となく当時の面影もある。

「・・・ か・・・大きくなりましたね」
「おかげさまで・・・兄上もお元気そうで何よりです」
「私は、今ここの家の家人です。
・・・兄上と呼ぶのは・・・」
「・・・あっ、そのことなんですが!!」

は邵可を見た。

「私に『茈』姓を名乗ることを許していただけないでしょうかっ!?」

突然の申し出に邵可も静蘭も絶句した。


「・・・ が国試に・・・」
「これから大変になりますねぇ」

今までの経緯と国試に出ることを伝えると二人共快く了承してくれた。

昔話に花がさき、外を見れば星が光っていた。
そうえいば、昔劉輝と星を見たっけ・・・
清苑は がこの心つく時に流罪にされてしまったのであまり記憶は無いが、少し話すだけで彼の優しさが伝わってきた。

・・・あの頃は辛いながらも幸せだった。
今は・・・大切な人達に会えて、また兄弟たちにも再会できて更に幸せだ。
これから先何が起こっても大丈夫。
自然とそんな気持ちになった。

「・・・綺麗な夜空・・・。
・・・・あ・・・・・」

物凄い大変なことを忘れていることに は気づく。
鳳珠の家に戻ることをすっかり忘れていた。
残業になると一言も聞いてないし、普段なら帰宅している時間である。
は顔を青くした。

「あのっ・・・大変なことを忘れていたので私はこれでお暇しますっっ。
次に会うのは・・・・朝廷でいいですか?兄上?」
「・・・あぁ、待っている」
「では、邵可様も、清え・・・いえ、静蘭殿もお元気で!」

は走り出した。
後ろから静蘭の手が伸びる。

「・・・今から・・・帰るのですか?一人で?」
「えぇ、そのつもりですけど・・・何か?」

夜遅く・・・はないが、暗い中女の子一人で帰すのはいかがなものだろうか。
ただでさえこの辺は物騒だ。
自分が送っていても良いのだが・・・。
一瞬楸瑛の顔が浮かんだが一瞬にして消去した。
彼に任せたら、逆に帰れなくなりそうで怖い。
は心配してくれているらしい、兄の心が嬉しくなって微笑する。

「・・・心配しなくても、大丈夫ですよ。
私には、両親から頂いたモノがありますから」

の腰にあるのは着物に不釣合いなほど高価な扇と短剣。

王の寵愛を最後に勝ち取った の母。
周囲は皆敵でいつ殺されてもおかしくなかった。
に才があることで一層その身は危なくなった。

そんな中自力で身を守れる力を は小さい頃から教えられていた。
破落戸相手では物足りないくらいの最強の武術を。

静蘭はそれを思い出して苦笑いした。
全てにおいて普通の姫様ではないのだ。彼女は。

「・・・では、気をつけてお帰りください。
うちにはいつでもいらしてくださいね。ささやかながらも歓迎します」


秀麗と楸瑛と絳攸に礼をいって、 は全力疾走で黄邸に向かった。
わき目も振り返らず、数人を吹き飛ばしたかもしれないが気にしていられない。
もしこれで試験も、仕事も白紙・・・なんてことになったら・・・
冗談じゃない。今からだというのに!!

黄家に入っても は走り続け、そして廊下で滑るように止まった。

「・・・遅くなりましたっっっ!!」

バンと扉が開いた。中にいた鳳珠は を見て一瞬言葉が出なかった。
作法もしっかりしていて、好感を持てる娘だと思っていたが・・・これは予想の範疇を軽く超えた。
こいつは相当なじゃじゃ馬だ。

別に気にすることも無いが。

「遅かったな。」

鳳珠の表情が変わったのは一瞬で、また元の無感情な顔に戻る。
それが逆に怖く、ささっと身だしなみを整えて鳳珠に再度謝る。

「・・・どこに行っていた?」

「友達の家に・・・・少し・・・。
事前に報告できなくて申し訳ありませんっっ。
まさか、こんなに遅くなるとは思いませんで・・・」

一瞬『道に迷うなんて』と口まで出掛かってしまった。
こんなこと口が避けても言えない・・・。

、朝廷から国試に必要な書類を持ってきた。
早めに書いておいてくれ・・・」

鳳珠から紙を受け取り はじーんとした。
これでまた、現実が近くなる。

「・・・試験の方は問題ないとして・・・だ・・・。
身分の方はどう証明するつもりだ?」
「それは少し・・・裏道を利用することになると思います。
鳳珠様にだけは迷惑がかからないようにしますので一任していただければ・・・」
「分かった・・・。お前に任せよう」

鳳珠は長椅子に寄りかかり息をついた。
顔には疲れが見えている。

「お疲れのようですね」
「マシな方だ・・・」

侍女が一人いてくれるだけでこんなに楽だとは思わなかった。
がきてから家での生活が大きく変わっている。
こんなことなら黄州から顔に耐性のある者を連れてこればよかった。

「あっ、お茶が切れてますね・・・。
持って来るついでに何か欲しいものはありますか??」
「いや、いい」
「そうですか・・・。では失礼します」

が来てからやることが高度になってきている。
本気で忍の方が天職かと思ってきた。
何かと訪ねてきては嫌味を言って帰っていく。
・・・暇なのだろうか。
鳳珠の絶対零度の視線も無視して黎深は室の中を歩く。

「部屋も大分綺麗になって・・・。
毎日掃除されているな。
独り身の時よりも良い生活送っているじゃないか」

黎深は小姑よろしく人差し指で棚をつーっとなぞった。
ちゃんと拭いた後がみられ、埃一つない。

「五月蝿い、黙れ。
いつまで勝手に不法侵入するつもりだ、訴えるぞ」
「・・・私を監獄送りに出来る者なんてこの世にどれだけいるものかねぇ・・・。
そもそも私の消えた朝廷なんてかなり維持が大変だな・・・」

腐っても吏部尚書。権威も実力も完璧である。
その笑みには勝ち誇ったものがある。
鳳珠は無視した。
黎深は机の上にある、 の書いた文に目を通した。

「中々面白い娘じゃないか・・・。これは将来化けるな」
「あぁ、中々鋭いところをついてくる。
・・・詰めが甘いがな」
「そういえば名前はどうするんだ?姓はないだろう・・・」
に一任した。
ただの姫君ではない、上手くやるだろう・・・」
「あぁ、霄太師とか?」
「そう、霄太師とか・・・」

黎深は机の上にあった菓子を一つつまんだ。

「・・・さて、 はどこの部署にいれようか・・・」
「戸部に入れろ。
なんなら賄賂を贈ってやってもいいぞ」

不正を是としない鳳珠がここまで言うのだから、相当思い入れがあるのだろうか。
黎深は扇を広げて鳳珠を見た。

「どこがそんなに気に入った?」
「計算能力が恐ろしく高い。気付きも早い。体力もありそうだ。
新人官吏の中で一番使えると断言する」

鳳珠は私的な考えで仕事の話はしない。
を希望したのも合理的な考えがあってのことだ。

「ほぅ・・・それほどいいのか・・・」
「ここまで教えてやった。他部署に回したらぶっ飛ばすぞ。
あと、秀麗も欲しい。」
「駄目だ。
貴様だけには秀麗はやらんっっ。
只でさえ という可愛い娘を手の内においておいて・・・」

冷静な黎深の顔が一気に変わる。
出た。姪馬鹿。

「お前の思考は何故そういうところにしか・・・」
「百合姫のことまだ根に持っているからか?」
「その話は出すな」

・・・どうも政治以外のことをこいつと話すと話がそれてしまうらしい。
人が近づいてくる気配を感じ、二人は口をつむぐ。

「・・・では、私はこれで・・・。
二人が朝廷に来るとまた華があっていいことだな」

黎深の気配が消えた。
鳳珠は嘆息した。 のお陰で黎深もとっとと退散してくれて良い。
鳳珠はその面でも に感謝した。

扉を叩く音と同時に が入ってきた。

「お茶をお持ちしました。
なにやら、おいしそうなお茶菓子があったのでお持ちしました。
頭を使う時には甘いものはいいそうですよ。

・・・大丈夫ですよね。甘いもの・・・。」

そういえば、男の人は甘いもの嫌いだって聞いたことがあったかもしれない。

「大丈夫だ」

その一言にほっとして、お茶の用意を始める。
そういえば、さっきと紙の位置が違っているような気がする・・・。
・・・・。

「誰かおいでましたか・・・?
あっ、いえ、そんなことないですよね。」

『・・・・・・・・・。』

鳳珠は無言で出されたお茶に口をつけた。
やはりただの姫ではないようだ。

   



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