見詰め合ったまましばらく時間が経った。

「・・・・・・」

はやっと戸部尚書室にいることに気づいた。
良く分からないが、無意識のうちにここにきていたみたいだ。
鳳珠から頼まれたものがあったからとにかくここに来なくてはいけない気がしたのかもしれない。

「・・・・・・大丈夫か?」

心ここにあらずの彼女に鳳珠は首を傾げた。

「・・・あー・・・・えっと・・・どちらまで行っていらしたのですか」
「・・・が遅かったので様子見がてら黎深のところに書簡を届けに行っていた」

心臓がドクン、と高くなった。

「・・・府庫・・・っ、府庫には行かれたのですかっ!?」
「・・・その辺でお前の目撃情報があったので、流石にそこまでは・・・
府庫で何かあったのか?」
「・・・あっ・・・いえ・・・その・・・」

先ほどの光景が蘇った。逃げてきてしまったが、邵可や劉輝は無事だろうか。
嫌な汗が背中を伝う。

「・・・大丈夫か?顔が真っ青だが・・・。寒いのか?」
「・・・別に・・・」

体が自然に震えてきた。
鳳珠は仮面をとり、の顔を覗き込む。

「・・・府庫で何かあったのか?
邵可殿は・・・」
「・・・その・・・逃げてきてしまったので・・・分からなくて・・・私・・・どうしたら・・・」

色々な光景が脳内に浮かび上がる。

「・・・・・・とりあえず落ち着け・・・。」
「・・・私のせいで兄上が傷つくのは嫌です・・・」

・・・王が・・・?
どうやら、最近調子が悪そうだったのはそのせいか。
茶州にしろ、朝廷にしろ、不穏な動きがありすぎる。

「・・・何があった・・・」
「・・・縹家の当主が・・・」
「・・・縹家?」

縹家といえばあまり聞かないが、確か異能の一族だったことは覚えている。
その当主がになんのようだ?
しかし、王族のことにあまり関わることはよくない。
彩家の人間である以上、ちょっとした行動も家の権力を関わってくる。

「・・・・、とりあえず、今日は休め。
王がそんなに脆いものでもないだろう。・・・多分。」
「・・・しかし・・・
・・・あの人に兄上や邵可殿が・・・っ」

が鳳珠の肩につかみかかった。
鳳珠は少し驚いたが、の背中を撫でた。

「今お前が行ってどうする。
もう少し落ち着いてから行動しろ・・・」
「・・・・でも・・・・っ」

鳳珠はとりあえず、抱きしめてみた。こういう時の対処法が全く分からない。
まず、を落ち着かせないといけないだろう。
今は混乱しているからとにかく妙な行動に走らせないためにもこれが一番いいと思った。

「・・・・・・
お前はいつも我慢しすぎる・・・。
無理はするな・・・・」
「・・・っ」

の瞳から一筋の涙がこぼれた。
堪えていたというのに、鳳珠の言葉で一気に気が抜けてしまった。

が自分の袖をつかんだまま泣いてしまったので鳳珠は自分の立場に困った。
しばらく泣き止みそうにもないし、それまでこの立て膝という体制も辛い。
鳳珠は腹を決めて付き合うことにした。
は、顔をあげようとしない。でも必死に声は堪えているのが分かる。
こういうとき何を言っても相手には全く伝わらないことをいつぞやの秀麗で思い知った。
とにかく相手が混乱している時は腹をすえて付き合うことだ。
幸か不幸か自分の予定を狂わされることは黎深のせいで慣れきっていた。
それに今日はもう仕事は終わったし、ただ家に帰るのが遅くなるだけ。
にはいつも世話になっているし、今日くらいは付き合ってやってもいいだろう。
鳳珠はの背中をさすってやりながら目を閉じた。

どれだけ時間が経っただろう。
ぼんやり月を見て綺麗だな・・・と思った時、鳳珠はが静かになっていることに気づいた。
泣き止んだだけではなく、これは・・・寝ている。
かなり疲れていたようだ。
鳳珠は今までのの扱いを少し反省した。もう少し休ませてあげないといつか倒れる。

「・・・全く・・・忙しいと周りが見えなくなるのが悪いくせだな・・・」

鳳珠はひとりごちての頬に残る涙のあとをぬぐった。
このような小さな体でどれだけ多くのものを背負っているのだろう。
彼女の有能さは今までの苦労の対価として与えられたもの。
それを当たり前に身についたものだと思ってはいけない・・・。

この世に天才など・・・・一部を除いていないのだから・・・。

本人でも気づいてはいないだろうが、無意識のうちにこの室に辿り着いた。
自分を少しは信頼してくれているのだろう。
あまり人に頼らない性格をしているが自分を頼ってくれたことは少しだけ嬉しかった。

「・・・ゆっくり休め・・・」


仮眠室に連れて行こうか、家まで連れて行こうか少し悩んだところで、月の光が一瞬遮断された。
鳳珠が目を細めて前方に立っている人物を見据えた。
月の光を浴び銀色に輝く髪に闇のような瞳不思議と目の前に知らない人物が現れてもさほど、驚きはしなかった。
これも幸か不幸か黎深がいつも神出鬼没で度々家にも不法侵入してくれたおかげだろう。
身に突き刺さるような殺気もさらりと流せるまでになった自分はかなり成長したと思う。
いつもは邪魔だが、時には役に立つ・・・と鳳珠は頭の隅で思った。

「・・・人の室に黙って入ってくるとは褒められんな・・・」
「貴方こそ、人の妻に手を出すとはいただけませんね・・・」

その場の空気が一気に氷点下にまで落ちた。
睨み合う二人がまた超絶美形なことにより、更に室内温度が下がる。
どちらとも目が据わっており、そして譲ることをしないので更に水面下での争いが激化していた。

「・・・朝廷内で不穏な動きがあるらしいことはうすうす感じていたがまさかその張本人が現れるとは・・・。
・・・王と邵可殿はどうした?」
「・・・さぁ・・・今頃府庫で冷たくなっているのではないですか?」

・・・死んでいることはない・・・と思う。
もしそのような事があればこいつの身はとっくに黎深に消されているはずだ。
しかし、王はともかく邵可に手を出されるのは鳳珠としても不愉快であった。

「・・・失せろ」

璃桜は不適に笑む。

「王や邵可でも私に敵わなかったのですよ?
貴方が私に敵うとでも・・・・?」
「別に。はなからやりあおうなどと考えていない。
貴様のために使う体力こそ無駄だ」
「・・・では、闇姫を渡してくださいますね。
大人しく渡してくだされば貴方に危害を加えることはないですし、そのまま退散します」
「誰が渡すか。
は私の部下だ。手放すつもりはないからな・・・
それに、個人的に気に入っている・・・」
「・・・貴方死にますか?」
「冗談じゃない、今死ねるか」

二人が再度睨み合い、ふとした瞬間璃桜が目を閉じた。
そして窓の外を見た。

「・・・・終わったようですね・・・」

璃桜は鳳珠に視線を戻し、言った。

「少し用事ができましたので、しばらくここから退きましょう。
またしかるべき時が来ましたら闇姫を迎えに来ますので、それまで預かって置いてください。
貴方なら安心して任せて置けます」

鳳珠は璃桜の台詞に眉をひそめた。
何故初対面の男にそこまで信頼を持ってもらえるのだろう。
璃桜は絢布と銀髪を翻し、窓の外に消えた。

璃桜の気配が消えたのを感じ取り鳳珠は息を吐いた。
とりあえず、命とはギリギリのところで助かったみたいだ。
璃桜が訳の分からないことを言っていたが、あまり気にしないでおこうと鳳珠は思った。
直感的に、奴に関わるとろくなことがないような気がした。

「・・・さて・・・」

鳳珠はを抱き上げた。
家へ連れ帰りたいところだが、また璃桜がきても嫌だしこちらの方が警備が整っている。
いざとなれば羽林軍もある。
鳳珠は仮眠室までを運んだ。
そういえば、府庫で王と邵可様がなんとかとか璃桜は言っていた。
一応様子は見に行った方がいいかもしれない。

確かに璃桜の言うとおり、劉輝と邵可は府庫で冷たくなっていた。
が少しの間府庫で意識を失っていただけで、寝かしただけで意識が戻った。
璃桜に妙な催眠をかけられたらしい。

「・・・黄尚書・・・は・・・」

劉輝が目を覚まして戸口一番にそう言った。

「あぁ、今仮眠室で寝ている。
縹家の当主は、しかるべき時が来たらまた迎えに来ると言っていた・・・。
それが何時かは分からないが今は撤退したようだ・・・」
「・・・そうか・・・すまなかったな・・・・わざわざ・・・。
・・・その、黄尚書・・・は・・・」

鳳珠は劉輝の言葉を切った。

「私は王家の問題と関わるつもりはない。
は守ろうと思うが、裏の事情まで知りたいとは思っていない。
・・・貴方はを縹家に渡したくないのでしょう」

劉輝は頷いた。

「それだけ聞けば十分です。
物理的に私が出来ることがあればなんなりとどうぞ。
今日は安心してお休みください。明日に支障が出ると困りますので。
・・・では、私はこれで・・・・」

颯爽と帰っていく黄尚書を見て劉輝は何もいえなかった。
縹家のことについてなど深入りしてこないことが意外だった。
が、劉輝にとって助かった。のことはあまり大きくしたくない。
彼は人を見極る能力が高い上、先のことを見据えて行動している。
負けた・・・と劉輝は思った。
秀麗の家でも少し思ったのだが・・・
・・・・黄尚書って仮面あってもたまにかっこよく見えるのは何故だろう・・・


「・・・えっ、秀麗ちゃん達無事に仕事を終えたのですね!!」
「・・・ん・・・あぁ・・・。
その報告が茶州から来た」

絳攸は安堵する表情を浮かべたに少し微笑した。
・・・たまたま迷子になっていたところを、通りがかりの彼女が吏部まで案内してくれるという道の途中だった。
お礼としてこれくらい言ってやってもいいだろう、と絳攸は心の中で思っていた。

「・・・良かったですー。
これで一件落着・・・かなぁ?」

そういえば、秀麗が行ってから周囲ではあまりいいことは起こっていなかった。
最近になって全く音沙汰もなくなってしまったが、奴がこれで引き下がったわけがない。
のそんな様子を見取った絳攸が言った。

「・・・何かあったのか?
・・・そういえば、王の様子が最近少しおかしかったが何か知らないか?」

何気ない絳攸の一言にの表情が一瞬固まった。
流石に、縹家関連のことに彼を巻き込むわけにはいかない・・・。

「いえ、特に何も・・・。仕事忙しいのはいつもと変わりませんしねぇ・・・」
「・・・・すまない・・・」

今日も吏部からの書類が全て止まっていたことを絳攸は思い出した。
王につきっきりになっているとどうしても吏部の方が止まってしまう。

「でも何故私に・・・?
主上が何がございましたか?」
「・・・いや・・・邵可殿の家であって以来仲良さそうだったから聞いてみただけだ。
たまに廊下とかで遭遇しているだろうしな。
王のことは心配するな。
たまに考え込んだり、ちょくちょく脱走するようになっただけだ・・・。
秀麗に会ってなくて禁断症状がでているだけかもしれないがな・・・」
「本当に主上は秀麗ちゃんのことお好きなんですねぇ・・・。
あっ、吏部につきましたよ」
「・・・助かっ・・・・いや、ここまで書簡運びご苦労だった。
あとは俺が持つから・・・・」
「あっ、そうですか?ありがとうございます。
あと吏部尚書に『仕事しろ、この兄馬鹿』と黄尚書からの伝言、伝えておいてください」

絳攸は口が引きつるのを隠せなかった。
そんなことが言えたら、もう何万回と口にしている。

「・・・あまり良くないことだが、秀麗は冗官としてまたここに戻ってくる。
鄭悠舜殿も一緒に・・・」
「本当ですかっ!?まぁ冗官でも実質名前が違うだけで私とやること変わりませんからねぇ・・・。
珀明も寂しがっていたところですし良かったです。
しかも、悠舜さんまで・・・。
絳攸様、貴重な情報ありがとうございました」
「吏部侍郎と呼べ」

絳攸はから受け取った書類を片手にペチンと扇での頭を叩いた。

「・・・・・・・・すいません」

しかし、絳攸は怒っているわけでもなく、むしろ嬉しそうに吏部に入っていった。
彼も秀麗が戻ってくるのは嬉しいのだろう。
は、窓の外を見た。
まだ雪がたくさん残ってはいるが日差しが気持ちよかった。

「・・・はぁ・・・。
なーんか・・・一難去ったようねぇ」

また一難が来る前にはもっと強くなることを決意した。

「・・・もう、泣けない。
泣く前に全力で物事に立ち向かうことを、ここに誓います」

全ての人に、平穏と幸せを・・・。

「・・・?官吏・・・。
何をぼうっとしている」
「・・・あっ、黄尚書・・・。お疲れ様です聞かれてはいないだろうが、妙なところを見られたものだ。とは苦笑した。
鳳珠も戸部まで行くというので、も一緒に歩く。

「紅州牧と鄭補佐が戻ってくるそうですよ」
「・・・あぁ・・・らしいな」
「また・・・なんか一波乱ありそうですね」
「別に・・・二人がいなくてもお前がいるだけで波乱だらけだろう・・・・」

鳳珠がぼそりと呟いた。
はうっ、と言葉に詰まった。・・・確かに・・・。

「・・・あの・・・その、先日はご迷惑をおかけしました」
「気にするな。
被害は何も無かったし、・・・その私も色々考えさせられることがあったし・・・」

は鳳珠の方を向いた。
の視線を感じ鳳珠はの頭を軽く叩いた。

「・・・なんのための後見だ。
・・・辛い時は頼ってくれても構わない・・・」

はその台詞に目を見開いた。
劉輝は王であるし、静蘭は茶州にいる。両親はもういないし、親類もいない。
赤の他人に囲まれて生きていかなくはいけないに鳳珠は手を差し伸べた。
またジーンと来て泣きそうになった。

「・・・鳳珠様・・・」
「一人で頑張ることは無い。
お前はもう少し休むべきだ」
『・・・・・・・。』

なんか違うような気がしてきた。
は変な解釈を取った。

「貴方こそ休むべきですよ。
せっかく仕事が減ってきているのになんで家に帰らないんです?」
『・・・・・・・。』

・・・・何か違う。

鳳珠は心の中で大きなため息をついた。
大事なところではいつもボケてくれる。
鳳珠はもう何も言うまい、と早足で歩き出した。

「・・・・えっ、あっ、ちょっと・・・早・・・っ
・・・あれ?・・・私何か悪いこと言ったかしら・・・?」

は小走りで鳳珠を追いかけていった。
まだ春にはちょっと早い、晴れた日のこと。


   

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