それは偶然。
小さな運命の交わりから雪と共に訪れた出会い。
それがまだ見ぬ未来をどう影響するか
それは誰も分からぬまま。


年明けは騒動の始まり
〜偶然からくるのは幸か不幸か〜


「えっと・・・明日が戸部・・・だっけ?」

ひょんな事から、尚書さん達と親しくなってしまった はその有能さを買われ、新年からたまった仕事を片付ける為のピンチヒッターっとして各部署にひっぱりだことなっていた。
吏部然り、工部然りである。
まだそれは吏部が片付いていない頃、次の日意気揚揚と戸部にいった に仮面の尚書はこう言った。

『・・・悪いが・・・今日は工部に行ってくれ』

一瞬、彼の言った事が分からず唖然と仮面を見つめてしまった だが、吏部、工部ときたらなんとなく繋がりが読めてきた。
そして は思わず口走ってしまった。

「・・・えっと・・・あの尚書さん達と何か賭けでもして負けたんですか?」

この調子なら茶州まで引っ張られそうな気がしてならないのだが。
鳳珠は無言で退出するように命じた。
も何かあるのだと察して特に何もいわず、礼をして退出した。

「・・・私鳳珠様に何かしたっけ・・・?」

別に怒っているような雰囲気ではなかったが・・・。
・・・やはり、負けたのか?

頭に疑問符を浮かべた と入れ違い、柚梨が尚書室に入ってきた。

「・・・本当に、貴方もお人よしというか・・・。
あとで くんにお礼した方がいいですよ」

少し不機嫌な尚書に柚梨がため息をついた。

「・・・そのつもりだ。
・・・黎深も飛翔もことごとく仕事サボりやがって・・・」

怒りが募っているのか鳳珠の口調がいつもよりも雑になっている。
戸部が今まともに見えるのはただ単に朝廷内の仕事の循環が悪くなり、来るはずの仕事がこないからである。
吏部官吏が駆けずり回っている分、今は戸部官吏は余裕だ。
勿論嵐の前の静けさ、ということは戸部官吏全てが分かっている事であり、いつ嵐が来てもいいように睡眠、精神的充実など今から余念がない。
今回の 貸し出しは、これ以上循環が悪くなると困るのというわけで仕方なく・・・。
まぁ別の目的でも の他部署貸し出しは良い事なのだが・・・。だが・・・。

・・・おかげで鳳珠の機嫌が相当悪いんですよね・・・。(遠い目)

新年から両親から逃げ回っていたため、ほぼ と接触してない鳳珠は少し落ちつきがないように見える。
それが日に日に露になってきているので、柚梨としては嬉しい兆候なのだが・・・。

「柚梨、あの馬鹿の方はどうなっている?」
「・・・あー。まだ本気モードにはなってないようですね。
吏部侍郎に聞いたところによると くんのおかげで大分ましになったようですが・・・。
やっぱり例の室には手はつけられないそうです」
「・・・クソが」

・・・自分に八当たりが来ているのは気のせいではないだろう。
早く戻ってきて・・・ くん・・・。

「・・・離れるのが嫌なら、申し出断っちゃえば良かったのに・・・」

ボソリと呟いたのが鳳珠まで届いたようだ。
冷たい視線が仮面の下から注ぐ。

「何か言ったか?」
「何も」

本人イライラの自覚がないからまた性質が悪いのだ。
柚梨はこれ以上被害を被らないようにと尚書室を出ていった。


吏部に続き工部にいった だが、これまた入った瞬間、口が引きつった。
吏部に負けず劣らず書類の山が待ち構えていたのである。
普段なら戸部の方が明らかに酷い状態なのだが、現状では戸部の方が明らかにましだ。
しかもこの室。物凄く酒臭い。

「・・・失礼します」

忙しそうに働く官吏の邪魔をしないように隅を通りながら、とりあえず飛翔に話を聞こうかと尚書室の扉を開けた。
その瞬間、酒瓶が飛んできて の顔を掠った。そのまま瓶は壁にあたり大破した。

『・・・・え?』

無残に散った瓶を眺めていたが、はっと我に返り、中の様子を見ると、そこにはいつもの光景が広がっていた。
いつもの三割増しで。

「あぁもうっっ!!
年明けたからって飲んでばかりいるからじゃないですか、この鳥頭。
どーしてくれるんですか、この仕事の量!!」
「鳥頭じゃねぇっつってんだろ、このチャラ男!!
無駄口叩いている暇あるなら手ぇ動かせ。
とっととその決裁済ましちまえよ!」
「んなこた分かってますよ。
あなたが我が侭いうから滞ってるんじゃないですか。
それに。あなただって酒飲みながら仕事してるじゃないですか。
いい加減左手を酒瓶から離してくださいっ。明らかにその光景おかしいですから」

左手に酒、右手に筆。という尚書の状態もおかしいが、室に酒半分仕事半分よく見れば紙に空の酒瓶が埋まっているこの室もおかしい。
誰か止めるまで終わりそうにない口喧嘩を止めるべく はそろそろ〜っと口を開いた。

「・・・あの・・・助っ人にきた茈  ですが・・・」
「うるせぇ。
酒は一番の活力源なんだよ!死んでも離さねぇ」
「あなたなんて酒に溺れて死んじまえっ!!」
「おーそうやって死ねたら人生に悔いはねぇなぁ。
まぁ死ぬ前に全て飲み干すと思うがな」

「・・・すいません・・・あの〜、黄尚書から・・・」

『黄尚書』という単語にばっと玉は頭を上げた。なんと見事な反射神経。
そしてやっと は存在を認知してもらえたのである。

「・・・ くん・・・・。本当に来てもらえるなんて思わなかったよ。
あぁ、流石素晴らしき黄尚書・・・」
「おう、きたか。早速だが仕事してくれ」

玉の黄尚書についての会話は一切無視して飛翔は必要なこと全て に言いつけた。
なんだかんだいってもやはり工部尚書である。

「・・・奇人とこからきたんなら出来るだろう」

その飛翔の売り言葉に ふっと笑った。

「当然です。けして無能とは言わせません。
必ず満足する働きをご提供いたします。」

上官に対する正式な礼をとり早速 は仕事にとりかかった。
とりあえず、一番先にすることはこの室の掃除だった。


「・・・もう・・・こんなに仕事ためて・・・。
黄尚書を見習って欲しいな・・・ったく・・・」

通常官吏の倍はある書類を抱え、 は急ぎ足で朝廷内を駆け回っていた。
全く朝廷内の文官は体力がなさ過ぎる。
女の私がこれだけ持っているのだから男はもっと持てっつーの。私よりも良い体格してるのに・・・。
色々考え事をしていると、辺りの景色が変わっていることに気づいた。

「あれ・・・迷子・・・?」

それだけは考えたくない選択肢だった。
多分、ぼーっとしていたから行き過ぎたのだろう。そうだ。そうだ。
そう考え、回れ右をした瞬間後ろに人の気配がした。

「・・・きゃっ」

まさか後ろに人がいるとは思わなかった。普段なら余裕で避けられるのだが、大量の書類を持っているので動きが鈍る。
一気に体の重心が崩れ宙に紙が舞った。
・・・・やってしまった・・・。
勿論自分の後ろにいた人にも被害がいっているだろう。
は紙がしわになるのも構わず、ばさっと紙の中から這い出した。

「大丈夫ですかっ!?すいません。周りを見ていなかったもので・・・」

向こうも紙を被っていて顔は見えないが、体つきからみて年を召されているよう。
は血の気が引いた。
これで骨折でもさせていたら、ごめんなさい。ではすまない。

「大丈夫。元気なお嬢さんですね」

は顔をみてぎょっとした。召されているどころじゃない。しっかりとしたご老人だ。
歳は霄太師とどっこいどっこい。霄太師なら別に心配するほどでもないと思うが(酷)残念ながら他の人だ。
直ぐに手を貸して立たせる。

「本当に大丈夫ですか?お怪我は・・・?」
「大丈夫、ありがとうございます。
貴方は・・・・? 殿かな?」

突然名前を当てられ は老人の顔をまじまじと眺めてしまう。
しかし、どれだけ見ても思い出せない。

「・・・あの、以前お会いしました?」
「いいえ、初めてですよ。
黒州州牧の櫂楡です。」

・・・黒州州牧ぅ・・・!?
にこにこしながらこちらを見ている櫂州牧とは対照的に はざっと嫌な汗が流れてきた。
黒州州牧になんてことを・・・っ!?しかも自分の言動はいささかまずいものがある。
州牧といったらやはり身近な秀麗達と言う感覚があって。しかし他の州牧は彼女達のようにはいかない。
どうも昔から目上の人を敬うというくせがついていなくて困る。
は直に正式な礼を取り謝った。

「申し訳ありません。櫂州牧」
「いいえ、気にしないでください。
こう見えても結構丈夫ですから。
やはり紫州にきて良かったです。女人官吏さんに会えるなんて」
「・・・そんな・・・みっともないところを見せまして」

足元には大量の書類。誰がこれを女一人が運んでいるなんて考えるだろうか。
が急いでかき集めると櫂州牧もゆっくりな動きながら手伝ってくれるようだった。

「なっ・・・いいですよ。
本当すいません」

なんだか謝ってばかりなような気がする。だけど本当にごめんなさい。
しかしなんでこんなところまで来てしまったのだろう。
は目だけで周囲を巡らす。
六部のまだ奥の方まで入りこんでしまったらしい。人の気がない時点で気がつくべきだった。
なんとか書類を拾い終えて両手に乗せる。その姿は出前屋もびっくりである。

「これはたくましい・・・」
「体力だけが取り柄みたいなものなので・・・。
そのせいか誰も女に見てくれないみたいで」

男より男らしい。密かに巷では有名だ。

「そんなにお可愛いのに・・・。
その書類一人で大丈夫ですか?私も少し・・・」

・・・素敵な官吏魂と言いますか・・・。
手伝ってもらいたいところだが流石に州牧に雑用させてはいけない。

「いえ、お気遣いありがとうございます。
では失礼します。
またお目にかかる機会がございましたら、その時はまたよくしてやってください」
「そうですね。楽しみにしていますよ」

軽く会釈をしてまた元の場所に戻る。
そんな の後姿をみて櫂楡は微笑んだ。
また可愛らしい女の子が朝廷にきたものだ。多分違うところで走りまわっているであろう紅州牧も楽しみである。

は廊下を歩きながらまた物思いにふけっていた。
しかし櫂楡・・・。どこかで聞いたことのあるような名前なのだが・・・むむ。
大体あんな高齢で官吏やっている人なんて霄太師と宋太傅くらいしか・・・くらいしか・・・。

「・・・あ・・・」

本日二度目。バサバサっと の持っていた書類が床にばら撒かれた。

確か小さい頃会った事がある。会ったというか、見たというか・・・
恐れ多くも、 の父親、先王と子供のような舌戦を繰り返していた人物。
子供ながらに『凄い』と思っていたのだが・・・。そうかあの人が・・・。
ちなみにその時の の『凄い』と言う感覚は櫂州牧に対する有能さの面ではなく、王にあれだけの啖呵を切れる度胸に対してだった。
そうかあの人か・・・まだ官吏やっていたなんて・・・。
やっぱり凄い人なんだなぁ・・・。
は一通り思い出して我に返った。
周りにはまた白い絨毯が敷き詰められている。そして注がれるのは呆気にとられた官吏達の視線。
勿論、下っ端の に誰も手を貸してくれるはずもなく、泣く泣く一人で拾う羽目となった。
そして工部へ戻れば『遅ぇ!!無能と言わせないっつったのはどの口だ!』と飛翔に怒られた。


「はぁ・・・あんな上司もう嫌だ」

戸部で良かった・・・。
工部にいれば酒の臭さに悩まされ、出れば遅いと文句をつけられる。
仮面上司に慣れてしまった は、精神的疲労を隠せないでいた。普通の人は逆だが。
あと半日あるのにやっていけるだろうか。しかし『無能とは言わせない』と啖呵を切ってしまった以上テキパキ働かないといけない。
自分の行為に果てしなく後悔しながら は足を動かした。
今から王のところへ言って署名を貰いにいってくるのだ。久しく会う兄はどうしているか楽しみだ。

は執務室の前で足を止めた。どうやら先客がいるようだった。
声からしてこれは・・・。

「・・・悠舜・・・さん?」

聞いちゃいけないとは思ったが聞かずにはいられなかった。
確か・・・二年前まで劉輝はやる気なしの昏殿であった。そんなのが悠舜の前にいるとなると真面目な彼が怒らないはずがない。
とりあえず、劉輝は二年間これまでないほどの良い答えを出してきたが・・・。
やはり・・・怒っているのだろうか。
劉輝にかなり贔屓しているのは自覚がある。
だけど、今の彼は贔屓するだけの力がちゃんとある。そしてこれからもその力を確実に伸ばしていくだろう。
それを・・・少しの偏見で潰したくなかった。
以前劉輝のしてきたことを許せと言うのは確かに納得いかないと思うが、それでも。
彼は誰もが屈する王になる。 はその確信があった。
しかし予想に反して出てきたのは、悠舜の穏やかで、それでもって力強い声。

『茶州が落ち着いたなら、あなたのために必ず戻ってくる事をお約束いたします。
お優しく心強き我が君に心からの忠誠を。
――たとえ、紅藍両家が貴方に反旗を翻すときがきても、私は貴方にお仕えいたしましょう』


その言葉に劉輝が、扉一枚隔てたところにいる も息を呑んだ。
まさか・・・このような言葉が返ってくるとは・・・。
ぐっと胸から大きな何かが込みあげてくる。久しぶりに味わう温かい感情。
つーっと涙が流れた。
足元がおぼつかなくて、後ろの壁に全体中を預けた。

「兄上・・・良く頑張られました」

誰もいない廊下でポツリと囁かれた一言。
ずっと願っていた。一人だった彼を支えてくれる存在があることを。心から忠誠を誓ってくれる確実な人を。
楸瑛にしても絳攸にしても彼らには家のこともある。
もし先ほどの台詞のように、藍家が紅家が紫家に反旗を翻す事になったら、彼らはどちらにつくだろう。
秀麗もまた然り。可能性はないとは言いきることはできない。
いざと言った時に彼の周りにはどれだけの人が残ってくれるだろう。
自分ではおそらく不足だ。静蘭も・・・おそらくは。

ガチャリと扉が開いた。
はすぐに涙をふき取り悠舜を見る。
悠舜は何かさっぱりとした表情だ。

「おや、お久しぶりです。 さん。・・・いえ、茈官吏。
主上に御用でしたか?すいません、少し取り込んでおりまして・・・」
「いえ・・・・」

掠れた声でしか、返せない。まともに顔を見れば多分泣いてしまうだろう。
心の中で謝りながら はその場で深く礼をした。
御礼を言えないのがまた辛い。こんなに感謝の気持ちがあるのに・・・。

何も言わないまま は主上の執務室へと入っていった。
まだ何の関係も把握していない悠舜ははて、と首を傾げた。
確かに は下官だが、良いのか悪いのかそれを気にしない傾向にある。
誰であっても話しかければ大抵は笑顔で返してくれるのに。
私は何か にしたのだろうか。・・・それとも鳳珠か誰かが何か彼女にしたのだろうか。
もしそうなら少し何か言ってやろう。としばらく歩みを進めると、何か言ってやらなくてはいけない人に出会ってしまった。
多分これは偶然ではなく必然であろう。
悠舜は苦笑して話し掛けた。

突然室に入ってきた を見て、劉輝はぎょっとした。
やっと溢れてきそうな涙を戻したところに、妹がぼろぼろ泣いて入ってくるではないか。
可愛い妹が泣いて入ってくるなんてお兄ちゃんとしては、これほど困った事態はない。
幸い、この室には誰もいない。
劉輝から王の仮面がぽろっと外れた。

「・・・なっ・・・ななな・・・どっどうしたのだ っ!?
黄尚書に酷い事でも言われたのか?
余も毎度毎度言われているが気にする事はないぞ。
次に失敗しなければいいのだ」
「自慢になってないですよ・・・兄上・・・」

一度こぼれた涙は止まらない。

「・・・兄上・・・良かったですね」
「・・・あっ・・・悠舜の事か」
「すいません・・・悪いと分かっていても聞いちゃいました」

劉輝は嬉しそうに一度だけ頷いた。その目には引いた涙が戻ってきている。
は真剣に劉輝に向き直った。

「・・・あの、でもでも勿論私もたとえ紅藍両家反旗を翻したりしても、彩七家と縹家が敵に回ったとしても、彩八仙から見捨てられても兄上の味方ですからっっ。
悠舜さんには負けません」
「・・・その気持ちとても嬉しいが、末恐ろしい事言ってくれるな ・・・」

想像しただけで寒気がする。
時にブラコンはとんでもないところまで暴走する。

「・・・で、一体何をしに来たのだ?
「あっ、工部からこれに署名してくださいって」
「・・・工部?戸部じゃなくて・・・?」

劉輝はかさかさと書面をみてから自分の名前と印を押す。

「それがー、なんか最近朝廷の仕事がうまく回ってないみたいで、昨日は吏部に今日は工部に助っ人にいっているんですよー。
・・・こう何日も修羅場みてますと、この室全然ましですね」

きっぱりとそう言われ、劉輝はうっと言葉に詰まった。
これでも仕事多くて泣きそうなのだが。早く帰ってきてくれ、絳攸。
劉輝から渡された書類を受けとり は礼をした。やはり兄と言っても王様。
それなりの礼儀は取っておかないと・・・。
去っていく に劉輝は声をかけた。

「その・・・無理せず頑張るのだ。いじめられたらすぐに余のところへ来るのだぞ!」
「はいっ、そのつもりです」

やはり彼もどこまでもシスコンであった。


どこからか を見据える視線があった。
ふっと笑むその表情に温かみはない。

・・・運命とは面白いものだ。

銀に揺れる髪とその漆黒の瞳、
”月下彩雲”の直紋が不敵に揺らいだ。

   


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