「・・・あれ?」

窓から朝日が差し込み、これほどない良い朝だった。
は伸びをしてはて、と首を捻る。
昨夜、何かあったような気がするが全く覚えがない。部屋を見渡すと特にその『何か』を表すものがない。
昨夜寝る前までの記憶と綺麗すぎるほど当てはまる部屋に は逆に不審に思った。
着替えて、のろのろと朝食を食べようと居間に行くと机に置手紙が置いてあった。
龍蓮だろう。またしばらく出て行くとの事だった。また来る。とのことだった。

「・・・ったく、朝食くらい一緒に食べていけばいいのに」

はひとりごちて、朝食の準備にかかった。
不信感のない、ただ平凡な朝だった。


年明けは騒動の始まり
〜仕事はいつでも貴方の傍に〜


出仕してまず、今日の分の紙や墨の在庫を確認したり、とにかく下官は大変だ。
特に は新米なので評価を下げないように、小さなところからこつこつ頑張っている。

「ん〜っと。紙が足りないかな・・・。墨も足りない・・・」

仕事にとりかかるのにはまだ時間がありそうなので は在庫を取りに戸部を出た。
冬も近くなり、いつ雪が降ってもおかしくない状態だった。 は冷たい手に息を吹きかけた。
暖が取ってあるとはいえ、やはり廊下は寒い。
そうしながら歩いていると、前方からたくさんの書類を抱えた珀明を見かけた。

「・・・あっ、おはよう珀明」
「・・・・あぁ・・・ か。
さっぱり睡眠とった顔だな。羨ましい・・・」

すっきりとした顔の と対照的に珀明の顔はやつれている。進士のときとは逆である。
そういえば、先ほどから早足で掛けていく吏部官吏とすれ違った。
要するに今、吏部では修羅場を迎えているのであろう。

「・・・大変そうね・・・」
「本当・・・ネコの手も借りたいくらいだ
お前、どこまで行く?」
「紙と墨の在庫を取りに・・・」
「丁度良い。吏部にも少し持ってきてくれないか・・・。取りに行く時間も惜しい」
「・・・本当大変なのね。分かったわ・・・」

その後、吏部にも紙と墨を届けたが本当に修羅場となっていた。いつも冷静な吏部官吏がなんかおかしいことになっている。
そして・・・戸部に戻った に黄尚書はきっぱり言った。

『?官吏、今から吏部が落ち着くまで吏部の雑用に行ってくれ』

・・・まさか同情の目で見ていた人たちの仲間入りするなど、 は思ってもいなかった。


今日二度目の吏部入りをした は朝にも増して近寄りがたい雰囲気を出している吏部署の前で立ち止まった。
勿論扉の真ん中に立っていれば出入りする人の邪魔になるので申し訳ない程度に中に踏み入れている。
・・・正直、誰もが話かけられる雰囲気じゃなくなっていた。
仕事はしたかったが、部外者がきて勝手に仕事すると言うのは問題外であろう。
そういうわけで吏部尚書室に入ろうと扉を叩く。

『・・・・・・・。』

中からは返事はおろか人の気配もなさそうだ。
この忙しいのに吏部尚書、もとい紅黎深はどこにいるのであろう。
とりあえず、中に入ってみようかと が吏部尚書室のとってを捻った瞬間である。

「まてっ」

とっさに手を掴まれ、 は思わず身構えた。しかし、その主が分かると警戒心を解く。
吏部侍郎、絳攸であった。

「・・・良かった・・・本当に来てくれたのか・・・」

心底安堵したような絳攸の言葉に は苦笑するしかなかった。
眼の下の隈とやつれた顔は絳攸の美形をかなり損ねている。
おそらくこの吏部内で一番ピンピンしているのは に間違いないらしかった。

「黎深様は今いない。そしてこの部屋には絶対入るな。何があっても入るな。
ここはあの人しか入室出来ないんだ・・・」

というか、誰もが一度足を踏み入れたら自分からは入ろうとはしない『魔の室』なのだ。
頼まれても絳攸は入りたくない。
はなにか訳ありと悟ったが、絳攸の表情から聞いてはいけないような感じがした。
この中を思い出し、ブルっと身震い一つして絳攸はやっと我に返った。

「・・・さて、 ・・・いや?官吏にはじゃとりあえず俺の雑用をしてもらおうか・・・。
わからない事があれば俺に聞け」
「分かりました。
私の力が及ぶ限り、手伝わさせていただきます」
「・・・あぁ、まずはそこに山になっている書類は全て処理済だから各部署へ届けてきてくれ」

絳攸は席について筆をとった、がそれが紙につく前に からの言葉が掛かった。

「えっと・・・それだけですか?
どこからか取ってきて欲しい本とかありますか?足りないものはないですか?」
「・・・え?」

どこまでも普通に聞いてのける の手は早速処理済の書類の分別に徹していた。
絳攸と背中あわせに話していて相当無礼感が否めないが、 はもうすっかり仕事モードに入っていた。
口を挟めば『仕事と礼儀。今はどちらが大切ですか?』と据わった目で睨まれそうだ。
『邪魔をするな』と は背中で語っている。

「えっと・・・府庫から・・・これらの本を持ってきて欲しい」

さらさらと必要なものを紙にしたためて に渡す。

「あぁ、口頭で言ってくださっても良かったのに。了解しました。
その辺に散らばっているのはゴミですか?」
「あぁ・・・」
「では、後で片付けておきますね」

絳攸は開いた口が塞がらなかった。
恐るべし黄尚書の教育術。 を見て分かるがその言動に一切無駄はない。
もともと有能だった に、さらに磨きをかけた感がある。
上司から『ぺーぺーと根性無しはまず戸部へ』と聞いた事があるが、なるほど、確かに相当根性を変えられるに違いない。
ちなみに吏部も大して変わらないのだが、絳攸は始めから吏部にいたためその感覚がないだけである。
そうしているうちに はとっとと書類運びに掛かっていた。
絳攸の仕事はいつもの三割増の早さで片付いていった。
有能な部下を一人つけるだけでここまで仕事のはかどりが違うなんて・・・。
なるほど。黄尚書が頑として彼女を他の部署に譲らなかったのも、戸部が昨年よりもフル回転している理由が今分かった。
後見とかそんな理由ではない。彼女は誰もが認めざるを得ない相当有能な人材だったのだ。


「珀明〜。これってどこに置くの?」
「上から三段目。同じようなのがあるだろう」
「あぁ、ここか」

吏部では珀明も と同じ配置にいるらしかった。
珀明的には本当はもっと大きな仕事をしたいはずだろうが、『これも憧れの李絳攸殿も通った道だ』とせっせと仕事に励んでいる。
このままでは、イジメも快く受けていれてそうだ。 は客観的にそう思った。

吏部に来てから数刻しか経ってないがなんとなく仕事のコツとこの部署の決まりみたいなものが掴めてきた。
がテキパキ動いている様子に珀明は少し感銘を覚える。
少し付き合ってきて がとてもプライドの高い人物だと分かった。
その彼女がここまで雑用に徹してなにも思わないのだろうか。

・・・。戸部では相当雑用してきたようだな」
「・・・当たり前じゃない。
私が雑用しなくて誰がするのよ。そうしないとあの戸部は今も潰れかけているわよ。
多分、私と珀明の差はただ一つ」
「・・・なんだ?」

ニヤリと笑む に珀明が真顔で問い掛ける。

『修羅場を踏んで来た数よ』

修羅場・・・。それは今この吏部の状態。

「戸部ではねぇ・・・。これくらいの騒ぎなら月に最低三回はあるわよ。
そんな中個人プレイしていたら、年がら年中仕事にうもれていなくちゃならないことになる。
戸部に入って以来、修羅場五回目、二日目の貫徹あけた朝に私は悟ったわ・・・」

果てしなく遠い目をした に珀明は心底同情した。
戸部ではこんなのが月に三回も・・・。
まぁ・・・ここでは修羅場の変わりに、恐ろしい『魔の室』がありその扉を開く事で修羅場となる。
要するに吏部では修羅場を経験するのを諦めて尚書の『奇跡の覚醒』を待つことに決めたのである。

「・・・まぁ・・・いいじゃないの。雑用で。
運は頑張っている人の為に必ず等しく訪れる。
そこで運を掴み取ればきっと高みに行けるわよ
・・・私はそう信じたい」
「・・・お前には珍しいな。希望形の形なんて・・・」

は無意識のうちにそうなってしまった事に気づいた。
どうやら秀麗の姿を見たときから少しおかしくなっているらしい。

ならいけるさ。
いや、行かなくてはならないな。
僕より上位で受かったのだから、いってもらわないと困る」
「・・・そうね。
今は自分のできる事を・・・」

・・・自分のできることか・・・。


「少しお休みになってはいかがでしょうか」

やはり職場に女性は良いものだ・・・。
吏部官吏全員が今日一日でそう思った。女性官吏万歳!
ここ数日まともな睡眠を取ってない挙句、休みたいが脳裏にはあの恐怖の尚書があるので休めない。
そんな心身ともに疲労している官吏に はまるで女神見たいな存在であった。
墨がなければ足してくれる。筆が駄目になればかえてくれる。紙がなくなれば補充してくれる。ゴミが散らばれば捨ててくれる。
そして、なにより彼女が汲んでくれるお茶と甘いお菓子と彼女の笑顔。
それがどれだけ支えになったことか・・・。
始めは がいることに不満を持っていた官吏も、数時間後には心の中で は神のように奉られていた。
・・・上司が ならいいのに・・・。


「はい、李侍郎も。
ちゃんと休憩は取ってくださいね」
「あぁ・・・」

ことり、と茶と茶菓子を絳攸の机に置いて もその辺に腰を下ろした。
朝まで紙で埋まっていた侍郎室は今ではほとんど片付いている。奇跡のようだ。
絳攸は折角なので の出したお茶に手をつけた。

「・・・大分、片付いたな」
「えぇ、あと一息です。
・・・しかし、何故ここまで大変な自体になったのですか?戸部でもまだましな方なんですけど・・・」
「・・・そんなの・・・新年から全く黎深様が仕事に手をつけてないからに決まっているだろう・・・」

は口を引きつらせるのが押さえられなかった。
おそらく、黎深が仕事しなかったせいで書類の循環が悪くなりこのような自体になったのであろう。
恐るべし吏部尚書。そこまでするか・・・。

「・・・大変なんですね」
「・・・あぁ・・・。なれたけど」

もう絳攸の目からは若さが失われつつある。相当苦労してきたのだろう。
絳攸はやっと仕事以外のことを考える暇が出来た。
そういえば、最近全く王のところにいっていないな・・・。

「・・・王の所へは行ったか?」
「・・・えぇ・・・まぁ・・・書類届けるついでに・・・」
「どうだった?」
「・・・どう・・・と申しますと?」
「仕事はしていたか?楸瑛と無駄口叩いていなかったか?まさかまたどこかに脱走していなかったとかいうまいな」
「・・・えぇ〜っと・・・」

はかなり言葉を濁した。
流石側近といいますか、なんと言うか・・・。実は全てに当てはまっている。
しかも、あの様子では秀麗にあっているらしく、今の彼は相当ノロケがはいっているというかなんというか・・・。
絳攸が吏部に詰めていて良かったと思う。
の様子から察して、今の王は相当だらだらしているらしい。絳攸はビシっと青筋を浮かべた。

「・・・あんのくそ王め・・・。俺がいなけりゃ好き放題に・・・」
「まぁまぁ・・・たまには息抜きを・・・」
「あいつは万年息抜きをしているんだ」

即答に はため息をついた。
腹違いとはいえ、実の兄。・・・頑張って欲しいものである。

「・・・さて
そろそろ始めるか」
「合点承知。
今日こそちゃんと寝られますね。
それではせっかくの美青年が台無しですよ」
「・・・お前までぬかしたことを言うか? ・・・」
「・・・誉めたつもりなんですけどねぇ・・・」

一日が終わった頃には吏部全体になんとか兆しが見え始めてきた。
貫徹開けの官吏達は大分紙の減った室に感涙するものまでいる。
はそれをみてから絳攸の元へ向かった。

「お疲れ様でした」

本棚に寄り掛かって資料を見ていた絳攸は本を閉じて の前まできた。

「今日はとても助かった。ありがとう」
「・・・いえ、そんな礼を言われるほどでは・・・っ」

まさか絳攸からこんなに真面目に礼を言われるなんて思ってもいなかった。

「今から吏部にでも引き入れたいところだが・・・それは黄尚書が許さないだろうな」
「・・・ふふっ、そうですねぇ・・・。
あそこは万年人手不足。私一人たりとも逃せませんから・・・
むしろ、人もう少しいれてもらえませんか?吏部侍郎」
「無理だ」

こうして誰かと他愛のない会話をするのは久しぶりのような感覚になった。思わず顔がほころんでしまう。
しかし、ふと絳攸はある事を思い出した。
気持ちに余裕が出来ると余計な事まで思い出してしまう。

「・・・しゅっ・・・秀麗とかには・・・会ったか?」

その言葉に はどきりとする。
秀麗の顔は朝賀の時一方的にしか見ていない。しかもあの時・・・

「いえ、・・・・朝賀の時見かけただけで・・・。
凄いですよね、彼女。
私なんか・・・本当においていかれそうで・・・」

後のことを考えると実はそうでもなかったりするが、それでも今の彼女の位と働きを見れば誰だってそう思ってしまう。
の今の悩み事を察した絳攸はぽんと、 の頭を叩いた。

「心配するな。お前には黄尚書もついているし、確実に上にいけるだろう。
俺が保障する」
「・・・本当・・・ですかね?」
「あぁ・・・お前が上を見るのを諦めない限り必ず」

秀麗もそうだが、実際のところ の成長はものの見事に早かった。
これについては絳攸の予想何倍も。
自分もうかうかしていられないような気がした。このままでは追い越されてしまう確率は十分にある。

「そういえば、秀麗ちゃん・・・
今、凄いもててるんですってねぇ・・・。
確かに器量良し、頭よし、性格良し、顔良し、家柄も文句なし。
これ以上いい嫁の条件ってないですよね」

バサッ、と積み重ねてあった本が床に散らばった。

「・・・絳攸・・・・様?」
「いや・・・いや。なんでもない」

慌てて否定する絳攸だがそれがさらに不自然さをさそう。
彼の気持ちを察する事は出来たが、あえて はいじめることにしてみた。
鉄壁の理性(といっても今はかなりはずされているが)をもつ、絳攸に勝てるなんて今はこの話題しかないだろう。

「・・・もしかして、秀麗ちゃんに気が合ったりなんかするんですか?」
「・・・なっ・・・ないっ・・・。
多分ないっ」

・・・多分?
ひっかかるがあえて聞かない事にする。


の耳に『吏部に奇跡が舞い降りた』という噂が聞こえてくるのはそう遠くない話であった。
なんでも蜜柑がどうとか、こうとか。
首を傾げる だが、彼女の耳までその理由が伝わってきた事はなかったという。
なんとも言えないがとりあえず、めでたし、めでたし。


   

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