蘭は久しぶりに戩華の姿をみた。
やはり時は経ち、大戦の時よりも当然のことながら老けている。
それでもやはり容姿は良く、むしろ渋みがはいって益々男が上がってきているようだ。
全く関心のなかった蘭でも少し驚いてしまった。
「お初にお目にかかります。
蘭です」
「・・・おう、来てくれたか。
ってか初じゃねぇだろ。戦の時以来だな。
珍しく霄が渋っていたから今日は一人かと思ったぞ」
「・・・・・。」
戩華は蘭の前で気さくに笑い、そして軽く頭を撫でた。
「・・・・大きくなったな。綺麗にもなった」
「・・・それは・・・あの頃はまだ成長期でしたから・・・。
主上の方は更に男が上がったようですわ」
蘭は微笑していった。
「・・・ほぅ、言ってくれる・・・・。
やはり英姫の元にいただけはある。あと霄が後見人か・・・。
ある意味最強の組み合わせだな」
「・・・そうで・・・しょうか?」
初めて生きている、と感じたときに傍にいたのは英姫だった。
だから英姫を基準と刷り込まれてしまった蘭の頭にはいまいち英姫の凄さも瑤璇の凄さも良く分からない。
戩華は話をしよう、と蘭を長椅子まで誘った。
「・・・あの・・・」
「なんだ?」
何故か戩華は上機嫌でわざわざ茶まで淹れてくれた。
ほぼ夜伽の指名だと思っていた蘭は少し気が抜けた。
「何故私をご指名なさったのですか・・・?」
「さぁ?何でだろうな・・・」
「は?」
戩華は呑気に茶を飲んだ。
蘭は茶碗を片手に固まった。
「・・・何の用で私をお呼びになったのですか?」
「・・・・さぁ?」
はっきりしない戩華の答えに蘭は毒気を抜かれた。
困惑している蘭に戩華はぼそぼそ話し始めた。
「理由なんて分からないが・・・。
なんとなくお前と会っておかねばならん気がしてなぁ・・・。
前世のなんたらってやつかな。急にお前のことを思い出して・・・」
前世から・・・かはわからない。
しかし繋がりがないわけではない。
呪い殺す、殺される運命が。
本当は出会ってはならない二人。
「主上・・・理由は聞かないでいただきたい」
「なんだ?」
「私と貴方はもう会ってはなりません。馴れ合ってもなりません。
さして理由がないのなら私は辞させていただきます。
お茶美味しかったです。ありがとうございました」
蘭は丁寧に礼をとった。
自分がこの王を殺すなんて今は全然信じられない。
しかしもし未来にそのようなことがあるのならば、その時のためにお互い離れるべきだ。
辛いのは・・・自分達だ。
「まて、蘭」
「夜伽なら他の者をお申し付けくださいませ。
代わりなら私が用意させていただきます。後悔はさせませぬゆえ」
戩華はすっと立った。
そして奥に行き、また戻ってきた。
蘭はその間ずっと頭と目を伏せていた。
金属が擦れ合う音が聞こえる。
そして冷たいものが首筋に当てられた。
「私の命が聞けぬというか。
今宵はお前を指名した」
「・・・私を殺しますか・・・」
それも・・・悪くはないかもしれない。
側室や息子達には最悪な男かもしれないが、この国にとってはそうではない。
この男は完璧な王であり英雄だ。
それは蘭でも認めていた。自分が彼を殺す原因になるのであれば・・・この国の為に死ぬのも悪くはないかもしれない。
「・・・いいでしょう。
それも運命なれば、首を落としください」
ずっと監禁されているはずの人生。
それがこんなにも明るく広がった。
十分すぎるほどの人生。今死んでも後悔はない。
この美形の王に殺されるのなら本望だろう。
蘭はフッ、と笑った。
「私を殺すのであれば民のため長く生きていつまでもこの国を平和に保ち続けてくださいませ。
それが私の貴方に対する望みでございます。
あと・・・英姫様には本当にお世話になりました。
さして恩返しも出来ずにごめんなさい、とお伝えください」
遺言の中に瑤璇宛に何もないのが悲しいな、と戩華は思った。
人の事はいえないが、女に冷たい男だ。
しかし・・・気になる。何故自分宛にそのような望みを告げたのか・・・。
戩華は剣を引いた。
「お前にはまだ生きてもらわねばならぬようだな・・・」
「・・・?」
戩華は膝をついて蘭の顎にそっと手をあげ、上を向かせた。
「私の子を生んでみる気はないか?蘭」
「・・・・・は?」
真剣な戩華の表情に蘭はドキリとした。
他の側室達はこの顔に落ちたのだろうか・・・。
しかし・・・
どれだけ、王からの求愛を受けても、それを素直に受ける事はできないのだ。
命を落とす覚悟が出来てしまってからは、既に王の夜伽をするつもりは毛頭なかった。
いっそ殺してくれ、と思う。
蘭も真面目に答えた。
「お断りします」
戩華は目を丸くした。
自分の言葉に落ちなかったのは鬼姫以来だ。
「私は・・・誰と結ばれようが最後は諦めようとは思っております。
しかし・・・貴方は絶対にお断りです」
「ほぅ・・・意中の者でもいるのか?」
「おりません。それに、男なんて皆同じでしょう」
物凄い冷めた目で言われ、これが本音だと悟る。
確かに美形な瑤璇が後見で昔から自分達を見慣れていれば、大抵の男の顔では揺るがないであろう。
しかし、自分も含め、男で一括りにされるのは少し癪に触る。
せめて美形の部類に入れてほしい。
「理由を聞かせろ」
「言いません。拷問にかけられようがこれだけは絶対に言いません」
戦場に立っていた蘭であれば拷問がどのようなものかくらい分かっている。
それを知りながらこのようなことを言う。
本気だ。
・・・さすが英姫の連れてきた娘・・・。
一筋縄ではいかないか・・・。
「分かった。
今宵は俺が折れよう。
でも、これで諦めたと思うなよ、蘭」
「・・・・・。」
「俺は欲しいと思ったものはどんな手段を使っても手に入れる奴だ。
お前は必ず俺に落ちる。
何があっても、だ」
蘭は目を細めた。
変わった人だと思っていたが・・・本当に・・・変わった人だ。
「私と貴方では幸せにはなりません。
・・・絶対です」
蘭は笑ってすら見せた。
戩華は満足そうに笑った。
翌日、出仕してきた瑤璇に向かって戩華は爽やかに言った。
「霄、気に入った」
「・・・・・は?」
「面白いなあの娘・・・。
どこの誰だ?英姫についてきたらしいが・・・。
縹家の者か?」
鋭いな。瑤璇はそう思いながら誤魔化した。
「さて・・・?
私も詳しくは存じません」
「嘘をつけ。お前が知らないことなど何もないだろう」
「ご冗談を。私は全知全能ではありません」
「ふーん・・・まぁいい。
蘭を側室にする。決めた」
「・・・は?」
鬼姫が死んで以来、王は女に興味を向ける事はなかった。
望む事はなかった。
・・・何の心境の変化だ。
「・・・側室とは・・・」
まさか・・・戩華の方が蘭に落ちるとは計算外だった。
嫌な予感はしていたが・・・。
これは即急に茶州にやるのが得策か・・・。
こうなったら鴛洵に闇姫のことを話してすぐに手を打つか・・・。
「・・・霄。」
戩華の言葉に瑤璇が顔を上げた。
「妙なことを考えて蘭を俺から離すなんて考えるなよ。
俺を誰だと思っている・・・?妙な真似をしない方が国のためだぞ」
瑤璇はチッと舌打ちをした。
頭が良い者は嫌いではないが、やはり痛いところをつかれると腹立たしい。
瑤璇は腹を括った。
こうなったら・・・自身で決めてもらうしかない。
「主上、・・・申し上げておきます。
蘭は縹家の・・・しかも闇姫です」
「・・・闇姫・・・」
戩華は不敵に笑った。
なるほど・・・引かれあったのも、分かるかもしれない。
瑤璇は内心ため息をついた。やはり逆効果だったのかもしれない。
人一倍逆境を好む。
「主上」
「悪い組み合わせではないだろう?
縹家の直系の娘だぞ」
「逆に喰われてもしらねぇぞ」
思わず悪態をついてしまう。
「望むところだ。
・・・好きな女に殺されるなんてこれ以上ない死に方じゃないか?」
「・・・これ以上にない最悪な死に方だと思うが・・・。
ていうか・・・惚れたのか?」
戩華は少し黙った。
惚れた・・・のとはまた違う。
でも、引かれるものがあった。
鬼姫とは違う、何か運命のようなものが・・・。
「瑤璇・・・俺が死ぬのは嫌か?」
「これまでに何度死ねと思ったことでしょうな」
「そりゃ結構。」
「だが・・・」
瑤璇は机案の上にたまった書簡を持ち上げた。
「私はあんた以外に仕えるつもりはない」
そういって室を出て行った。
戩華は苦笑した。
相変らず可愛くない野郎だ。
「今宵は・・・何用でしょう?」
笑顔を保ちつつ、蘭は可愛らしく首を傾げた。
目が笑ってない事は誰でも分かった。
「ん?俺は諦めないといったはずだ」
「で、予告もなしに部屋に訪ねてきた・・・と・・・」
「まぁそういうことだ」
とりあえずいれないわけにはいかないので蘭は中に招く。
「へぇ・・・こざっぱりとしてるな」
「嫌なら帰ってください」
「いや、俺好みだ。ごちゃごちゃしたところは嫌い」
「そうですか・・・」
腹を括ってからの蘭の態度はあからさまに違っていた。
王を王だとも思っていない。
縹家の気質なのだろうか・・・。
戩華はその部分も好ましく思えてきた。
「なぁ、蘭。どうすれば俺の物になってくれる?」
「・・・貴方の物になんてなりません」
「だろうな・・・お前が望むなら側室とその子ども全員殺してもいいんだが・・・」
「そうしてくれたら後宮が平和になりますけど、国が壊れますね」
「蘭が望めば叶うぞ」
「・・・冗談・・・。貴方に叶えていただかなくても自分の望みは自分で叶えます」
戩華は苦笑した。蘭も微笑する。
全く付け入る隙がない。
瑤璇も頑張っていたようだが、英姫は最後まで鴛洵だった。
それと同じなのだろう。
「そうえいば、お茶とかでないのか?」
よほど嫌われているのだろうか。戩華が何気なくいうと、蘭も当然のように返した。
「いりますか?」
「いや・・・いるかいらないかの問題じゃない気が・・・。
普通出てくるでしょ」
「・・・毒が入っているかもしれないお茶なら出せますけど・・・。
それでよろしければ・・・」
戩華は目を細めた。
「・・・そういうことか・・・」
「そうですね。どう考えても貴方のせいですね」
今日から蘭の味方はこの後宮にはいなくなった。
「では、俺しか頼れないな。
観念して嫁になれ」
「嫌です。死んだ方がマシです。
でも良い機会ですね。
・・・そろそろ頃合いだと思っておりました。明日にでも後宮からでます」
「出てどうする?縹家に戻るか?」
その台詞に蘭の瞳が凍りついた。
縹家に戻る・・・。
あの室にまたいれられる・・・。永遠の時間を彷徨う。
全身が震えた。
「・・・蘭?・・・蘭ッ!?」
急に震えだした蘭を戩華は抱きしめた。
蘭の体は硬直し動かない。震えは大きくなるばかりだ。
嫌な思い出があったのだろう。”黒狼”からの情報では薔薇姫も監禁されていたと聞く。
闇姫も同じような状態だったのだろう。
「・・・俺の傍にいろ。
お前に害をなすすべての物から守ってやろう・・・」
どれだけその状態でいたか。
蘭の体が少しだけ温まり、震えが止まった。
蘭の頭が動いた。
「・・・いきなり、何をするかと思えば・・・。
離してください」
「それが不安軽減させてやったやつへの言葉かよ・・・。
俺は元々こんな面倒くさいことしないやつだぞ」
「不安になるこというような人に言われたくないです」
蘭が顔を上げた。
その目には涙がうっすら浮かんでいる。
戩華がニヤリと笑った。
「どうやら外は危ないようだぞ」
「・・・・・・・・・・。」
「決まりだな」
戩華が蘭に口付けをする。
「・・・後悔、しますよ」
「後悔?俺の辞書にそんな言葉ない」
・・・どこまでも自分勝手だ。
でも、その束縛間が、今は安心できた。
今自分は決めなくてはいけない。
彼の命か、自分の心か。
元よりそこまで戩華に愛着はない。国と彼自身のための社交辞令として彼の申し出を断っていたにすぎない。
「・・・貴方に巻き込まれ、苦しむのは絶対嫌です」
人生最後で最大の罪は、曖昧にしか知らない王殺しで十分だ。
これ以上、自分の負担を増やさないでくれ。
「・・・すべての、責任と罪を背負う覚悟はお持ちですか?」
望みもしない王との恋。
相手の事情なんて知ったことではない。
すべては、相手が望んできたこと。
「罪?責任?そんなもの王になったときから背負う覚悟はできてるよ。
お前一人分くらいなんてことはない。
俺が、全部許してやる・・・」
蘭は目を逸らし、唇をかんだ。
声が、震える。
「・・・自分の命は・・・?」
戩華は何も言わずにもう一度蘭に口付けし、そのまま寝台に押し倒した。
これだけ理想とする国を作るため好き勝手してきた。
いつ死んでも、構わない。
六人も息子がいるし、食えない王候補なんてそれ以上にいる。その前に霄がいる。
なんとでもなるだろう。
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