ガシャン、と花がいけてあった花瓶が割れた。
侍女たちの悲鳴が上がる。
蘭は、侍女達を落ち着かせ割れた花瓶を見た。
周りに広がる水と血のように紅い薔薇の花びら。
「・・・・・。」
一瞬、当主の顔を思い出した。
笑みですら寒気を感じるあの氷のような男を。
そういえば、彼は来るたびに紅い薔薇を持ってきてくれていた・・・。
・・・偶然ならばそれでいい・・・。
しかし、予兆であれば・・・。
蘭は自然とぎゅっと腕を握っていた。
『呪い』を感じた。
「・・・主上、最近私の元に来てくださりとても嬉しいのですが、他の方にも構って上げられればいかがでしょう?」
「うん?何か問題でも」
「・・・いえ、ただ他の奥方から最近良く贈り物が届くのです。
私としても頂いてばかりでは申し訳ないと思いまして」
勿論、それは贈り物などという生易しいものではなかった。
毒入りの食べ物、精神をおかしくさせる香、剃刀付きの髪飾り。
そんなものはまだいい。
兇手まで呼んでくださるとは、迷惑なことこの上ない。
勿論、戦の中や縹家の手先のものと対峙して来た蘭であるが、もういちいち相手をしているのが面倒くさくなってきた。
怒っている様子から今のところあまり問題はないのであろう。
ただ、本人にとって面倒くさいというか邪魔な存在なだけだ。
「・・・そうか・・・こればかりは俺にはどうしようもないな」
「どうしようもないな、ではないでしょう。
原因は貴方にあること自体は分かっておりますよね?」
「・・・まぁ、それなりには」
「他の方のところにも行ったらどうですか?
あと公子の皆さんとも話しをすることが重要だと思います。
将来・・・誰が後継者になるかなど・・・会って話さないと分からないでしょう?」
戩華は少し黙った。
元々愛し合って作った子どもでもない。
必要以上の接触はするつもりはなかった。
蘭も子どもが出来るまで・・・かもしれない。
自分から仕掛けておいて申し訳ないのだが・・・いや、申し訳ないという言葉がでてきただけでも自分に驚きだ。
付き合いは短いが自分の中でそれなりの価値があるということか。
戩華は蘭を抱きしめた。
ふっと室内に冷たい空気が吹き込んだ。
二人は直ぐに離れ、お互い獲物に手をかける。
いつもの兇手ではない。
蘭はいつになく震えていた。
・・・まさか・・・。
あの対戦中でも縹家を離れようとしなかったあの人がここまで遠路はるばるきたというのか?
しかし、幼い頃覚えた彼の気配、雰囲気、全てこの身をもって知っていた。
「・・・主上・・・ここは私が・・・。貴方は出て行ってくださいませ。
できれば霄の元へ行くのがいいでしょう」
「・・・蘭・・・?」
「早く・・・っ
縹家の、闇姫の力をお忘れになったわけではないでしょうっ!?」
戩華は躊躇した。
明らかに蘭は震えている。
戩華としても蘭を縹家に渡すつもりはなかった。
しかし、ここに残っても危ないのは自分の身だ。
縹家の異能の力を見たのは英姫のもののみ。
「・・・別に、主上もいてもよろしいですよ?」
開いてない窓からふっと人が入ってきた。
その声音は人の心を凍りつかせる冷たさを持っていた。
あくまで優しく、穏やかに話しているが、その冷たさを消せていない。
蘭は瞠目した。
「・・・璃桜・・・様・・・?」
「久しぶりだね、闇姫。
王の妻とは、大層偉くなったものだ・・・」
銀色の長髪に漆黒の瞳。目の前に現れた男は微笑を浮かべていた。
姿が・・・変わっていない。
縹家を出て数十年が経っている。自分はかなり変わった。
英姫も、瑤璇も、王も・・・全て時間の経過と共に姿を変えていっているというのに、この人だけ時間の流れがまるでない。
彼の周りだけ時間が止まっているかのように。
「・・・英姫も困ったことをしてくれたものです・・・。
よりにもよって闇姫を連れ出すとは・・・
おかげで・・・取り返しのつかないことになってしまったではないか・・・
王も王だ。よくも私の妻になる者に手を出してくれた・・・
知らなかったとは言わせないですよ?」
「そんなの落とした物勝ちだ。
そんなに蘭のことが好きならばもっと早く近づくべきだった。
時間もかなりあったはずだぞ」
「・・・よくもそんなことが言えたものですね・・・。
貴方の下にいる”風の狼”の阿呆が何をしたかご存知でしょうに・・・」
闇姫はともかく薔薇姫を奪われたことには流石に怒り狂った。
やっと怒りが冷めたときには既に戩華に狙われていたということで・・・
「ふん、俺には関係ない。
大体あいつは命令違反したのだ。
一応・・・殺せといったはずだが・・・まぁ終わりよければ全てよしってやつかな」
「・・・こっちとしては最悪ですね・・・。
生まれて以来これほど不愉快なことはなかった・・・」
『・・・・・くっ!?』
「・・・主上っ!?」
見えない何かが戩華を縛り付ける。
心臓が握られた感覚に陥る。汗がどっと流れた。
ニヤリ、と璃桜が笑んだ。
「そのまま死ね」
璃桜が動く前に蘭が動いた。
「・・・璃桜様といえども・・・あの人には近づけさせません」
「・・・闇姫・・・。
・・・大分・・・変わったようだな・・・」
その言葉に、蘭はが少しだけ微笑んだ。
「・・・えぇ・・・。
少しだけ、人生が楽しくなりました。これからもっと楽しくなりそうです。
ですから・・・璃桜様邪魔しないでくださいませっ!!」
沸き出つ感情の中に強い強い力が眠っているのを、蘭は感じた。
その力があれば、戩華を守ることが出来るかもしれない。
蘭はその力に手を伸ばした。
蘭の漆黒の瞳が銀色に変わる。
璃桜は面白そうに笑んだ。
闇姫の力が見られる。こんな機会長い間生きてきたが全く見られなかった。
「・・・さて、見せてもらおうか・・・」
璃桜は傍観の体制に入った。
蘭の力は徐々に大きくなっていく。
「・・・さぁ・・・闇姫。王を殺せ・・・」
「・・・何を・・・。
・・・・・っ」
急に蘭の力がやんだ。
先ほどまで自分の中にあった力が消えていく。
突然のことに蘭も何が起こったのかわからなかった。
ただ、力がなくなっていくのを感じた・・・。
しゃがみ込んだ蘭に戩華が駆け寄った。
突然のことに璃桜の束縛から解放されたらしい。
「・・・蘭・・・っ!?
大丈夫か・・・」
「・・・なんで・・・?」
しばらく黙っていた璃桜だが、考えられる原因が一つしかないことに気づき呟いた。
彼女の中にどんな感情があろうとも、一度つかんだ力は王が死ぬまで作用し続ける。
「・・・闇姫交代か・・・・」
「・・・交代・・・?」
「私が迎えに来るのが一歩遅かったみたいだね。
君の腹の中に眠る娘が次の闇姫だ・・・
闇姫ではない女には興味がなくてね・・・今では人妻だし・・・・。
また数年待つことにしよう・・・」
自分にとって十年という月日は大した月日ではない。
「・・・それまで、大切に育てておくことですね。
ちょっと今日はいい情報が手に入りましたので、一つ貴方方にいいことを教えましょう。
一度発動した闇姫の力は例え次代に移ったとしてもそれなりに作用します。
・・・戩華王、貴方が生きられるのは・・・良くて十数年・・・悪くて数年内には確実に命を落とします」
「・・・なっ!?」
「あとこれも覚えておいた方がいいですね。
闇姫の力は王にしか作用しません・・・。どれだけ貴方の怒りが私に向けられていようとも。
では、私はこれで帰ります。
闇姫を、素敵な娘に育ててあげてくださいね・・・」
ふっ、と璃桜は姿を消した。
紅い薔薇の花びらが宙に舞って床に落ちた。
璃桜が消えた室内の空気が緩む。
緊張が一気に取れて脱力する。
「・・・主上・・・何か身体に異変は・・・」
「いや、あいつに何かされたとき動けなかったけどそれ以外は・・・」
「・・・これが・・・闇姫の力・・・」
あの力に手を伸ばさなければ・・・。
蘭は歯噛みした。
別に好きでもなかったけれど・・・寿命を縮めるはなかったのに・・・
「謝らなくても、いいんですよね」
「あぁいらない」
「別に強がらなくてもいいですよ。凄い凹んでいるのでしょう」
「蘭の方がへこんでいるくせに。泣きたければ泣いていいんだぞ」
「泣きません」
「俺もへこまねぇ」
蘭はグッと袖で涙をこすった。
自分達に残された時間は限られた。
落ち込んでいる暇も、喧嘩している暇もなかった。
「・・・子が出来ました。どうしてくれるんです」
「まぁ・・・、作るつもりでいたからな」
「・・・では、主上、私とこの子を愛する自信はありますか?」
「・・・まぁ出来てしまった以上、それに俺が持ちかけたことだ」
「責任はとると・・・。でも愛する自信はないんですね」
蘭の強い視線を戩華は流した。
知っていた。彼の心がどこにあるか。
「・・・半殺しは死んだ後にして差し上げましょう。
閻魔様の変わりに・・・」
「・・・蘭・・・」
「せめて死ぬまで、貴方を独占できると思っていましたがそれも無理なようです」
残りの時間は、この子のために使わねばならない。
「・・・今のように璃桜様と対峙して来たのは昔彼と会い、その雰囲気に慣れていたからです。
普通の者はあのようにはいきません。
ですから・・・この子にも・・・ちゃんと自分の身を守り、将来自分の道を歩めるようになってもらわなくては・・・。
闇姫の宿命を知らずに愛しい者と幸せになっていけるよう・・・。
そのような人生を送れるよう・・・私にはそのように育てる責任がある・・・」
蘭は王の目を真っ直ぐに見据えた。
「主上・・・・。ひそかに私も感じています。
闇姫の力は発動すると常に王と繋がっている・・・。
貴方が死ぬとき、私も死にます。多分、そういうものなのでしょう・・・。
・・・それまでしばし・・・さよならです。
また・・・地獄で会いましょう」
私は心が広いから。
共犯者になる覚悟も出来た。
「主上、何度も『後悔』してください」
蘭は戩華の顔に手を伸ばした。
そして柔らかい笑みと共に蘭は王に口付けをした。
そして離れた瞬間、蘭の雰囲気が変わった。
久しぶりに思い出した縹家でのあの冷たい空気。
今まで眠っていたものを引き出す。
「・・・蘭・・・?」
雰囲気の変わった蘭に王は瞠目した。
容姿は元々璃桜と似ていたが、雰囲気が変われば更に似てくる。
「・・・主上・・・もう遅いのでお帰りくださいませ」
声もどことなく冷え冷えとした印象を漂わせる。
先ほどの蘭とはまるで別人のようだ。
「・・・蘭・・・お前・・・」
「・・・貴方は貴方のやるべきことを」
蘭はそのまま立ち上がり、奥に歩いていく
「待て・・・」
戩華は蘭の腕を掴もうと手を伸ばす。しかしそれは払われた。
「無理・・・するなよ」
「しておりません・・・。
これが本来の私の姿なのですから」
蘭は月を見ながら目を細めた。
「ああ、主上。一つ頼んでもよろしいですか?」
「なんだ?」
「森の奥に離宮をください。
・・・私は、一度引きます。
そして・・・この子が自分の身を守れるようになったときまた後宮に戻ってきます。
・・・これは私と貴方とこの子と・・・縹家の戦い・・・」
蘭は戩華の頬を撫でた。
先程まで温かかった手が氷のように冷えている。
「負けは、許されません。
否、私が許しません」
蘭から目が離せない。
戩華の背中に冷たい汗が流れる。まるで璃桜と対峙しているようだ。
「・・・すぐに用意しよう」
「・・・では主上、また会う日まで」
また蘭の中の時間は止まった。
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