年が明けてから数日が経った。
朝廷も徐々に忙しくなり、悩み事を考える暇もなく日々は過ぎていく。
しかし、夜になるとふと思い出してしまうのだ。
気を紛らわそうと酒を飲んだがそれでも鬱な気分は治らない。
気を紛らわそうと、ふらりと外にでた。

それからの記憶はあまりがない。


年明けは騒動の始まり
〜迷える子羊の行方は〜


藍楸瑛は酔い覚ましに外に出た。
そこそこ酒には慣れているとはいえ、二人分の悩み相談をしながら酒に付き合うというのは結構難儀なものだ。
夜もかなりふけてきた。
数刻前より減ってきた人ごみを眺めている楸瑛の視線に体躯のいい男達の塊が見えた。
何事かと良く見ると一人の女の子が囲まれているではないか。
楸瑛は息をついてその男達のもとに向かった。


「おい、嬢ちゃん。そっちからぶつかっておいて謝罪もなんもなしか?」
「・・・・・・・・。」

凶悪な面々が顔を並べる中、囲まれている少女は特に何も反応するわけでもなくそこに立っていた。
心ここにあらずのようで、既に男達は彼女の視界にない。

「おい、なんか言えよっ!!」

一人の男が少女の腕を掴む。
その瞬間少女が動いた。
反射的に動いた少女は掴まれていない方の手で腰につけた短剣を抜き男の首もと向けて凪ぐ。
紙一重で交わした男は一歩後退さった。

「なっ・・・なんだ、こいつ・・・危ねぇ・・・」

三人が少女に殴りかかったが、大きな拳は舞うように交わされ、それでもって急所に攻撃を与えられる。
三人が地面に倒れた。

「・・・チッ、これならどうだ!!」

すらりと一人が剣を抜く。少女はそれを興味なさそうに見据えた。
かなりの早さの突きを繰り出したが、それは彼女の扇によって止められる。
そこにはこの世で最も美しく硬いと呼ばれる金剛石が組み込まれていた。
すぐに剣の軌道を変え、少女は男の首に向かって踏みこんだ。
男の目が大きく見開かれる。
誰もが派手な血飛沫を想像した。

キン、と金属音がぶつかる音。

初めて少女の目に現実が写った。

「・・・はい、そこまで」

少女の狙った男は助けに入った男の手刀によって地に伏した。
新しい参戦者の顔を見て少女に集っていた男達は一目散に逃げ出した。
事態はこれで収拾がついたといっていいだろう。
ふぅ、と一息ついて楸瑛は助けた少女を見た。

「・・・全く、誰かと思えば殿ではないですか・・・。
先ほどの所業・・・。少し驚きました。
・・・にしても、このような時間に女性一人で出歩くなど感心できませんよ」

は事態を飲みこめていないようで、あたりを見まわしてたっぷり三拍。

「藍将軍・・・っ!?
あれ・・・私・・・何故こんなところに・・・」
「・・・・・?」

首を傾げるに、こっちも首を傾げたくなった。
考え事をしていると普通はこうなるのか・・・と先ほど訪ねてきた某迷子侍郎と比較してしまう。
無意識のうちに来てしまったものはしょうがない。
このまま一人で返すわけにも行かないので楸瑛はの目線で話しかける。
今のままではまた別の世界にいってしまいそうだったから。

「家まで送りましょう・・・」
「・・・家・・・」

今は鳳珠の家には立ち入れないので、宮中敷地内の家になるがそこまで送ってもらうわけには行かない。
部外者である楸瑛にその存在を知られるわけにはいかない。・・・が家の前まで離してくれそうにもない。

「・・・結構です」
「では、少し落ちつきますか?
今のままで貴方を帰すわけにはいかない・・・」

このまま帰すと平気でこの寒い冬川に落ちてしまいそうだ。
そうなるとまた気分が悪い。
楸瑛は、本日三人目の迷える子羊を拾ってしまったと確信した。
楸瑛を目の前にしてもの目はまた別の世界で揺れている。

秀麗の変わり様、そして、それに対する周囲の動き。
一見関係なさそうだが、しっかりその余波をはまともに食らったと見える。
プライドが高い分、秀麗の成長を受け入れられなくなっているのか・・・それともまた別に理由か。
検討もつかないが、楸瑛はその辺の適当な酒場に足を運んだ。
管尚書も認めた酒豪と聞くから、少しくらい酒を飲んでも大丈夫であろう。

奥の席について酒を頼む。

「・・・あの・・・とても強いのお願いできますか?」

今まで黙っていたが口を開いた。
家で少し飲んで来たがそれでもまだ・・・

「・・・いいんですか?」

確認する楸瑛に、は頷いた。

「・・・倒れたり・・・寝てしまったらご迷惑をおかけします」
「そのつもりでいますから・・・
安心して飲んでください」



とりあえず、楸瑛が酒を注いであげてそれをが飲む。
それをしばらく繰り返した時であった。おもむろにが呟く。

「・・・藍将軍・・・」
「なんでしょう?」
「・・・私と結婚してはいただけないでしょうか」

流石の楸瑛でもこの告白には詰まってしまった。
数多くの女性から愛の言葉を受けたのに、巻入れず答えられていたはずなのに、
突然のからの申し込みには答えられなかった。
流石の直系藍家の御曹司に結婚を申し込む恐れを多いことをする女はいなかった。
多分、数多いる女にそう言われてもすぐにやんわり断ることは出来たはず・・・
それが出来ないのは、言われた相手がだから・・・
あまりにも意外すぎて。
・・・そう、王が秀麗の事で過敏に反応しなくなったように。

「・・・・・・・なーんて・・・。
ごめんなさい。言ってみただけです・・・」

楸瑛の返事を待たずに、自嘲気味には笑み、そして酒を飲んだ。
楸瑛はどこか違和感を覚えた。
その悲しい笑みに似たものをどこかで見たような・・・
思考回路が酒に邪魔されてうまく思い出せない。

の呟きは止まらない。

「自分の欲しいものを手に入れれば・・・・。
今手にしている幸福は手放さなくてはならなくて・・・」

秀麗を見て気づいてしまった。
自分は甘かった。
『紫』を名乗れば全て取り戻せると思っていた。
官吏になれば、全てうまくいくと思っていた。
母の願いも叶い、自分の欲しいものも手に入れられ、おまけにたくさんの人々を自分の手で救える。
全て・・・うまくいくと思っていたのに。
紫家を名乗る代わりに失われるのは
折角、・・・これから頑張ろうと思っていたのに・・・。
こう考えると泣きたくなってくる。

「・・・道が・・・見えないんです・・・
私は・・・どうすれば良いんでしょう・・・」

全てを護りきれると思っていた。
追いつかれることは覚悟していた。
いつか、全てにおいて屈する事も覚悟していた。

「・・・思っていたより・・・早かったようです・・・
皆・・・予想以上に・・・強くて、賢くて・・・」

嬉しくも悲しい、
そして変わっていない自分を写した時の絶望といえば・・・
もう少し時間があると思っていた。
じんわりと覚悟をつけていけば良いと思っていた。
でも、その時間はあまりにも少なくて・・・

「これだけ予見を外したことは初めてです・・・
こんな気持ちも・・・」

多分・・・母にはこんなことはなかったのだろう。
家名を失ったその時も、また復活を狙い毎日を余裕で過ごしていた。
そんな人をみているからかもしれない。
今の自分が情けなさ過ぎる。
悩んでいる自分が・・・

とろん、との目が閉じてきた。
私には今護るものがないかもしれない。
だったら、生きる目的が見えない
これからは・・・自分の為に・・・?

「案外・・・自由に生きるというのも辛いものですね」
「・・・・?」

脳裏に龍蓮の顔が浮かんだ。
そういえば、茶州で別れるときにこんなことを彼に言った。

『貴方には私と違って自由があるわ。
貴方を縛れるものは何もない』

・・・私を縛る鎖はほとんど解かれた。
英姫様に、そして今回の秀麗と劉輝に・・・

『自由に生きるのも案外辛い』

彼の言い分が・・・やっとわかった。
道が見えないと、どうやって生きていけば良いか分からない。

は最後の自嘲を浮かべた。
その時の髪をまとめていた簪が取れて、床に音を立てて落ちた。
パサリと自由になった長い髪が垂れる。
楸瑛は瞠目した。

その悲しい笑みは、時々仕事中に見せる劉輝とそっくりで、先ほど飲んでいた静蘭にそっくりで・・・

今までの違和感は見事なまでに拭いさられた。
全ての仮説がきちんとした説になった。

初めて会った時王と親しかったのも、
『茈』という名前を名乗ったのも、
朝廷に来た理由も、
仕事の完璧さと、
プライドの高さも、
先ほど見せてもらった戦闘の腕も、
告白も、
そして、この顔立ちも、

全ては一本に繋がっていた。

・・・彼女は・・・

酔いが完璧に回ったのだろう。
はそのまま机に突っ伏した。
楸瑛に全てを悟られたとは知らずに。

楸瑛はしばらく動けなかったが、の寝顔をみてやっと我に返った。

「・・・何と・・・まぁ・・・」

なんか知りたくもないことを知ってしまったようだ。
少しのことは気になっていたが深く詮索しなくて良かったと思う。
落ちた簪を拾い、の帯に挟む。
黄州の物だ、多分黄尚書からもらったものだろうか。
そういえば、彼が彼女の後見人・・・全て知っていたのだろうか。

無駄なことを考えてしまう。
とりあえず、家に帰さなくてはいけいない。
・・・そういえば、彼女の家を知らなかった。
特殊な身分上どんなところに住んでいるのか検討もつかない。
その辺の宿にもとめておこうか・・・
抱き上げようと屈むと、帯から覗くのは先ほどの戦闘に使われた扇と短剣。
どの先にも紫色の宝珠がついていた。
多分、この二つが彼女の本当の身分を証明している物なのだろう。

「楸兄上」

後ろから知った声が掛かった。
というか、自分をこう呼ぶ者は一人しか知らない。
振り返ると弟がいた。
新年だからであろうか。格好がとても目立つがまだまともだった。

「・・・龍蓮か・・・どうした?」
は、私が預かる」

きっぱりそう言って龍蓮はを抱きかかえた。
多分、彼ならの家を知っているのだろう。ここまできて頓珍漢なことはしないと思うし任せて良いだろう。
・・・それにしても、いやに真面目な顔だ。

「・・・まさか・・・龍蓮・・・」

そういえば、彼はの事を『心の友』とは呼ばない。

「楸兄上がを貰うと言うのなら・・・
私がを貰う」
「・・・龍蓮っ!?」
「・・・それならば・・・藍家当主になっても構わない」
「・・・・・・!?」

ちょっと待て。
あんなに藍家を、世間と離れたいと願っていた。そして望み通り離れた彼が
また、藍家に戻ってくる・・・?
理論上でいけば、これほど良い話はない。
多分このままでも全く問題はないが、一番藍家に相応しいのは龍蓮が当主につくことだ。
それが一人で済むのなら、龍蓮が心からそれを望んでいるのなら、強引にでもくっつけたいところだが・・・。
だが、それには現状はあまりにも複雑すぎる。
本人もそれを分かっていっていると思うのだが・・・それでも。

それだけ言うと龍蓮は去っていった。
これは宣戦布告というものなのだろうか。
楸瑛はまた席について残った酒を飲むことにした。
全く・・・いらぬ同情はしないほうがいい。
今日は身に染みてそれを感じた。
とりあえず、難しい事は考えたくない。
それには、の頼んだこの酒は今の自分にぴったりだった。



・・・」

十分に暖めた部屋に眠ってしまったを寝かせた。
龍蓮はぼーっとの顔を眺める。
母親の生き方を否定した彼女が信じたものは他人を護る為の生き方。
母親が亡くなって、城下に出て色んなことを知った彼女が選んだ道は、全ての人の闇になり、救う事。

・・・しかし、今の彼女には救う者はなくなり、目の前に広がるのは白い空白の未来。

だから、彼女は考えた。
藍家に嫁ぐ。
藍家の力を盾にして高官に昇進する。今よりも確実に、早く。
そうすれば、秀麗だって選べる道は増えるはずだ。
『女性官吏』としてそれだけ成果を出せば、秀麗はもっと好きなようにできる。
絳攸の悩みも少しは解消されるわけだ。
多分、本人も無意識のうちにこんな事を考えたのだろう。
この生き方がの奥底まで染みこんでしまって、きっと気づいていない。

だから、今の彼女を救ってあげたかった。
今までほとんど意味をなしてなかった千里眼がやっと役に立ちそうな。

「次は・・・私が君を救おう」

あの時、自分を救ってくれたように。
龍蓮はそっとの手の甲に口付けを落とした。


   

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