新たなる職場にも大分慣れ、季節は春真っ只中。
これから、更に一段階上の仕事にも取り組んでみよう、と意気込んでいる最中の申し出だった。

それは、ある一通の呼出から。


感じるのは人の心


忙しく働く男達と一緒に更に俊敏にテキパキと仕事を片付けている少女の姿があった。
名は茈。初の女人官吏の一人だ。
もう一人の秀麗は茶州の州牧になり一月前から、この朝廷から出ていった。

「茈官吏、これを刑部の方へ」
「この計算を頼む」
「はい、今すぐ」

雑用は全て下官任せだ。
次々と降ってくる仕事をは笑顔で受け入れた。
能力も高く、嫌な顔せず仕事を受けてくれるに対して戸部の評価は高い。
理不尽なことをしたり言わなかったりしなければ普通に良い子である。
仕事に関してはこれほど有能な者はいない。
女性の身でありながら出世は人よりも数倍早いだろう。

机案の上にたまっていた書類に目を通し、揃えてからは席を立った。

「・・・では、他の部署への配り物がありましたら、申し付けください。
ついでに持っていきますので」

そういって、は尚書室に入る。
配り物の類はここが一番多いのだ。
案の定、彼の机案の周りには沢山の書類が山積みとなっていた。

「・・・お疲れ様です」
「ああ、外に行くなら府庫から去年の決済の資料も持ってきてくれ」

の上司、戸部尚書黄奇人は一度だけの姿を見てからまた視線を戻した。
止まることを知らない彼の筆は一気に紙を文字で埋めていく。
はいつもその手際良さに感心しながら、たまっていた書類を持ち上げた。

「・・・では、失礼します」
「茈官吏」
「・・・なんでしょう?」
「後で渡したいものがある。外周りを終えたら来てくれ」
「・・・・?はい」

一刻ほど、他部署と戸部を何度も往復し、そろそろ疲労がたまってきたところでは机案についた。
相変わらず戸部の忙しさは変わらない。

「・・・はぁ・・・疲れた。
そろそろお昼休みか・・・」

汗を拭いながらは呟いた。
外にいっている間に仕事はまたたまっていた。
昼までに片付けてしまおうか、と筆を取ったとき隣にコトと茶器が置かれた。

「お疲れ様です。茈官吏」
「・・・景侍郎っっ。とんでもないっっ」

上司からお茶など淹れてもらう部下がどこの世界にいるものだろうか。
は土下座する勢いで柚梨に頭を下げた。
戸部の癒し系、景侍郎は暇があれば官吏達にお茶を淹れたり、疲れを癒すためにお菓子を運んでくれたりと本当に天使のような存在だ。
それは上司にも部下にも代わらぬ対応で彼を嫌う人などみたことない。

「・・・まぁ鳳珠に付き合ってくれているお礼もかねて。
今日は運ぶだけじゃなくて片付けてくれたし、府庫から本も運んでくれたし・・・本当にすいません」
「いえいえ、仕事ですし・・・。動くのは嫌いじゃないし・・・
・・・あぁ、そういえば尚書から呼ばれていたんだっけ・・・」

は立ちあがって柚梨に礼をとり、尚書室に向かった。
柚梨はまた官吏達にお茶を配り始めた。


「何かご用ですか?」

入ってきたを見て今日始めて鳳珠が筆を置いた。
そして、机案の中から一枚の文を出した。

「お前宛だ」
「・・・私宛?」

全く朝廷内で受け取る覚えがなくはとりあえず、受け取った。
そして、見覚えある文字に目を丸くした。

「・・・私は何の用か知らぬがな」
「・・・はぁ・・・ありがとうございます」

戻って文の中を見る。
簡潔につづられた文字を見ては目を細めた。

・・・・兄上・・・・

はすぐにその手紙を懐にしまい、何食わぬ顔で仕事を続けた。
詳しい事は書いていなかった。
ただ、極秘という事だけ読み取れた。


「・・・へぇ、吏部も大変なのねぇ・・・・」
「まぁでもかなりやり甲斐のある事ばかりだし。
吏部尚書も絳攸様もあまり見ないが立派な方で・・・」
「・・・へぇ・・・」

まさかその憧れの尚書が無駄話をしに毎日府庫や戸部に通っていることや、憧れの絳攸様が未だに朝廷内で迷子になっていたり、王と同僚の世話にやっきになっていることなんて言わない方が彼のためであろう。
未来明るい青年の夢を壊してはいけない。
は熱く上司について語る珀明に適当に相槌を打ちながら昼ご飯をつっついていた。
秀麗達が行ってしまったのでとりあえず、世間話くらいできる同僚は彼しかいなかった。
戸部の同僚はまだ仕事を片付けているところだろう。
本当に初の職場が戸部とは可哀想な人達だと思いつつも、自分の分をきっちり終えたは一般の官吏達と同様しっかり昼休みを取っていた。

「そういえば、の上司はどうなんだ?」
「・・・ん?黄尚書とか景侍郎とか?」
「・・・あぁ。お前を見ている限りでは相当したっているようだが・・・。
有能なんだな」

自分の認めた人以外は頭をさげない、というの性格を知っているのか、珀明はよくみていた。

「黄尚書は吏部尚書と同期で同じく宰相候補。多分、あんたもみれば分かるけど一日中机案につきっぱなしよ。
仕事しすぎて年に数回倒れるけど・・・・
その倒れた時の戸部の忙しさが半端じゃないって景侍郎から聞いたことがあるわね・・・」
「・・・聞いたって・・・普通に会話しているのか?」
「・・・えっ・・・あぁうん・・・」

とてもじゃないが、朝廷に入っている前からの知り合いですなんて言えたもんじゃない。
隠しているわけでもないが、へんな噂が広がる種は極力まかない方が良い。

「・・・でもまた何か厄介な事が起こりそうなのよね・・・」

がため息と共にこぼした。

「・・・厄介?」
「・・・あぁ、こっちの話。
吏部尚書の話ではあんたも大分期待されているようだから頑張りなさいよ」

その台詞に珀明の目が輝く。

「本当かっ!?」
「えぇ、尚書室で話しているの聞いたもん。
どんな仕事も率先してやってくれるから・・・って、褒めてたわよ。
あの人に褒められるなんて滅多な事じゃないから誇りに思って良いじゃない?
絳攸様が尚書になった暁には侍郎になれたりして・・・」
「・・・なっ、侍郎・・・っ!?」

本気で感激している珀明に、は『若いねぇ・・・』と思わず言ってしまった。
実際年齢的には代わらないのだが、多分自分の方が波乱万丈の人生送ってきたため精神的に老けてきているのだろう。
そういえば、過去に苦労してきたちょっとおかしな人達勢ぞろいだったので、こんな若々青年をみると少しだけ若返る。

「頑張ってくれたまえ、未来の吏部侍郎。
・・・まっ、私は尚書になる気満々だけどね」
「はっ!?何年後の話だ」
「とりあえず、黄尚書が宰相になったら景侍郎も一緒に上に行くと思うのね。
だから、その空いた席を私が頂く」

・・・・・。
ここまで出世欲が高い女など始めてみた。しかも、かなり計算高いと。

は食後の茶を飲み、食器を片付けた。

「じゃ、私はこれで。
少し寄る場所があるんで」
「・・・あぁ、頑張れよ」

昼ご飯を片付けて、は足取り軽くある室へ向かった。


中に誰もいないことを確認しては扉を叩く。
中から声がして、そして戸を開けた。


「失礼します」
か、よく来てくれたな。
夜で良いと思っていたんだが・・・」

笑顔で迎えてくれたのは、彩雲国国王紫劉輝。
嬉しそうにに椅子を進めた。

「夜じゃ私も抜け出しにくいので。
絳攸様と藍将軍が外で仲良くご飯食べていたのを見かけたし・・・」
「さっき出ていったばかりだし、半刻は戻ってこないだろうな・・・
さて、龍蓮」

久しぶりに聞く、忘れも出来ない名前にの顔が強張った。
何故今その名を・・・
すると、どこからともなく、執務室の中に一人の青年の姿が現れた。
衣装は相変わらず理解不能な粋に達している。

「やぁ、久しぶりだな」
「龍蓮ッ!?なんであんたがここにいるのよっっ。
っていうか、どうやってここまで入ってきたの?その衣装で・・・・」

見つからない方がおかしいと思うのだが。
は突然現れた青年にどこから突っ込んで良いのか激しく迷った。
劉輝はにこにこしながら重大な事をさらりと告げた。

「今から二人は茶州に行ってもらう。
これ印と佩玉。」

劉輝が龍蓮に本を渡す程度の軽さで渡した物はなんと茶州の州牧の証。
は驚いた。

「・・・ちょッ・・・ゴメン、どういうことかさっぱりわかんないんだけど・・・」
「だから、と龍蓮と一緒に今から茶州に言って欲しいっていっているのだ。
秀麗達に印と佩玉を届けて欲しいのだ」
「・・・えっと・・・私と・・・龍蓮だけ?
他には?」
「いない。既に狙われかけている物を運ぶのに目立ってはいかんからな」

・・・目立ってって・・・龍蓮がいれば既に注目の的になること間違い無いんですが・・・

「・・・まぁ今茶州は新州牧のことについてかなり荒れている。
だから・・・頼んだぞ

劉輝の強い瞳にも自分の派遣の意味を悟った。
そういうことか・・・

「・・・龍蓮、よろしく頼むぞ。」
「まかせろ王。ついでに茶州からの土産も期待していてくれ。
フッ、茶州でまた心の友との再会か・・・もあわせてなんと運命的」
「あのー、めっさ心配なのは私だけでしょうか・・・」

劉輝はに向き直った。

「秀麗達が赴任後戻ってきてくれ。
黄尚書には余から言って・・・おくから・・・」

後半どんどん弱くなっているのは黄尚書に対するトラウマが戻ってきたのであろう。

「ちなみにこの事は極秘とする。
は地域へ一月研修という事にしておくから話を合わせておいてくれ」
「今から出発ですか?」
「そうして欲しいが、少し準備も要るだろう。
明日の朝でも良いぞ」

は少し考えて言った。

「じゃ、明日の朝ということで。
少し準備が必要ね・・・」

はブツブツ呟きながら王の執務室を出ていった。
それを見送ったりゅうコンビは自分達の世界に入る。

「・・・で土産には何をくれるのだ?」
「そうだな・・・旅の話と・・・茶州では何が良かったかな・・・。
良い置物があったら贈っておく」
「置き物か・・・。そなたの感受性はいつも一線を越えてるから余は好きだぞ。
その服いつ見ても何か感じるものがある。」
「そうかっ!?
さすが王だな。よし、笛の音は聞かせられないのは残念だが、代わりにこれを・・・」

ごそごそと懐から探り出したものはネズミ。
それを劉輝の手の上に乗せた。

「そのネズミは、私の笛の演奏を最後まで聞いてくれた動物ながらにして最高の友。
茶州にいっている間私と思って大切にしてくれ」

最後まで聞いてくれたというより、演奏の最中たまたま通りかかって、気絶しただけなのであるが。
今はなんとか回復して王の手の上を行き来している。

「あぁ・・・大切にする」

朝廷中に銅鑼が鳴り響いた。昼休みも終わりのはずだ。
龍蓮はふと目を細めて帰ろうと歩き出す。
劉輝は龍蓮とすれ違い様に言った。

「そなただから信じておる。
もし、に何か変な気でも起こそうものならどこであろうと
・・・余が切りに行く」

語尾には強い殺気が込められている。先ほどまでのほほんと話していた彼とは大違いである。
ブラコンは今でも健在中。


茶州に向かうため一晩で計画を立ては手早く準備をした。
次の朝はいつもの通り朝は鳳珠のところへ行く。

「・・・いつもながら早いですね。鳳珠様・・・」

官吏服ではなく、動きやすさを重視した軽装をしているに鳳珠は言った。

「・・・今日、向かうのか」
「はい、しばらく朝廷の方もこっちの方もいなくなりますが・・・
絶対に暗くなる前に家に帰ってくださいね」
「・・・あぁ・・・」

まるで子供のような言われようだ。
鳳珠は呆れ混じりに返事をした。

「・・・王から聞かれましたか」
「茶州の事か。聞いた。
あの王が嘘をつける玉か」

もし、つかれたとしても見破れないほどおちてはいない。

「柚梨も気をつけて、と言っていた。早く帰って来い。」

多分、本当の事情は知らないものの心配はしてくれている柚梨の優しさにはじーんときた。
なんか、必要とされていることがとても嬉しく感じる。

「当たり前です。せっかく官吏になれた矢先に死ぬなんて縁起でもない」

そうだな・・・と鳳珠は苦笑して立ち上がった。
そろそろ出仕時間である。

「・・・送ろう」
「えっ・・・ですが、私が軒に乗っていくと色々問題になりませんか?」
「町まで行くのだろう?誰も見てはいない」
「・・・はぁ・・・ありがとうございます」


鳳珠と軒に乗るのは久しぶりだ。
官吏になってからは全く軒というものには縁が無かった。
珀明あたりならまだしも彩家以外で下官のうちから軒で出仕なんて相当の貴族の家の出ではないと無理だ。
商店街は朝市も終わり、出勤する人々で溢れていた。
その中で軒は止まる。

「・・・ここでいいか?」
「はい、ありがとうございます。
では、いってきます」
「・・・気をつけて・・・」

柱に手をかけ降りようとするの後姿を見て自然と手が出た。

「・・・鳳珠様?」

後ろから抱きしめられては少し戸惑う。

「・・・必ず私の元に戻って来い」
「・・・え・・・?」

呟いた言葉は、力強く心に響いた。
驚いて振り向き様に、唇を奪われる。

「・・・鳳珠・・・様・・・」

何もかもが夢に思える。
更に鳳珠の顔を間近で見た事によって、頭の思考も停止した。

「行ってこい」

軽く背を押されて、はそのまま地面に降りた。
鳳珠の乗った軒はすぐに出ていった。

「・・・なっ・・・何だったの・・・」

一人残されたは突然の事に対応しきれなかった。
が、しかし現実に戻るのも早かった。

「奇遇だな、
さぁ、心の友に会いに茶州へ旅立とうではないか」

町行く人々の朝の爽やかな気分を台無しにするような笛の音と共に龍蓮が現れたからだ。
は、思いきり口を引きつらせ笛を止めさせた。
取り上げたいところだが、龍蓮の笛はかなり重い。

「・・・ったく、朝から人を不幸のどん底に落とし入れる事はしない。
さて、さっさとお金集めて紫州を出るわよ。
急がないと秀麗ちゃん達に会えなくなるわ」


を降ろした軒の中で鳳珠は不機嫌そうに外を見た。
・・・何か気に入らない。
王も意図も分からなくもないが、それでも自分の第六感が何か嫌な予感を告げている。

を一月くらい茶州にやりたい。』

王が突然やってきたかと思えば戸口一番そう言い出した。

の出生からその後の事は多分知っていると思う。
彼女はかなり有能だ。余がいなければ女帝になっていてもおかしくない人物。
しかし、少し過去に捕らわれすぎているところ、母親から受けた影響がちと強すぎるところがある』

普通の名家で育っていたのならば国試の際、本当は状元確実の才能を持っている
それが四位合格に落とさせたのは小さい頃から彼女を育ててきた母親のせいだろう。

『余はこれからの事も考えて早いうちからに色んな価値観を持ってもらおうと思っている。
いまのままでは少々危険なところもあってな。
茶州には標英姫というなんか、素晴らしい人がいると聞いたし、も一度会いたいと言っていたらから・・・』

本当は龍蓮だけでも良かった。
むしろ、印や佩玉を届けるのにあたっては彼一人の方が見つかる可能性は格段に減る。
というか、ばれる事はないだろう。
を連れていけば、秀麗と間違われる可能性も増えるし、十三歳の州牧など前代未聞なわけで龍蓮が影月と間違われる可能性もあがる。
それでもを連れていかせるのは彼女にとって色んな経験をさせる事。

『黄尚書、そなたにはとても感謝している。
にとってもかなり良い経験になっているだろう。
遅くなったが、後見を引き受けてくれてありがとう。』

王はそれだけ言って、帰っていった。
思っていたよりも馬鹿王ではなかった。
それが鳳珠の感想だった。それ以外は何もない。
軒が止まった。見れば朝廷についた。
鳳珠は仮面をつけ、軒を降りた。

空は見事に晴れていた。

   

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