後宮に『風雅』という美しい娘があげられた。
後に『氷姫』と呼ばれる姫は美しく、そして冷たかった。
体温も言葉も視線もすべてが冷たく突き刺さるようだ。

そのような姫の噂は一晩で後宮を巡り、王の耳にも届いた。

「・・・きたか」

戩華の楽しそうな笑みに瑤璇は視線を戩華に移した。
嫌な予感しかしない。
戩華は立ち上がり室の出口に向かって歩き出した。

「どちらへ?」
「後宮」

瑤璇は目を丸くした。
ここ数ヶ月後宮には足も踏み入れなかったのに。

「・・・何か気になることでも」
「父親が娘を気にならないわけがないだろう」

・・・娘?

「・・・主上・・・ッ!!」

振り向けば戩華の姿はなかった。



新しく用意された室。
数人の新しい侍女に囲まれ、風雅はに勉強を教えていた。
扉の開く音に風雅が顔を上げた。

「・・・来たか・・・」

表情一つ変えない風雅に対し、侍女達は目を丸くしすぐに膝を突く。
来たばかりの風雅に何故王が訪ねてくるのかは誰にも分からなかった。
はきょとんと室に入ってくる男を見上げた。

「・・・ふむ、俺に似たか・・・」

侍女達が肩を震わせた。なにか、とてつもなく大変なことに巻き込まれている気がついた。

「残念なことにな。
・・・さて、椅子からおりなさい」

は母のいうことに素直に従った。

「・・・紫戩華王だ」
「・・・せんか・・・おう・・・」

三歳になったばかりの子どもは母親の言葉をそのまま繰り返すだけで精一杯だ。
戩華は膝を突きを目線を合わせた。
少しくせのある髪、黒い瞳、顔は・・・どちらかというと戩華より。
驚いてはいるが笑わないその子どもは可愛らしいというより精悍という方が合っている。
・・・女の子なのに。

「・・・やはり娘は可愛いものだな」

黒いつぶらな瞳が戩華を射る。
その奥には子どもらしい光がない。
・・・おいおい、俺は父親だぞ。俺をそんな目で見るな。
戩華は心の中で苦笑した。
・・・まぁ用心に越したことはないが。必要があれば、も自分の手で殺さなくてはいけないときがくるかもしれない。
まだこの世に生を受けて三年しかたってないというのに・・・全く何をどうしたらこうなるんだ。
清苑だってまだこの頃は可愛かった・・・気がする。

「俺は、お前の父親だ」
「・・・ちち・・・おや?」

・・・父親という単語の意味を知らないらしい。
そういう大切なことはちゃんと教えておけよ、蘭。

「そうだ。
俺の後を継ぐかもしれない。せいぜい頑張りな」
「・・・、礼を」
「はい、ははうえ」

は礼をとる。三歳児にしてはしっかりと出来ている。
戩華はの頭を撫で立ち上がった。

「何かほしいものはあるか?」
「特に」
「・・・”風の狼”から一人護衛につける」
「・・・そう」

風雅の表情は変わらない。
戩華は面白く無さそうに頬を膨らませた。せっかく俺が直々にきてやったのに可愛くないやつ。

「・・・なんだよ、娘に嫉妬か?」
「・・・・。」
「せっかくの再会だっつーのに・・・なぁ、ら・・・」

風雅の視線に戩華は言葉をつむぐ。

「・・・地獄で、会いましょう」

戩華は苦笑した。

「・・・あぁ・・・」




「・・・・・・」
「・・・なんですか?ははうえ」
「向こうにいらっしゃるのが、貴方の兄上の清苑公子・・・。
恐らく父上の後を次ぐ方ですよ」

は庭の奥で劉輝と遊んでいる清苑の姿をじっと見つめた。

「・・・、将来貴方はあの方にお仕えすることになります。
あの方のお役に立てるように、今からちゃんと勉学に励むのですよ」
「・・・はい、ははうえ。
・・・あの・・・」
「どうしました?」
「あにうえと・・・おはなしがしたいです」
「・・・そうですね・・・。
お行儀よくするのですよ」

そしては清苑に膝を折った。
清苑は驚き、風雅の方を見る。

・・・何を考えている・・・あの女・・・。

こちらを見ている清苑の視線に気づき、風雅はにこりと笑む。
しかし、それは清苑にとって危険なものとしか考えられなかった。
後宮にあがりその日に王が自ら出向いたという女。その娘、は王の娘だという噂も密かに流れている。

・・・あまり関わりたくなかったが、しかしあまりにも純粋に見つめてくるの瞳には負けて、清苑はしゃがみ、の頭を撫でた。
母親と違って可愛らしい。

「・・・あにうえ・・・・わたくしは、あなたのおやくにたてるようにいっしょけんめいべんきょういたします」

清苑は撫でていた手を止めた。
あの女・・・自分が王になることを見越してこんなことを・・・?

「・・・あの・・・わたくしではだめですか?」

険しい顔をした清苑に不安を感じたは思わず呟いてしまった。

「・・・いや、期待している・・・」

もう一度笑っての頭を撫でた。そして親の元へ返す。
二人が去るまで、清苑はそこから動けなかった。

「・・・清苑あにうえ・・・?
大丈夫ですか・・・」

劉輝の手を握った清苑は自分が怖い顔をしていることに気づいた。

「大丈夫だよ、劉輝・・・。
お前も私が王になったら、仕事を手伝ってくれるか?」

劉輝は太陽のようにふわりと笑った。

「・・・はいっ、勿論です」




知らず知らずのうちには勉学と武術を身につけていった。
難しい本を読むのは当たり前となっていたし、食事に毒を仕込まれたり、夜に兇手が来るのは何かの訓練かと小さい頃は本気で思っていた。
風雅の雰囲気は変わることなく、いつも氷のような印象をまとっていた。

「・・・風雅・・・・」
「これは・・・主上・・・。
お体の方は大丈夫なのですか?」

王が風雅を訪ねるのは数年ぶりとなっていた。
その頃王の体調があまり思わしくないことが噂に流れた。
事実、そうだった。

「・・・大丈夫、といいたいところだが日に日に悪くなっていくのが分かる・・・。
君も・・・辛いのではないか・・・?」
「・・・あなたに比べれば大したことありません。
闇姫にはあまり呪いの影響はきませんから・・・。
しかし、寿命がきまっているとはいえ・・・その腕・・・」

戩華はうっすら笑った。ただ、それだけだった。
それでも始終だるさがとれない。
は大分成長した。そろそろ楽をして守ってもらうことにしてもいいかもしれない。


「・・・未だに兇手が来るのか・・・」
「えぇ、縹家の生まれだとそれだけで恨みの対象になります。
あとが出来すぎたのでしょう・・・
自分の子供を他に任せっぱなしにしている自分を棚上げして・・・。
全く嫉妬とは醜いものだ・・・」
「・・・風雅・・・。もその雰囲気に大分慣れてきた。
そろそろその仮面をはがしてみればどうだ?
の中に冷たい印象ばかり残しておくのも駄目だと思うぞ」

風雅は王の言葉を鼻で笑った。

「馬鹿いわないでください、墓までもっていきますよ。
ここでそれを破るわけにはいきません。
一時の油断もどこに影響するか分かりませんからね・・・・
どうせあと数年の辛抱でしょう・・・私も、貴方も・・・」

冷たい沈黙が暗い部屋の中に降りる。

「・・・貴方の体もそろそろ限界ですね。
政は瑤璇様や鴛洵様、または他の公子達に任せてしまわれた方が賢明です。
・・・土台と材料はもう揃ったのでしょう?」

この文官の足りないときに、歴史に残る大事件『悪夢の国試』があった。
が、その年受かった者達はこれ異常ないほどの良質の宝石の原石だった。

「・・・あぁ・・・あとは他の公子達の手に任せるつもりだ・・・。
明日から床につこうと思う・・・だから会いにきた」
「そうですか・・・・」
「・・・そう、あと風雅。明日からお前はを連れて後宮を出ろ
流石に公子が四人もいると王の座の争いに巻き込まれる可能性が高い。
今の風雅ではを守りきれない・・・」
「・・・ここまできてそれですか・・・」
「最後の最後。公子がいなければの価値だ。
下手に嫁に出すよりもいいだろう?」
「・・・もし・・・私達が、争いが終わる前に死んでしまったらどうするのですか?」

王は笑った。

「俺の自慢の子達だぞ・・・。
何も言わずとも、期待通りに動いてくれるさ・・・信じろ」
「・・・分かりました・・・。
では、私はこれで・・・」
「・・・風雅・・・」

出て行こうとする風雅に王は彼女の腕を取った。

「・・・つれない奴だな・・・
久しぶりに顔を見に来たんだ。今夜一晩くらい一緒にいてくれてもいいだろう?」
「・・・私でいいのですか?」
「『風雅』に会えるのは最後だからな」

風雅は微笑した。




「・・・、悪いけど山に行って薪を拾ってきてくれないか・・・。
もうなくなってきている・・・」
「そうですね、母上。
ついでに薬草類もとってきましょうか?」
「頼む」

宮殿から出た二人は元の離宮に移った。
自身も女の身であり、王座など初めから望んではいなかったようだ。
後宮を離れると聞いても異論はもなかった。

外装や内装は綺麗であるが、後宮と違い侍女などはいない。
家事も自分達でしなければならずも初め戸惑いの連続だった。
しかし八年も経てば立派に料理も洗濯も掃除も出来るようになった。

風雅はずっとはめていた指輪を見て呟いた。
それには紫の石がはめ込まれている。

「・・・城を出て・・・八年か・・・。
結構・・・丈夫なものだな・・・・王よ・・・」

でも、それももう終わりだ・・・。
璃桜から命を宣告されて十六年。かなり生きられたと思う。

「もう、この世に悔いはない・・・。
ももう文句のない娘に育った・・・。
・・・後は頼むぞ・・・」

静かに入り口から入ってきたのは瑤璇だった。


「・・・王はもう死んだか・・・・」
「あぁ・・・さっき・・・」

・・・そうか、と風雅は小さく呟いた。
自分ももう時間はない。
風雅の周りに冷たい雰囲気はもうなかった。

「・・・やはり女というものは強く出来ているのですね・・・。
瑤璇様・・・を頼みます。
あの子には後悔なく生きて欲しい・・・」
「何故わしに頼む?」

風雅は笑った。

「・・・貴方なら最後までを見守ってくれそうだから・・・」

どうして・・・縹家の女達はこんなにも鋭いのだろう。
風雅を預かれ、といった英姫と風雅の姿は重なった。

「・・・貴方は全てを知っているのでしょう?
しかるべき時が来たら、あの子に話してあげてください」
「・・・なっ、まさかお前縹家のこと・・・」
「話しておりません。
璃桜様がこなければ意味のないことですから・・・」

阿呆だ、と思った。
前々から構えているのと、急に事実を知らされるのとでは大きく違う。

「・・・そういえばはどこにいった?
いいのか?娘に看取られなくて・・・」
「山へ芝刈りにやりました・・・。
最後に・・・このような顔は見せられませぬゆえ・・・」

風雅はふわりと笑った。

「瑤璇様、今までたくさんお世話になりました。
鴛洵様にも英姫様にも・・・主上にも・・・・。
・・・私は本当に幸せだった・・・」

風雅は目を閉じた。
瑤璇はたくさんの死を見てきた。
人間とは不思議なものだ。
苦労した者こそ死に際に笑うのだ。王だってそうだった。

「・・・全く、人間は自分勝手な生き物じゃ・・・」

瑤璇は呆れてため息をつき、離宮を後にした。
風雅の遺体はがなんとかするだろう。

風が吹いた。



ーあとがきー

誕生編。完全オリジナルです。
王の名前が分かる前に書いた物が元になるのですが、明らかに事実と食い違うので少し書き直してみました。
これで少しは流れに添えるはず・・・。


   

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