波乱多しこの一年。
官吏への道は長く険しいことを今ここで知った。
色んな意味で。


見合い騒動・その2


「・・・ 、一つ聞いて良いか」
「何でしょう?鳳珠様」

が五経の暗記をしている最中であった。
戸部の残りの仕事をしていた鳳珠が口を開いた。

「お前が紫家の娘だという事を知っている者が朝廷にはいるか?」
「そりゃ・・・いますね。
どうしたんですか?今ごろ・・・」
「・・・少し身元についてお前は少し引っかかるのではないかと思うのだが」

会試についてのことだった。
試験を受けるためにはこの四つの条件を主にしてその資格がもらえる。

・大貴族もしくは正三品以上の高官の推薦が必要であること。
・素性が確かなものであること
・事前に開始を受ける実力があるかをみる適正試験をもうけそれを通ること。
・男女別なく扱うこと

一番上は鳳珠がいるから問題ない。
鳳珠でも駄目な場合は王でも霄太師にでも無理矢理推薦してもらうつもりだ。
適正についても元から賢い は大丈夫だろう。
一番危ないのが、素性が確かなものである事。
あまり公にはなっていない、先王の一人娘
それを今世間に出したら大波乱になるだろう。
それを避けるために、静蘭と同じ『茈』の姓を貰ったが、恐らくこれだけではまだ怪しまれる。

確かにその通りだ。自分が試験官だったら、身元が怪しすぎる
はしばらく考えて言った。

「そういえば、その事すっかり忘れてましたね。
大丈夫です、あてはありますから。なんとかします。
試験まで・・・後どれだけ日がありますか?」
「三月・・・・だな。
選抜試験もあるし、それくらいだろう」
「・・・半年・・・分かりました。
では、早速何とかしてきたいと思うので明日の夜少しお暇貰ってよろしいのでしょうか?」
「・・・構わんが・・・何か良い策でもあるのか?」

はニコリと笑っていった。

「えぇ、それはもうばっちり」
『・・・・・・。』

何をするかは予想もつかないが、予想がつかない方法を取るだろう。
はそういう奴だ。
その大胆さと、人も考え付かない行動をとる所はこの国の王を思い出させるものだ。
彼女の実力を信じて、鳳珠はあえて何も言わなかった。


そして次の夜、 はこっそり朝廷に入った。
見つからないように、人目を忍び奥へと入っていく。
戸に耳を近づけて中に誰がいるか確認、そして、戸を開けた。

「失礼します。
ご無沙汰しております。お二方」
『・・・・・・・・?
・・・ ・・・か!?』

何故、お前がここに。と老人二人は言葉を失った。
久しぶりに見た、先王の一人娘
最近は大人しくしていたかと思えば、朝廷に忍びこんできたりと本当に分からない奴だ。

その部屋にいた霄太師と宋太傅は書を書いている手を止めてしまっている。

「・・・何用じゃ。
忍んで、しかも、その格好でくるなんてどうせろくな事じゃないんじゃろ?」

の着ているのは全体的には白、帯や所々紫を基調とした高級な着物。
パッと栄える紫と、腰にある扇についている佩玉、短剣の剣鍔。
これが現すのは紫家、王家の印。
これに が袖を通すのは実に約十年ぶりだ。
はすっと礼をとった。

「・・・察しがお早くて結構。
今年の会試私も受けさせていただくつもりでいるので。
身分証明を貴方方にしていただきたいと思ってやってきた次第であります」

完璧である口調に礼儀作法。どれをとっても完璧であった。
完璧故に、口にする言葉は重みがあり、相手に威圧感をもたせる印象がある。

「・・・霄・・・お前のせいだぞ。こんな事になったのは・・・。
、こいつに頼め。俺は知らん」

一抜けたとばかりに宋太傅は逃げる。
肩を叩かれた霄太師は苦い顔をした。

「ちょっとまて、何故お前が会試を受けるのじゃ・・・?
今黄家にいるのだろう?それで将来安泰ではないか。
他に何がいるというのじゃ・・・」

は霄太師を見据えた。
これではどちらが偉いのか分からない。

「私の望みは劉輝兄上の隣に立つこと。
王位は望みません。私の望むは『紫』の姓。
私をなかった事にするなど、甘いですよ」
「その偉そうな態度、脅し方・・・・清苑と似たな」
「乗り込んでくる度胸と突拍子のなさは先王か・・・」

そして、外見は彼女の母の生き写し。
しかし小娘一人に怯む二人ではない。こんな状態でも呑気に冗談も言える。

・・・くそっ、食えないジジイめ・・・。

最初から下手に出ても、強引にひっぱっても絶対彼らには勝てないのだ。
だから、自分の一番得意な方法で攻めてみる。

「・・・で、もし・・・貴方方が身分証明してくださらなかったら彩八家の当主に自分の存在をばらします。
全ての家紋をそろえて、王に提出して正式に紫家の血族としてこの朝廷内に君臨しますが、それでもよろしいですか」

二人の老人が黙る。
彩七家の当主に会うのも家紋も貰うのもかなり難しい。
しかし、 の事だ。絶対やる。

「・・・・しかし、茶家の当主がなくなった今、どうするおつもりじゃ?」

霄太師の問いに、 は微笑を浮かべる。その言葉を待っていました、というように。
そして最高の笑顔を作っていった。

「それは、別段当主じゃなくても、標英姫様に頼めばいくらでも印はいただけると思います。
茶家はそれで十分だと思いませんか?」

縹英姫の名を聞いた瞬間二人の背筋に悪寒が走った。
寒気が身体を襲う。
ちなみに、 の母は元縹英姫の傍にいて一から十まで礼儀作法を習ってきた。
はまだ会った事はないが、素敵な人だ。と母が自慢げに語っていたのを今でも覚えている。
そして、この二人の天敵が彼女である事も。

「・・・分かった。
その身分証明とやらは、わしがなんとかしよう」

・・・・霄太師は諦めたようにため息をついた。
多分、断っても無理矢理朝廷にこいつは現れるであろう。
殺し屋を雇っても返り討ちにしてしまう力を はもっている。
後宮にいたために、身についてしまったいらない力。

「その代わりじゃ。一つ頼みたい事があるんじゃが、聞いてもらえるか?」
「・・・・・・・・・・なんでしょう?」

タダでは動かないということは予想済みだ。
しかし、これを断って、今の話もなくなってしまうのが嫌だったので はしぶしぶ返事をする。

「藍家の息子は知っているか?」
「・・・藍将軍・・・の事でございましょうか?」
「おぉ、知っておるなら話は早い。
あいつの嫁役をやって欲しいのじゃが、してもらえるの?」
「・・・何故・・・私?」
「それがかくかくしかじかで・・・」

霄太師曰く、
藍家にも色んな種類の人間がいるらしく、個性が強いらしい。
そして三つ子の兄達は嫁をもらってしっかりとした生活を送っているが下二人が問題なんだとか。
楸瑛は花街にいってばかりで、全く一人の女と付き合う気はないらしく、結婚もまだ遠い話。
その下の弟は、楸瑛以上に問題外らしい。

そこで、無理矢理そっちに話をもっていかせようと藍家の息子達で嫁比べをしてとりあえず、誰か一人は気になっているらしき人を見極める。・・・のだそうだ。

その際、霄太師からも素敵な人を紹介して欲しいと当主じきじきに手紙が着たらしい。

「・・・なるほど・・・で私が将軍様と・・・?」
「そういうわけじゃ。
まぁ軽い賃仕事と思ってやってくれないか?」
「・・・いや・・・しかし、私一度黄尚書の件で誤解が起きているのですが・・・」

あの時もいきなりで大変だった。
しかし、霄太師は逃げる を逃がさなかった。

「大丈夫じゃ、わしが保障しよう。
もう誰とでもくっつくがよい」
「・・・いや、その気もまだないんですけど・・・」
「決定じゃな。
水面下の事はわしに任せてくれ。水面上はしっかり頼むぞ」
「・・・えっ・・・いや・・・でも・・・」

っていうか、何も反論出来ていない。

「・・・いいのか?身分証明」

霄太師の目が光る。

「・・・承知しました」

この狸め、と は内心毒づきながら、朝廷を後にした。
今でもこのジジイは食えない。


急な事で週末にその嫁比べというものは開催された。
貴陽某所の超高級の料亭。
は楸瑛と一緒にそこまでやってきた。
今日の用件は軒の中で楸瑛に大まか聞く。
なんでも、飯食って、音楽聴いて解散。・・・らしい。

一口に言えば簡単だが、そこには完璧な作法と、何事にも機転の利く頭の回転、怯まない態度が要求される。
まぁ、 ならなんとかなるだろう。と霄太師も楸瑛も言ってくれたのでそれは良いとして・・・
それよりも、楸瑛の口の濁す弟とはどんな人なのだろうか。

軒は止まり、料亭についたことを示す。
は、外を見て絶句した。
・・・何・・・これ・・・。
口が引きつるのを咄嗟に扇で隠す。
軒から降りると、数十人の店の従業員が豪華な衣装で店の前で待ち構えていていた。

「・・・流石藍家・・・・。
格が違うわね・・・・」

少々顔は引きつりながらも平常心で は呟く。
楸瑛も苦笑いして言った。

「私はともかく兄上達が来るんだ、まぁそれなりに派手なんだろうな。」

赤絨毯でも引いてありそうな綺麗な道を、 は冷や汗を流しながら歩いた。


奥のはなれは藍家の貸しきりで自由に使えた。
まだ誰も来ていないらしく、 はここぞとばかりに羽を伸ばす。
中庭と仕切ってある柵にこしかけて は独り言を呟いた。

「あぁ・・・久しぶりだわ。こんなに堅苦しいの・・・。
この衣装も重くて嫌だな・・・。とっとと脱ぎたい」

の本音に楸瑛も苦笑する。

「一応、私の嫁役なんだからもう少し綺麗な言葉遣いにはならないものかな? ・・・。
衣装と動作がまるで合ってない・・・」
「元々、こういう人なので・・・。
大丈夫、本番ではしっかりやりますってvv
報酬よろしく頼みますよ、藍将軍vv」

ちなみに、今回一日で金五両貰える事で話はついた。
本当に良い賃仕事である。
楸瑛が の隣に来て庭を眺める。

「・・・楸瑛と、呼んでくれ」

楸瑛は微笑しながら の手を取った。
一瞬目を見開いた だが、ここは一流の仕事人。
依頼には全力でお応えします。

「・・・・・・・承知いたしました。楸瑛様」

色男というものはこうおうものか、じっと楸瑛の顔を見詰めた。
鳳珠とは違う、また格別にかっこいいものがある。
楸瑛が微笑しながら首を傾げる。

「私の顔になにか?」
「・・・いえ、楸瑛様・・・かっこいいですね」
「今更気づきましたか?」

楸瑛が の髪に触れた。
顔が近づいていく。

「えっ・・・ちょっ・・・流石にそれは・・・。
・・・・・・ん?」

思わず、大きな声を出してしまったが、人の来る気配に の目つきが変わる。
柵から降り、姿勢をただし、衣装も軽く直しておく。
そして、完璧な状態で迎えたのが、黒髪の顔の整った・・・・頭に羽根挿している変な衣装の・・・。
はその姿に絶句した。
しかし、相手は藍家の者。誰であろうが下手に口出しをしてはいけない。
声を出すのをぐっとこらえ、 はその人物に会釈した。
楸瑛が口を開いた。

「・・・久しぶりだな、龍蓮・・・。
分かっているだろうが、今日は兄上達も同席するんだ。
その格好ではまずいことくらいは分かっているだろうね」

龍蓮と呼ばれた青年はふと笑う。

「勿論、最高の演奏を聴かせてもらいにきた。それくらいは我慢しよう。
この派手派手しい建物が気に食わんがな。
そちらは楸兄上の・・・・」
だ」

紹介されて は再度礼をした。
龍蓮と呼ばれた楸瑛の弟は、 ・・・と呟いてから、 の顔を覗き込んだ。
変な衣装に気を取られるが、さすが藍家の血筋というか・・・。
顔は整っている。歳は自分と同じくらいだろうか。

「・・・楸兄上の嫁というのは・・・九割九分九厘、嘘だろう」
「・・・・・え??」

そしておもむろに龍蓮は の手を握った。

「私と一緒に旅に出ないか?」
「・・・・は??」

あまりにも唐突な誘いに気を抜かれて地が出てしまった。
唖然とする を無視して、龍蓮はそのまま意味の通ってない事を話し始める。

初対面の第一声でいきなり嘘が見破られて、しかも、旅に出ないかって・・・。
というか、突込みどころが満載でどこから手をつけて良いか分からない。
もっと楸瑛に情報を貰っておけばよかった。
確かにここまで意味不明だと手の付け所がないかもしれないが・・・・

が困ったように楸瑛に視線を送ると、彼も同じような顔をしていた。
とりあえず、助け舟は出してくれた。

「龍蓮・・・もう一度言うけど は私の・・・」
「楸兄上の嘘は下手だ。
どうせつくならもっとマシなものを所望する。」

龍蓮は楸瑛の方を向かずに言い放った。
はわけが分からず二人を見比べる。
とにかく・・・手の付け所が難しい。

「・・・ ・・・・私が許す。
こいつはあまり深い事には拘らないから私の弟というのは忘れて好きに言ってやってくれ」
「・・・良いのでしょうか?」
「あぁ、思う存分突っ込むが良いさ・・・」

はとりあえず、龍蓮に向き直った。
自分の方を見てくれた事で龍蓮の顔が少し明るくなった。
はもう度胸を決めて言ってやる事にした。
責任は全て楸瑛と霄太師で。

「・・・ってか、貴方何なんですか?
初対面でいきなり一緒に旅に出ようとか・・・。
はっきり言っておきますが、私はこれからやらなくてはいけない事があるので無理です。
それに、こんな高級料亭にその格好は何・・・?
もう少しこの場にあったものにしてください」

まず、彼の格好なのだが、どこか演劇の主人公みたいな度派手な衣装。
その割には細かなものはとても高級なものだ。
その価値といえば、耳飾一つ売れば一軒の家が建つくらい。
始めに嘘を見抜いたときに感じた切れのよさは今では微塵も見られない。
これではただの阿呆だ。なんなんだこの人。

「・・・ほぅ・・・手厳しいところも気に入った。
仮にでも愚兄の嫁役にしておくのは勿体無い」

わーい、逆効果。

「あぁ、自己紹介が遅れた。
私は藍龍蓮。そこの愚兄の弟だ。
我ながらこんな兄を血が繋がっていると思うと、心底辛いものがある」

・・・いや、それ私の台詞・・・。
楸瑛が遠い目をしていた。

「だから一緒に旅に出よう」
「・・・いや、話つながってないし」

何か、関わるのも嫌になってきた。秀麗ならうまくことを運ぶ事が出きるだろうか。
は人との付き合い方に不安を覚えた。私が悪いのか?
龍連の目は真剣そのもの。

「・・・そもそもなんで私なのですか?
もっと綺麗な人はどこにでもいるでしょう?」
「いや、一目で分かる。
その目は私と一緒に伝説を作る女人だと!!」

伝説ーっ!?
存在自体が伝説のような龍蓮は、まだ他に何をしようというのだろうか。
っていうか目で伝説を作れる相棒だと認められた私の目ってそんなに凄いの?
楸瑛の鋭い視線が龍連に向けられる。

「・・・龍蓮いい加減に・・・」
「私は本気で言っている」

怯んだ、 の髪を龍連が触った。
そして、簪を抜く。
綺麗に結われていた髪が解けた。

「うん、その髪型も似合うな。
だから一緒に旅に・・・『出ません』

即答で返したが全く衝撃を受けた様子はない。
龍蓮の弱点はあるのだろうか。と冷静に考えながら対処の方法を考える。
このままでは龍蓮に流されてしまう。それではまずい。
はの考えている事を知る由もなく、龍連はじっと見つめて言ってくる。

「私のことが嫌いか・・・、 ?」
「・・・・嫌いとか言われましてもですね・・・
まだ会ったばっかりですし・・・」

言葉を続けようとした瞬間強い力で後ろに引かれた。
体重を崩しそうになるが、楸瑛に抱きとめられる。

「いい加減にしてくれないか、龍蓮。
は、私の妻になる娘だ。
それ以上手を出すのは止めてくれ」

予想以上の力だった。
は驚いて、楸瑛の顔を見る。
少ししか見えなかったが、その顔は真剣そのもの。
本気にしてしまうような声音。

「・・・ら・・・楸瑛様・・・・」

今の彼は藍将軍じゃなくて楸瑛。自分の婚約者。
思わず、気を緩めてしまった自分を叱る。
龍連にまきこまれすぎてしまった。

「・・・まぁいい・・・。
でも、いずれは私の元に自らくるであろう・・・。
また会おうぞ、

龍連はそのまま去っていった。
本当によく分からない人だった。
その後お世辞でも上手いとは言えない笛の音が聞こえてきたがきっと幻聴であろう。

龍蓮が去って一気に気が緩んでしまう。
そして、ふと今の状況を冷静に考えてみた。

「・・・しゅっ楸瑛様・・・。
そろそろ離してくださってもよろしいのではないでしょうか?
いい加減苦しいです」
「・・・あぁ、すまないね」

ふぅ、と一息ついて が言った。

「・・・あの方だったんですね、楸瑛様の弟さんって・・・」
「・・・あぁ・・・・。なんかすまなかったね」
「いえ、・・・・本当に変わった方で・・・・」

楸瑛が言う『天才が紙一重の奥に転がり込んだ』という表現は正しかった。
そして、ふと解けた の髪を見て楸瑛が言う。

「・・・何か・・・主上と似た髪質ですね」

別に、悪いという意味じゃない。
さらさらだし、つやもあるが、なんとなくまとまりがない。
まとまりにくいから主上も静蘭も横の方だけをくくって後は後ろに流している。
の肩が微かに震えた。
・・・そりゃ・・・父だけだが、血は繋がってますから・・・。

「・・・そうなんですか・・・奇遇ですね・・・。
へー、主上も・・・」

は笑顔を作って、なんとかその場を直した。
また結わなくてはならない。
気持ちが逸って、中々上手く髪がまとまらない。
そんな をみて楸瑛は微笑した。

「私が直してさしあげましょうか?
得意なんですよ。こういうのは」

主上の髪でもして差し上げた事があるから大丈夫です。
そういって楸瑛は奥の部屋に を誘う。

楸瑛の手さばきは見事なもので毎日苦労している自分が阿呆らしく見えてきた。
魔法を使うように、綺麗にまとめあげていく。
簪は龍連にそのまま持っていかれたので、特別豪華なものは今ない。
少し派手さがが足りないな・・・と思っていたら、楸瑛が新しい簪を髪にさした。

「・・・楸瑛様・・・今つけたものは・・・?」
「君も今から藍家に入るんだし、私からの贈り物ということでつけておいてくれ。
勿論あげるよ。大切にしてくれ・・・」

おそらく、百人の女がいたら九十五人は鏡ごしに見える楸瑛に落ちたであろう。
しかし、恋愛に関して人一倍いや五倍ほど鈍い は客観的にこう思った。
・・・こんなんだから、藍将軍はモテるのね。と。

ふと、周囲の音に耳を傾ける。
選りすぐった演奏者達が琴や二胡や笛を奏でていた。
そういえば、この後に演奏会が控えていたはずだ。
は少し考えて楸瑛に言った。

「・・・楸瑛様・・・。この後演奏会があるそうですね」
「・・・そうだが・・・?」
「龍蓮・・・殿がこの程度の演奏で満足するとお思いですか?」

結局つかめない人種であったが、 は龍蓮に徒人ならぬものを感じていた。
意味不明の奥底に見える、本当の才能。
楸瑛のいつもの行動からかもしれないが、一発で自分と楸瑛が付き合ってすらない事に気付いた。
それに彼は演奏会を目的にきている。
藍家に生まれた彼なら一流の演奏を聴いて育ってきているだろう。
これくらいのもので満足するわけがない。

だから は指摘した。

もてなす心は鉄腕賃仕事人(アルバイター)として当然のこと。

「・・・今すぐ、私と同じ大きさの衣装・・・用意できますか?」

楸瑛不思議そうに を見た。

「・・・あぁ、出来るが・・・?」
「では、秀麗ちゃんを呼んでください。
金一両出せば直ぐに飛んでくるはずですから。
彼女に二胡を、私に琴を弾かせてください。
・・・素晴らしい演奏を聴かせて差し上げましょう」

後宮で秀麗の二胡の腕を知っている楸瑛は頷き、すぐに使いを頼んだ。
後は、秀麗の準備が整えばいつでも出来る。
はにこりと笑って楸瑛に言う。

「・・・これで貴方の株も上がりましょう・・・。
・・・結構、役に立つでしょ?私」
「・・・あぁ・・・正直ここまで出来るとは思わなかったよ」

髪を結い終わってからの は表情が違っていた。
いつも柔らかい目元が急に厳しくなる。
それだけで彼女の雰囲気が一変した。
同じ部屋にいるだけで威圧感がある。
楸瑛は直ぐに察知した。
敵に回せば恐ろしい女だということに。
なんとなく・・・静蘭と同じにおいがした。

会食の方は至って普通だった。
龍蓮があまりにもかわりものだったため、三つ子の兄達は特になんとも感想を持たなかった。
三つ子だけあって、顔がそっくりである。少し並べてみてしまったくらいだ。
藍家としての威厳溢れる素晴らしいお兄様ばかり。おまけに、その奥様方は美しく、教養もあり、賢そうな人ばかり。
これで藍家も将来安泰であろう。

・・・だから楸瑛は結婚しようともしないし、龍連は旅に出るとか言い出すのか。
この時の は勝手にそう判断したが、別の理由があることはまた違う話。

龍連が今日ここにきた目的は最高の演奏者を招く。というから来たのであって決して嫁比べなんぞではない。
勿論、女など連れてくるはずもなく、それを兄に問われたときも堂々と返事をしやがった。
兄の方も怒る事はなく、そうか、と呟いて終わった。
ただ久しぶりに会う楸瑛と龍蓮が元気そうで良かった、とそれだけで満足しているようである。
藍兄弟の仲良さ気な事は十分に分かったが・・・

・・・あの・・・私の存在意味なくない?


秀麗が到着したとの連絡が入る。
は楸瑛と目を見合わせて頷いた。
は部屋を出る。

そしてすぐに秀麗の元に向かった。

「・・・秀麗ちゃんっっ!!入るよ!!」

戸を空けると、そこにはお嬢様姿の秀麗が数人の女性に髪を結われているところだった。
本当ならば彼女は毎日こうなるはずだったのに、本当に運命とは残酷なものである。
秀麗は慣れない着物に身を硬くしながら言った。

「ねぇ、藍将軍からの頼みって聞いたから来たんだけどなにこの格好・・・?
私は何をすれば良い?接待なら任せてっっ。」

拳をつくってやる気満万の秀麗に私は首を振った。

「違うの、今回の仕事は秀麗ちゃんに二胡を弾いてもらいたくてね。
今、ここに藍将軍の兄弟全員がそろっている。
その中で弾いてもらうことになるんだけど、王様の前でも弾いた事あるんなら大丈夫だよね」

秀麗は目を丸くした。今・・・何と・・・。

「いや、その王様と今の状況って百八十度違うんですけど・・・っっ。
っていうか、藍将軍って・・・・えぇぇぇっ!?!?
藍家兄弟の前で弾けって!?」

藍家と並ぶ紅の姓を持つ秀麗だが、育った環境は月とすっぽんだ。
格式高い藍家の前で・・・って・・・。

・・・失敗したら一家全員首吊りですか?

流石に本当に頭抱えはしなかったがその勢いで秀麗の絶叫は響く。
は秀麗をなだめる。

「うん、まぁ優しそうな人だったし大丈夫よ。
・・・約一名を除けば・・・・の話なんだけど・・・」
「えっ・・・そんなにヤバい人なの?」
「・・・違った方向で・・・ね・・・。
二胡弾く分には影響ないから大丈夫」

それに秀麗の場合、失敗しても最強の叔父様が後ろについている。
流石に藍家も手を出す事はないだろう。

秀麗の支度が終わると、 は秀麗と一緒に指定された部屋に行く。

部屋には、二胡と琴が用意されていた。
曲名は特に希望がなかったので、手慣らしに適当な曲で楽器の調子を合わせや息を合わせる。
実際、 も秀麗もお互い一緒に弾いてみた事はなくお互い聴き合うだけに終わっていた。
今日が始めての合わせ。
曲を奏でる。
二人は目を細めた。
普通に使っているものとは違う。かなりの高級品である。
だから使いやすいと言うわけじゃなくて、本当に気をつけていないと急に音がおかしくなるものだ。
要するに試されている。
多分、仕組んだのは龍連じゃないだろうか。
わざわざ素晴らしいものを聴く演奏会にこんな小細工はいらない。

しかし、二人の動揺も始めのうちで徐々に音は綺麗になり、息もぴったりあってくる。
喧嘩を売られているなら買うしかない。
楽器の演奏に関してはそれぞれの誇りと矜持がある。
自分の自信のあるものであれば尚更である。
一曲丸々引き終えて と秀麗は目を合わせる。
始め周囲の演奏者達は二人に合わせていたが、二人の技術の高さを知ると誰もが演奏をやめた。

二人は言葉がなくても伝わった。
せっかくこれだけ素晴らしい楽器で演奏できるのだ。どうせなら難しい曲にも挑戦してみたい。

奏でたのは『彩宮秋』。
難しいとされる名曲である。
しかし、それを感じさせる事のない、二人の演奏は全てを魅了した。

演奏している部屋の反対側にいた、藍兄弟達は廊下に出て二人の演奏を聞いた。

「へぇ・・・中々やるね」
殿と・・・」
「紅秀麗です」

楸瑛が兄の問いに答える。

「紅・・・秀麗か。さすが邵可殿の娘さんだ」

満足そうに三つ子の兄、雪那が微笑する。

笛の音が重なった。
が少しだけ視線をあげてみると、その音源は龍連だった。
あの幻聴は彼だったのかは知らないが、とりあえず今は『彩宮秋』にぴたりと合うものだった。

演奏を終えた後はたっぷり五拍ほど間があいた。
静寂を破ったのは龍蓮だった。

「素晴らしい演奏だった。
やはり、久々に俗世に戻ってくるのも悪くは無い・・・。
用は済んだ。
帰らせてもらう」

龍蓮は別れ際に に向かって呟いた。

「・・・また会おうぞ・・・」

は少し龍連を見やる。
・・・なんか、精神的に疲れるから出来る事なら会いたくないのですが・・・。
半年後 の希望は綺麗に打ち砕かれる事になるが。それはまた別の話。

そういって、龍連は踵を返して出ていった。
そして、数分後また音はずれた笛の音が響いた。
・・・幻聴だ。


「今日は本当に助かったよ、
「いえいえ。
こっちもいい体験させていただきましたし・・・。
あの琴本当に良かったです。秀麗ちゃんも、あの二胡弾けたから報酬はいらないっていうくらい・・・」

しかし、彼女の家人がそれを許さない事は楸瑛が一番よく知っていた。
彼女には金二両くらいあげておこうか・・・。
兄達を全員見送った楸瑛と は普段着に着替えて料理店の前にいた。
夕食もここで食べていくか、と楸瑛はいったが、 は断った。
休みがちになっていた鳳珠のところの仕事もちゃんとしたいし、勉強もしなくてはいけない。

「ではこの辺で・・・」

去ろうとした を楸瑛がひきとめた。

「・・・どうしましたか?藍将軍」
・・・嫁の役ではなく・・・本当に・・・」

ガラガラという軒の音に楸瑛の後半の言葉は見事にかき消された。
の前にその軒は止まる。
良く見ると、鳳珠の家の家人、『管理長』であった。

「あれ、管理長じゃないですか。
お出かけでしたか?」
「あぁ、お館様に頼まれてちょいとそこまで。
ちゃんは今から仕事かい?」
「はい。そのつもりですが・・・・」
「なんなら乗ってくかい?どうせ行くところは一緒なんだし」
「ありがとうございますっっ。凄い助かります。
・・・では、藍将軍。今日はお疲れ様でしたvv
また秀麗ちゃんの家でお会いしましょうね。では、私は賃仕事があるのでこれで」

そそくさと、軒に乗って行ってしまった を見送って楸瑛はため息をつく。
間の悪いというか・・・ にとっては絶妙だったというか・・・。
軒を見送りながら楸瑛は呟く。

「・・・少し本気だったのにな・・・」

は秀麗以上に難しい。
彼女の目には、恋愛というものが全くといって映っていないのであろう。
楸瑛は息を吐いた。
恋愛というものは障害があるほど面白いというではないか。
今まで自分の言葉に落ちない者は、秀麗しかいなかった。
別に彼女は本気で落とそうとしたわけではないがそれでも賞賛に値するだろう。

・・・・面白い。

楸瑛は、微笑して軒の手配をする。
今日は、真面目に家に帰るとしよう。
楸瑛は苦笑して用意してあった軒に乗り込んだ。

   


++++

一回消そうと思ったんですけど、一応本編に関係あったので残しておきます。
原作結構話進むと、修正するのは難しいです。
とりあえず龍蓮をそれらしく・・・。

・・・って言うか藍家でこんな事があるなんて絶対ない。

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